ONE of the Daydreamers 投稿者: GOMIMUSI
第三章 衝突

 瑞佳と繭が戻ってきて、一通り顔合わせが終わると、少年は教壇に立って教室を見渡した。
「さて、そろそろいいかな?」
 すると、さっと澪がスケッチブックをかかげた。その後ろにいた七瀬が、くいと端を引っ張って自分のほうにむけると、大きな字でこう書いてある。
『まだなの』
 七瀬はちらりと少年のほうを見ながら、面倒くさそうに言った。
「あんたの自己紹介のことじゃない?」
「………」
 うん。うん。
 少し非難するような目線を、少年に向けてうなずく澪。
「あ…そうだったね。うっかりしてた」
 少年は頭をかきながら言った。
「僕は、氷上シュン。一応、この学校の生徒ということにはなっている」
「一応って、何?」
 七瀬はくってかかった。
「まずはあんたの正体を、はっきりさせるのが先でしょう。あんた、こんな変な事態の原因を知ってるらしいけど、なんで? そもそも、どうしてこの六人が関わっているって知っていたのよ?」
「ちょっと、七瀬さん…」
 瑞佳が慌ててなだめようとした。
「そんな、喧嘩腰になってもしょうがないよ。この人は、教えてくれるって言ってるんだし」
「甘いわよ、瑞佳」
 七瀬は言い返す。
「よく言うじゃない、知らない人についていってはいけませんって」
「…こういう場合に、それを言うかな」
「それにね、こういう考え方もできるのよ。こいつが、その事態を引き起こしたのかもしれないってね」
 瑞佳は目を見開いた。
「そんな、まさか…」
「その可能性は、十分あり得ます」
 ごく静かな声で、七瀬に同調する者があった。茜である。
「な、何言ってるのよ、里村さんまで…」
 おろおろしながら瑞佳は二人を見比べていたが、どちらも態度を和らげようとはしない。
「こんなことは、人間の常識ではかれることではありません。なのにそれについて知っているのは、起きていることに何らかの形で、深く関わっているから…そう考えるのが、むしろ自然というものではありませんか?」
 茜もまた、射るような冷たい目で教壇に立っている少年を凝視している。シュンは特に表情も変えず、二人の意見を聞いていた。
「困ったな…信用して欲しいと言っても、無理かもしれないけど。でも、僕の正体なんて、知らないほうがいいよ?」
「それじゃ、納得できないって言ってるの。こっちは。信用できることが証明されなければ、話は進まないわよ」
 七瀬はにべもない。澪は困惑顔できょろきょろと周囲の様子をうかがっているし、繭もまた、異様な雰囲気にのまれたのか、瑞佳の隣でおとなしい。シュンのほうが、圧倒的に不利だった。
「信用できるよ」
 その時、みさきが発言した。全員の視線がみさきに集まる。
「川名先輩、どうしてそう思うんです?」
 瑞佳の問いに、みさきはにこっと笑って言った。
「みさき、でいいよ。…わたし、人を見る目はあるんだからね。この人は、嘘はつかないよ」
 七瀬はがっくりと肩を落とした。
「そんなの、当てになんないわよ。だいたい、人を見る目って、見えないのに?」
「七瀬さん!」
 鋭い声で瑞佳がたしなめたが、みさきは気にする様子もない。
「別にいいよ、瑞佳ちゃん。それでね、シュン君に質問」
「なんですか?」
 一応先輩として敬意を払っているのか、シュンはみさきには敬語を使った。
「シュン君は、わたしたちに『彼』のことを話して、何かメリットがあるのかな? つまり、何かわたしたちにさせたいことがあるの?」
 椅子の上で緩やかに足を組んで、シュンの声のほうに顔をむける。その態度は物静かで、落ち着いていた。よほど肝が据わっているのかもしれない。
「シュン君の言う『彼』が、わたしたちの捜している人だとして。まあ、どうしてこんなことになったかを知っている理由は、おいといて。わたしたちが『彼』を捜し出すと、シュン君はどんな利益があるのかな。そのことを話すだけでも、だいぶ理解が進むと思うんだけどな」
 筋の通った話だった。シュンは少しの間、考え込んだ。
「そうだな…『彼』が救われることで、僕が救われる。それと、もう一人。…『彼』に縁の深い人が」
「…誰?」
 静かに、みさきは問う。
「それは、これから話します。ただ、これだけは言える。『彼』が救われないなら、『彼』も、僕も、永遠に苦しみ続けることになる。この世界から忘れられ、存在自体がこの世界に否定されている以上、わずかに絆を残しているあなた達以外に、僕たちには希望はない」
 シュンはそこでいったん言葉を切り、教室にいる一人一人の目を見つめる。
「要は、こういうことだ。僕たちを、助けて欲しい。勝手な頼みだということは分かっている。だけど、たぶんあなた方も、『彼』が帰ってくることを望むはずだ。だからこそ、『彼』の存在をわずかでも覚えているんだと思う」
 しばらく沈黙が続いた。やがて、七瀬がふてくされた声で言った。
「結局、わけわかんないままじゃないの…でも、ま、いいわ。だったら、その『彼』とやらの話を聞きましょうか」
 シュンの顔に、安堵の笑みが広がった。

「事の起こりは、『彼』が、妹を失ったことから始まる」
 シュンが話すことを、六人は思い思いに椅子や机に腰かけて聞いていた。
「『彼』にとって、妹の死は、単に肉親の死というにとどまらなかった。なにしろ、父親はとうの昔にいなかったし、母親も妹の病状が悪化するにつれて、心労から彼らを気にかける余裕がなくなっていた。彼自身、不器用で友達がいなかったものだから、『彼』はどんどん孤立していった。…『彼』は、妹が死んだとき、本当にひとりぼっちになったんだ」
 瑞佳はシュンの話を聞きながら、思わず繭のほうを見ていた。
 親友のフェレットが死んだときの繭を思い出したのだ。この世界でたったひとりの味方を失った瞬間。その条件が、繭とだぶる。
 もし、あの時出会ってなかったら…繭も、消えていたのだろうか?
「そして、『彼』は永遠に続く幸せな日々を願った。幼い日々の幸せが、こうまで簡単に壊れてしまう現実に、耐えられなくなった。『彼』は心を閉ざし、妹を思って日々を過ごしていた。その彼の前に…長森さん、あなたが現れた」
「わたし?」
 突然出た自分の名に、瑞佳は驚いて目を丸くする。
「そう。君は、幼い日に、絶望していた『彼』に出会ったんだよ。そして、『彼』に言った。永遠はあるよ、と…そして、その言葉をきっかけにして、『彼』のなかにひとつの世界が生まれた。始まりもなく、終わりもない世界。時は流れているようで、流れない。何度も何度も、同じ場所に戻ってくる…そう、自分の尾をくわえたウロボロスの蛇のように。今、『彼』はその、永遠の世界に囚われているんだ。『彼』の妹とともに」
「ねえ、具体的に、その永遠の世界ってなんなのかな」
 みさきが口を挟む。
「それじゃ、まるで『彼』が自閉症になって、殻に閉じこもっちゃったみたいだけど、それだけじゃ説明がつかないよね。どうして、『彼』のことはわたしたちの記憶から消えたの?」
「あなた達が、『彼』を忘れたというのは、正確に言えば違う」
 シュンは少し黙って、自分の考えをまとめているようだった。
「『彼』を忘れたのは、この世界なんだ。『彼』が永遠の世界を望み、この世界を否定したとき、『彼』は最初から、この世界には存在しなかったと世界が思いこんでしまった…簡単に言えば、そういうことだと思う」
「全然簡単じゃない」
 七瀬が顔をしかめた。
「こういうの、あたしは苦手なのよね。もう、わけが分かんないったら…」
「それを言うなら、ことの発端からわけなんて分かりません」
 茜が冷静な声で返した。
「そりゃそうだけど…」
「それで、永遠の世界って?」
 みさきが、シュンに先を促す。
「永遠の世界、というのは…誰にでも訪れる世界。やがては、そこへたどり着くことになる、ある場所。そう言えばいいかな」
「それ…ひょっとして、死後の世界のことじゃないの?」
 退屈して、むずかりはじめた繭をなだめながら、瑞佳。
「ある意味では、そのものだね。『彼』は、妹とその世界にいる。けれど、それは間違っても、『彼』が望んだ形とは違う」
「それを、助けて欲しいって言うんだね」
 みさきが後を受けて言った。
『どうするの?』
 スケッチブックを頭上に差し上げる澪。今まで、発言する機会を狙っていたらしい。
「『彼』を、その世界から連れ戻して欲しいんだ。それで、誤りは解消される。僕なら、あなた達をその世界に案内することができる。今の僕ならね」
「どうして?」
 瑞佳の問いに、シュンは笑った。瑞佳ははっとする…今にも消えそうに見えたので。
「僕には、この世界に、悲しんでくれる人はいないから…だから」
「…こほん」
 七瀬が咳払いして、気を取り直すように言った。
「どうして、あんたが自分で行って引っ張ってこないの?」
「それはね、僕にはできないことなんだ。たとえばの話、自分を持ち上げて、宙に浮かせることはできないだろう? 僕にとっては、それと同じことなんだよ」
「で、できることはあたし達の案内ってことね。そっちの世界に行け、と…ぞっとしない話だわね」
 顔をしかめる。瑞佳の言った、死後の世界、というくだりが引っかかるのだろう。
「それで、行くのはいいけど。リスクは?」
 みさきが現実的な疑問を提示した。
「危険なら、ある。あちらに行ったまま、この世界に戻れないこともあり得るからね。そうなったら…『彼』と同様、あなた達もこの世界から、忘却されることになる」
「………………」
 長い間、誰も、何も言わなかった。重苦しい沈黙が、教室を満たしていく。
「………で?」
 七瀬が、これ以上ない険悪な声で言った。
「要するに、こういうことね。ただいたらしいってことを覚えている、実在すらはっきりしない奴を助けるために、あたし達に命を張れってことね。しかも、ノーギャラで」
「…そうなるね」
 シュンは苦笑混じりに言った。
「冗談じゃないわ、と、言いたいところだけど」
 七瀬が振り返った先に、瑞佳がいた。
「瑞佳、どうする?」
「わたしは…わたしは、行くよ」
 さほど間をおかず、瑞佳ははっきりと言った。
「だって、聞いていたら、事の起こりはわたしにも関係あるみたいだし…何より、わたし、分かるから。その人は、わたしにとって、とても大切な人だって。わたしの今までの人生、半分共有しているくらい、近くにいた人なんだって。だから、どうしても…取り戻さないと」
「なら、わたしも行くよ」
 みさきが躊躇なく続く。
「わたしが完全に忘れていなかったのは、きっと『彼』に、大切なことを教えてもらっていたから。それを、確かめたいからね」
 七瀬は年少組の二人を見る。
『行くの』
 澪は、やる気十分だった。
「みゅーっ!」
 よく分からないが、繭もその気らしい。
「ずいぶんと、支持されているじゃない。覚えてもいないっていうのに。そいつの人徳かしらね?」
 肩をすくめる七瀬。
「それじゃ、あたしも行くかな。で、茜、あんたは?」
 茜はゆっくりと、顔を上げ、言った。
「行きません」
 全員の動きが、とまった…。
「ち、ちょっと…里村さん」
 瑞佳が、舌をもつれさせながらなにか言おうとした。だが、茜はもう一度言った。
「わたしは、行きません」
「…どうして?」
 七瀬が静かに、訊ねる。茜は、表情を変えないで、言った。
「お話を聞いたところでは、『彼』はこの世界を否定し、永遠を求めて、その世界に行ったということです。では、わたし達はどんな権利があって、『彼』を連れ戻そうというのですか?」
「だって、今、聞いていたでしょ? その人の望みとは、違うことになったって…」
「結果がどうあれ、この世界から逃げ出したということは事実です」
 茜の声の冷たさに、瑞佳は寒気を覚えた。
「里村さん…」
「同情は、します。家族を失った痛みは、確かに耐え難いものでしょう。ですが、そこまで自分を追いつめなくても、自分の外に答えはあったはずです。『彼』は、それを拒絶した…その責任は、『彼』にあります」
「そんなっ…」
 叫ぼうとした瑞佳の肩を、みさきが押さえて黙らせる。
「茜ちゃん、その言い方は冷たいんじゃないかな」
 ひかえめに、みさきは言った。
「茜ちゃんは、その人に会いたくないのかな?」
「会いたく…ないです」
 茜はそう言った。唇を噛みしめ、うつむく。
 みさきはシュンに顔をむけた。
「彼女はこう言ってるけど」
「仕方ないね」
 シュンはあっさりと答えた。
「行くのは義務じゃない。その権利が、彼女にもあるというだけで…そこまで縛ることはできないからね」
「なら、この五人で行くということだね」
 みさきは締めくくり、つけ加える。
「茜ちゃんの気が、変わらなければ」
 茜は椅子の上で、固まったようにじっとしていた。
「それで、まだ肝心なことを聞いてないね。どうやって、そこへ行くの?」
「今はまだ、つなげることはできないから」
 シュンは腕を組んで、考えるそぶりをする。
「今日の夜、十二時。この教室に集まってくれればいいです。ここから、案内します」
「ええーっ、夜中?」
 七瀬は大声をあげて嘆いた。
「どうしてよ。今からじゃ駄目なの?」
「無理だよ。こういうのは、人の『想い』が大きく影響するんだ。今つなげようとしても、大波で揺れている岸辺にボートを着けようとするようなもので、きっと失敗する。大半の人が寝静まった、夜になってからでないと」
「ま、問題ないね。どうせ、明日はお休みの土曜日だから」
 みさきは特に騒ぎもせずに言う。
「しょうがないわね…繭、澪ちゃん、大丈夫?」
 七瀬が二人を見ると、同時にうなずきが返ってきた。
「じゃあ、十二時十五分前までに、校門前に集合ってことにしておく?」
 反論は出なかった。七瀬はうなずく。
「さて、それじゃ、帰って一休みするかな」
 七瀬はのびをして、廊下に向かった。
 扉に手をかけたところで、とまる。
「茜」
「…はい」
「あたし、あんたが臆病風に吹かれたなんて、思ってないからね」
 茜は、返事をしなかった。そのまま、扉がぴしゃん、と音をたてて閉まる。
「…さ、さあ、わたし達も戻ろうよ」
 瑞佳が残りを促しながら、立ち上がる。瑞佳は茜を振り返りながら、教室を出ていった。澪と繭もついていく。
 シュンも無言のまま立ち去り、みさきと茜だけが残った。
「さーて、と」
 みさきは立ち上がると、茜に向かって言った。
「ねえ、茜ちゃん。ちょっとつきあってくれないかな」
「…はい?」
「おなかすいたでしょ?」
 茜が怪訝な顔を向けた先には、にっこりと温かく笑うみさきがいた。

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 たぶん、次回かその次あたりで、サイキックファンタジーになります。だけどこれじゃ、狙われた○園じゃなくて、セラ○ンじゃないかーっ!(爆)
 蛇足ながら、これにはゲームのタイムテーブルから見ると、明らかにおかしいというところもあるでしょうが、大目に見ておいてください。設定とかも、先を考えずにやっていることなので、本人も分からないです。
 髭先生と広瀬が出番なかったな…詩子も声だけの出演だし(泣)

>雫様
茜と髭の取り合わせ…そりゃまずいって。でも、なんかはまってるし(笑)
茜を敵にまわすとは、先生、命がいらないのか?(笑)

>いけだもの様
茜の味覚が正常であることが分かって、がっかりしたのって僕だけでしょうか…いや、あのあとで実は平気でしたってのも、怖いけど…(汗)

>よもすえ様
そんなに被ってないと思いますよ、ネタのほうは。ですが、相変わらず台詞が深いですね。厚みがあります。

>しーどりーふ様
『反転』のほうは、笑いっぱなしでした。スワンボート漕いでる浩平を想像すると…。お手本にしたい。『虹をみた小径』も、まっすぐで前向きでいいです。

>白久鮎様
感想ありがとうございます。期待にこたえられたらいいですが。

>偽善者Z様
シニカルなハムスターですね。なんというか、ものの見方がシビアだし。浩平と茜はラブラブだし…この二人を、これからハムスターはどう見ていくのでしょう。

さて…テンション上げとかないと。正気のままだと、この先書いていられないぞ。
みさき先輩が目立ちますが、全員に見せ場を作りたいです。ではでは。