注・みさき先輩の視点なので、目をつぶって読んでください。 (できるかっっ!!)バキッ。 ********** 迷子になった。 初めて来たところで。桜の花の咲く、公園のなかで。両手にアイスクリームを持ったまま。 私は、迷子になった。どこへ行けばいいのかも、私は知らなかった。 ピンポーン…ガチャ 「はい…あら、いらっしゃい」 「こんにちは。みさき、います?」 母さんと、雪ちゃんの声。 「ごめんなさいねえ、いつも面倒ばっかりかけて…」 「いえ、お察しします。あの子じゃ、食費が大変ですものね」 うー…よけいなお世話だよっ。 パタパタパタ…カチャ 「あ、いた。相変わらずごろごろしてるのね」 「運動だってしてるよお」 頬をふくらませた私の前に、雪ちゃんは笑いながらすわった。 「だって、一時は本当に部屋にこもりきりだったっていうじゃない。あのみさきが、ろくに食べもしないで、ぼんやりしてるって…おばさん、すごく心配していたでしょう」 あの、とついてしまうあたり、私は食べる以外に能がないとでも思われているのだろうか。少し悲しい…。 「ねえ」 少し真剣な声で、雪ちゃんは私に顔を近づけてきた。 「理由、まだ話してくれないの?」 「理由…って」 「あなたが落ち込んでいた理由。おばさんは、立ち直ってきたのは私が会いに来ているからだって思ってるみたいだけど、でも違うよね。私、みさきが落ち込んでいる理由だって知らないんだから。いったい、何があったのか…」 「………」 どう言えばいいのか困って、私は下を向いた。 「やっぱり、話せない?」 「…ごめんね。いつか、話せるときが来たら、教えるから」 「…そう。ま、いいか」 雪ちゃんの、ため息。心配してくれているのが分かる。私が、まだ元通りとは言えないから。 あの日、公園で浩平君に置き去りにされてから。私は長い間、生きているのか死んでいるのか、分からないような日々を過ごしてきた。死への誘惑も、頭をかすめた。本当に、長い時間だった。 おかげで、卒業してからの半年間を何もしないで過ごすことになったのだ。もったいない。浩平君、君のせいだからね。帰ってきたら…責任、とってもらうからねっ。 でも、 「それじゃあ、本題に入りましょうか」 カサッ 雪ちゃんが、自分の前に資料を広げる。身体的なハンディキャップを背負っている人のために、アルバイトやパートを紹介している記事のコピーなどだ。 母親いわく、食費くらい稼いでくれないと、家が破産しちゃうわ、ということなので、最近雪ちゃんに、いろいろと探してもらっているのである。さすがに、大学などに行ってこれ以上家計に負担をかけるわけにもいかないし。第一、私は馬鹿だし。 「ねえ、雪ちゃん、やっぱり女優になるの?」 「んー…。今はまだ考え中。もう少し大学に通って、それで決めようと思ってる」 声の位置が低いのは、床に広げた資料を腹這いになって読んでいるかららしい。 「女優も大変だもんね」 「そうよ。そう簡単になれるものじゃないし…でもなれないにしても、やっぱり演劇関係の仕事に就きたいわね」 やっぱり、雪ちゃんもちゃんと将来のことを考えているのだ。 将来、か。私は…浩平君が帰ってくるまで、動けないな。あんなこと言うから…。 「最後には必ず、先輩の側にいる」 ずるいよ、浩平君。ああ言われたら、私は待つしかないじゃない。 言ったでしょ、私は馬鹿なんだよ。筋金入りなんだよ。一度信じちゃったら、もう取り消しがきかないんだよ。 死ななかったのも、半分は浩平君が、あんなこと言ったからだよ。約束守ってくれないと…恨むよ。絶対。深く、深ぁく恨むからね。 でも、嫌いになれそうにないし…どうしろっていうんだろう。私に。 もう、わからないよ…。 「みさきっ!!」 「ひゃっ」 突然、顔の前で雪ちゃんが大声を上げ、私は座ったまま後ろに転けて、しりもちをついた。息を感じるくらい、近くから怒鳴られたのだ。 「もう、なにぼーっとしているのよ。ずっと声をかけていたのに、無視して…」 「あ…ごめんね。ちょっと、考え事してた」 謝りながらすわりなおす。聞く準備が整ったところで、雪ちゃんが資料の説明にかかった。 「とりあえず、簡単な作業とかの仕事を選んできたんだけど。でも結構、厳しいよ」 「そんなに? やっぱり、目が見えないからね」 「あなたの場合、それだけじゃないでしょ」 「え?」 「食べ物関係は全部、はずしてきたの。ちょっとまかせられないから」 「…ひょっとして、仕事中に食べるとでも思ってるの? 雪ちゃん」 「思うも何も、まず確実にそうなるでしょ」 「ひどいよ〜」 「なにがよ。小学校のお餅つきで、みんなの目を盗んで食べていたの、誰?」 「う……」 「食べ物を前にして、みさきに自制心なんて期待できないわ。だから駄目」 「う〜」 「う〜、じゃない。それでね、あとは点字タイプライターを使うところとか、そういうのになっちゃうのよね。何件かピックアップしてきたから、今からでも下見に行く?」 それから、雪ちゃんに連れられて私は仕事先の候補を、ふたつほど回った。仕事は内容に慣れればいいとしても、一人で通えるようでなければ駄目だ。そこで、仕事場そのものより、そこへ行くまでのルートに重点が置かれた。 「だめねえ、こっちは車の量が多いし」 横断歩道の前で、雪ちゃんは困った声で言った。 「でも、気をつければ…」 「なに言ってるの。家と高校以外、ほとんど歩いたことのない人が、いきなりこんなところ歩いてごらんなさいよ。公衆の迷惑になるでしょう」 「…反論できない。悔しい」 「さて…あ、あと一件あるけど。こっちは実入りが少ないのよね」 「どんなところ?」 「家からは近いんだけど。みさきのところから、歩いて四十分弱。行ってみる?」 そこの住所を雪ちゃんが読むと、私の頭の中で何かが引っかかった。 この住所…うーん。どこかで聞き覚えが…。 「…ねえ」 しばらく歩いて、そこへ向かう途中のこと。私はふと足をとめた。 理由は分からない。でも、大切なことのように思えた。 「なに?」 「ここ、どこかな」 「どこかなって…記憶喪失?」 「違うよ。何丁目の、何番地かなって言ってるんだよ!」 「ああ、そういうことね…あ、あの電柱に書いてある。うーんと、…町、…丁目の…」 ……え? がしっ 「きゃっ。な、なに、みさき?」 突然肩をつかんだ私に、雪ちゃんは悲鳴をあげた。でも、かまっていられない。 「探して」 「え?」 「この近くに、折原っていう人の、家があるはずなんだよ。それを、探して」 自分でも、相当な剣幕だったと思う。雪ちゃんは半ば怯えながらも、私の言うとおりに家を探してくれた。 「あった…」 私は、その家の前に立った。 「…ここ?」 「うん。折原って。ほら、そこが表札」 手を取って、そこへ導いてくれる。私は、手に触れたそれを指でなぞった。 固い表面。少しくぼんだ文字。確かに、折原、と、そう書いてあった。 年賀状に書いてあった、住所。よく覚えていたものだと思う。 ううん、忘れるはずがない。忘れられるはずがない、あの日の図書室でのこと。 お互いに年賀状を出すと言って。住所を教えあって。そして、今、私はここにいる。 「…みさき? もしかして…」 「泣いてないよ」 私は、笑顔で雪ちゃんに言った。 「知り合いの家? 友達?」 「うん…大事な人」 雪ちゃんは少しの間、沈黙していた。 「会いに行く?」 「ううん。今はいないよ。こっちに…日本に、いないから」 「ああ…それで」 しばらく、私たちはその場に立っていた。端から見れば、ずいぶん妙な光景だったのではないだろうか。若い娘がふたり、一人は他人の家の表札をなで回していて、もう一人は、じっとそれを見守っているのだから。 「ねえ、雪ちゃん」 「うん?」 「さっき、言ってたところに決めるよ」 「…って言っても、まだ見もしないうちに」 「いいんだよ。私、ここを歩きたい」 ここへ、来たい。 誰かに連れていってもらうのではなく、自分の足で、ここへ来られるようになりたい。 「ここなら、車も少ないから一人で歩けるからね。あとは道筋さえちゃんと覚えて、気をつけながら行けば…大丈夫だよね」 「んー…まあ、そこまで言うなら、それでいいんじゃない?」 雪ちゃんはそう言った。 「でも、いつ帰ってくるの? みさきの彼氏さんは」 「わからないよ」 「わからないって…どこへ行ってるのよ? まさか、アマゾンの奥地とか言うんじゃないでしょうね」 もっと遠いところだよ。誰も知らない…どこか遠くだよ。 「ちょっと、事情があってね。こちらからは、電話とかもできないし、様子も分からないんだ。でも、…帰ってくることだけはわかってるから」 必ず帰ってくるから。だから、平気だよ。 「…うーん。分かった。じゃあ、好きにしなさい。ここを歩く練習だったら、私もつきあってあげる」 「うん。ありがとう、雪ちゃん」 私は、心から笑うことができた。 もうすぐ、春。浩平君と別れて、もう一年になろうとしているんだ。 この道に迷いなれる頃、浩平君が、帰ってくることを。信じて。 ………歩いていこう。 ピンポーーン パタパタ…ガチャ キイイ… 「はい…って、ええ? みさき先輩!?」 「やっほー、浩平君」 「…マジ?」 「マジだよ。仕事帰りに遊びに来たよー」 「ぐあっ。部屋、片づいてないのにっ!」 ********** ギャグが書きたい。でも、ネタがない。 こんなべたべたばかりでいいのか。まあ、いいか。こういうの好きだし。 >天ノ月紘姫【DTK02】様 激甘ワッフルの次は、激甘クレープ……あなどれん。 ところで、澪の持っていた緑色の物体って、何? 茜も練乳常備しているという話だし…ここの女の子って…。 >よもすえ様 やられたあっ。こっちのほうが絶対いい。 なんでこんなにかわいいんだ、このみさきちゃん。参った。 >KOH様 澪、かわいいぞ。キャラ全員、まとめて味があるし…こういうみんなでわいわい騒ぐような話、すごく好きです。 >偽善者Z様 ここまでやるか…と思うほどの凝り方。 浩平犯科帳、期待しています! >まてつや様 こういうサブキャラに焦点当てると、新鮮でいいですね。ぜひ、由起子さんの話も(笑)。 >ここにあるよ?様 茜が寂しそうなのは、なぜでしょう。気になります。宴会的な盛り上がり方がいい。 >nabe様 こ〜へがいじめた、がかわいい。かわいい。かわいいっっ!!(爆) しかし、これで浩平も寝坊しなくなるか? >WIL YOU様 パワフル。しかし、確かに自爆装置はいけないな、うん。 >いけだもの様 ポニーテールにジーンズの茜? すごくみたいぞ。熱烈希望。 全員の感想書きたいが、ちょっと無理ですね。感想くれた方、とても励みになります。この話も気に入っていただけたら、嬉しいです。ではでは。