けっこう頑張ったつもりだった。
女の子だから、とか男の子だから、とか言われるのが嫌だから、とにかくがむしゃらに打ち込んだ。そんな区別がなくなるくらい。
けれど、それが裏目に出た。二年になってすぐ、腰に出た異常。
医者は、これ以上酷使すれば、歩けなくなるかもしれないと言った。それで、あたしは剣道の試合を棄権した。
その日一日、あたしは泣いた。
「おう、こっちだ」
きょろきょろしていると、太いがらがらの声があたしを呼び止めた。振り返ると、角張った感じの、背の高い男性があたしに向かって手を振っていた。あたしは駅前の人混みをかき分けながら、そっちへ向かっていった。
「お久しぶりです、青木先輩!」
先輩のところには、他数名の、中学時代剣道部だった連中が集まっていた。みんな、あたしには懐かしい顔ばかりだ。
「あれ、留美。久しぶり」
「かおりじゃない。元気だった?」
「あ、七瀬さん、俺は? 俺は?」
「はいはい、覚えてるわよ。黒田君でしょ? 常田さんにふられた」
「それは忘れろよ‥‥」
一通り再会を祝したあと、あたしの前に部長を務めていた青木先輩が号令をかける。
「よし、これより進軍を開始する! 戦闘開始まで、あと三十分だ、気合いいれろよ!」
おー! と、一斉に拳を突き上げて答えた。
この騒ぎは、一週間前、青木先輩からの電話に端を発する。あたし達の中学剣道部が、はじめて全国大会に駒を進めたというのだ。これは応援するしかあるまい、と、めぼしいもと部員を集めて活を入れに駆けつけたというわけである。
あたしがここへ来たのは、古巣を応援したい、という気持ちより、みんなに会いたいという気持ちのほうが強かった。
特に、今のあたしがあるのは、青木先輩のおかげと言ってよかったから。
結局、うちの学校は緒戦を華々しく突破したものの、次で優勝候補といわれる強豪にぶつかり、あえなく散ったのだった。
「まあ、頑張ったほうじゃねえの? 中堅も副将も、あと一歩までいったし」
なし崩し的に打ち上げに突入して、あたし達は今日の試合を振り返っていた。
「でも、あの頃に比べて質が上がったよな。七瀬さんが就任した時も、かなり上が狙えたんじゃない?」
「でも、ここまでいかなかったでしょ。せいぜい県大会どまりよ」
謙遜でなく、本心からあたしは言った。
「だいたい、みんなよくついてきてくれたな、って、あたしは感心してるんだ。ろくに竹刀も握れない部長に‥‥」
「なに言ってるんだ、七瀬」
青木先輩がその時口を挟んだ。
「倉田って覚えてるか? おまえのあと部長に就任した」
「ええ‥‥あのむっつりした子ですよね? あたし、嫌われてましたけど」
青木先輩は意味ありげに、にやりと笑った。「あいつな、おまえを尊敬してるってさ」
「嘘でしょ」
「嘘なもんか。おまえ、あいつを叱ったことがあったろ? あいつがやけになって練習に打ち込んでいたとき」
「ええ‥‥昔のあたしを見ているみたいで、いたたまれなくなって」
そうそう、そんなこともあった。あたしは、その時一年生だった倉田君を殴ったのだった。あたしみたいになりたいの、とか言いながら。
「あいつはさ、とてもおまえみたいにはなれないって言ってた。おまえみたいに体をこわしたら、きっと剣道から逃げていたって」
「‥‥そうですか」
なんとなく、嬉しかった。
打ち上げ終了後、解散した部員の中で、あたしと青木先輩は帰る方向が同じだった。それで電車を待ちながら、少し話ができた。
「髪型、変えたんだな」
突然、青木先輩はしみじみと言った。
「前は頭の左右でおさげにしてたろ。今の髪も似合うけど、あっちが良かったかな」
「そうですか?」
あたしは自分の、後ろで一本に束ねた髪を手でいじりながらあいまいに答えた。ドレスに合わせた髪だからなあ、これ。
「好きな奴でも、できたか?」
一瞬、どきりとした。この人から、こんなこと聞かれたくはなかった。でも、すぐにうなずいた。
「そうか」
青木先輩は、穏やかな顔で笑っていた。少し居心地が悪くなる。
「でも、どうなるかわからないけど」
「なんだ、片思いなのか?」
「いえ、そうじゃなくて‥‥今、ちょっと遠くにいるので」
この世界を留守にしている、なんて言って通じるだろうか? 無理っぽいかな。
やがて電車が来た。方向が違うので、車両も別になる。青木先輩が先に乗っていった。
「じゃあな、七瀬。しっかりやれよ」
最後にそう言って笑った先輩に、あたしは頭を下げた。少し、鼻の奥がつんとする。
先輩。
あたし、本当は、乙女になろうとしていたんですよ、先輩のために。
笑っちゃうでしょ? でも、今のあたしは知ってるんです。
乙女って、なりたくてなれるものじゃないんですよね。なってしまうものなんです。だから、あいつがいなかったら、あたし乙女になんてなれなかった。今でも、どの程度乙女なのかわからないけど。
先輩に、言われたこと。
もう面なんて被るな。違う人生を生きろ。髪を伸ばして、リボンをつけろ。
あたしは、今、その通りにしてます。女の子として、恋をしています。
その相手は先輩ではなかったけど、いつ帰るかもわからない大馬鹿者だけど、あいつはきっと帰ってくるから。
だから、先輩を好きだった昔の自分は、もうここにいません。
さようなら、先輩。好きだった人。
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書くだけ書いたという感じです。とりあえず、あと一本予定しています。
しかし、こうしてみるとひねりもなにもないね‥‥。