君の手の平から 投稿者: GOMIMUSI
 先輩の手は、先輩自身と同様、すごく表情が豊かだ。そして、いい顔をしている。
「手、つないでみようか」
 先輩はそう言って、手を差し出してくる。それを俺は、ごく自然につかまえる。
「今日は、このままお出かけね」
「どこまで? 公園?」
「うーんとね、浩平君にまかせるよ」
 そこで、俺は少し遠出をすることにした。

 臨海公園。
 つまるところ、この辺でのデートにおける定番のような場所だ。祭りの日でもないのに、やたらと屋台が店を出している。近所には遊園地もあって、ついでに映画館もあって、さらにその場所を定番ぽくしている。
「あれ? 浩平君?」
 道の真ん中で手をはなし、おいていかれた先輩は、きょろきょろと辺りを見回していた。俺は買い物を済ませて、駆け足で先輩のところへ戻っていった。
「先輩」
 声をかけると、すごくほっとしたような顔で振り返る。
「浩平君ひどいよー。おいてかないでよ」
 すねたように言って、手を伸ばしてくる。その上に、俺は買ってきたものをのせる。
「ひゃっ」
 冷たい感触に、先輩は反射的に手を引っ込めた。
「アイスクリーム、買ってきたんだ」
「あ、なあんだ。びっくりした‥‥」
 ほっとしたように笑って、先輩はまた手をさしのべてきた。
 紙のカップに入った、シンプルなバニラアイス。チョコミントとかもいいが、ときにはこういう原点に帰ったものが食いたくなる。俺達は、近くのベンチに腰を下ろした。
「これ、コーン入りのじゃないね」
「そういうのがよかった?」
「ううん。‥‥でも、困ったな」
 木の平べったいスプーンを手にして、先輩は本当に困ったように、見えない目でアイスクリームを見つめていた。
「どうしたの? 早く食べないと、溶けちゃうよ?」
「う、うん‥‥」
 先輩はぎこちなくうなずいて、アイスクリームを口に運びはじめる。
「ねえ」
「うん?」
「浩平君、いるよね」
「いるよ」
 いつものやりとりだが‥‥今日はいつにもまして、俺の存在を確認したがる。アイスクリームを持つ手にも、落ち着きがない。
 そうか、両手がふさがってるからだ。いつもは手をつないだりしているから、こんなふうに両手がふさがってしまうと、不安になるのだ。それがわかると、急に先輩がかわいく感じられ、いじめてみたくなる。
「ねえ」
「‥‥」
「浩平君?」
「‥‥」
「ねえ‥‥ねえってば」
 先輩はすごく不安そうに、俺の座っているほうを見ながら俺を呼ぶ。
「いるよ」
 泣きそうな顔になった先輩に、俺は慌てて返事をした。ぷうっと、先輩の頬がふくらむ。
「‥‥意地悪だよ、浩平君」
「大丈夫だよ。消えたりしないよ」
「そんなの、わかんないよ」
 先輩は忙しく手を動かして、アイスクリームを食べていた。瞬く間に平らげると、その空容器を脇に置いて、俺のいるほうに手を伸ばす。先輩の手が、俺の上着をつかまえ、それをたどって、俺の膝を探る。
「先輩?」
 くすぐったさに逃げ腰になった俺を、先輩は強引につかまえてはなさない。
「じっとしててね」
 先輩は突然、ころんとベンチに横になると、俺の膝の上に頭をのせた。
「ちょっと、先輩‥‥膝枕って、普通は男のほうがしてもらうもんじゃ‥‥」
「いいの。わたしは、目が見えない人だから」
 恐ろしく強引に、決めつける。
「理屈になってない気が‥‥」
「なってるよ。だって、こうしておけば、浩平君はどこにも行ったりしないでしょ」
 そう言って、下から見上げてくる先輩の顔は、思いのほか真剣だった。
「わからないまま、どこかに消えちゃうなんて、もう嫌だよ」
「‥‥消えないよ」
「うん、信じてる。信じてるけど、でも、不安だから」
 母親を求める子どものように、ひたむきに俺をつかまえようとする先輩。
 そう。先輩は、俺に触れていないとすごく不安そうになる。手をはなしている間は、何度も話しかけて存在を確かめようとする。
 頼られて、悪い気分はしない。でも、時にはそれが重荷になる。
 特に、こんな時には‥‥。
「先輩‥‥ちょっと、起きてよ」
「嫌。ここで寝る」
「そんな、子どもじゃないんだから」
「子どもでもいいよ。そのかわり、お父さんがちゃんと面倒見てね」
「そういう問題じゃ‥‥とにかく、起きてよ。マジでまずいって。さっきから我慢してるんだけど、俺」
「我慢?」
「トイレ」
「‥‥あ」
 小さくつぶやいて、先輩は頬を赤くして起きあがった。俺は急いで立ち上がる。
「すぐ戻るから」
「浩平君」
 駆け出そうとする俺を、先輩は呼び止める。
「ハンカチは?」
「持ってる」
「そう‥‥」
「あ‥‥やっぱないや」
「そう? じゃ、これ」
 先輩は白いハンカチを差し出した。それを俺は受け取ると、トイレ目指して駆け出す。
 ハンカチがない、といったのは、嘘だった。とにかく、宣言通り、急いで用件をすませると、全速力で先輩のところへ駆け戻る。
「しばらく、貸しといてな。このハンカチ。洗って返すから」
「うん。急がなくていいよ」
 白い、清潔なハンカチ。全然使ってない。先輩の手ほど表情豊かではないが‥‥まあ、なにもないよりは、いい。これを俺が持っていることで、少しでも先輩が安心できるなら。

 それから、先輩の手をつなぎたがる癖は、少しはおさまったかというと。
「べつにいいじゃない」
「いいけど‥‥でも、先輩の頭って結構重いんだけど」
「だらしないぞ、男の子」
「問題が違うって‥‥」
 今度は、膝枕がお気に入りだったりする。

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膝枕というのは、結構足がしびれるそうです。
ベタだし、長くなってしまうし、こんなもの読んでられん、という方はおっしゃってください。善処します。
しかし、KAZUさんのすぐあとにこんなものいれていいのかね‥‥。