夏祭りの季節になった。
浩平が、瑞佳に言った。
「なあ、今年はいっしょに行こうか」
瑞佳は、思わず浩平の顔を見つめた。その声に、微かな後ろめたさを感じて。
浩平がいたたまれなくなって目をそらす前に、瑞佳は急いで言った。
「うん、いいよ」
それは、精一杯の思いやり。
瑞佳は大学に進学して、浩平は留年という結果だった。
それからしばらく、浩平は勉学に励んでいたらしい。ところが、春の終わり頃になると、浩平は瑞佳を誘って、頻繁に遠出をするようになった。特に、海や山という家族旅行向けのコースを選んで。臨海都市を、ボートに乗って夕暮れまで眺めている、ということもあった。
その間の浩平は、ひどく無口だった。いつの間にか、隣にいる瑞佳のことを忘れているような瞬間もあった。そんなことが続いて、最初は勉強に飽きてのエスケープくらいに考えていた瑞佳も、おかしいと思い始めた。
やがて、浩平は自分からそうした行動の理由を話した。
今年の夏祭りは、その延長らしかった。
案の定、というか、浩平達が来たのは、自分たちが住む町の夏祭りではなかった。かといって、それほど遠い町でもない。電車を降りると、ごくありふれた町の風景だった。瑞佳は、夏の日射しに目を細めながらつぶやいた。
「ここで暮らしていたんだ、浩平」
「‥‥ああ。ちっちゃい頃な」
おっくうそうに答えて、浩平は歩いていく。そのあとを、瑞佳はただついていった。
旅館で浴衣に着替え、ふたりは神社へと出かけていった。浩平は、相変わらず無口だ。浩平のことならたいていわかるはずの瑞佳にも、その表情を読むことができない。
急に不安になる。
「ねえ、浩平」
無理にはしゃいで瑞佳は言った。
「ちょっとは話してよ。せっかくのお祭りなのに、なんだか暗いよ」
浩平は瑞佳に顔をむけないように、ぼそりと言った。
「‥‥また、あいつの話になるぞ」
「いいよ」
精一杯強気に、そう答える。ため息をついて、浩平は話し出す。
「みさをの奴は、金魚すくいがお気に入りでさあ‥‥」
それからしばらく、瑞佳は浩平の話すことに耳を傾けていた。
みさを。
幼くして死んだ、浩平の妹。浩平がたどっていたのは、みんながまだ幸せだった頃、家族で訪れた場所だった。それを知ったとき、瑞佳は悲しかった。なぜ悲しいのか。最初のうちはわからなかった。
でも、最近ではわかる。それは、浩平の想いが、みさをのことを話す声からにじんでいたからだ。
瑞佳が浩平に出会ったのは、妹を失った痛みに、彼が抜け殻のようになっているときだった。
長い時間をかけて、浩平は回復していった。外見上は、すっかり元気になった。
けれど、今回のことでわかった。浩平はみさをのことを忘れてはいない。
瑞佳は、浩平がみさをを回想する旅に同行していたのだった。けれど、浩平の想いは、瑞佳には伝わらない。
想いは、言葉を尽くしても、唇を重ねても伝わるものではない。それを記述する唯一の言語は、共有する体験だけだ。だから、浩平がみさをのことを忘れられずにいる間は、瑞佳にできることはなにもなかった。ただ、その話を聞くほかには。
なぜ、浩平がその旅に、自分を連れていくのか瑞佳にはわからなかった。自分の知らない浩平の姿が、瑞佳をつらくした。
話が一区切りついたとき、瑞佳は思わず駆け出していた。逃げ出したかった。
「草履で走ると転けるぞーっ」
「大丈夫だよーっ」
うわべだけ、明るい様子を装いながら、瑞佳は走った。浩平が追ってくるのがわかった。
どうしよう。瑞佳は思った。気がゆるむと、泣きそうだ。自分の涙腺は、案外緩くできているから。
どうしよう。
鬼ごっこのようにしばらく走って、少し汗ばんできた頃、急に浩平はスピードを上げて背中から瑞佳を抱きすくめた。
「‥‥‥‥っ!」
立ちすくむ瑞佳の耳元で、浩平はささやくように言った。
「ごめん、な」
「どうして‥‥」
ほとんど涙声で瑞佳は言った。
「どうして、浩平が謝るんだよ‥‥!」
もう限界だった。浩平に抱かれたまま、瑞佳は子どものように泣いた。その瑞佳を、浩平はやっぱり黙って抱き留めていた。
「すごく、楽しかったんだ」
しばらくして、浩平は不意に言った。
「あんまり楽しくて‥‥ずっと、忘れていたんだ。みさをのこと」
瑞佳は思わず顔を上げた。すると、浩平はじっと自分のことを見つめている。
泣きはらして、ひどい顔になっていないだろうか、と少し気になった。
「瑞佳が俺のそばにいて、みさをのいなくなった穴を、埋めてくれたから‥‥だから、俺はここまでこれたと思ってる。でも、それじゃみさをはどうなるんだ、忘れたままでいいのか、って思ったんだ」
「‥‥そうなんだ。だから、こうやって‥‥」
みさをと歩いたあとをたどっていたのか。でも、どうしてその旅にわたしまで連れていったの?
「それでさ、次に、忘れなくちゃって思ったんだ」
浩平が次に言った言葉に、思わず瑞佳は目を見開いた。
「だって、今、俺のそばにいるのは、みさをじゃなくて、瑞佳だからな。いつまでも、みさをの記憶にすがってはいられないだろ。でも、忘れようって決めても、そう簡単にできることじゃないから‥‥ちょっとだけ、整理したかったんだ」
浩平は困ったような顔で、もう一度、ごめんな、と言った。瑞佳は黙って目を閉じた。
唇を重ねながら、瑞佳は思った。過去の想いは、未来へは伝わらない。だから、忘れてしまわないように、今を精一杯、思い出に残しておこう。
浩平のなかで、自分が大きくなるように。みさをに、負けないように。
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瑞佳SSと見せかけて、実はみさをSSだったりします。つまんないですか? まあ、ひねりが足りないですね。説明的すぎるし。
こんなんでも、感想とかいただけると嬉しいです。ちなみに、タイトルはセンチ○ンタルとは関係ありません。