いつでも会えた。それは当然のことだった。
朝起きて、顔を洗って、歯を磨いて、着替えて、ご飯を食べて、お弁当を作って家を出る。
そして、彼の家に行って、ドアを開けて、階段を上って、部屋に入って、彼を起こす。
毎日の出来事。代わり映えのない日常。決まった儀式。
そんなことを、もう何年も私は繰り返してきた。
私がいなかったら、彼はいったいどうなってしまうのだろう。心配が尽きることはなかった。
「いいお嫁さん見つけてもらわないと心配だよ」
何回もそんなことを彼に言う。それは私の本心だった……本心だと思っていた。
「泣いてるの?」
それがすべての始まりだった。
彼の哀しい顔を見たくない。辛い顔を見たくない。
なぜなら、私も哀しくなるし、辛くなるから。それは、気づいていた。
彼のうれしそうな顔。彼の楽しそうな顔。
それを見ると、私も嬉しくて楽しかった。だけど、それは気づいていなかった。
そのまま、彼と同じ時間を過ごしてきた。
変わらない日常、変わらない毎日。
いつまでもこれが続くのだと思っていた。
だけど、変化は突然だった。
「俺とつきあってくれ」
そう彼は言った。
何で、彼のことをずっと心配してきたのか。
何で、彼女を作りなさいよと言って来たのか。
その言葉を聞いた瞬間、私は今までずっと気づいてなかった自分の気持ちを理解した。
すべては、気持ちの裏返しだったのだ。
だから嬉しかった。
「うん、いいよ」
だけど、心の中とは裏腹に、私の口からでてきた言葉はひどくあっさりとしたものだった。
そうとしか言えなかった。
何故なら、ほかの言葉で私の気持ちを伝えるとしたら、どれだけ言葉を並べてもきっと伝えきれないとわかっていたからだった。
そして、心の中がいっぱいで、口から出せる言葉はそれだけしかなかったからだった。
けど、日常生活の中では今までとなにも変わることはなかった。
手を握ろうとして断られたり、クリスマスを一緒に過ごせなかったりしたけれど、私はそれでも良かった。
『私は彼が好き』
その気持ちを受け止め、受け入れてくれただけでも十分だった。
だから、彼が
「ふたりだけのクリスマスをやり直そう」
電話でそう伝えてきたとき、本当に幸せだった。
「場所は学校の教室。いろいろ飾り付けておくから、びっくりしろよ」
そんな言葉一つ一つが胸に沁みこんできた。
夜の教室から逃げ出してきた私は、校庭でぽつんとたっている彼の姿を見つけた。
ひどく寂しそうで、哀しそうだった。初めて会ったときと同じように……。
その姿を見たとき、私はやっぱりこの人が大好きなんだとあらためてわかった。
それから私たちは言葉を交わした。
ぽつり、ぽつりとぎこちなく。そう、まるでつきあい始めたばかりの恋人同士のように。
やっぱりあなたでないとだめなんだよ。私はそんな言葉を言った記憶がある。
「別れよう」
彼の言葉が聞こえてきた。聞きたくなかった。でも彼が本当にそう思うなら、仕方がないのかな。
でも、私が彼のことを好きでいることは止められない。そして、その言葉は彼の本心ではない。そう思った。いや、そう思いたかった。
「でも、またやりなおせるよね」
口からでた言葉は未練ではなく、祈りだった。
そして、彼はもう一度私の気持ちを受け入れてくれた。私は彼に静かに近づき、そっと手を握った。
教室で握っていたときと同じ彼の大きな温かい手だった。
彼とキスを初めてしたその日、初めてのデートの約束をした。
でも三学期の初めての部活のために打ち合わせなどで、ひどく遅くなってしまったため、学校を出たのは夕方と言うよりは、もう夜に近い時刻だった。
私はいくらなんでも、彼は家に帰っているだろうとは思ったがかすかな予感とともに待ち合わせの場所に向かった。
すると、そこに彼はいた。
傘を持っていなかったため雨にずっと濡れていた。
私に気づいた彼は、小脇に抱えていたために包装も傷んでしまった物を渡しながらこう言った。
「ばか…夕飯しか食えないじゃないかぁ」
そして翌日、見舞いに言った私は二回目のキスの後、彼に抱かれた。
すべては初めての事だった。そのため痛みは激しかったが、そこに行き着いた時、心はひどく嬉しかったのを覚えている。
だが、それから私と彼の日常がおかしくなっていった。
最初は、些細なものだった。
彼のことを話題にすると、一瞬の間が空く。最初はそんな物だった。
だがそれは徐々に加速されていった。
そして現実の彼もいなくなってしまった。
それから、私の記憶以外に彼の存在がなくなってしまうまで、一週間も必要なかった。
横断歩道を歩いている彼を見つけたのは偶然だった。そしらぬ振りで通り過ぎた後、不意に後ろから抱きしめた。
もう、離さない。絶対に、離さない。そんなことを言った。
そんな私から彼は身をよじって逃れた。そして、彼は真正面から抱きしめてくれた。周囲のクラクションが不意に遠くに去っていった。
それから、近くの公園の芝生の上で彼に膝枕をしながら私たちはひどく他愛もない話をした。本当に他愛もなかった。
なにを話したか、今ではもう覚えていない。でも、これまでの私のわずかな人生の中で、もっとも穏やかで緩やかな時間と雰囲気に包まれていたことは、鮮明な記憶となって残った。
そして私にはわかっていた。今この時が、彼と一緒にいられる最後の時間だと言うことを。そして、今この時こそ、あのぬいぐるみに吹き込まれていた彼の願いをもっとも守らなければならない時だということも。
不意に、強い風が吹いた。鳥が飛び立ち、砂場の砂が舞い上がり私の目に混じる。
思わず目をこすった瞬間、膝の上が不意に軽くなった。
私は、それでも彼の願いを守ろうとした。
今流れている涙は、砂が目に入ったのだからと、自分に言い聞かせながら。
私は彼の願いをずっと守り続けてきた。
だから
「帰ってきて」
と言う私の願いを彼にも守ってほしかった。
春夏秋冬、季節は過ぎていく。
三年になった私たちは、クラス替えもなく去年と同じ顔ぶれだった。
そんなふうに考えてる、みんなと同じような振りをわたしは表面上で続けていた。
周囲の友達は、もう彼のことなど誰も覚えていなかった。ただ一人、私だけが彼のことをずっと覚えていた。
いや、正確には忘れられなかった。
そんなことできるわけない。私の記憶が唯一の、彼とこの世界を結ぶ絆なのだから。彼がこの世に生きていた証なのだから。
でも、ふと彼の事を忘れられたらと考えてしまうことがあった。
それができれば、こんな辛い思いをしなくてもすむ。
体に受けた破瓜の痛みは一週間もたたないで直ってしまったが、心の痛みはまだ和らいでくれる様子は全くない。
時間が唯一の薬と考えることもあったが、私にはとてもそうは思えなかった。
記憶が呪縛になっている。たまにそんなことを考えてしまう自分が冷たい人間に感じられ、それがとても厭でもあった。
けど、そんなときはぬいぐるみの願いを聞くことにしていた。
記憶の呪縛。
そんな考えはもう持たないようにしよう。
メッセージに込められた彼の気持ちを受け止め、今の現状を受け入れて、そして少しずつ前に向かっていこう。
そう、考えるようにしていた。
一年が経過し、そして季節は再び春を迎えようとしていた。
そんなある日、学級日誌をつけていた私はふいに日誌の上に影が射すのを感じた。
気にせず、記入を続けていると不意に咳払いの音がした。
私はなんだろうと思って顔を上げた。
そして、私は彼の願いを破ってしまった。
そして、彼は私の願いを守ってくれた。
そして、呪縛が想い出に変わった。
了
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なんか瑞佳のシナリオをそのままなぞっただけやないか。
と言うつっこみが聞こえてきそうな気がします。
まあ、許してください。この世の中には、ノベライズというのもあるのですから。
ま、自分なりの解釈で、瑞佳の立場から見るとこう考えていたのかなというのを文章化してみたかったのです。
クレーム。文句。受け付けますので、メールください。
ただし、メール爆弾(笑)はいや(^^;
もちろん、御意見、ご感想などいただけたら望外の極み。
ではではー。
AKIZでした。
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