きょうオレは椎名とTVゲームで遊ぶ約束をした。
長森も世話焼きがてらについてきた。
たぶん椎名はTVゲームの事なんかこれっぽっちも分からないんだろうけど、まあ椎名が
積極的にやりたいと言ってきたんだから大きな進歩といえるだろう。
きっとTVゲームをやるのは初めてに違いない‥‥‥‥‥‥。
おもいっきりヘタくそに違いない‥‥‥‥‥‥。
だけどひとりじゃない。オレがいる。長森もいる。
みんなで遊べば楽しいんだぞ、椎名。
オレと長森では絶対に遊ばないけんぱも椎名がいたからこそ遊べた‥‥‥‥‥‥。
椎名がいたからこそ楽しかった‥‥‥‥‥‥。
TVゲームも同じだろう。オレがいる。長森もいる。
だから椎名も存分に楽しんでくれ。
これからは『みゅー』がいなくても、オレたちがいるから‥‥‥‥‥‥。
「えいっ、えいっ! うーーっ、あっ!」
「みゅーっ♪」
「あ〜あ、やられちゃった。うまいねぇ繭」
「うんっ♪」
オレが家から持ってきた格闘ゲームで、長森と椎名が遊んでいる。
オレからみれば、あからさまに長森が手を抜いているのが分かるのだが、それでも充分に
椎名は楽しんでいる。そんな椎名の様子を見るのが嬉しいのだろう。長森は飽きる事なく椎名
につきあって、さっきからずっと休む事なく遊んでいる。
オレの入り込む余地などない感じだ‥‥‥‥‥‥。
「みなさん、ジュースでも召し上がりませんか?」
椎名のおかあさんは、にこやかな表情で3人分のジュースを運んできた。
「繭、ゲームは楽しい?」
「‥‥うん」
「そう、よかったわね」
椎名のそっけない返事‥‥。それに対する椎名のおかあさんの少し悲しげな表情‥‥‥。
親子と呼ぶにはあまりにもぎこちない。
椎名が予想以上にゲームに熱中し、長森もそれにずっと付き合っていたため、すっかり遅い
時間になってしまった。
「もう時間も遅いですし、よければ家に泊まっていきませんか? 繭も喜ぶと思いますし」
椎名のおかあさんは、そう切り出してきた。
「そんな、ご迷惑をかけるわけには‥‥‥」
「迷惑だなんてとんでもない。是非そうしてください」
「みゅー‥‥‥とまろぉ」
「あはっ、うーん、どうしよう浩平‥‥‥」
「二人にこんなに頼まれて断れるわけないだろ?」
「うん、そだね、じゃあと泊まろっ! 繭、きょうはわたしたちお泊りするよ」
それを聞いた椎名は、とたんに目を輝かせた。
「みゅーっ♪ おとまり」
まるでてりやきバーガーを食べてる時のようなはしゃぎぶりだ。
「よかったわね、繭」
「うんっ♪」
先ほどと同じ、少し悲しげな表情を隠すのをオレは見逃さなかった。
「あはははっ、ちょっと繭、くすぐったいよおっ」
「みゅー♪」
「もお、繭ったらぁ」
「みゅー♪」
二人がお風呂で楽しそうにはしゃぐ声が、静まり返った居間まで聞こえてくる。
椎名のおかあさんの表情がまた曇る。
「おばさん、どうかしたんですか?」
「はい? ‥‥‥どうも‥‥しませんよ。なぜですか?」
「さっきから悲しそうな顔してるから!」
「‥‥‥‥‥‥」
「なにかあったんですか?」
「‥‥‥‥‥‥」
「どうしてそんな顔するんですか?」
繭のおかあさんは困惑の表情を顔に出したまま、しばらく押し黙った。
「‥‥‥‥‥‥あの子の‥‥」
「えっ?」
「あの子があんなに嬉しそうにしてるのを初めて見ました‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「いままでわたしの前で楽しそうにしてた事なんて一度もありませんでした」
「‥‥‥‥‥‥」
「泣くときもわたしのところには来ませんでした‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「本当の母親じゃないですから‥‥‥‥」
椎名のおかあさんは目にいっぱい涙を溜め、やがてそれが頬を伝わり、下へと流れおちて
いった。
おれは返す言葉もなく、ひたすら黙っていた。
「わたしは繭に愛されてないのかもしれませんね‥‥‥」
「‥‥‥‥何でですか?」
「え?」
「何で愛されてないなんて決め付けるんですか? しい‥‥繭がおばさんのことキライだ
っていったんですか? 繭を愛そうとしましたか? 繭に愛されようとしましたか? 最初
から諦めてどうするんですか! 自分から母親を放棄してどうするんですか!」
「浩平さんのおっしゃる通りです。わたしはあの子に母親らしいことはひとつもしてあげ
られませんでした‥‥‥」
「繭はただ人とのコミュニケーションを知らないだけなんです! 母親の愛情を知らない
だけなんですよ! おばさんは繭のいろんな事を知ってあげて、繭にはおばさんの愛情を
いっぱい注いであげなきゃだめですよ! 『みゅー』を与えてそれで母親の義務を果たした
つもりじゃだめですよ!」
繭のおかあさんの目からは涙が止めど無くあふれていた。この人もひとりきりの椎名をみて
いて平気なわけではないんだ。椎名に愛されたいと心から思っていたんだ。 ただ、椎名と
同じように、お互い愛する術を知らなかっただけなんだ。
「これからは繭のことを母親という自覚をしっかり持って、接してあげてください、ね?」
「はい‥‥‥はい!」
椎名のおかあさんは手で顔を覆って、顔を伏せて泣いている
「あっ! いや、オレ‥‥‥なんか偉そうな事言っちゃって‥‥‥」
「いえ‥‥いえ‥‥そんなこと」
そこに、お風呂から上がった長森と椎名がパジャマ姿で戻ってきた。
「ああ、いいお湯だったねぇ、繭」
しかし、母親の様子がいつもと違うことに気が付いた椎名は、長森のことばを無視して
ゆっくりと自分の母親に近付いた。
そして一言。
「おかあさん‥‥‥へいき?」
その言葉をきいた椎名のおかあさんは、目にいっぱい涙を浮かべながら、この上ない優しい
笑顔で椎名を抱き寄せた。
「ほえ?」
「繭‥‥‥だいじょうぶよ」
「みゅー」
「おかあさんはだいじょうぶだからね」
「うん」
「だから、心配することないの」
「みゅー♪」
椎名、よかったな。
これからは『みゅー』がいなくても、オレたちがいるから‥‥‥‥‥‥。
そしてなにより、「おかあさん」がいるんだから‥‥‥‥‥‥。
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ぐはっ! とうとう書いてしまいました「どシリアスSS」。
柄にも無いなぁと思いつつ(笑)書いてしまいました。う〜む、なんか照れる(恥)
こうやって、シリアスなものを書いてみると、なんというか、ギャグなんかより
「全然むつかしい」ですぅ〜っ(笑)!
ちなみにこのお話は「日常ものがたり・第4話」の冒頭部分をちょっと掘り下げて
みたものです。だからといって「日常ものがたり」を読まないと話がわからないと
いうことはありませんのでご安心を。
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