Afters YUKIKO  投稿者:吉田樹


 数え切れないほどの…
 栄養ドリンクと、栄養剤。それに、時々受ける点滴のおかげで。今、私はここにこうしているのよっ!
 …っていうか、死ぬわっ! こんな生活続けてたんじゃ。
 季節感の無い仕事場は、毎月のサイクルだけはきちんと決まっている。現在は、広告もれの最終チェックに入っている段階だから。ファックスやらコピーやらが、机だのにごちゃごちゃと山になっている。
 一年中エアコンの世話になっているけれど。ふと空を見上げれば、いつの間にかいなくなった入道雲に変わった雲が。仕事が嫌になるくらいの青空を、多少は隠してくれていた。
「編集長、お電話です」
「締め切り延ばせって電話なら、断固拒否よ。嫌なら首でも吊れって言って」
「あ、いえ。浩平君から」
 珍しいわね。
 滅多な事では、仕事場に電話して来ないだけあって。浩平から電話がある時は、何か大事なことばかりだった。そういえばここ数日、全然顔を見れていない。家に帰ってすらいないのだから、仕方の無いことだろうけれど。
 回してもらった外線番号を押して、受話器を上げながら。誌面レイアウトのチェックをいれていく。思考を外して片せる仕事だから、電話の時はほとんどこれ。
「もしもし、お電話代わりましたけど」
 相手が浩平だと分かっているのに、ついついお定まりの台詞を吐いている。
「あ、由紀子さん? 忙しいのにごめん、浩平ですけど」
「うん。どうかした?」
 高熱出して寝込んだって、電話もかけて来ないような子だ。実際。高校二年の冬に、ひどい風邪をひいた事があると浩平の彼女から聞かされて。頭を抱えたものだった。
 心配をかけまい、と思ってくれているのかも知れないけど。どうなのかな。私はまだ、浩平の家族にはなれていないのかもしれない。少し、寂しくなったりする。それはまあ。認めろというのも、難しいとは思うけれど。
「今度帰ってくるのって、いつになる?」
「校了終われば、帰れるわよ。どうして?」
「ちょっと時間を割いて欲しいんだけど」
 何か相談事か用事でもある、という事なんだろう。
 大学も仕事も自分で勝手に決めちゃって。何の相談も無かった事に、少し不満はあったけれど。今だに、まともに家に帰っていない私に、そんなことを言う資格は無いと思う。
「急ぐ? どのくらいの時間?」
「今度の休日」
「おっけー。じゃ、悪いけど、これで切っちゃうわね。ご飯だけはちゃんと食べなさい」
「それはこっちの台詞だって」
 労わるような声で、浩平が言ってくれる。
 電話を切った後、少し考え事をしたかったけれど。次から次に押し寄せる仕事の山に、余裕が全く無かった。生活費を稼ぐのが目的だったはずなのに、いつの間にか面白くなって。結局、今の今まで。浩平に、まともに時間を取ってあげる事も出来なかった。
 母親失格よね。とっくに失格してるけど、さ。

 ぼー…
 秋の日差しは柔らかい。
 春や夏や冬とは違って、実りの秋だからなのか。降り注ぐ光そのものが、柔らかな時間を作ってくれるみたいで。縁側で珈琲を啜っていると、なんだかほのぼのとしてくる。
 そういえば。浩平が大学を決める、高校三年の年。何故か、この年の浩平との記憶は曖昧だった。
 普段時間が取れない分、浩平とはなるべく接するようにしているのだけれど。でも、しっかりと大学も決めていたんだから。自立して、結構な事だとも思う。
「ねえ、浩平?」
「何?」
 さっきから、そわそわしてるのが気になってるんだけど。
 ピンポーン
「あ、オレが出るから」
 チャイムの音に急かされるようにして、浩平が立ち上がっていった。どうやら、待ち人が来たらしい。そわそわしていた原因も、相手を見れば分かるみたいね。
 玄関の方で、ぼそぼそとした喋り声が聞こえてくる。服装はこれで良かったのかな、なんて言ってるこの声は瑞佳ちゃんね。
 浩平が大学に入った年に、付き合ってる事を教えてもらったけれど。私はもっと子供の頃から、浩平の彼女は瑞佳ちゃんしかいないと思ってた。なんというか、浩平も鈍いから。恋人同士になるまで、かなりかかったみたいだけれど。
「お久しぶりです」
「しばらく」
 なんだか堅くなっている瑞佳ちゃんに笑顔を返して。私は、テーブルの方に戻る。全員が席に着いた途端、浩平がやけに真面目な顔をして私のことを真っ直ぐに見た。
 うーん、なかなか。お父さんに似て、凛々しい男に育ったじゃないの。
「オレ、長森と結婚しようと思うんだ」
「こ、浩平。いきなり過ぎるよ」
「バカ。遠回しに言ったって、一緒だろうが」
「そういうこと言ってるんじゃないもんっ!」
 おめでとうを言う間も与えず、夫婦漫才を始める二人に。思わず笑顔になってしまう。変わらない二人だけれど、変化はあって。日々の積み重ねの中に、埋没してしまうようなそんな小さな変化に、
 ああ、私はこの子を育てたんだな、っていう実感が沸いてくる。
「許してくれるかな、母さん」
 …
「わ、ゆ、由紀子さん。どうしたんですか?」
「な、なんでも無いのよ。瑞佳ちゃん」
 みさおが死んでから、ずっと。私の事を、そう呼んでくれなかったけれど。そう…許してくれるんだね。
 滲んだ視界の向こうの浩平の笑顔は、
――ずっと前から、許してたよ。こっちこそごめん
 と、語ってくれているみたいだった。

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 長森ED後の七瀬、を書いた時から書きたかったんですけど…なんか今になって、ようやく成文化。
みさお「すっかり御無沙汰ですっ」
 私なんか、既に過去の人ですね(笑) 最近PC止まりまくってて、まともに巡回すら出来てません(^^; 感想はパスさせて下さい、すいません。これ、感想不要ですので…って、ならHPのみ公開にしてもいいのに(^^;
みさお「でも、久しぶりの吉田樹らしいSSだよねっ」
 そういえば本当にそうだね(笑)
みさお「読んで下さった皆さん、ありがとうございますっ」
 ではでは
http://denju.neko.to/index.html