1999年7の月の事件 投稿者: 吉田樹
 さほど広くも無い室内は、かなり暑かった。
 クーラーの効きが悪いのだろう。壁に浮かんだ染みや、ぎざぎざに入ったひびが、年月を感じさせる。だがそんな室内にあっても、この場を取り仕切る人物だけは元気なようだった。
「それでは次に移っちゃいましょうね。では、次は…」
「はい」
 手帳を片手に立ち上がった岡田は、だらしなく垂れ下がったネクタイをさらに緩めて言った。隣に座った千夜子は顔を顰めるものの、岡田は気にしていないようだった。
「では、自己紹介からどうぞ」
「一課の岡田です」
「それでは若宮幸子こと、このゆきちゃんが、何でも聞いちゃいます。皆さんも一緒に、岡田君の悩みを考えてあげてくださいね」
「さきほどの、検死官の稲造さんの発言にもありましたが。桑原裕児の死亡推定時刻は、昨夜の八時半前後になっています。これは、第一発見者である、蛍姉様の証言とも一致しております」
 蛍姉様。岡田がこの単語を使った事で、千夜子は渋い顔を更に渋くしていた。
 刑事に私情は禁物である。現段階で最も有力な容疑者である月城蛍に、岡田が個人的な肩入れをしている事は千夜子は前から知っていた。今回だけは、岡田を捜査から外そうとしたのであるが。デカ長の判断は、捜査陣に岡田を加えることであったのだ。
「桑原の恋人である蛍姉様の証言によれば。その時刻、桑原は夕食をとっていたようであり。おそらく、何らかの中毒を起こした可能性が強いと、オレは判断するものであります」
「けど。ガイシャから食中毒の症状が出ていないってのは、さっきのいなぞーの証言にもあったお」
 隣に座った、コンビの片割れである千夜子の否定の言葉。この事件においては、この二人は意見を真っ向からぶつけ合っていた。緊迫する空気を和らげるように、議長でもあるデカ長が、重々しい口をゆっくりと開く。
「それでどうしたのかな?」
「はい。よって、オレは蛍姉様はシロだと確信する次第であります」
「アタシはクロだと思うお。どの道、彼女が有力な容疑者である線は外せないお」
「それなら、動機は、凶器は?」
「なら、死因は?」
 署の名コンビであった二人の間に走る緊迫した雰囲気。他の捜査員達も、未だに捜査の手がかりすら闇の中にあるこの事件に、神経をすり減らしているようだった。仲裁役を買って出る者はおらず、ただ、汗だけが額を流れていく。
「とりあえず、今回はこれで終了した方が良さそうですね。それでは皆さん、また次回、ゆきちゃんと一緒に悩んじゃいましょうね」
 デカ長の締めの言葉が聞こえても、岡田と千夜子は睨み合いを続けていた。

 額や首筋を伝う汗が、ワイシャツに染みをつくる。それがべったりと広がって肌に張りつくまで、さほどの時間はかからない。
 大気の揺らぐ歩道の上、安アパートの前まで迷わずに歩いていく千夜子。ハンカチで濃い毛に浮かぶ珠の汗を拭う岡田は、疲れたような目を千夜子に向けていた。
「今更、蛍姉様の部屋に行っても…既に、何度も調べましたし」
「岡田。捜査の基本は何だお?」
「現場」
「よくできたお」
 厳しい視線の千夜子は、岡田に笑いかけながらドアベルを鳴らした。千夜子は、熟練した刑事の持つ鋭い視線でドアを見ながら。岡田に聞こえるように言っていた。
「この事件。とてつもなく嫌な予感がするんだお」
 岡田が千夜子に言葉を重ねる前に、開いたドアから蛍が顔を覗かせた。

「ええ。桑原君はそこにそうして…そう、丁度岡田君の座っている場所で、ご飯を食べていたんです」
 既に何度も聞かれた質問だというのに。蛍は、嫌な顔一つするでも無く答えていた。千夜子と岡田の前には、彼女の入れた麦茶が置かれている。警戒しているわけでは無いのだが、二人とも手は伸びていなかった。
 手掛かりの一つとして無い事件。署員の焦りは、確実に二人にものしかかっていて。何より、別々の意見をぶつけ合う二人が一緒にいる事による疲労の蓄積は。他の者の想像が及ばないところまできていた。
「それで、ガイシャはどういった状況だったんだお?」
「外車も何も。私達にはお金がありませんから、中古車程度すら…」
 蛍の言葉に、千夜子は緊張感を更に増していった。張りついたような表情の千夜子とは対照的に、岡田は豪快な笑顔を浮かべている。
「え? え? あ、あはは」
 よく分かっていない顔の蛍は、誤魔化すように笑った後、眉を下げていた。岡田が『ガイシャ』の説明をしている間に。千夜子の脳裏に直感――長年刑事をやってきた者の、経験からの閃き――が、閃光のように走っていた。
「その時、桑原とどんな会話をしてたんだお?」
 いくら親しい間柄とはいえ、些細な口論が殺人に発展してしまう事もある。否。親しい間柄だからこそ、尚の事。
 千夜子の意図を捉えた岡田は、たらこ唇をきつく閉じていた。
「え? えっと…七月が終わろうとしてる、っていう話から。そういえば、キョウフノダイオウって降らなかったなあ、と桑原君が言ったんです」
 キョウフノダイオウ…恐怖の大王。
 蛍の発言から、嫌な予感を全身に張りつかせた千夜子は。脂汗の滲む額を手の甲で拭いながら、緊迫した視線を蛍に向ける。事件の核心に迫った目。
 千夜子のその目に気付いた岡田は、驚いた表情を蛍の方に向けた。
「それで…何と答えたんだお?」
 絞り出すような言葉。一言一言に、その質問が重い質問である事が滲んでいた。
「『今日、歩の大王なんて降るって天気予報で言ってた?』って。あ、『歩の大王ってどんなんだろうね。と金の事かな?』とか。そうしたら、桑原君、動かなくなっちゃって…」
「なめんななめんななめんなだぉーっ!!」

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 『夕焼け - November -』制作頑張って下さい投稿〜☆
みさお「また、べったべただねっ」
 『桑原裕児殺人事件』は、べたな下らなさがウリだとか、そうじゃ無いとか(^^;
 発売前に鈴うたSS書きましたけど、あの情報量じゃ、さすがに夕焼けでSSは書けません(笑)
みさお「読んで下さった皆さん、感想を頂いた皆様、ありがとうございますっ。いっちゃん、まともに追いつけて無いんで、わざわざ感想を書かなくていいですよっ」
 夕焼けって、紹介文読んだ感じだと、『切なさ』より『痛さ・痛み』が強調されるみたいですね。スタッフの皆さん、頑張って下さい(^^)
みさお「○○っ○○ー○ィーをやって、鈴うたの良さを再実感してるいっちゃんでしたっ」
 ちょっとだけ感想。投稿量が多かったら、その分だけ遅レス(^^;

◆ pelsonaさん
・『怨念がおんねん』
 GTO?(^^;
・ 『長い髪の毛は暑いってば』
 最後の一言がいいですね(笑)
・『innocent world  【episode 10】』
 元設定が『あれ』から、すっかり『古事記』になってますね(笑)

◆Sashoさん
・ 『Everlasting Days 〜終わりなき日常〜』
 これって…って言うと、ネタばれでしょうね(^^; いや、でもそれだと一年からじゃ無いですもんね。クライマックスでどうひっくり返すかがみどころ。

◆シンさん
・ 『はい、純粋に感想だけを(ぉぃ』
 いや、ご苦労様です(^^) 手抜き感想? 私はひど過ぎ(><)

 板橋検事さん、はじめまして☆
 雀さん、ポニ娘への愛ですね(笑) まだ読めて無いんで、そのうち宿で読みます(^^; りーふ図書館更新されました。まさたさん、ご苦労様です(^^) 某所は短期間で閉鎖されましたし(^^;
みさお「いっちゃんとこで、リレーSSのログサポートやってますっ」
 皆さんも、リレーSSに参加してみてくださいね(^^) 特に何の得にもなりませんけど(^^;
みさお「それではっ」
 ではでは

http://denju.neko.to/index.html