たい焼き鎮魂歌 投稿者: 吉田樹
 人混みは昔から苦手だった。
 目に映る風景から、だんだんと色が褪せていったことも。耳に馴染んだ人達の声が、長いトンネルの向こうから聞こえるように遠く感じたことも。それが原因なのかも知れない。人混みというより、人自体、僕は子供の頃から苦手だったのだから。
 購買は、生徒の数を充分にさばききれるほどの大きさは無く。我先に昼食を求める生徒でごったがえしていて、僕にはかなり辛い場所になっていた。冬のこの時期、暖房の無いはずの食堂は、黙って立っていても汗が滲むくらいの場所だった。
 里村の行動は正解かも知れないな。なんとなく、そんなふうに思った。
 ここへ来る途中の廊下ですれ違った里村は、弁当を片手に中庭の方へ歩いていった。長いつきあいだけに、なんとなく気分が分かるというか。あんな楽しそうな茜は、初めて見た気がする。原因となる心辺りは、折原と昼を食べる事以外に考えられないけれど。
「なあ、折原」
 購買の行列を掻き分けて進もうとした折原に、意見を求めてみる事にする。彼の冗談をしばらく聞き流してから、僕は本題に入った。
「あんな楽しそうな里村、初めて見た」
「…は?」
 説明を端折りすぎたんだろうか。怪訝な顔をしてそう言う折原に、僕は初めから説明する。さっき廊下で出会った里村が、やけに楽しそうだったと。まあ、どこがどうってのは言葉に出来無いんだけど。
「…曖昧だなぁ」
「オレは1年の時から里村とは同じクラスだからな。何となく分かるんだ」
 もう、かれこれ十年以上のつきあいにはなるんだよな。
 里村が折原の事が好きだから、一緒に昼を食べることに浮かれてると、からかうつもりだったのだけど。僕にはそういう才能はまるきり無いらしい。
「悪いな、呼び止めて。それだけだ」
 言いたい事は山ほどあっても、別に折原に言っても仕方無い事だしな。とりあえず納得しながら、僕は歩き出していた。

「はいよ! カツ丼お待ちっ!」
「いっただっきまーす」
 詩子がお行儀良く、両手を揃えて声を上げる。にこにことした笑顔で割り箸を割って、丼に触れようとするが。僕が黙って見ていなければならない義務は無い。
「ひどい。なんで邪魔するのよー」
「食べたいなら自分で注文しないと」
「あなたって、時々細かい事気にするよね」
 学校からしばらく歩いたところにある、商店街の定食屋。テーブルにこびりついて風化したソースや、時折止まる換気扇はともかく。一時を回って空いた店内は、ゆっくり食事をするにはいい場所だった。
「里村は折原の事を好きだと思うんだけど、どう思う?」
 昼食時に中庭で一緒に食べるなんて事を、あんなに嬉しそうにするなんて。僕相手には見せなかった態度だった。そう思いながら、なんで詩子がここにいるのかは少し疑問だったりもするけど。ま、この商店街は子供の頃からお世話になってるし。
「あなたは昔から鈍いから、参考にならないけどねー」
「詩子って、時々ひどい事言うよな」
「茜がずっとあなたの事を好きだった事に、気付かなかったじゃない」
 結局カツ丼を詩子と半分こにする事になりながら、僕はぼんやりと頷いていた。
 子供の頃から、三人でよく駆け回っていた空き地で里村と別れた時。この世界から僕が消えてゆこうとした時。里村はずっと泣いていた。でも、
「まだ茜に黙ってるつもり?」
「別に黙ってるわけじゃなくて、里村には何も聞かれて無いから」
 不意に、狂暴な感情が暴れ出そうとした。
 帰ってきても里村は気付かず。馬鹿みたいに舞い上がって帰ってきた自分とか。すぐに気付いてくれた詩子とか。色んな事へ対しての気持ちが、一気にせり上がってきて。頭まで埋め尽くして冷静さを失わない為に、僕は水を口に運んだ。
 一気に流し込むと、よく冷えた液体と一緒に感情もゆっくりと沈んでいった。
「カツ丼半分じゃ、少し足りないねー」
「そうだな」
「たい焼きでも食べようか」
「そうだな」
 次の目的地を決めて立ち上がる詩子は、食べた分を払う気持ちは無いみたいだ。もともと払うつもりだった勘定を財布から出しながらも、僕は少し納得がいかなかった。
 店の外に出ると、冷たく澄んだ空気が歓迎してくれた。
 湿気の無いこんな空気は、とても好きだったけれど。空気を吸い込んだ肺を、寒さで満たしていくような感覚は。自分が余りに純粋になっていくようで、実体感の無い不安を感じさせる。高山にある泉のように、不純物の混じらない冷たい透明さ。自分の何もかもを晒して平気でいられる奴なんていないから、寒さは苦手なのかも知れない。
「確かあっちにあったはずなんだけど」
 冬の空はとても薄く、とても高く感じて。手を伸ばしたら、この冷たい空気にもあの空にも、僕は溶けてゆける。ひどく曖昧だけれど、それは確信出来る事だった。でも、
 僕は、そうしてまた逃げ出す事よりも。詩子とたい焼きを食べる事を選んでいた。

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 原型の南探ったら、詩子に似てたのでこんな遊びを(笑)
沢口「茜の幼馴染みに始まり、茜の幼馴染みに終わる。ちょっと美しいかもね」
 そうだね〜(^^)
みさお「感想を頂いた皆様、読んで下さった皆さん。ありがとうございますっ♪」
 私は感想どころか読めてません(^^; ですので、出来れば飛ばしてやって下さい(^^) それでは皆様、機会があったらまたお会いしましょう(^^)
みさお「さようなら〜☆」(←手を振ってる)
沢口「発売日前に間に合えば、すずうたSS書くそうですけど」(←笑ってる)
 ではでは