授業参観日にした日 投稿者: 吉田樹
 痛い。苦しい。息が、息が止まりそう。
 ちっとも柔らかくなくなっちゃった私の手が、ころころ、ころころと。お兄ちゃんに貰った、大事なカメレオンのおもちゃを転がしてる。授業参観日に出来るのは、もう、今日だけだから。だから、お兄ちゃんに私の楽しそうな様子を覚えていて欲しい。
 本当は、この前読んだ銀河鉄道の夜をまた読んでる方が楽しいんだけど。カメレオンのおもちゃで遊んでる方が、お兄ちゃんは私が楽しんでると思うから。
「みさおっ?」
「しゃ、しゃべっちゃだめだよぉ…」
 心配そうな顔をさせちゃった。きっと、私が思わず声を上げちゃったからだね。ごめんね、お兄ちゃん。
 私のお願いを、空き缶を履いたお父さんは、ちゃんと聞いてくれる。いつだってそうだもん、お兄ちゃんは優しいから、結局私のお願いは聞いてくれる。今だって、学校じゃなくて病院だし、お兄ちゃんはお兄ちゃんで、お父さんじゃ無いのに。いっしょうけんめいお父さんに変装して、授業参観日にお父さんに来て欲しいっていう、私のお願いを聞いてくれてる。
 いつからだったか分からないけど、私もお兄ちゃんもこの日が来ることは分かってた。する予定だった手術が、結局やらないことになった時だったかもしれないし。入院した時からだったのかも知れない。
 壁もベッドもカーテンも、部屋の中に吹き込んで来る風さえも真っ白な病室は、不思議なくらいに静かだった。廊下を歩く人の足音や、低くこもったように聞こえてくる話し声もするけれど。そんな音よりも、私がおもちゃを転がしてる音の方が大きかった。
 でも、本当に一番大きな音は、私のかすれた息の音。

 長い髪がお気に入りだった。
「みさおちゃんの髪って綺麗ね」
 色んな人にそう言われるのも、嬉しかったけれど。
 公園とかでぼうっと立っていると、遠くの方から芝生がさざ波を立てて迫ってくる。来る、来る、ってちょっとわくわくしながら待ってると。私の髪をさらさらって音を立てながら、風が通り抜けていく。
 顔に当たる風に思わず目を瞑っちゃうと、明るくてなんにも無い世界になる。そんな中で首とか耳とかをくすぐる私の髪が、少しくすぐったいけれどとっても気持ち良くって。私は知らないあいだに笑顔になってる。
 そして、そんな私の顔をお兄ちゃんがとっても嬉しそうな笑顔で見てくれてるんだ。
 そんなふうに、ずっと一緒にいられると思ってた。
 私はずっとお兄ちゃんと一緒にいて。そして、あの少しぶっきらぼうで、とっても照れ臭そうな笑顔をずっと見ていられるんだと思ってた。

 手術で髪の毛が無くなっちゃったとき、誰もいなくなってから私は泣いていた。
 私は入院してからずっと信じていた。足の速いお兄ちゃんに置いて行かれないように、いっしょうけんめい追いかけるんだって。お母さんにしかられてまた晩御飯抜きになっちゃったお兄ちゃんに、おにぎり持っていってあげるんだって。
 お気に入りだった長い髪が無くなっても、私は病院にずっといたままで。それではっきり分かっちゃったから、泣いたんだ。
 お医者さんや看護婦さん達が私にかけてくれる言葉は、ただ優しいだけだって分かったから。ずっとずっと分かりたくないから、分からないふりをしてたのに。本当に、それが優しいだけの言葉なんだって分かっちゃったから。

 銀河鉄道の夜のいろんな場面を、思い出してる。
 ジョバンニが銀河鉄道に乗ってカンパネルラに会うお話だけれど、カンパネルラはどう思ったのかな。いっしょうけんめい走っても行けないところに行こうとしている列車に、友達が乗っていたとき。カンパネルラはどう思ったんだろう。
 きっと嬉しかったよね。
 そして多分、私と同じように感じてたんだと思う。どこまでも一緒に行きたいっていう気持ちと、それじゃいけないんだって気持ち。両方が同じくらいの気持ちで、両方とも本当の自分の気持ちで。でも、でもカンパネルラは選んだんだ。
 私と同じ答えを。
「はぁぅっ…くるしいっ…くるしいよ、おにいちゃんっ…」
 今までずっとわがままなんて言わなかったけど、私は最後にわがままを言うんだ。お兄ちゃんとお別れするのはとっても寂しいから。優しい気持ちに後押しされないと、不安につぶされちゃいそうだから。
 空き缶が大きな音を立てて、お兄ちゃんがベッドにぶつかった大きな音がした。それでもすぐに私の目の前に顔を出して、こう言ってくれる。
「みさお、だいじょうぶだぞ。お兄ちゃんがそばにいるからな」
 お兄ちゃんの顔はなんだかぼやけていて、よく見えなかったけれど。とっても優しい笑顔でそこにいることがわかるから。私はね、ずっと、そんなお兄ちゃんにただ甘えたかったんだよ。足の速いお兄ちゃんと、手を繋いで歩きたかったんだよ。
 口から何か言葉が出てるけれど、私には良く聞こえなかった。お兄ちゃんが何か言ってくれて、暖かい温もりが私の手を包み込んでくれる。
 でも、でもね。お兄ちゃんの優しい声も、暖かい温もりも、私の大きな息の音も。どんどん、どんどん小さくなってるんだ。心から遠いところから、少しずつ消えていってしまうみたいに。
 まだ、だめ。まだ言ってないもん。私、ちゃんと伝えたことが無かったもん。
「どうした? お兄ちゃんはここにいるぞ」
 はっきり聞こえたその声を聞いた時、不思議なくらいに痛みは無くなっていた。だから私は、最後にとびきりの笑顔を残してこう言えたんだ。
「ありがとう、おにいちゃん」

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 お久しぶりです。未読ためまくりな吉田樹です(^^;
みさお「今日は3月30日っ! そう、みさおの日ですっ」
 だもので急遽書いてみたんです(^^; 読まれた方はお分かりの通り、これはSSとは呼べません(^^; ですので感想は書かないでやって下さい(^^;
みさお「今日だけは、誰よりも私を好きでいて下さいねっ」(←吉田樹は無視)
 くぅ〜(#^^#)(←馬鹿) しっかし後書きにみさおちゃん出すと、上とのギャップが(笑)
 ではでは〜☆