伝えたいこと vol.11 投稿者: 吉田樹
『とても悲しかったの』
 …ああ。
『あのね。本当はちょっとだけ、わがままを言っただけなの。でも、お父さんもお母さんも、とても冷たくなってしまって。だから、ずっと泣いて暮すって。涙が枯れ果ててしまっても、泣いて暮すんだって。そう、決めたの』
 それって…

 両親が死んで、祖母の家に預けられた澪。
 時折、ふらふらと外に出ては。もう、どこにもいるはずの無い両親を求めているのか、街をさすらっていた。会いたい人に会えるはずも無く、澪は黙って家に戻ってくる。
 全くの無表情で、反応が無い。何を思っているのか、何を考えているのか。口をきかなくなった澪の心は、誰にも分からなくて。両親を喪った悲しみを気遣って、周囲の人は、澪に遠巻きに優しく接していた。壊れ物を扱うように。
 そんなある日、澪はブランコに乗っていた。
 何をするでも無く、ただ座っていて。周りで遊んでいた子供達は、澪の事情を聞いているのか遠巻きにしている。そして、一人、一人と子供達が帰っていっても。澪はただ一人、ぽつんとブランコに座っていた。
「…よっ。お前なにやってるんだ?」
 澪の視界に、やんちゃそうな男の子の姿が映る。
「ひとりで遊んでるのか?」
 男の子は笑顔で一杯になっていて、少し乱暴そうで…まあ、別にな。オレはただ、なんてのか。あの時、ちょっとからかってやろうと思っただけだぞ。決して、喋れなくなった可哀想な娘だ、なんて聞いたからじゃないからな。
 子供の頃のオレが、澪に反応させようといろいろとやる。頬を引っ張ってみたり、ブランコをねじれさせて回してみたり。それでも無反応の澪に、すねたり怒ったり宥めたりした挙句。偉そうに貸してやると言って、スケッチブックを澪に押しつけた。

『嬉しかったの』
 …なにが?

 散々喚き立てた挙句、クレヨンを握らせて。オレが澪に自己紹介をさせようとする。こうして改めて傍から見ると、うるさいだけのガキだな。
 オレの勢いに押されて、澪も自己紹介をする。その時のオレの顔ったら無いな、見てる方が恥ずかしくなるぐらい、嬉しそうな顔をしやがって。
 一週間後に返す、と約束を交わして。オレと澪は別れた。
 祖父母の家に戻った澪は、さっそく色々と書いて見せる。澪が心を開いてくれた、そう思ったのだろう。澪の祖母が、嬉しそうな笑顔で喋りかける。それで嬉しくなったのか、澪もどんどんとスケッチブックを文字で埋めていった。
 一週間後。
 お小遣いを貰って、早速文房具屋でスケッチブックを買った澪は。その足で公園へ向かう。嬉しそうな顔で。何かを伝えたい顔をして。でも、いつまで経ってもオレは来ない…そう、来ないんだよ。
 何日も何日も。澪はそこで待ち続けた。
 祖母と澪だけの暮しを心配した親戚が、二人と一緒に暮すと言い出し。そしてその日がどんどん近付いてきても、澪は待ち続けた。そして、その街を立つ日。
 陽が落ちても、澪はずっと公園で待ち続けた。
 真っ暗な夜の世界で、どんどん物音が少なくなってくる。木の葉が風にそよぐ音が、異様なほどに大きく聞こえて。不安をびっしり顔に張りつかせながら待っていた澪が、公園に近付く人影に、嬉しそうな顔を上げる。
 でもやってきたのは、澪の祖母で。そして、その人の口から優しく、オレが引っ越した事を告げられた。
 その時。澪の目から、涙がこぼれた。
 ぼろぼろ、ぼろぼろと。いつまで経っても止まる事の無い勢いで、澪が泣きじゃくる。その頭を、澪の祖母が優しく撫でてやっていた。

 澪がチョコレートを持って走っている。
 高校生の澪だな、見慣れた姿だ。かなり苦労して作ったわりに、不恰好なそれを気にしてはいるようだが。それでも、一生懸命作ったものだけに大事そうに抱えている。私服だって事からしても、この日は二月十四日と思って間違い無いだろう。
 向かっている先は…オレの家か。見慣れた家並みが映っている。
 そして、
 オレの家の前で、澪は足を止めた。ちょうどリビングが見えていて、オレが長森に貰ったチョコを食べているところだった。長森の奴は「いつも見ていないと心配だよ」なんてふうに。オレの世話を焼くのが趣味だけあって、無意味に凝るからな。毎年作ってるだけあって、きちんと猫の形をしたチョコだった。
 澪は自分の持っている包み紙を見下ろした後、肩を落として帰っていった。
 だが、
 オレが学校に来なくなる。演劇部の部員達の誰もが、部活に顔を出さなくなったオレの事を不思議がりもしない。長森すらも、オレの事を忘れる。まるで、オレが初めからそこにいなかったかのように。
 澪は、何かを悟ったのだろうか。ある日から、あのスケッチブックを学校に置いて帰るようになった。そして、まだ日が昇る前に学校に来ては。何の変化も無いスケッチブックを、ただ寂しそうに眺める。
 そして、あの日。
 スケッチブックは無くなっていて。ただ、メモだけが残っている。
 澪が、涙を目からこぼれそうなほどいっぱいに溜めて、頷いていた。澪は知ってたんだな。全部知ってて、それで。オレが消える最後の時も。
 オレは結局、何一つお前に出来なかった。ずっとお前の事を苦しめてただけで、最後の最後まで悲しませる事しか出来なかった…
『そんなことないの』
 …
『…だって』

 …そう、だよな。最後じゃ無いよな。
 真っ白い光だけだった世界が、風が吹くように色彩で埋め尽くされていった。きらめく光を眩しいほどに反射する芝生。かさかさと音を立てて揺れる、木の葉の影。見飽きていた校舎からは、生徒達の騒ぐ声が聞こえてきている。
 とりあえず…腹が減ったな。
 目的地を決めたオレは、迷わず行動に移す事にした。学食にするか、パンにするかは、食堂に着く頃には決まっているだろう。
 ちょうど昼飯どきだったらしく、廊下を食堂へと向かう生徒達の姿が見えた。オレはそんな、どうでもいい光景を見ている事に。なんとなく、いい気分になっていた。
 食堂に入ると、相変わらずの混雑だった。
 こりゃ、席を取るのも容易じゃ無いな。そう思った時。
 ばたばたと、一直線にオレを目指して駆け寄ってくる足音が聞こえた。前の舞台の時と同じ舞台衣装を着た澪が、オレの事を見つけて一目散に駆け寄ってくる。そのまま、抱きついてくるつもりなんだろう。いや、気持ちは分かる。分かるから、少しは落ちつけ。
 駆け寄ってきた勢いのまま、澪がオレに抱き着いてきた…ラーメンのどんぶりを持っている事を、すっかり忘れて…

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みさお「…ねえ、一つだけ聞いてもいい?」
 聞かないで(^^;
みさお「よもすえさんに頂いた設定、あれが、どうしてこうなったの?」
 不思議だよねえ(笑) あのまんま書いてたはずなのに、自分でもなんでこうなったんだか分からない(^^;
みさお「感想を頂いた皆様、読んで下さった皆さんありがとうございますっ」
 次のエピローグで終わりです(^^) ではでは

http://denju.neko.to/