伝えたいこと vol.10 投稿者: 吉田樹
 辺りを闇が取り巻いている…
 いや、闇の中にオレが入り込んでいるのか。それとも…
 上? 下? 右? 左? どっちにどう向かえばいいのか、見当もつかない。だいたい、自分が立っているのか横になっているのか、それすらも分からないぐらいだ。
 さっき、澪がオレのメモを読んだ場面が見えたという事は…ここは、オレの想いが生み出した場所というだけでは、どうも無いらしい。だったらその辺りに、ここから抜け出せる道もあるだろう…

 澪! って叫びたかった。
 でもどうせ、もう、澪はオレの事なんか忘れているから。だからオレは、恐がらせるような事をしたく無くて…ただの『見知らぬ男子生徒』として話しかけて。
 いつも澪の笑顔を、泣き顔を、怒った顔を、照れた顔を見てきたから。出会えば必ず、腕にしがみついてきたから…だからそれが、ごく当たり前の事だと思ってきた。でもこんな時、何を言えばいいのか。伝えたいことはこんなに、こんなにあるのに。何も、何も言う事が出来なくて。
 話しかけるオレに近づいてくる澪は、困った顔をしていて。そうだよな、オレは、もう、お前の知らない奴なんだから。
「…きっと…大丈夫だから…これからも…頑張って…」
 …え
 唇が、触れた。澪が、オレに…オレ、に?
「…み…お」
 澪が、はっきりと頷く。オレの事を覚えていてくれた…澪が、オレの事を。ただそれだけで、オレは間違い無く幸せだという事を、実感出来ていた。

 …こっちじゃ無い!
 オレは自分の想い出だけに浸っていたくなんて無いんだ。ごく当たり前の幸せ。でもそれは、幾つもの偶然…哀しみも含めて、いろんな事が積み重なって得られたもの。
 ただ一つの温もり。君の肌の柔らかさ。
 それだけを、感じていたいから。オレは、永遠に続くものよりも、失ってしまうかもしれないものの方が愛しく思えるから。
 不思議なものだよな。
 叶わぬ願いだって分かってたから、辛い記憶の全てを忘れ去って。それでも求め続けていたものが、ここにはあるというのに。こんなにも、帰りたいと思う。彼女の元へ。

「お前に先越されてかっこわるいけど…澪…好きだ」
 にっこりと微笑んでくれたから。
 この世界から消える最後の瞬間に見れたものが…大好きな人の…目に一杯の涙を溜めていたけれど…大好きな人の笑顔だったから…
 だから。戻って来れる…

 そうだよ! オレは戻るんだ。
 忘れ去って、気付かないでいたかったこと。それでも求め続けて疲れていた心が、求められる事に幸せを感じていたこと。それは、確かな喜び。そしてそれは、気がつけばオレにとって無くてはならないものとなっていて。
 かつての幸せを振り捨ててまで、得たいと思うほどの。心から求めるものに。
 いや。案外、どうしようも無く手のかかる妹を放っておけないだけなのかも知れないけどな。
 そう、『妹』をな。
 どっちに向かえばいい? …澪。そう、澪を。澪と触れ合っていたい。ただそれだけがオレの望みなんだ…
 闇の向こうに、何かが見える。あれは? …スケッチブックか。
 近付いていくと、周囲に暖かい光が満ちてきた。これは、慣れ親しんだ温もり。すぐに甘えてくる、元気が良過ぎる彼女の柔らかさ。
 ページを開くと、彼女の空気がした。

 小さい頃の澪だ。
 余所行きの服だろうか。ひらひらの多くついた、女の子らしい服。大きな鏡の前で母親らしき人に手伝って貰って、いそいそと着替えている。母親の格好からしても、どこかへ出掛けるところらしい。
「ほ〜ら、リボンした方が可愛いわよ〜」
 母親が結ぼうとするが、いやいやと首を横に振って澪は応じようとしない。父親らしき人も一緒になって澪を説得にかかったが…喚き散らす澪は、とうとうリボンを掴んで部屋の隅に投げてしまった。
 …喚き散らす?
「嫌なの!!」
「聞き分けの無い子は、お母さん知りません! 私達は、どこかに行っちゃいますからね」
「おいおい」
 とうとう泣き出した澪に、母親がヒステリーを起こし。父親が宥めようとする。母親は澪に背中を向けると、父親に向かってぺろりと舌を出して言った。
「先に出て、待ってましょうよ」
「全く、君は…別にリボンぐらい、どうだっていいだろう」
「だって。澪は、リボンした方が可愛いじゃないですか。せっかく招かれたんですから、皆さんに一番可愛い澪をお見せしたいんですよ」
「親ばかだねえ、君も」
「なに言ってるんですか、あなただってこの前っ!」
「はーいはいはい。わかったわかった。行こう、行こう」
 両親が部屋から出ていってもしばらくは、澪は床に座り込んだまま動こうとしなかった。物音がして、期待に満ちた瞳と、ふてくされてるのを思い出した顔をして入り口を見るが。結局、なんの反応も無い。
 時計の音が、他に物音のしない室内に満ちていって…結局澪は涙を拭いながら、リボンを乱暴に掴むと。靴に恨みでもあるような履き方をして、表に出た。
 家の前には凄い人だかりが出来ていて、点滅する赤い光も見える。玄関を出てすぐに大通りのある家で、通行車も野次馬根性を窓から覗かせていた。
 両親を探してきょときょととする澪。不安そうな顔をして走り出した澪は、人々の足の間を抜けて進んでいく。すると、野次馬の環の中にぽっかり出来たスペースに放り出され、
そして…バンパーのへこんだ車と、転がって動かない二人を見た。
 きょとんとした顔をして近付いていった澪は、母親だったものと父親だったものに呼びかけようとする。だが二人とも、何の表情も浮かべておらず。恐る恐る手を伸ばした澪は、二人の肌の冷たさにびくっと手を引っ込める。
 警察や近所の人々が澪を慰める間、澪は全くの無表情で。そして、手に握り締めていたリボンを、ゆっくりと自分で結んでいた。かなり歪で、結び直した方がいいのは誰の目にも明らかだったが…誰かが触ろうとすると。無表情だった澪が、とてつもなく怯えた顔をして必死にリボンを抑えていた。

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 初めて10個目突破するようなもの書いてます(^^;;
みさお「冷や汗かくぐらいだったら、はじめから短いものにしておけばいいのにっ」
 本当(^^; 結局、最後の「演劇部の女の子の一人称」には触れられずに、あと1.5話で終わります(^^; 書いたら全然消化出来なかったんです(^^; 書かないとこの永遠の世界がまるで意味不明ですけど…ごめんなさい(^^;
みさお「感想を頂いた皆様、読んで下さった皆さんありがとうございますっ」
 残りは隔日ぐらいで、一気にUPしちゃいます(^^; 未読を読み終えてからの投稿にしようと思ってたんですけど、まだ読めてません(^^; 感想メールは、来る事前提では待たないでやって下さい(^^; ではでは