伝えたいことvol.9 投稿者: 吉田樹
「遊びに来てやったぞ」
「あ、お兄ちゃん」
 病院というのは、健康な人を歓迎しない場所なんだとつくづく思う。みさおのお見舞いには何度も来ているけれど、来る度に注意されてるもんな。
 みさおの奴はいつも通り、ベッドの上で本を読んでいた。そんなに本ばっかり読んでたら、そのうちうんと偉くなっちゃうぞ。そしたら、今みたいに気軽に妹なんて呼べるのかどうか、お兄さんは少し心配だ。
「本ばっかり読んでて楽しいか?」
「うん、面白いよ」
「なに読んでるんだ? えっと…とびとり時代の…なんだこれ?」
「とびとりじゃなくって、あすか時代だよ…えっとね、遣隋使にまつわる、いろんなお話が載ってるんだよっ」
 けんずいしってのはなんだろう? とは思ったけれど、黙っておく事にした。みさおには僕が分からない、って事がばれたみたいで。ぼくが退屈しそうな話題は避けてくれた。まあ、それはともかく、としてだ。
「ところで妹」
 呼び掛けてやると、何故だかみさおの奴は顔を赤くして、ちょっと視線を逸らす。なんだろう。妹って呼ぶ事もたまにはあるのに、怒ったんだろうか? そりゃ、確かに。本当は兄妹じゃなくて、従兄妹だけどさ。
「あ、あのね、お兄ちゃん。妹って、ずっと昔は。男の人が、愛する女の人を呼ぶ時に使った言葉なんだって。小野妹子って人がいてね。その妹子って、愛する女性の子供、っていう意味なんだって」
 な、なにを言う。
「だからね、その…お兄ちゃんが私の事を妹って呼びたがったのって…」
「そんなの今初めて知ったぞ。みさおは、なんか妹だから、妹って呼んでるだけだ」
 言葉の意味を知ってから妹って呼ぶと、なんだか妙な感じだ。みさおの奴もそれを感じているらしくて、ちょっと照れたふうに笑ってから言った。
「私ね、おっきくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるのが夢なんだっ」

 もっと前だ…もっとずっと昔。ぼくのもっと深いところへと…

 もう二度と、お父さんの笑顔を見る事が出来ない。
 ずっと続くと思っていた、幸せな日。ごく当たり前の事としてそこにあるものだとばかり、思ってたこと。
 でも
 生きていれば人は誰でも、死んでしまうんだ。これじゃまるで、死に向かって生きているみたいだ。
 どうせ死ぬのに、なんで生きるんだろう? 死んだ後にこんな哀しみを残していってしまうなら、ぼくは…ぼくは、誰一人傷つける事無く。誰一人哀しませる事の無い別れをしたい。それが、今のぼくの、ただ一つの望み…
「泣いてるの…?」
 晴れた日、曇りの日、小雨のぱらつく日。いつどんな時も、ぼくの傍にいた彼女が言った。
 お母さんと一緒にお世話になっている、由紀子さんの家の娘。遊ぼう遊ぼうと、うるさい従姉妹。ぼくはいつもただ無反応で、何をされても何の反応もしなくて。涙を流していなかったから、お母さんも、誰も。泣いてるなんて思わなかったのに。
「いつになったら、あそべるのかな」
「遊べないよ。ぼくはずっと泣いているんだから。悲しいことがあったんだ…ずっと続くと思ってたんだ、楽しい日々が…でも、永遠なんてなかったんだ」
 なんであんな事をきみに言ったんだろう。
 泣いていることに気付いたから。きみならわかってくれるかも知れないって、そう思ったから。言葉にするのはとても難しい事を、分かって貰える。そう思ったから…だから、なのかも知れない。
「永遠はあるよ」
 ぼくの頬を手のひらに収めたみさおが、にっこり微笑んで続けた。
「ずっと、わたしが一緒に居てあげるよ、これからは」
 ぼくの唇に、ちょんと唇が触れた。

 そうか…ぼくは、みさおの事が大好きだった。ずっと一緒にいたいと思っていた。でもそれは…それは結局、かなわなかった願い。だから、だからもう一つの願いがかなったんだ。
 それは余りにゆっくりと実現した願いだったから、随分遅くなったけれど。ぼくは確かに願ったよ。「誰一人哀しませる事の無い別れをしたい」って。
 ぼくは努力したはずなんだ。みさおとずっと一緒にいたい、幸せにしてやりたい。そう思って努力してた。でも結局のところ、みさおとずっと一緒にいる事なんて出来なかったから。努力なんかじゃどうしようも無い事があるって、気付かされたから。
 それが余りに辛い事だったから。ぼくは、みさおの事を忘れたんだ。
 でも、忘れちゃいけないことなんだよ
 とても悲しい事だけれど。でも、忘れてしまうのは。その人が存在していた事、その温もりを感じていた事を忘れてしまう事の方が、もっと辛い事だから。
 あの世界から忘れられていく過程で、ぼくは思い知ったんだ。何の努力もしないで、与えられていた幸せがいかに多かったか。その全ての退屈な瞬間が、どれほど愛しいものだったかって事を。
(どうせ死んでしまうのに?)
 だからこそなんだよ。だからこそ、全ての瞬間が大切で。かけがえの無いものだという事が、よく分かっているんだ…オレには
 気がつくと目の前から、彼女の姿が消え失せていた。
 失ってしまった大切な人の面影を重ね続けた女の子。今の町に越して、オレが初めて口を聞いた子。ずっと一緒にいた奴。結局オレは、お前をお前として見ていなかったんだな…
 周囲は闇。
 どうやら、ここに来た時と同じ状態になったようだな…さて、どうやったら帰れるのだろうか?

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 『ONE本編は浩平が永遠の世界で思い出していたもの』ってのと、この『きみ=みさお』が今回の仕掛けでしたっ! 仕掛けの消化は出来て…たらいいな(^^;
みさお「まだまだ続きますっ」
 次で終わる予定だったのに(^^; 感想を頂いた皆様、読んで下さった皆さんありがとうございます。ではでは

>刑事版を復活させてみましたので、告知投稿に近いです(^^; もう少し煮詰めたかったんですけどね(^^; さ、↓へどうぞっ! ちなみにうちのトップからもリンクかけときました(^^)

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