伝えたいこと vol.7 投稿者: 吉田樹
 すべての瞬間が、かけがえの無いものだったんだよ。
(滅びに向かっているのに?)
 だからこそ、なんだ。
 同じ毎日を無意味に繰り返して生きていると思って、ぼくは、ひどく退屈していたんだ。だから、ずっと知らずにいた。気付かずにいた。だって、それは、努力しないでも与えられていたものだったから。ごく、当たり前のことで。それを失ってしまう事になるまで、失う事があるなんて、考えもしなかったんだから。
(同じような事の繰り返しでも?)
 全く同じ事の繰り返しなんか、なにも無いんだよ。
 雨の日もあれば、晴れの日もあって。その雨にしたって、鬱陶しく思う事もあれば、慰められるように感じる事もある。夕焼けを見上げて、ちょっと寂しいな、と思う事もあるし。逆に、なんだか楽しい気分になる事もある。
 いつも当たり前の事としてそこにあること。同じことのように見えて、本当は少しずつ違う瞬間。毎日同じ顔ぶれと、毎日同じような事を喋っていても。でもそれは、その全ての瞬間は。全く同じものを望んでも、二度とは得られる事じゃなくて。
 だからこそ、そのすべてが愛しいと。かけがえの無い大切なものだと思うんだ。
 あの世界から消えていく事を悟ってからの、最後の四ヶ月。それは本当に、あっという間の事だったけれど。でも、それまで退屈だと思っていた日々が。本当は、ぼくにとってとても大切な日々なんだという事に気付いたから。だからこそ、ぼくにとってあの日々は、かけがえの無いものなんだ。
 滅びゆく事に抗うように、ぼくはいろいろな出会いを果した。
 光を失っても、笑顔を失わなかった先輩。
 仲間に裏切られても、頑張り続ける部長。
 言葉なんか喋れなくても、めいっぱい気持ちを表現出来る後輩。
 みんな、なにかを失っても。それでも、泣いてばかりじゃ無かった。ぼくもそうなんだよ。それがどんなに悲しい事であったとしても、しまっておけるから。忘れてしまえるから、顔を上げられるんだ。そして、いろんなものを見ることが出来る。
 だから。こんな永遠なんて、もう、いらなかったんだよ。
(わからないよ)
 わからないさ。だってずっと子供のままだったんだから、きみは。
 泣いてばかりの日々から救ってくれた、きみ。でも、きみは毎朝起こしに来てくれていた幼馴染みじゃ無いね。きみは、誰なんだい?
(わたしは、あなただよ)
 それはわかってるよ。ここは、ぼくが作り出した世界なんだから。だから、ぼくの幸せのかけらを見る事が出来る。見る事しか出来ないけれど、失う事は無くて。でも。絶対に失わない事なんかを、そんな永遠なんかを、ぼくは愛しいなんて思わない。
 いずれ失ってしまうものだから。だからこそ、すべての瞬間がかけがえの無いものだと。愛しいものだと、思えるんだ。

「よし澪っ! そこで伸身二回半捻り跳びだ!」
 オレの声に従って、澪が宙を…舞えなかった。コーチであるオレにとっては、悲しい事だぞ。せっかくの教え子が、今だ羽ばたけないのを見るのは。
 だが澪は、何故だか不満そうだった。
「どうかしたのか?」
『台本にないの』
 うーん。オレのこの洗練された演出が理解出来ないとは、澪もまだまだ、だな。
 二月の九日。もう残り時間が少ない事もあって、オレ達は練習に精を出していた。なにせ、舞台は三月の七日だし、な。
 自分の番の分の通し稽古を終えて、澪は汗を拭いながらオレのところへ走ってくる。すぐ目の前でぴた、っと止まると。にこにことオレの顔を見て、何かを期待しているようだ。
「なんだ? 少し休憩してからだぞ、続きは」
 ひどく不満らしい。
 まあ、あんまり焦らす事でも無いしな。オレが言える事は、こんなとこか。
「もうお前に教える事は何も無い。よくぞコーチを乗り越えたっ! 良い出来だぞ、澪。本番でもその実力を発揮できるように、頑張れよ」
 別に誉めたわけでもなんでも無いのだが、澪は両手を上げて喜んでいた。
 正直なところ、演劇についてなんか良く知らないのだが。澪の稽古を見ているうちに、はじめぎこちなかった動作などが、ごく自然に出来るようになったと思う。なんていうのか、実際にこんな行動をする奴もいるだろうな、ってふうに。
「しかし、稽古とかも大変だな」
『楽しいの』
 スケッチブックをオレに見せた後で、澪は目だけをあさっての方へと向けた。妙に恥ずかしそうに見えるのは、オレのさっきの言葉にまだ照れているんだろう。だから別に、誉めたわけでもなんでも無く、思ったままを言っただけなんだがな。
「あ、いたいた。折原先輩っ、部長が呼んでますよ。あ、勿論、上月さんも」
 伝言を持ってきた一年生の女生徒が、学食の入り口から顔を覗かせている。本番間近という事もあって、全体の通し稽古も重ねていかないとならないからな。そろそろ、本格的な準備といったところだろう。
 部室の方に向かって歩き出すオレの腕に、当然のように澪がしがみついた。オレ達の隣に並んで歩き出した一年の女生徒は、感慨深そうに語り出した。
「でも、恋人の力って偉大ですよね。上月さん、これまで他人と体が触れ合ったりするの、苦手だったんですよ」
「だから恋人じゃ無いんだって…それより、澪は出会った頃から、オレにしがみついてたぞ?」
 オレの言葉を聞いた澪は、なにやら悪戯っぽい笑みを浮かべると。スケッチブックに何かを書いて、女生徒だけに見せた。それを見た女生徒は、にやにやと笑いながらオレの事を見る。
「なんだよ一体」
『内緒なの』
 澪はオレの問いに答えると、女生徒と二人でにやにや笑っていた。こういう時の女の子ってのは、いくら追求しようと絶対にはぐらかすからな。別に気になるわけでも無いし、放っておこう。
「14日が楽しみでしょう?」
 女生徒がにやにや笑いながらオレに言うと、澪がスケッチブックで彼女をぱこぱこと叩いた。笑いながら謝る女生徒も澪も、妙に楽しそうだった。だが、全然気にならないぞ、オレは。気にならないといったら、気にならないんだ。うむ。

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 …分かり難いなあ(^^;;
みさお「結局、実力不足って事だねっ」
 あはははは(^^; この話。残りは仕掛けの消化、って事になります…というか、ならないとまずい(^^; ここで「ぼく」から「オレ」にしなくちゃならないの分かってるんですけど(^^; 話の都合上、ちょっと遅れます。というか、私の見方だとこれも可なんですよね。
みさお「感想を頂いた皆様、読んで下さった皆さんありがとうございますっ」
 すいません(^^; 感想メールもほとんど書けず(^^; 読むのも精一杯で(^^;
 はじめましての皆さんはじめましてです(^^) ではでは

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