伝えたいこと vol.4 投稿者: 吉田樹
 オレの苗字は折原だ。
 別に自分の名前を忘れたわけでは無いが。ここにこうして、手を合わせて座っていると。なんとなく、自分の苗字に考えがいく。
 仏壇、というようながっちりしたものでは無いけれど。作りつけの棚の上に、位牌が三つ並んでいる。
 一つは父さんの位牌。後の二つは、由起子さんの旦那さんと娘さんのものだ。
 ごく稀にオレと二人で出掛けたりなんかした時に。オレの姉に間違えられて、はしゃいだりしている由起子さんだけれど。こうして目の前に、その事の証拠があると。なんとなく、神妙な気分になってみたりする。
 まあ、どうせ長続きはしないけどな。
 寝坊して初詣に行ったせいで、遅くなった事を詫びながら。年明けの挨拶を手短に済ませると、オレは居間の方へと戻っていく。
 この家は母さんや由起子さんの両親、つまりオレの祖父母の家だったらしい。二人の娘には嫌われていたらしく、折原夫妻は寂しい老後を過ごしていたようだ。オレは、会った事すら無い。
「あ、帰ってたのね。どうだった?」
「寒かった」
 オレの端的な言葉がお気に召したのか、由起子さんがげらげらと笑う。
 仕事をしている時の由起子さんは、本人談によれば、凛々しい大人なのだそうだが。オレには、少し歳の離れた姉さんぐらいにしか見えない…という事にしておかないと、怒られる。
「今年は、友達呼ばなかったのね」
「あ? あ、ああ」
「どうしたの? なんか、歯切れ悪いけど。浩平ちゃんらしく無いわよ」
 由起子さんには、とても感謝している。それは言葉では言い尽くせないぐらいだ。引き取って育ててくれているというだけで無く、色々な面でお世話になっている。だが、
「あの、由起子さん。そろそろ、ちゃん、は止めて欲しいんですけど…」
「浩平ちゃんは浩平ちゃんでしょ。ぐだぐだ文句言うなんて、男らしく無いわね」
 ぐあ…
 由起子さんに促されて、彼女の用意してくれた昼食に、オレも御相伴を預かる。こうして二人で食事をする事なんて、かなり珍しい事だ。そして、多分。これが最後になるんだろう。
 住井達を呼ばなかった事について、色々と詮索されたが。オレも口を濁すしか無かった。話したところで、分かっては貰えないだろう。オレがもうじき消えてしまうなんて事は。オレだって、自分がなんで消えるのか、よくは分からないってのに。
 オレが部活に燃え初めたんだと思ったらしく。去年みたいに正月に呼ばなくても、クラスメート達はすんなり納得してくれる。ま、結局のところはそういう事なんだ。
 オレ一人いなくても、世の中は滞り無く流れるんだからな。

「うあーーーーん」
 泣いている。ぼくじゃない。この泣き声は、いつものようにみさおの奴だ。
「泣くな。男がこれしきの事で泣くんじゃない」
「私、女の子だもんっ」
 言いながらもみさおの奴は、なんとか泣き止もうとする。偉いぞ。だから、お兄ちゃんはみさおの事が好きだ。
 本当のところ、ぼくだってかなり不安だったんだ。それに、後悔だってしていた。
 少しびっくりさせてやろうと思って、川に向けて、ちょっと押しただけだったんだ。驚いたみさおの顔を見て、ばかにしてやるつもりだった。でも、みさおの奴は冗談が分からないから。そのままひっくり返って、川に落ちた。
 慌てて飛び込んだけど、川の流れが思ったより全然速くて。みさおの腕を掴んだ時には、ぼくらはかなり流されてしまっていた。なんとか岸に辿り着こうとしたけど、茶色くなった水は、ぼくの事を邪魔していて。橋の下を支えている、石の柱にしがみつくのが精一杯だった。
「いいか、みさお。お兄さんがついてるんだから、大丈夫だぞ」
「う、うんっ」
 かなり不安そうな顔を、なんとか元気にしようとしてみさおが笑顔になる。ぼくはその顔が真っ青になっているのを見て、鋭い痛みが胸を刺すのを感じていた。
 助けられた後で、みさおは風邪をひいて寝こんだ。ぼくはお母さんに怒られたけれど、そんなのどうでも良かったんだ。それよりも、みさおの事が心配で。みさおまで、お父さんのようにいなくなってしまったら。ぼくは、どうしていいか分からなかったから。
「どうだ? びっくりしたか?」
「びっくりしたよ」
 布団で寝こんでいるみさおに、そんな風に声をかけてやったら。みさおの奴は、にっこりと微笑んでそう言ってくれた。みさおの笑顔は好きだったから、なんだか、鼻の頭がかゆくなってしまった。
 お母さんはいじめてると言って、すぐにぼくを怒るけれど。ぼくは、努力しているつもりなんだ。いいお兄さんでいられるように、って。みさおにとっていいお兄さんでいられれば、それはみさおの奴に幸せを与えている事になるからって。
 お父さんのいないみさおには、ぼくしか男の愛情を与えてくれる人はいないんだ。ぼくが父さんに与えてもらった幸せを、みさおにも与えてあげたいと。ぼくはいつも思っている。
 それに、そうする事で、みさおは笑顔をくれたし。それがなにより、ぼくにとって幸せなことだったから。
 幸せをただ与えられているだけじゃなくて。ぼくは、努力して幸せになろうと思っている。努力を怠ったら、幸せじゃなくなってしまうだろうけど。
 その努力のおかげか、いつもみさおは言ってくれるんだ。
「お兄ちゃん、大好きっ」

_____________________________________

 5の直しを終えてUPしようとして…4を投稿してなかった事に気付きました(笑)。だもので次回は早いです(^^;
 みさおの場面。ここだと、かなり繋がりが悪いって事は…内緒です(^^;
みさお「本当は、私が出るのって…最後の方に回しちゃうはずだったのに、なんで?」
 この構図自体が伏線なんだけど…分かり難いだけかも(^^; 感想を頂いた皆様、読んで下さった皆さん有難う御座います。終わりがまだ見えません(^^; ではでは

http://denju.neko.to/