伝えたいこと vol.3 投稿者: 吉田 樹
『寒いの』
「ああ、寒いな」
 さっきから出しっぱなしのスケッチブックのページを、澪がオレの前に突き出した。オレもさっきから同じ事しか言ってない。というか、この寒さで他に何を言えと?
 澪は、ずっとオレの腕にしがみついて、離れようとしない。歩き難い事この上ないのだが、特別に許してやっている。暖かいしな。
 演劇部に入ったオレの、初めての活動らしい活動がこれだった。元旦の昼に部長からの召集を受けた部員全員…といっても、特別参加のみさき先輩を入れて、十人いくかいかないかだが。その部員全員で、初詣でを行うというものだった。寒いのに。
 部長にしがみついて歩いているみさき先輩は。さっきから「寒い寒い」と連呼して、ずっと震えている。
「いい若い者が、だらしないわよ」
 笑顔で振り返って言う部長、深山雪見さんに。笑顔を返す者は一人もいなかった。
「みんな、雪ちゃんみたいな年寄りじゃ無いからね」
 みさき先輩が言う。まあ、オレも含めた部員は「三月の舞台での成功を祈ってのお参り」と言われれば、抗議し難い。だから部長の幼馴染みである先輩は、部員にとって援軍といえる存在だった。
「みさき、あんたは私と同い歳でしょっ。借金の利息、上げるわよ?」
「じょ、冗談だよ」
 頼りない援軍だった。
 三月の舞台。うちの高校の演劇部にとって、それこそが主な活動の場らしい。文化祭での劇よりも、力を入れているそうだ。実際、評判もなかなかのものらしく、付近から物好きな一般人も観に来るらしい。
 その為。三年生でも引退せず、三月まで残るのが伝統となっている。
 最も、今年は部長以外の三年生は、文化祭の後に全員退部した。部長は進路の決まった三年生達に応援を要請したらしいが、皆、のんびりしたい時期なのだろう。借金返済の代わりに働く、という名目で助けにきたみさき先輩以外、誰も集まらなかった。
 そのうち、神社への長い石段に辿り着いた。
 寒いのでオレは下を向きながら、階段を昇っていき。ぼんやりとした頭は、なんとなく石段の数を数えていた。いくつかまで数えると、いくつまで数えていたのか忘れてしまう。なんか、どうでもいいような事をしているのが分かっているのだが。この、どうでも良さが、なんとなくオレの好みに合っていた。
 先頭を行く部長が、振り返ってオレ達部員に声をかける。
「ここの神社はね、雪が降ると凄く綺麗なのよ」
「雪ちゃん、名前が雪見だけに、雪を見るのが好きなんだね」
 なにやら自身たっぷりにそう言う先輩に、澪がスケッチブックを掲げる。
『寒いの』
「ああ、寒いな」
 オレも即座に同意していた。

 初詣での帰り。
 澪を部長が送ってくれるというので、オレはみさき先輩を送ることになった。さっきの十字路で他の部員達とも別れ、今は先輩と二人で歩いている。
 部員達と別れるまでは、先輩はオレの肩に手を置いているだけだった。でも、だんだんと体が近寄ってきて。両手でオレの肩にしがみつき。気がつけば、その指は痛いほどにオレの体に食い込んできている。そしてついに、先輩の歩みが止まった。
「…先輩?」
 オレは気がついていた。
 初詣での最中も、先輩はずっと翳りのある表情をしていた事に。「寒い、寒い」とわざとらしく大声で言いながら、震えていた事に。
「ごめんね、浩平君。怖いんだ。私、どこに何があるか、全然分からないから」
 学校では元気に走り回ってるよな? という疑問がオレの頭をかすめた時には、みさき先輩が言葉を続けていた。
「高校はね、家がすぐ前にあるから。子供の頃から入り込んで遊んでたの。だから、目を瞑ってでも走り回れる自信があるよ。でもね、他の場所は。真っ暗な闇の世界にいる私には、とっても怖い場所なんだよ。だから、今日もずっと…」
「頑張ったな」
「うん、頑張ったよ。でも、もうじき卒業だから。もっと頑張らないといけないね」
 ごく当たり前に与えられている事。それが幸せな事だなんて、取り上げられてしまうまで分からないんだろう。目の見えないみさき先輩、口のきけない澪。オレは目も見えるし、口もきけるから。だから、二人の辛さの、本当のところは分かってやれないのだろう。
 先輩は必死に指を引き剥がすと、オレの肩に手を軽く置くだけで歩き始めた。オレも歩き出す。何故だか、自分の歩く速さがさっきより遅くなっている気もするが。気のせいだろう。
「澪ちゃんに怒られちゃうね。浩平くんにしがみついていいのは、『彼女』だけだから」
 いつもの調子を取り戻そう、とするように。先輩が、からかうような笑みを浮かべる。オレの方は別段意識しなくても、いつも通りだからな。いつも通りに答える。
「別に彼女じゃないって。澪は、妹みたいなもんだからな」
「そういう事にしておくよ。でもね、知ってる? 妹って、ずっと昔は。男の人が、愛する女の人を呼ぶ時に使った言葉なんだって。小野妹子っているよね。あの妹子って、愛する女性の子供、っていう意味なんだって」
 あれ? それ、いつだかどこかで聞いたような気がするんだが。
「だからって、妹は妹だろう」
「それはそうだね」
 みさき先輩がいつも通りの笑顔を見せる。この笑顔の下には、ずっと、目が見えない事への恐怖があるんだな。とは思ったが、オレは何も言わないでおく事にした。
 先輩を怒らせて、お詫びとして食事を奢る事を要求されたら。オレの財政事情が、存亡の危機に立たされるからだ。だから、これはオレの独り言なんだが、
「頑張れよな、先輩」
 頷く気配が伝わってきた。
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 浩平のぼけが少な過ぎる(^^; 素直に同情させても良かったかも(^^;
みさお「感想を頂いた皆様、読んで下さった皆さん有難う御座いますっ」
 小野妹子の名前の解説、この前NHKでやったらしいです(^^; 友達に聞いて愕然として…変えようとして全然変えられませんでした(^^;
みさお「感想メールは、ばったり止む危険性があるから、感想SSでは出せないそうですっ」
 申し訳ありません(^^; ヒロイン大戦・好評開催中のうちのHP↓も宜しくです(^^) ではでは

http://denju.neko.to/