やさしい決断(中編) 投稿者: 吉田 樹
 昨日、長森さんと街中で会ったから。今、俺はこうして考え事をしているのだ。
 折原に関わっている者には『よくある事』なのだが。普通の人の目から見れば『斬新な事』だろう。この辺りの発想力は、なかなか羨ましいものがある。
 別に俺が長森さんと街中で会った事が斬新だったのでは無く。彼女が、最近増えたクラスメートと一緒に歩いていたからだ。この、いつの間にかクラスメートが増えた原因に、折原が絡んでいる。まあ、折原の知り合いならば、この手の事はよく経験している事だろう。
 なんでも、親友が死んで哀しんでいたこの嬢ちゃんを、引き取ったらしい。本格的に、夫婦を初めるのだろうか、とも思ったのだが。まあ、少なくとも折原の方に、それに繋がっていきそうな気持ちは無いらしい。
 はしゃぎ回る嬢ちゃんに振り回されながらも、楽しそうな長森さんに。俺は唐突にこんな事を聞いたものだった。
『ところで、長森さんって誰か好きな人がいるの?』
 そして帰ってきた答えは、俺を満足させるに充分なものだった。答えというより、単純にあたふたしていただけだが。みなまで言うな、みなまで。長森さんの事が好きな俺としては、それを放っておく事は出来なかった。
 と、いうわけで、今は考え事をしているのだ。
「だから、何を考えているっていうのよ」
「少なくとも、お前と話しをするよりは有意義な事だろうな。これは機密が保たれる事が重要視される企画だ。ま、放課後になれば誰にでも分かるがな」
「…秘密なんだか、秘密じゃないんだか分からないわね」
 最近、何かとまつわりついてくる広瀬が、人を食ったような笑みを見せる。ちっ。その、どことなく人を食ったような笑みは、俺の為に神が用意したというのに。
 …っと。本当にそれどころでは無かったな。この企画は、真の意図を俺以外が知ってはならない。そう、そして、これが成功すれば俺内部での俺評価は更に高まるだろう。
 その為に、是が非でも、さり気ない文案を考えねばならないのだ。
「気が散るって言っただろう」
「いいじゃない、別に」
 にやにや笑いながら、広瀬が俺の事を見ている。全く、気色のいい。俺の渋みを理解するとは、広瀬もなかなか通好みな趣味を持っているようだ。さ、それよりも、
『…年末キャンペーン実施のお報せ。くじ引きによる当選者一名様に、意中の彼女に告白する権利を進呈』
 ふっ。この当選者一名様、というのが初めから決まっているのが、この企画の真の姿なのだ。しかし、まだ野暮ったい文面だな。年末、というのがひっかかる。
「そういえば、そろそろクリスマスだったわよね…」
「それだ! 広瀬!」
 年末というと押し迫る感があるが、クリスマスならば楽しそうな響きがある。当惑顔の広瀬に、俺は両手で握手を求めていた。

「お礼だからな、腹いっぱい食べてくれ」
「お礼ってのがよく分からないから、初めからそんなに期待してたわけじゃ無いけどね」
 強がっていられるのも、今のうちさ。ここのカツ丼の味を知ったら、
「うわ、なにこれ。すっごい美味しいじゃない!」
 広瀬の上げた驚きと歓喜の混ざった言葉に、俺は心から満足して割り箸を割った。口の中でとろけるようなカツそのものも絶品だが。ご飯と絶妙に合うこのタレ汁は、是非ともレシピを欲しくなるような見事なものだった。
 俺は自分のセッティングが正しかった事に、心が満足感で満たされていくのを感じていた。
 常ならば、この時間にこの店で悠々と食べる事など不可能だろう。だが、今日はクリスマスイヴ。普段は席を埋めている大学生や若きサラリーマンも、今日ばかりはクリスマス気分を満喫している事だろう。
 店に入った時はかなり不満そうだった広瀬は、店を出る時には満足した顔をしていた。
「広瀬も気に入ったようで、なによりだ」
 何か言いたそうな顔をした広瀬の言葉を待ったが、何も出てこなかった。肩透かしをくらった無様さは見せるまいと、平素の表情で歩き出す。広瀬もついてくる。
 今の店から駅へと向かうと、おしゃれな店が並ぶ。こういう店は予約制限が厳しかったりするので、普通ならば入れない。だが、俺は独自のルートにより、キャンセル分を得る事に成功していた。
 内心で、自分の手腕に惚れ惚れとし始めた頃。広瀬が俺の腕を掴んだ。なんだろうと彼女を見ると、その視線は先の方へと向いている。
 なるほど。これは、回避した方がいいのかもしれない。
 正装した折原と長森さんが、二人揃っておしゃれな店で食事をしているところだった。そう、俺が親友に贈るクリスマスプレゼントが、その店での予約確保であった。
 あの日。俺の策略で見事に当たりくじを引いた折原は、ものの見事に長森さんに告白した。そして、当然の事ながら長森さんの返事は『イエス』だった。だが、
 実は…俺は、あの告白以来、寂しそうな顔をする折原に気がついていた。違和感、を感じている顔と言った方が正確なのかもしれない。まあ、今の楽しそうな二人の様子を見ていれば、これは杞憂に過ぎなかったんだろう。
 そして俺は、広瀬の手を引くようにして、その場を足早に通り過ぎた。
 折原の事を好きだった広瀬にとって、これは失恋なのだ。こいつには、俺のような高い志しは無いのだからな。
 風の吹きつける顔がひりひりとして、剥がれ落ちてしまいそうだった。広瀬も寒いだろうと、様子を窺う為に彼女を見た時。広瀬が、いつものふてぶてしい笑みで言った。
「私の事、これから真希って呼んでいいわよ」
 こいつには、寒さは関係無いのだろうか。俺は今更ながら、女性は生物学的に男より強いという学説に、心の中で強い指示を表明していた。

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みさお「…あれ? これで終わりじゃないの?」
 えいりさんとMr.C-Man さん、初めまして♪ 私の感想は、「ある日の南」という感想SSにして放出する事にしてますので。見かけたら、「あ、感想なんだな」と思って下さい。今週中には出します。
みさお「ねえ、ちょっと聞いてよ」
 だから、中編なのに終わりのわけないでしょう(^^; 後編に続く! 関係ないですが、澪長編のイメージは、固まりつつあります。プロットはまだ未定なんですけどね。
みさお「感想を頂いた皆様、読んで下さった皆さん、ありがとうございますっ」
 …ところで。だれが○モやねん!!(笑:ばやんさん&かっぺえさん&藤井さん宛)
みさお「ではでは♪」
 …(←叫んでいる間に台詞取られて泣いている奴)