待っているから(後編) 投稿者: 吉田 樹
「里村さんの事が好きなんです」
 お話というのは何ですか? 問いかけてきた里村さんに答えながら、僕はある事に気がついていた。それが、非常に重大だという事も、よく分かっている。
「…本気、なんですか?」
「冗談でこんな事言う奴に見えるかな、僕って」
「いいえ。南君は、真面目な人だと思います」
 放課後の屋上に人影は二つしか無かった。僕はその事を寂しいと感じるよりも、愛しいと感じていた。里村さんと二人でいられる事が、とても嬉しかった。そしてその感情が同時に、ある事を気付かせたのだろう。
「…ごめんなさい。私は、その気持ちに応えてあげられません」
 余り動かない表情で、里村さんがそう言った時。ほっとしている自分に気がついた。そう、僕は自分の気持ちが受け入れられてしまう事を恐怖していたんだ。
「理由、聞いてもいい?」
「大好きな人がいます。ですから、あいつ以外の人の事は考えられないんです」
 里村さんが一途に想っている事、そのことこそが、僕が惹かれていたところだったんだ。冷たい瞳に興味を感じて、次第に気がついていった。彼女が、とても熱い気持ちを抱えている事に。
 好きな人がいるから、里村さんを好きになった。もし、そいつを好きになる事を里村さんが止めたとしたら。僕は彼女に魅力を感じるのだろうか?
「…言わないんですね」
「なにを?」
「馬鹿げてるって。そんな奴、いやしないんだって」
「里村さんがいる、って言ってるんだから。僕はそれを全面的に信じるよ」
 例えそれが空想の人物であったとしても、僕にはそれでも良かった。でも、里村さんがこうまで想える奴が存在しなかったなんて。そっちの方が信じられない。
「…優しい人なんですね、南君って」
「変わってるだけじゃないかな」
「もっと変な人を、よく知っています」
「なんで僕はそいつの事を忘れちゃったんだろう。クラスメートだったってのに」
「…それは。あなたにとって、あいつが、いてもいなくてもいい人だったからです」
 そう言った里村さんは、少し優しい顔をしていた。そいつは、里村さんにとって、いなくてはならない人なのだろう。
 考えた事も無かった。里村さんがいなくてはならないのかどうかなんて、僕には分からない。そんなあやふやな気持ちを押し付けようとした自分が、ひどく恥ずかしかった。

 冬の寒い日の帰り道は、どことなく楽しいものだ。
 空気が透明なんだと言う事を、実感出来るような澄んだ冷たさが心地良い。べたべたとまとわりついてくるような、夏とは違って。冷たく、余所余所しく。そして美しい。強い憧れを感じる事が出来る。
 里村さんに振られた事にショックを感じなかった。その事がひどくショックで、凍てつく大気に冷たくされたかった。冷たく詰られた方が気持ちいい時もあるから。
「よっ、失恋少年」
 校門のところでずっと待っていたらしい佐織が、げらげらと笑いながら声をかけてきた。
「もしかして、それを言う為だけに待ってたのか?」
 暇な奴。寒い中ずっと立っていたから、顔が真っ赤になっている。手袋をはめているくせに、はあーっと息を吹きかけて擦っている。
 そんな事にそこまでするのか。呆れながらも苦笑した僕は、佐織を促して帰路に着く。二、三歩駆け寄ってきて隣に並んだ佐織は、進行方向を見ながら言った。
「あなたの事が好きだって、告白する為に待ってたの」
「はあ?」
「げへへっ、南の旦那。あいっ変わらず鈍いでげすな。旦那以外のお方が里村さんに告白する時にゃ。あっしが今までずっと協力してきたの、ご存知でげしょうが」
 冗談口調でそういう言葉を吐く。こういう口調も、女の子の声で言われると綺麗に感じるんだな。なんて、場違いな事に感心していたりする。
「今すぐ返事してくれ! …なんて、間違っても言わないよ。ただね。失恋したすぐ後に言っておけば、多少は心を傾かせる助けになるかな。なーんて思ったわけよ」
 げらげらと笑いながら佐織がそう言う。そういえば、思い出せない。僕の前で、佐織が赤い顔をしていない時の事は。いつからだったか、佐織は僕の前ではずっと赤い顔をしていた。
「一つ、訊いてもいいか?」
「な、なに?」
 冗談口調で必死に誤魔化しながらも、佐織の心は怯え続けていたみたいだ。今、僕の真面目な声に反応した彼女は、傷つきやすい女の子そのものだったから。
「佐織、それって僕じゃなきゃ駄目だって事?」
「あ、当たり前じゃない! でなきゃ、こんな事言うわけがないでしょ!」
「ごめん、怒らせるつもりは無かったんだ」
 本気で怒らせてしまった。人を好きになるって、なんなんだろう? 僕は確かに里村さんの事が好きだった。顔を見れば胸が高鳴った。声を聞けば、それだけで浮かれていられた。あの気持ちが嘘だったなんて、そうは思えない。ないけどそれは、
「返事、いつまででも待ってるから。五年でも十年でも、好きか嫌いか言ってくれるまで、ずっと待ってるから。だから、どんなのでもいいの。あなたの気持ちを聞かせて欲しい…」
 里村さんも、待っているんだ。好きだから、ずっと待っていられる。そんなに好きでいてくれるのに、それを無視出来る奴なんているんだろうか。僕は、佐織の事を真剣に考えてみるべきだろう。
「わかった」
 僕の言葉に、佐織が素直に嬉しそうな顔をする。
 それを見た僕は。夏のからっとした日差しや、べたべたとした大気も嫌いでは無い事を思い出す。冬の様な整った美しさが無くとも、夏には夏でいいところがある。こちらに身構えさせない大らかさや、自然と笑顔になれるような明るい光とか。
 冬を好きだという気持ちと、夏を好きだという気持ち。同じ好きでも、まるきり別のものなのかもしれない。笑顔で喋る佐織を見ながら、僕はそんな事を思っていた。

fin

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 佐織を夏みたいな女の子だって言っちゃってる部分は、異論もあるでしょうね(^^; ただまあ、こういう形で話が浮かんで。キャストに迷った末に、佐織に白羽の矢が立った、と思って下さい。佐織ファンの皆様、謹んでお詫び申し上げます。
みさお「南君のファンにもお詫びしておいた方がいいんじゃない?」
 確かにね。僕属性にしちゃったのは、これも話の流れとしてやりやすかった事。私が以前書いた、ある奴にどこか似てても、そこはそれ(^^; 本当にこれ、救済になってんのかな…
みさお「これで本格的にネタが尽きたわけね」
 …うん。なんか思いつくかな…
みさお「感想を頂いた皆様っ、読んで下さった皆さん、ありがとうございます。次にお会い出来るのは、全くの未定だそうです」
 あ、感想SSは書きますよ。ばやんさん、面白かったです(^^)。ではでは