待っているから(前編) 投稿者: 吉田 樹
 僕には、これといって何も無かった。
 ずっと普通の子供だったし。何かに特に熱中する事もなく、当たり前の事を当たり前にやってきたつもりだ。
 特別得意な事が無い代わりに、これといって苦手なものも無い。充実感を感じる事も無ければ、それを不満に思う事も無い。自分でも、つまらない奴だと思う。でも、ずっとそうして過ごしてきたんだし。それをどうこうするなんて、考えもしなかった。
 そして、彼女に出会った。
 見た目は、お人形さんの様に整った顔立ちと、落ちついた物腰。ゆるい癖のある編まれた髪の毛。無口で、無愛想。
 初め僕は彼女、里村茜さんの事を特に意識はしていなかった。
 元々、物静かな娘は苦手だったし。現時点でも、交わした会話なんかほとんど無い。それでもいつの頃からか、気になっていた。一年の終わり頃か、二年の初めの頃だった気がしている。
 彼女は人を拒絶し始めた。
 愛想の溢れた娘では無かったけれど、凍てつくような視線はしていなかった。そして、それは。これまでの僕の周りにはいなかった人だった。
 初めは興味本位だった事をよく覚えている。何が彼女をそうさせるのか、ひどく気になった。そして、次第に彼女の事を考えるようになり。それが、気付いた時にはより強い気持ちへと変わっていた。
 二年の終わりの頃は、彼女の笑顔を見れていた気がする。その頃は、僕の熱も冷めていたのに。三年になってからの彼女は、また笑顔を忘れてしまったみたいで。
 僕が彼女に笑顔を与えられるとは思っていない。そんな自信は無い。ただ、僕は彼女が好きなだけなんだ。これから受験や卒業を迎えるにあたって。僕は自分のこの感情に、結果を出したいと望むようになっていた。

「佐織、ちょっといいかな?」
「なによ、南」
 声をかけると、友達と笑い合っていた佐織が顔を上げる。怪訝そうな顔をしながらも、僕の次の言葉を待ってくれている。
「話、あるんだけど」
 促すと、佐織が立ち上がってついてくる。後ろで冷やかす友達に、振り返ってそれを僕への罵倒混じりに否定する。
 特に女の子の扱いや、接し方が上手だったわけでは無いけれど。佐織とは何故かよく喋っていた。単に、世話好きの彼女が色々話し掛けてきたからかも知れない。よく笑う彼女は、クラスの男女問わずに友達が多かった。
 佐織の友達でもある長森さん。二年の二学期に転校してきた七瀬さん。そして、里村茜さん。クラスの三人の美少女の影に隠れて、容貌で賞賛を浴びる事は少ないが。人当たりのいい性格と、親しみやすい雰囲気でみんなに人気がある。
 冬場の屋上は、吹きつける風が人々に自分の存在を認めさせる。夏場、人々に愛される風も。冬になれば、こんなにも冷酷な本性を剥き出しにする。その自由さは、怯えてしまうほど周囲の気配を素直に伝えるから。
「それで、話って?」
 寒さを乗せた風に体温を奪われて、佐織は顔を赤くしながら尋ねてきた。耳もかじかんで赤くなっている。僕も、自分の体が震える事を自覚する。長引かせる話でも無いし、手短に済ませる事にした。
「里村茜さん。彼女に、告白しようと思うんだ」
 僕の言った事に、佐織は驚いたらしい。当然だよな。彼女には散々、意気地が無いと馬鹿にされ続けてきたのだから。『好きなら好きって言えばいいじゃん』何度そう言われたのか、分からない。
「へえ〜。ついに決心したんだ」
「うん」
 僕が頷くと、佐織はどこか余裕のあるような笑みを浮かべて背中を向ける。彼女がこんな態度を取るのは、表情を読まれない為。人付き合いの上手な、彼女のやり方。
「正直な話、するわね。やめといた方がいいと思うよ、彼女は」
「なんでだよ。今までさんざん、早く告白しろって煽ってたくせに」
「あれは、からかいだったから。三年の初めの頃だったかな。里村さん、瑞佳に…あ、長森瑞佳の事ね。瑞佳に、幼馴染みを覚えていないかって尋ねた事があるの」
「知ってるよ」
 それも。佐織は性格から『尋ねた』と柔らかい表現を使っているけれど。それが、かなり厳しい追及だった事をよく知っている。うちのクラスで知らない人はいない、と断言出来るほどの噂になっているぐらいだから。
 一部で『狂っている』と噂になっている事も。でも里村さんは、ただ悲しそうな目をするだけで、何の言い訳もしなかった。
「ごめん、今の忘れて。陰口になっちゃってるから。ちゃんと言うと、里村さんは無理だと思うよ。彼女に告白した男子はみんな、その、瑞佳の幼馴染みとかいう人の為に敗れ去ってるから」
 存在しない奴を、ずっと待っている。現実にいる男には目を向けようともしない。現実に目を向かせようとした奴らが、丁重な玉砕にあった事も重々承知している。
「それでも。応援だけ、してくれないかな? 佐織に背中を押して貰えると、気合いが入ると思うんだ。頼むよ」
「…ごめん。その、私、彼女にあんまりいい感情を持ってないのよ」
 そう、だよな。よくよく検討しなかった、僕がいけないんだろう。長森さんの友達である佐織に、頼む事では無かったと思う。
「だから。もし里村さんと付き合えたら、私、友達やめるから」
「…分かった」
 友達を一人無くしたいと願わなければならない、なんてな。佐織の険悪な感情が影響しているのか、何故だか僕は里村さんに振られると確信していた。元々、望みがあると思っていたわけでも無いけれど。

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 果たしてこれが南救済といえるかどうか、自分で自信の無い吉田樹です(^^; 予定より早くなっちゃいましたけど。考えたら、感想書く事忘れてました。ある日の南は明後日(予定)。
みさお「これは、後編も読んでみて、ご判断下さい」
 どうなんでしょう?(汗) 感想を頂いた皆様、読んで下さった皆さんありがとうございます。GOMIMUSIさんに感服されちゃって、焦ると同時に凄い喜んでます。次回も頑張りますっ!(これはお茶請け) 後編は明日っ! …ま、いいや。これ、別に救済になってなくても(開き直り)。一つのSSって事で。
 ボスのチェンジ! 読めて喜んでる吉田樹でした♪ ではでは