日溜りの中へ vol.1 投稿者: 吉田 樹

 目蓋に白い光が差してくる。
「起きてよ!」
 寒いな、なんだか急に寒くなった気がする。ここはどこだ? 白い光…寒い…そうかー、ここは北極なんだな。あれ? もしかしたら南極…なのかも…どっちかなー?
「いい加減に起きないと、遅刻しちゃうよ!」
 オキル? なにがおきる? あー、わかったあ。国家が興るんだな、うーん。北極に国家が興るか、待てよ? 南極だったっけ…
 ちゅ
「うどわばあっ!?」
「あ、本当に起きた」
 頬に柔らかい感触を感じて、思わずオレは頬を押さえて飛び起きていた。自分に襲来した敵を索敵するうちに、部屋の中に見知らぬ美少女がいる事に気付く。
「もう、早く起きないと遅刻しちゃうんだからね」
「なんて事しやがる! 気持ち悪いだろうが!」
 オレが怒鳴りつけると、見知らぬ美少女が気を悪くしたらしく頬を膨らませる。こういう時に退いてはならない。なぜならばオレが、
「お兄ちゃんが言ったんでしょ、目覚めのキスしたら起きるって!」
「妹にキスされて喜ぶばかがいるかっ!」
「喜ばなくていいけど、ちゃんと起きたじゃない。これから毎朝こうしようかな?」
「てめえ、やる気か」
 オレが天地をも震わせるような眼光で睨み付けてやると、みさおの奴はこう言った。
「わ、大変だよ、お兄ちゃん。遊んでる場合じゃなくて、本当に遅刻しちゃうよ」
 …なるほど。オレが鋭い眼光で睨むと、みさおは「遅刻しちゃうよ」と言うのか。?…何か違う気がする。いや、それどころでは無い。今年の初めに買い換えた目覚まし時計が、既にかなりの時間を差していた。
 みさおの手から素早く制服と鞄を受け取って、ふと気がつく。これでは両手が塞がってしまって、パジャマを脱げないではないか。さて、どうしたものだろう?
「もう! なにばかやってるのよ!」
 気の早い妹は、オレの手から制服と鞄をもぎ取った。
「ばかとはなんだ、ばかとは。これでもオレは、仮にもお前のお兄さんなんだぞ。お兄さんと言うものはだな…」
 くだらない説教をしながらも、オレの手はパジャマを脱いでいく。生まれてからずっとオレと付き合ってきただけあって、みさおはオレの裸を見ても驚かない。いや、さすがにパンツも脱いだら驚くだろう。脱いでみようか?
 下らない考えがそこに行き着いた時には、既に制服に着替え終わっていた。よし、明日の朝こそはパンツまで脱いでやろう。
 オレはこういう考えが好きだ。この、なんというか。その時は切実なのに、後になってみるとどうでもいいから忘れる考え。そしてまた、何度も考えるような。実に下らなくて、時間を無駄使いしているような。
「ほら、早く! あーっ、また学校まで走らないと」
「だからお前は先に行けって言ってんだろ」
 玄関を出て走り出しながら、オレとみさおは口論を始める。毎朝、毎朝、飽きもせずに繰り返してきた日常。いや、中学一年の時と高校一年の時は無かったな。小学校一年の時は、さて? どうだったかな…
「なに言ってるのよ。一年生の時の遅刻回数、覚えてる? 中学の時もそうだけど」
「だあっ! いいから走れ」
「あ、待ってよ〜」
 確かに一年の時の遅刻の回数は多過ぎた。学校に呼ばれた由紀子さんが、さすがの回数にげらげらと笑い出したものだった。既に怒る範囲を越えていて、しきりに感心されたものだ。いや、あの記録は恐らく誰にも破られないだろう。
 オレは胸中に、母校で永遠に語り継がれる自分の名前を思い浮かべ、少し悦に入った。

――なんで泣いてるの?
――わからない。自分でもわからない
――教えてあげようか?

「おはよう!」
 無意味に声を張り上げて、教室に飛びこむ。始業のチャイムは既に鳴っているが、担任の髭はまだ来ていない。どうやらぎりぎりのところで間に合ったようだ。
「お、おはよう。折原くん」
 オレの大声に驚いたらしく、入り口付近にいた長森が少し驚いた顔で挨拶をする。それからすぐに、にっこりとした笑顔になる。
「よう、長森」
 挨拶をして、ふと気付く。いや、長森とは知り合ってからの長さだけなら、かなりのはずだから。今まで気がつかなかったというわけでは無い。確かに。これまで何度か同じクラスになっているにも関わらず、それほど親しい間柄では無いが。いや、脇道はいい。
 長森は普通にしている時は、どちらかというとつり目なのだが。目を閉じるとたれ目になる。変な顔だな、うん。
「どうかした?」
 じっと自分を見つめるオレに、不思議そうな顔で長森が尋ねてくる。ま、確かに理由を説明しないのは失礼だな。そこでオレは、気さくに答えてやる事にした。
「いや、変な顔だと思ってな」
「え…」
 急に長森が、哀しそうな顔になる。何故だ? オレが不思議がっているのも構わず、長森の友達が凄い剣幕で詰め寄ってきた。
「あんた、なんてこと言うのよ!」
「い、いいよ、佐織。私、気にしてないから」
 何故だ? 何故こいつは怒って、長森は哀しんでいるんだろう。オレは、思った通りの事を正直に話しただけだというのに。
 この世の不条理に頭を悩ませながらも、オレは窓際の自分の席へと向かう。途中で、クラスの男女共に挨拶をしながら。まあ、去年も一緒だった顔ぶれだ。挨拶をするのは当然だろう。最も、オレは気さくを信条にしているので、クラス替え初日も全員に挨拶したが。
「よう、七瀬」
 自分の席に着く直前に、オレは男友達の七瀬に声をかける。七瀬はいつもの様に険悪な視線を、オレへと向ける。いや、険悪というより、呆れてるという顔だ。
「あんたねえ、また瑞佳に何かしたの?」
「またってなんだよ、またって」
 七瀬が黙って指差すほうに、オレもゆっくりと顔を向けていく。すると、
「ぐあ…」
 泣き出した長森が、女子の友達に取り囲まれている。彼女達が長森を苛めたから泣いた、とオレは思いたかったが。女子達の非難の視線が、オレに注がれている事がそれを完膚なきまでに打ちのめした。
「オレは何をしたんだ?」
「私が知るわけないでしょっ!」
 冷たい奴だ。…しかし本当に、なんで長森は泣いてるんだろう? 鞄を机の脇にかけ、椅子に深く腰掛けながらオレは思案する。はて。全く見当がつかない。
「あんた、瑞佳になにしたのよ」
「見当がつかん」
「さっきあんたと話してから、急に泣いちゃったんだから。あんたが何か言ったからでしょ」
「変な顔だな、と言っただけだぞ」
 食ってかかろうとする七瀬に、それを抑えて説明をする。素の表情の時はつり目がちで、笑顔になるとたれ目になるのは変な顔だろう、と。同意を求めると、七瀬は微妙に躊躇した後で、なんとか納得してくれて。その後で言った。
「で? それをきちんと瑞佳に説明したんでしょうね」
「あ、してないな」
「あんたねえ! 変な顔なんて女の子にっ…」
 怒鳴りかけた七瀬が、急に周囲を見回して声を落とす。不思議な奴だ。既にクラスの大半は、こいつの正体に気付いているのに、まだ乙女を気取ろうとする。いや、もっと不思議なのは。正体の暴かれた妖怪に、「更に惚れた」などと言っている一部の男子だろう。
「…言う言葉じゃないでしょ」
 しかし、こいつの男らしさに好感を抱くというのならば、オレも同感だ。七瀬と一緒ならば、アメリカのかなりやばい地区でも、平気で入っていけそうだ。英語が通じなかろうがなんだろうが、「七瀬なのよっ!」の一言で。おそらくマフィアも逆らえまい。
「聞いてるの?」
 ちょっと不安そうな顔で、オレの事を七瀬が見上げるようにする。こういう表情をする時は。さすがに顔だけは可愛い女の子だな、と認めてやってもなきにしもあらずだ。
「そうだな、後で謝っておく」
「…いやに素直ね。なにか企んでるの?」
 いやだねえ、人を疑うようになったらおしまいだよ、七瀬君。
 オレが爽やかな笑顔を見せると、何故だか七瀬がひどく嫌そうな顔をした。そうこうするうちに髭が来て、ホームルームが始まった。
 今日もこうしていつも通り、退屈な一日が始まる。ひどく時間を無駄にするような、こういう日々の過ごし方をオレは気に入っていた。
 窓の外を見ると、夏が近い事を感じさせるような、青い空が見える。色が濃くて、何もかもを飲みこんでしまいそうな。今年の夏は、また住井達と海に行くとするか。そんな事を思わせるぐらい、青く青く広がる空。
 ふと、どこかでその空を見た気がした。ま、空なんてそんなしょっちゅう変わるわけも無いから。見覚えがあってもおかしくないよな。

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 ごめんなさい、不意に思いついて書いてます。先の展開予想された方は、黙ってて下さいね(多分、当たっちゃいます(^^;)。浩平ってこんな感じでどうなんでしょう? という事でちょっと出してみました。
みさお「ガラスの靴は?」
 全部出来てる(^^; ただ、あれ書いた反動か不意に思いついてしまった! ああ、またシリアスでここを埋めてしまっている・・・皆さん、ごめんなさい。
みさお「シリアスなの?」
 コメント無し。話すと仕掛けも全部バレちゃう(^^;もしガラスの靴の続き読みたいなんて奇特な方いたら、中編は明後日ぐらい。読んでくれた方ありがとう。かっぺえさん、感想どうもです。小ネタ、素直に笑いました♪
みさお「それではみなさん、さようなら〜♪」
 出番が出来て喜んでるみさおと、浩平って難しいと思ってる吉田樹でした。ではでは