ある少年は、雪の降らない聖夜に(沢口SS・3) 投稿者: 吉田 樹
あらすじ:茜から逃げ出した幼馴染み、沢口は周囲の人全てから忘れられ。自分が元の世界に戻る為に、茜を自分から引き離して折原浩平と結ばせようとする。子供の頃にお見舞いに行った、折原みさおと共に。
(今回も長いです。面倒な方は飛ばして下さい)
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 いつからだったんだろう。
 僕は雪が好きだ。朝起きて窓を開けると、目に入ってくるのは全てが雪。ひびの入った道路も、くすんだ色のビルも、今にも枯れそうな木々も。全てが雪で覆われて、とても綺麗だった。
 胸の奥で、小さな炎が燃えているように。僕はその景色を飽きる事なく眺めては、いくつになってもはしゃぎまわっていた。どんな物でも美しく変えてしまう雪は、僕の目には魔法のように映っていた。
 いつからだったんだろう。
 愛しいものは、気付いた時には既に、心の深いところに楔を打ち込んでいて。そしてそれを失ってしまう事など考えないから、時折、乱暴に邪険にし。失ってしまう事を知った時に、不意に、涙が込み上げてくる。

「あ、ここにいたんだ」
 振り返ると折原さんがいた。僕がここに来ている事に、少し驚いたように。
 いつも茜が僕を呼んでいる場所。茜と最後に別れた場所。だからこそ、僕が何よりも避けたいと思っている場所。
「みんな楽しくやってた?」
 でもここには、子供の頃からの思い出もいっぱいあって。夏に花火をやるのも、正月に凧を上げるのも、駆け回っていたのもここだから。
 雪が降った時に、一面の銀世界を踏み荒らして回る。僕の、一番のお気に入りの場所で。楽しい思い出も、辛い記憶も、全てはここにつながっているから。
「それが聞いてよ。お兄ちゃん達、クリスマスだからってはしゃぎすぎなんだよ。高校生なのに、お酒飲んじゃったりして」
 折原さんが怒っているのを見ているうちに、笑いがこみ上げてきた。抑えられずに僕が噴き出すと、折原さんが頬を大きく膨らませる。その様子を見て、ますます笑いが止まらなくなってしまう。
 馬鹿にされたと思って、折原さんが僕に罵声を浴びせるけれど。その様子までもが、彼女の怒りを煽ると知っても、笑いを助長させて。結局、大変な努力と忍耐を要して笑いを鎮め、折原さんに謝った。謝りながらも笑っている僕に、折原さんは相当不満そうだったけれど。
「何がそんなに可笑しかったの?」
 不思議そうに尋ねてくる折原さんに、僕は笑顔を返す事しか出来なかった。言葉にするのはとても難しいけれど、それでも。折原さんを失った折原が、どれだけの哀しみと絶望に支配されたかは、考えるまでもなく分かった。

「待ってるって誰を?」
 この原っぱの真ん中の方から、人の声が聞こえた。折原、だ。
 ひどく緊張した声。一緒にいるのは、茜だろう。いつものピンクの傘が見える。折原さんが尋ねるような視線を送ってくるが、返事をせずに僕は走った。嫌な予感がした。とても嫌な予感が。
「・・・この場所で別れた幼なじみを待ってるんです」
 やっぱり、だ。二人のすぐ傍まで辿り着いた僕には、何が起きているのかすぐに分かった。茜は昔からこうだ。いつもこうだ。馬鹿で、頑固で、意固地で、どうしようもなく弱い癖に。いつも意地を張って、自分自身を縛って。
「私が好きだった人だから・・・」
 頼む、頼むよ折原。気付いてやってくれ。茜は、これで精一杯なんだ。『好きだった』って過去形で言うのが、やっとなんだよ。ひどい意地っ張りな奴なんだ。だから、気付いてやってくれよ。
 でも折原は、ただひどく悲しそうで。自分がどうして悲しいのかも、見当がつかない様子で。そうだったんだ。もう折原は、茜の事が好きだったんだ。だからこんなふうに拒絶されて、何も言えなくなってしまって。
 茜も、折原の事が好きで。『そんな奴やめちまえ』と言われたがってるのに、好きだから突き放して。頑固でどうしようもない意地っ張りだから、僕の事を好きだなんて言った事に束縛されて。
「それにしても、今日はずいぶんと話をしてくれたな」
「・・・たぶん。酔ってるんです」
 二人はそれぞれ、とても悲しい目をしていて。余り視線を合わせようとしない。僕には何も出来ないのか。こんなところで、馬鹿みたいに突っ立って。
「ばか! 沢口君のばか!」
 折原さんが泣いてる。ひどく胸に刺さる。さっきの、ひまわりみたいな怒った顔じゃなく。とても哀しんでいる顔だから。
「なんであんなにお兄ちゃんを傷つけないといけないの! 茜さんがあんなに他の人を拒絶して、沢口君を待ってるのに。どうして帰ってあげないのよ!」
 違う! 違うんだよ、折原さん。違うんだよ。でも、僕にもどうしようもなくて、
「沢口君なんて知らない!」
 言うが早いか、折原さんの姿は見えなくなってしまった。茜と折原も、もうどこかへ去っていってしまっている。一人きり。でもこんな時は、一人でいた方が、かえって気が楽なのかも知れない。
 気が付くと、雨の音が大きくなっていた。髪を伝った雨の雫が目の中に垂れてきていて、視界をぼやけさせる。不意に空を見上げると、とてつもなく暗い空が、のしかかるように迫ってきていた。
 だが、雨や風が僕を思い出したのは僅かの間だけだったらしく。両手を伸ばした僕の腕を通り抜けて、雨は静かに舞い降りた。
 とても静かに。

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沢口「土曜か日曜じゃなかったのか?」
 あ、いやその。明日ちょっと用事が出来たもんで、書けなくなるかも知れないから、とりあえず。
みさお「感想は?」
 こ、これから読む。という事で、ではでは