その少女は、笑顔になりきれずに(沢口SS・閑題休話) 投稿者: 吉田 樹

 空が好き。
 冬の薄い色をした空は、すいこまれていきそうなくらい高く感じる。すいこまれるっていうよりも、空に向かって落ちていくような。そんな気がする。
 今日、沢口君の幼馴染みの柚木詩子さんという人を初めて見た。最近、時折あちらがわに存在感を持つようになった沢口君が連れてきた人。
 少しは存在感があっても、沢口君の姿はぼやけてしか見えないらしい。見ず知らずのぼやけた「何か」に茜さんのところに行って欲しいと言われて。動じることもなく学校にきちゃうだけでも、変な人だと思ったけど。
 実際に見ると、想像以上に変な人だった。お兄ちゃんが相当変な人だから、多少の事では動じない自信があったんだけどな。
 お兄ちゃんは優しかったし、私は好きだった。
 川で溺れている私を、手首をくじきながら助けてくれたことがあった。雨で水が増えていて、流れが急だったのに。大人の人がくるまで岩にしがみついて、ずっと私を励ましてくれた。
「命のおんじんだぞ、そんけいしろ」
 うん、と私は頷いた。後でお母さんにその話をしたら、お兄ちゃんがぶたれた。「浩平! あんたなんでみさおを川に突き落としたりしたの!」
 そしてお兄ちゃんに、喋った罰だからと言って「真空飛び膝蹴りごっこ」をされた。確かに痛かったし泣いたけど、それでもお兄ちゃんは好きだった。
 お母さんは嫌いだった。すぐ怒るし、お兄ちゃんをぶつから。犬から庇ってくれた事や、飴玉をくれた事とか話しても、お兄ちゃんをぶった。私が誉めてるのに、なんでお兄ちゃんが怒られてたのか、今も不思議だったりする。
 病気がちで本ばっかり読んでた私が、あんまり他人を怖がらないのはお兄ちゃんのおかげ。お兄ちゃん以上に滅茶苦茶な事する人って、いない気がする。
 本が好きだったから。「ずっと一緒にいる人を好きになって、ずっと一緒にいる」というのは憧れだった。だから、長森さんを応援してたんだけど。
 今日、お兄ちゃんの友達の住井さんという人が、暇つぶしを考えついた。「意中の人に告白出来る、幸福のくじ」というもので、お兄ちゃんが当選した。
 私はさっそく、長森さんに決めるようにお兄ちゃんに言おうとした。
「やめなよ! 少しは長森さんの気持ちも考えてあげたらどうなんだ」
 沢口君の言葉が、耳に痛い。今も残ってる。私は、私は好きな人に「好き」って言われたら嬉しいと思ったから。絶対、長森さんはお兄ちゃんが好きだと思って。それで、
 お兄ちゃんが「告白」すると、長森さんは少し考え、笑いながら言った。
「これからの浩平の生活態度次第かなっ?」
 絶句したお兄ちゃんに、明るく笑いながら長森さんが言葉を続ける。冗談ごとだって事で、長森さんが楽しそうに応じてる。そう思った。その時、私は、そう思ったんだ。
 ばか、だよね。
 沢口君が悲しそうな顔を背けて、去っていってしまった。沢口君はきっと、私が余計な事をしたから怒ってるんだと思ってた。「ふんっ、偉そうに」私は逆に怒り返してやるつもりだった。でも、
 廊下を歩いていく長森さんの横顔は、とっても悲しそうで。泣きたいのを我慢して、明るい笑顔を作っていて。それでも、その場にいられなくなってかけ足になってしまって。階段で転んで。
「痛かったよーっ」
 なんて友達に笑いかけながら、目に涙が滲んでいて。
 その時、とても後悔した。長森さんは、お兄ちゃんのことが好きだから。本当に好きだから。だから、お兄ちゃんが茜さんと仲がいい事にも気付いていて。見守ろうとしていたのに、冗談であんな事言われて。
 ちゅん、ちゅん、
「あ、ごめんね」
 屋上には私とスズメさん以外、誰もいなかった。だからかな。私が元気じゃないと悲しむ人がいないから、ちょっと気持ちがゆるんだんだよね。
「大丈夫だから」
 まだ涙声の私に、「ちゅん?」とスズメさんが尋ねてくる。大丈夫だから、ね、ほら。私は笑顔でしょ。
 安心したように笑った後、スズメさんが飛び立っていった。他に誰もいない屋上で、私ひとりきり。
 私は恋ってなんなのか良く分からない。それがなんなのか知る前に、死んじゃったから。だから、あんなに長森さんを傷つけてしまって。
 今やっと、沢口君がどうして茜さんに「好き」って言えないか分かった。それはとっても悲しい事だから。なによりも、茜さんを傷つけてしまうから。沢口君は、茜さんのことが本当に好きなんだね。
「ごめんなさいっ」
 よしっ、言える。ちゃんと沢口君に会って、さっきのことを謝らないと。そして長森さんにも、聞こえないだろうけどちゃんと謝らないと。
 そう決意した私に、みんなが言ってくれた。
「がんばれよ」
 って。
 北風さんも、お年寄りの銀杏の木も、屋上の金網も。みんなみんな、こうして話し掛けてくれるのに。どうして沢口君は寂しいって思うのかな。地球はこんなに暖かくて、みんなを優しく見守ってくれているのに。
 そんなことを思いながら、夕焼けの迫ってきた屋上を後にした。

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 暗い沢口と違って、みさおには透明感が出ていたら幸いです。
みさお「感想、お待ちしてますっ」
 二回も書きこみの上に、また朝になっちまった。平日の朝なのにこんな事してて大丈夫なんだろうか・・・
沢口「早く仕事探せよ」
 うっ。いや、近今の日本の抱える社会情勢というものからして。そうそう簡単に次の仕事が決まるとは・・・決まったら決まったで、また忙しくなって、
沢口「あー、はいはい。言い訳はいいから。長くなってんだろ」
 ではでは