【2】 下る! 乙女たち 前編 |
「というわけで今日はひな祭りなんだよ!!」 「……それは分かってるんだけど。あたしたち、なんでこんなところにいるのよ」 「説明しますと、私たちは現在切り立った崖の上に立っています。眼下には流れの速そうな川が流れていて、四方は見渡す限り木々に囲まれまさに右も左も分からないという状態です。これ以上遭難したという言葉が相応しい状況はないでしょう」 『時々無気味な獣の声が聞こえるの』 「そうだったんだ、知らなかったよ」 「みゅ〜、お腹減った……」 そのわりには不安そうな表情を見せる者は誰もいなかった。彼女たちの中ではこんなことはすでに日常の範疇に入っているらしい。 「それで、あたしたちをこんなところに連れてきた理由をそろそろ言ってもらいましょうか。まさか散歩に来ただけとは言わないでしょうね」 下から吹く風に髪をなびかせながら腕組みをして誇らしげに立っている瑞佳に、七瀬が片眉を上げた。 「みんなあそこに注目するんだもん」 その言葉を待っていたといわんばかりにある一点を指差す。皆が指差された方向に目を向けると、空き地のようなところにいつの間にか人数分の笹舟と漕ぐための櫂が用意されていた。 しかし真に驚くべきことは、 「なんて大きさなのよ!」 目を丸くする七瀬の言う通り、人がひとり乗れそうなほどの大きさ。普通こんな笹舟はない。 「ふふふ、特注なんだもん」 「どこに注文すればそんなものが」 茜が当然の疑問を発する。 「この前拾ってきた猫が便利なものをいろいろ出してくれたんだもん」 「猫?」 「そう、ド……」 「わあああああ!!!」 『びっくりしたの』 「七瀬さん、いきなりどうしたんだよ?」 「それ以上は言っちゃいけない気がするわ。これは乙女の勘が叫ぶのよ」 「じゃあ、あてになりませんね」 さらりとひどいことを言う茜。しかしその声は小さく七瀬には届かなかった。 「まあいいや、きりがないから説明するよ、いい、ルールは簡単。あの笹舟に乗って一番早くゴール地点まで川を下った人が勝ちなんだよ」 「はあ、ついに戦いの場は町を飛び出したのね」 「グローバルな世の中だからね」 「長森さん、おっしゃる意味がよく分からないのですが」 「そんなことはどうでもいいんだよ!」 真っ赤になる瑞佳。そこに都合よくと言うわけではないだろうがみさきが相変わらずののんびり口調で割りこんできた。 「それよりも瑞佳ちゃん、ゴール地点ってどうやったら分かるの? 悪いんだけど私目が見えないんだよ」 「それなら心配いらないんだもん、ゴール地点には浩平が待っているからね。みさき先輩は浩平の居場所を嗅覚で知ることができるんでしょう?」 「半径1キロ以内なら楽勝だよ」 『この前はそれが役に立ったの』 「あれはすごかったわ」 「えへへ、それなら大丈夫かな」 誉め言葉なのか知らないがみさきは素直に受け取ったようだ。 「しかし、どうやって川を下るのよ、まさかここから落ちるわけじゃないでしょうね?」 七瀬がおそるおそる崖下を覗きこみながら瑞佳に訊ねた。 「それならちゃんと川まで降りる道しるべがあるもん、ちゃんとスタッフもいるし心配いらないよ。」 「スタッフ? そんなものまでいるの?」 「もちろんだよ、これからはワールドワイドにいかないとね。それにスタート地点はここじゃないよ。ちゃんとそこまで案内するから心配いらないよ」 「……ではここにいる意味は?」 茜の言葉をさらりと無視すると瑞佳はゆっくりと歩き出した。 「まあ、もちろん、ここから木曽義仲を見習って滑り降りるのもいいんもん、けれど失敗すると……」 と言いながら森の中に入る瑞佳。数分後、猿轡を噛まされロープに縛られた広瀬を連れて戻ってきた。しきりに広瀬が悲しそうな叫びを上げるが猿轡に阻まれ意味のある言葉をなさない。 瑞佳は広瀬を容赦なく崖のところまで引っ張ってくると 「失敗すると、こうなるんだもん」 と言って、蹴り落とした。 「んん〜〜〜〜っ!!!」 哀れ広瀬は悲痛な叫び声を残しながら消えていった。そしてゆっくり10数えたぐらいあとにどっぽーんとかすかな水音が聞こえてくる。 「あんた、さすがにそれはやり過ぎじゃない?」 「ふん、所詮脇役が浩平と付き合おうだなんて甘いんだもん。流されながら頭を冷やしてればいいんだよ」 妙にすっきりした顔をする瑞佳。その頬にひとしずくの汗がきらりと輝いた。 『やな汗なの』 「おねえちゃん、怖い」 繭が怯えたように七瀬のおさげにしがみつく。その様子には七瀬も溜め息をつくしかなった。 「ねえ、瑞佳ちゃん、一度聞いてみたかったんだけどさ」 今の惨劇をまったく気にしてない素振りでみさきが瑞佳のいるであろう方向を向く。 「なんで川下りなのかな」 「はっ、そういえば」 七瀬がはじめて気がついたような声を上げた。 「ひな祭りってのは雛人形出してひなあられと甘酒ってのが一般的だと思うんだけど」 「それはだねえ」 と瑞佳が説明をはじめようとすると、 『そのときみさき先輩の様子が想像できるの』 「そうですね、袋ごとひなあられを片付けてる様子が」 その横でひそひそ話をしている茜と澪の方にみさきが首だけ振り向かせた。口を開けた体勢で固まる瑞佳。 「私は桜もちの方が好きだよ」 「聞こえていたのですか?」 「なんとなくだけどね」 「あたしも桜もちは好きよ、桜の葉の塩味との対比がいいのよねえ」 七瀬までが会話に加わっていく。 「留美ちゃんは葉っぱまで食べるんだ」 「えっ? 普通そうじゃないの?」 「私は食べませんが」 『澪もなの』 「うそお、繭は」 「みゅ〜、おいしくない」 「そんなあ、あの味が分からないなんてみんな変よ」 「だ〜か〜ら〜わたしの話を聞くんだも〜ん!!」 いい加減に焦れた瑞佳が拡声器を手にして怒鳴った。どこにそんなものがあったのだろうか。 「長森さんうるさいです」 「えっ、あ、ごめんなさい……ってみんな私の話を聞かなくちゃ駄目だよ!!」 「心配ありません、そのことならもう分かっています。どうせ流し雛から思いついたのでしょう」 「ぐっ」 正解らしい。瑞佳は悔しげに身体を震わせると拡声器を地面に叩きつけた。 「へえ、そうだったんだ。知らなかったよ」 『なの』 「いい加減馴れ合うのはやめて勝負するんだもん! これから移動するから自分の船を運ぶんだよ!!」 瑞佳はそう言い捨てるとさっさと自分の船のところへ行ってしまった。それを見ながら澪がスケッチブックに文字を書きこむ。 『年増のヒステリーなの』 「上月さん……」 怖れを知らぬ発言にさすがの茜も眉をひそめた。 「……さあ、着いたよ。さっさと船を並べるんだもん」 「瑞佳、あんたもタフね」 瑞佳以外全員息を切らしながら川岸にへたり込む。その道のりは岩場を飛び移り、木々をすり抜け、立ちふさがる主を倒すというものであった。 途中で茜が「何故あんなところに船を用意したんですか?」という至極もっともな問いを発し、瑞佳が平然と「ただ広瀬さんを突き落としたかっただけだよ」と答えるというやりとりがあったりする。 ともかくそこには大きく『浩平争奪戦スタート地点』と書かれた横断幕が巨木に括り付けられて風に吹かれていた。 「それにしても、なんでみんな汚れてないのよ」 なぜかあれほどの苦難の道のりであったに関わらず七瀬以外はまったく無傷だった。 「格の違いというものです」 茜が静かに呟く、さすがに基礎体力はあるのか、彼女の息はすでに整っていた。 「なんですって?」 七瀬が剣呑な瞳で茜を睨む。その様子をおろおろをしながら澪が見守っている。さすがに二人の間に入るという無謀なことはしないようだ。 「いい加減にするんだもん!!」 しかし瑞佳は違ったようだ。再び岸に上がると、拡声器を手にして思いっきり怒鳴る。その大声に二人が耳を押さえて振り向いた。そしてその手に握られた拡声器を見て怪訝な顔を見せる。 「長森さんその拡声器は?」 「確かあの場所に置き去りなってたんじゃ?」 その疑問に、瑞佳はこともなげに答えた。 「スタッフが回収してくれたんだよ。ちなみにこの垂れ幕を用意してくれたのもそうだよ」 「だからスタッフなんてどこにいるのよ?」 七瀬が辺りを見まわす。気配を探ってみても目の届く範囲には誰もいそうになかった。しかし、 「そこにいるじゃない」 「えっ、うそ?」 そんな馬鹿なと言いかけて、ひとりの女の子を目が合う。すると戸惑う七瀬ににっこりとその女の子が微笑んだ。 「お久しぶり〜七瀬ちゃん」 その懐かしい声に過去の記憶が蘇る。 「えっ、あんたまさか加奈!?」(いちのせみやこさま申し訳ありません) 「そうだよ〜、小学校以来だねえ」 「こんなところでなにやってるのよ!」 「バイトみたいなものですぅ。じゃあ七瀬ちゃんも頑張ってね〜」 手を振ると一瞬のうちに姿を消す。 「消えた?」 信じられない出来事に七瀬は茫然と立ち尽していた。 「最近の脇役は侮れませんね」 姿が消えた辺りを見ながら茜が厳しい表情を作る。 「そうよ! 繭も頑張らなきゃ駄目よ!」 そこにまた新しい人物がどこからともなく現れた。 「ほえ? みあちゃん、いつのまに」 「そんなことはどうでもいいの、とにかく頑張らなきゃ駄目よ!」 「うん」 「繭のお母さんもご馳走を用意して待ってるからね」 「みゅ〜、ご馳走♪」 「あなた、影が薄いんだからこういうときに頑張らなくっちゃ」 「みゅ」 そしてなんだか急ににぎやかになった状況についていけず取り残された感じのみさきが、 「う〜、さみしいよ〜」 と声を出すと、 「川名さん、頑張ってね」 と声をかける人物が。 「もしかして、直美ちゃん? うわー、ずいぶん久しぶりだね」 「そうね、ふふふ、相変わらず大食いなんだって。深山さんから聞いてるよ」 「う〜、雪ちゃんひどいよ〜」 「じゃあ、そういうことで、じゃあね」 「うん」 というわけで脇役が顔見せに現れるという状況が続いた。 「……私のところにはなんで誰も来てくれないのでしょう」 『澪もなの』 「ねえ、日が暮れちゃうしそろそろ始めない?」 手近な岩に腰をかけた瑞佳の声に一斉に姿を消す脇役たち。ハット○君もびっくりの手際のよさである。 「ずいぶん脱線したようですがようやくこれで勝負ですね」 「といいながら何をしてるの?」 身体を動かしている茜に七瀬が声をかける。 「ラジオ体操です」 「里村さん、ひそかにやる気十分ね」 「勝負には負けたくありませんから」 「あんたって結構負けず嫌いだったのね」 「私はあきらめは悪い方ですから」 「あんたには負けないわよ」 「私もです」 炎をバックに睨み合う二人。その近くでは繭が浩平を得るため、ではなく、 「みゅ〜、ご馳走、ご馳走」 のために大いに張りきっていた。その繭になぜかライバル意識を燃やす澪。 『私よりナイスバディなんて許せないの。この恨みここで晴らさせてもらうの』 そして普段は決して見せない邪悪な笑みを浮かべる。 『3月の水は冷たいの。雪解け水がいい感じに肌を刺すの』 「なんかみんな盛り上がっているようだねえ、じゃあ私は瑞佳ちゃんとライバルということで」 「じゃあ、ってなんですか?」 「深い意味はないよ。なんとなくだけど」 くすっと笑う、みさき。そこには年長者の余裕というものが感じられた。 「むっ、さっさとみんな船を並べるんだもん」 「はいはい分かったわよ」 七瀬に続いて岸に船を並べていきやがて出走準備が整った。後はスタートを待つばかりである。 「……で、どうやったらスタートなの?」 いつでもやる気満々でから回りする七瀬が瑞佳の方を向く。 「すみません、遅れました」 そこに一人の少年が息を切らしながら駆けつけた。瑞佳がそれを見て頬をふくらませる。 「遅いよ、一体何してたんだよ」 「いや、ちょっと部活の方が長引きまして」 「言い訳になってないよ、どうせみんな幽霊部員ばかりなんだからやることなんてないんだもん」 「まあ、そう言わないでくださいよ」 「ねえ、あの人誰?」 その人物の正体が気になる七瀬が瑞佳に訊ねると、その人物から、 「えっと、俺は地学部の部長をしている箕浦というものです。この際ですから誰か地学部に入りませんか」 という自己紹介があった。 「そんな部活の勧誘なんてやってないでさっさと始めるんだもん」 「分かりましたよ、ああ、脇役はつらいなあ」 瑞佳にたしなめられた箕浦は手にしたピストルを構えた。 「よーい」 あまりやる気のなさそうな箕浦の声でスタートを待つ瑞佳たち。そして、 「スタート、といったら始まりですよ」 で思いっきりこけた。 「まあ、お約束ですね……ってあれ? みなさん怒ってます? やだなあ、軽い冗談じゃありませんか」 「いい加減にするんだよ!」 それが虐殺の始まりの合図だった。 「……いい、こんどはちゃんとするんだよ!」 「ふぁい」 顔をぼこぼこに腫らした箕浦が改めて構える。殺気立つ乙女たちに冗談は禁物であることを彼は心に深く刻みつけたことであろう。 「よーい、すたーと!」 ずきゅーーーーん!!! やけにリアルな音を響かせて戦いは始められた。 やっと書けた〜〜〜!! でも前編だけ(爆)。 いちのせみやこさま申し訳ありません、佐藤さんを使ってしまいました。 あれほど人のものには手を出したらいかんと……。 それと全国の広瀬ファンの皆様にもお詫び。 それから…… ?「えいっ」 ぐはああああ!!! ?「ふっふっふ、清水なつきメジャー化計画第一弾まずは成功ですね」 なつき「SS作家のあとがきを占領し、自分色に染める……なつきは頭がいいですね」 なつき「でもこんな下っ端な人じゃたいしたことはありませんね」 なつき「やはりここはもっと大物を狙うべきでしょう」 なつき「だれにしましょうかね」 なつき「はじめはあの人からにしてみますか……」 |