浩平、北へ バレンタイン後日談
投稿者: みのりふ  投稿日: 2月18日(金)00時55分
 旅はいい。
 窓の外の景色を眺めながら、俺はがらにもなく感傷に浸っていた。
 心地よい電車の振動に身を任せ、旅先での思いがけない出会い、見知らぬ土地の冒険などに思いをはせる。俺の心はすでに遠くの地にあった。
「ふふふふふ」
 無意識に笑みがこぼれてしまう、自由、なんて開放的な響きなんだろう。あいつらがいない、俺ひとりなんだ。
 そう、
「俺は自由だああああ!!!」
 あ……見知らぬ人たちの視線が痛かった。


 
 同時刻、小坂邸にて。
「ああん、浩平がいないよお! いったいどこにいるの? はっ、まさか浩平ってばお風呂場でシャワーを浴びてるんじゃ。……きゃあ! 浩平朝から大胆だよ。でも浩平が望むんだったらわたしも」
「なにを朝からとち狂ってるんですか」
 頬を赤く染め乙女チックなポーズをとる瑞佳に冷静なつっこみが入る。慌ててドアのほうを振り返ると、茜が南を見るような冷たい目で瑞佳を見ていた。その後ろに七瀬と澪の姿もあったりする。
「……さ、里村さん!? なんでここにいるんだよ!?」
「浩平を起こしに来るのがあなたの専売特許だと思わないでください」
「ちなみにあたしもいるんだけど」
『澪もなの。里村先輩のおさげに張りついてきたの』
「それは気づきませんでした」
 その割にはちっとも驚いていない茜。
「それはともかく、浩平がいないんだよ!」 
 その言葉に茜が意味深な笑みを浮かべた。
「な、なんだよその笑いは?」
「長森さん、あなたはふられたんですよ」
「雨に?」
 どがっ!!
 茜の右肘が目にもとまらぬ早さで七瀬のわき腹に突き刺さる。
「七瀬さん、余計なボケは身を滅ぼすもとですよ」
 涙をこらえながらうずくまる七瀬を見下ろしながら茜は静かに呟いた。
「うぐぐ……今痛切にそう感じたわ」
「そんなことより、ふられたってどういうことなんだよ!」  
「……瑞佳、あたしのことはどうでもいいのね」
 寂しそうな七瀬。
「さきほど、冷蔵庫を漁っていた川名先輩がこれを発見しました」
 冷静さを失った瑞佳に茜が手にしたものを突き付ける、張り紙だった。
 瑞佳は茜から張り紙をひったくると、書かれている文字に目を通す。それにはこう書かれていた。
『旅に出ます。探さないでください』
 瑞佳は顔をあげると文字の書かれている部分をばんっと叩いた。
「どうしてこれであたしがふられたことになるんだよ!!」 
「分からないのですか?」
 やれやれと言うふうに肩をすくめてみせる。
「いいですか、長森さん、言葉には必ず隠された意味というものがあります。手紙などを読むにはそのことを頭に入れて置かなければなりません。それでですね、この文章をちゃんと読むと『長森、おまえとは付き合ってられん、俺は茜と幸せな暮らしを送ろうと思う、さっさとだよもん星に帰ってくれ』、とこうなります」
「どういう理屈だったらそうなるんだよ!!」
「あたしにもよく分からないんだけど」
『里村先輩、エゴ丸出しなの』
 各自のつっこみが入る。
「なつきもりか……」
 いつの間にか出現していたなつきを血の海に沈めると「……なんでなつきばっかり」、茜は悲しそうに溜め息をついた。
「やれやれ、現実が見えてないって悲しいですね」
「うーっ、里村さんだけには言われたくないよ! 浩平が旅に出たのって絶対バレンタインデーが原因なんだよ! 里村さんが浩平のことを屋上から吊るしたのが悪いんだもん!! そのうえ『こんなときは普通感想を言うものです』だって? そんなの絶対無理に決まってるよ!」
「長森さんこそ、背中に火をつけて『浩平、わたし笑顔でいられてるかな』と笑ってませんでしたか?」
「あれはさすがのあたしもひどいと思ったわ」
『長森先輩、極悪なの』 
 ジト目の二人。
「なっ、なんだよ!! そういう七瀬さんだって『浮気な男にビンタをかましたあと涙を流しながら去っていく、乙女のなせる技ね』と言いながら百烈ビンタをかましたんじゃないか!」
『見分けがつかないほと腫れていたの』
「上月さんはクロス式STFを決めていたようでしたが」
『武○もギブアップなの』
「いや、そんなにこにこしながら言われてもというか、里村さんが技の名前を知っていることのほうが不思議なんだけど」
 と言いながら、七瀬が辺りを見まわす。
「変ねえ、この辺りで絶対『みゅー』って言いながらあの子が飛び掛ってくるはずなんだけど」
「繭のこと? あの子なら入院しているはずだよ」
「はあ?」
 ハニワ顔の七瀬に瑞佳が溜め息をつきながら茜を見た。瑞佳からの非難の視線にもまったく動じる様子がない。
「なんですか?」
「あの出来事で繭は心に大きな傷を負ったんだもん。だから今必死にリハビリをしてるんだよ」
「それは大変ですね」
「なに他人事のような顔をしてるんだよ! 全部里村さんが悪いんじゃないか!」
「なぜです?」
「はあ、もういいもん、糖血女は所詮人の心なんて持ってないんだもん」
「糖血女……?」
「血のかわりに練乳か蜂蜜が流れてるんだよ」
「……否定しきれないところが怖いわね」
『ありえるの』
「みなさんが私のことをどう思っているかよく分かりました」
「……そ、それはともかく今は折原を探すほうが先決なんじゃない」
 茜から目をそらしながら珍しく七瀬がフォローに回る。
「それなら別に心配はいらないんだもん、浩平は私から逃げることなんてできないよ」
「どういうことですか?」
 茜の問いに、瑞佳は意味ありげな笑みを浮かべることで答えた。 



 それにしても人は何故逃亡の地に北を選んでしまうのか。コートの襟を押さえ、雪をしっかりと踏みしめながら俺は考えてみようとした。
 しかし俺はそんな柄ではないのですぐに断念することにしておく。今はそんなことよりもこの空腹を満たすことのほうがよっぽど大事だ。
「どこかにいい店はないかな」
 食べ物屋を求め、とりあえず足の向くままぶらついてみよう。俺は少しでもにぎやかそうな場所を目指した。
 しばらく歩くと商店街の入り口を発見した。なかなかの賑わいぶりを見せていて、この雰囲気ならばおいしいものが見つかるかもしれない。俺は期待を抱きつつ商店街に足を踏み入れた。
 何にするかなあ、やっぱり温かい物を食べたいよなあ。
「そこの人っ!」
「えっ?」
 突然の声に俺の意識が現実に戻される。
「どいてっ! どいてっ!」
 状況の分からないまま、気がつくとすぐ目の前に女の子がいた。というか走ってる。手袋をした手で大事そうに紙袋を抱えた小柄で背中に羽の生えた女の子だった。
 ……って羽?
「うぐぅ、どいて〜」
 どごおおおおっ!!
「うぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
 ……あ、しまった。つい七瀬のつもりで掌底を入れてしまった。倒れ伏す女の子を見ながら俺は溜め息をついた。
「これじゃ、俺の方が悪いみたいじゃないか」
「うぐぅ、きっぱり君のせいだよ!」
「おっ、元気になったのか、それはよかったな」 
「うぐぅ」
 女の子は不満そうだった、なぜだろう?
「……はっ、こんなことをしてる場合じゃなかったんだ。早く逃げなくっちゃ……」
「見つけたよ、お嬢ちゃん」
 その声に女の子の動きが止まる。振り向くとエプロンをした中年の親父が立っていた。再び逃げようとした女の子のリュックを大きな手ががしっと掴む。
「さあ、今日はおじさんの勝ちだぞ」
 にこやかに言うとずりずりとその女の子を引きずっていた。
「うぐぅ……」
 しかしここでは「うぐぅ」って言葉が流行っているのか? 俺はしばらくその女の子が連れていかれた方向を眺めていた。

 

「……ふう、食った、食った」
 俺はふと立ち寄った公園で一息つくことにした。さっそく休むのに適当な噴水のそばのベンチに腰掛けて目を閉じる。不思議なことにこの公園は昼間だというのに誰もいなかった。
「でも、こんなにいい場所なのにもったいないよな」
「そうだね」
「やっぱり寒いからか」
「そうかもね」
「まあ、うるさくなくていいかもな」
「そうかもしれませんね」
 ん? さっきから独り言に相槌を打っているやつがいる。俺はうっすらと目を開け……再び目を閉じた。
「はっはっは、俺はいつの間にか夢の世界に来てしまったらしい。どれ、喋るウサギを探しに行くか」 
「へえ、話すウサギがいるんだ、知らなかったよ」
「そう、バニ山バニ夫といってな、ご主人様に……って、みさき先輩!? それにみんなも!!」
 ベンチに座る俺を囲むように長森、七瀬、茜、澪、先輩がにこやかな笑みを浮かべて俺のことを見下ろしていた。
「ど、どどどど」
「『どうしてここが分かったんだ』って? 決まってるじゃない、愛の力だよ」
「私たちにかかれば浩平の居場所など、たちどころに見つけて差し上げましょう」
『澪も頑張ったの』
「あたしは何もしてないんだけど……」
「七瀬さんは邪魔な通行人を一掃するのに役に立ったじゃない」
「瑞佳、そんなこと誉められてもうれしくないんだけど」
 よし、なんか今がチャンスっぽい。抜き足、差し足、忍び……。
「あっ、駄目だよ浩平君、逃げようたってそうはいかないよ」
「は、離してくれ先輩! お、俺はまだ死にたくない! もうバレンタインの恐怖を味わうなんて嫌なんだ!!」
「……バレンタイン……」
 なんだ? いきなり先輩が無表情になったぞ。
「ご、ごめんよ雪ちゃあああああああん!!!」
「わ〜!! 先輩が暴れ出した!!」
「な、何やってんだよ浩平!」
「俺が知るかああ!!」 
「えい」
 茜の静かな声とともに先輩が動かなくなった。
「い、一体何をしたんだ茜!?」
「当て身です。これでしばらくは……」
 と言いかけたところで茜の表情が変わる。俺の腕の中で先輩が泡を吹いていた。気まずい沈黙が辺りを包む。
「うーむ、先輩の顔色が青くなっているような気がするんだが」
「おかしいですね、詩子で試したときにはちゃんと成功したのですが」
 と言いながら目をそらすな。
『何があったか想像できるの』
 あ、なんか痙攣し始めてるしさすがにまずくないですか。
「そんなことより、浩平、どうして私たちから逃げるんですか」
「あんなことされたら普通逃げるわああああ!!!」
「あれは浩平が悪いんだよ!! 広瀬さんなんかといい雰囲気になってるんだもん」
「そうそう、お茶目なお仕置きじゃない」
「屋上から吊るしたり、火をつけたり、散々殴ったり、関節技をかけるのどこがお茶目なんだああああ!!!」
 そこまで叫んだところでふと恐ろしいことに気がついた。
「……おまえら、広瀬をどうしたんだ?」
「聞きたいんだね?」
 あっ、長森、その笑みはなんだ。……すまん広瀬、勇気のない俺を許してくれ。
「さあ、浩平帰るよ」
「嫌じゃああああああ!!!」
「そんなこと言っても浩平にあてなんてないじゃない」
「いや、なんか知らないがここにはなんでも1秒で了承してくれるおばさんが……」
 どっしゃあああん!!!
「ぎにゃあああぁぁっ!!!」
「あっ、雷が」
「誰かの逆鱗に触れたようですね」
『おばさんはまずいの』   
 がくっ、俺はそこで意識を失った。
「やれやれ、これで帰れますね」
「ふう、永遠の世界から見つけるのは疲れるよ」
「よく、そんなことができるわね」
「協力してくれる人がいるからね」
『不思議なの』
「ううう、雪ちゃああん」



その頃の小坂邸。
「うう、なつきは負けません。だけど涙がでちゃうのはなつきが女の子だからです」
 なつきが自分の境遇に酔いしれていた。



「……僕の出番はなしかい」
 シュンが屋上でたそがれていた。 



「みゅー」
「ああ、可愛そうな繭! ショックで『みゅー』としか話せなくなってしまったなんて」
「みゅー?」
「心配いらないわ、お母さんがついていますからね」
 どうやら繭の社会復帰は近いようだ。







今回からHNをみのりふに変えます。皆様改めてよろしくお願いします。
と言ったところでなんかシリーズ化してきたようですが、相変わらず暴走しているこのSS、ひな祭り編は書けるのでしょうか。
しかし、ほんとにこんなものを書いていいんでしょうかね。
怒れる瑞佳やみさき先輩、茜、澪、繭、七瀬ファンの顔が目に浮かぶようです。
……怖くなったので感想に行きます。

>まてつやさま
みあちゃんが繭と仲良くしたのにはそういうわけがあったのですか。
自分のことを弱いと思っているとは思わなかったのでちょっと意外な気がしましたが、繭と仲良くするまではみあちゃんも孤独な立場だったのかと思うと、なるほどと納得できるものがあります。
感想遅れまして申し訳ありませんでした。

>神楽有閑さま
始めまして新参者のみのりふという者です。よろしくお願いします。
私の「ONE」での一番の泣き所のシーンですね。プレイしながらこのシーンが来なければいいのにと思ったものです。
読んでいて改めてくるものがありました。みさおって本当に小学生とは思えない心の強さを持っていますよ。このあとみさおがどうなるのか楽しみにしています。

>WTTSさま
そうですね、ここをどんどん盛り上げていきたいですね。
これからもがんばれるといいなあ。
替え歌は思わずあるあるある〜と叫びたくなりますね。
まだまだこのネタはありそうで、期待してしまいます。
楽しくなれるのはいいことだ。

>から丸&からすさま
感想ってほんとにありがたいですよね。
瑞佳と翼の女の戦い、浩平と住井たちの日常の雰囲気、たまらなくいいですね。
しかし夕食時の二人の様子を瑞佳が知ったら怖いですね。「私が監視しなきゃだめだよ」とか言って押しかけるかもしれません。
なんとなく時をかける少女って感じですが、翼はこれからどう話に関わっていくのでしょうか、そして浩平の心の旅立ちはあるのか、非常に楽しみです。

>変身動物ポン太さま
えっ、わざわざどうもありがとうございます。いただけるのでしたら遠慮はしません、踊りながら受け取ることにしましょう。このお礼は雪見SSを書くことで……いややめましょう、どうせろくなことにならないですから。
しかしテンションの高さはさすがですね。のりはギャグに必要不可欠ですからね。私も努力はしてるのですがいまいち……やはり本人のテンションが低いのが原因なんですかね。
温泉かあ、一度は書いてみたいネタですよ。

>いちのせみやこさま
どうも、今回からみのりふになりますがこちらこそよろしくおねがいします。
女の子同士の会話がいいですね。私が書くとどうしても不自然と言うかおかしくなってしまいますから。
佐藤さんはこれからどうするのでしょうか。
ドレスを着る七瀬を止めるのは無理ですからね。
どう話を進めていくのか楽しみです。