恋人たちの午後 投稿者: みのり
 ……かりかりかりかり。
 ひたすらノートに公式を写す作業を繰り返す。国立の前期試験が近い今、俺たち受験生に遊んでいる暇などないのだ。
「……って、寝るな澪!」
『寝てないの』
「嘘つけ、そのページについた染みはなんだ!」
『こ、これは汗なの。この部屋の暖房が効き過ぎてるだけなの』
「ほう、そうかそうか」
 一応納得をしたふりをしつつ自分の作業に戻る。
 永遠の世界より帰還してから当然のごとく留年した俺は澪と同じ学年になってしまった。まあ、それに関してはいつも一緒にいられるからやぶさかではなかったのだが。
 そして現在、俺と澪は同じ大学に入らんとするため、今日も今日とて俺のうちで勉強に励んでいるのだ。
「……って、寝るな! ふっふっふ、今度こそ言い逃れはできないぞ」
 俺の声にびくっと身体を震わせる澪。
『ごめんなさいなの』
「まったく、今日はどうしたんだよ。昨日徹夜でもしたのか?」
『そうなの』
「はあ、それじゃ、一緒に勉強する意味が無いだろう」 
 俺は答えがほとんど空欄になっている澪の問題集を見ながら溜め息をついた。何があったのか知らないが、この調子ではやるだけ無駄というものだ。
「わかった、俺ひとりで勉強してるからおまえはしばらくベッドで寝てろ」
 俺がそう言うと澪はふるふると首と横に振った。
『頑張るの』
「そうはいってもなあ」
『澪は折原先輩と一緒の大学に行きたいの、だから頑張るの』
 うれしいことを言ってくれるぜ。しかし、
「こらっ、澪。俺のことを先輩と呼ぶなといってるだろう。「折原」か「浩平」にしろといってるじゃないか」
『そんなふうには呼べないの』
「なにい、じゃあ「おにいちゃん」なのか!」
『なんでそうなるの』
「と、なるとここはやはり「ご主人様」か」
『嫌なの!!』
 ばしっ! ばしっ!!
「いてっ! かどはやめろ、かどは!! 冗談だ! 本気にするな」
 その、ふくれた顔もかわいいが、ってそんな場合じゃない。
『邪悪なオーラが漂っていたの』
「何でそんなことが分かるんだ!」
 俺が手をあわせて謝るとようやく澪はスケッチブックを収めてくれた。ふう、なんだかどんどん過激になってくるな。 
「いや、ほんとに悪かった」
『ほんとにそう思ってるの?』
 気のせいか主導権まで握られているような……。
「ああ、ほんとだ」
『だったら、イチゴサンデー7つで許してあげるの』
 ぐあっ。
「澪、そのネタはちょっと」
 まずいような気がするのですけど。
『じゃあ、ジャンボミックスパフェデラックスでいいの』
「澪さん、勘弁してください」
『冗談なの、みやびのお汁粉でいいの』
「お汁粉かあ、たまにはいいな」
 「みやび」とはなつきから教えてもらった甘味処である、いつからあるのかは知らないがあの甘味王である茜ですら知らなかった隠れた名店という奴である。
 とくにお汁粉は絶品であり、あの上品な甘さが俺のハートをゲッチューしていた。
「そう言うことなら休憩がてら行ってみるか」
 俺が時計を見るとまだ混むには早い時間だった、これならゆっくりと食べられるだろう。しかし澪は首を振った。
『今日はやめとくの』
「えっ、なんでだよ」
 澪は困ったような顔を俺と自分の鞄の間でさまよわせている。
 なんだ? 気になるな。
 澪は明らかに迷っていたようだったが意を決したように鞄の中を探りだした。そして取り出したものを俺の目の前に差し出す。
 それは綺麗にラッピングされた小さな箱だった。
「えっ、それってもしかして……あっ、バレンタイン!?」 
 俺は視線を移す。すると顔を赤らめながらもしっかり俺を見ている澪の顔があった。
「徹夜ってまさか、これを……?」
 うんうんと大きくうなずく。指先までが赤くなっていた。
「俺は今猛烈に感動している!!」
 俺はいきなり澪に抱きついた。ぎゅっと力一杯抱きしめてやると、始めは暴れていた澪も大人しく身を任せてくれた。ああ、なんて柔らかい感触。
「なあ、澪」
 俺は目を見つめながらできるだけ優しく言ってやる。そして澪もこくんと……、
 うなずいてはくれなかった。
「なっ、なんでだよ!?」
『受験が終わるまでおあずけなの』
 スケッチブックで顔を塞がれる。
「ぐはっ、確かに約束してたな」
 慌てて手を放すと何事も無かったかのようにテーブルに向かう澪。なんだか悲しいぞ。
『そのために勉強するの。澪だってつらいの』
「くうっ、なんて健気なんだ」
 俺は降参せざるを得ない。
 しかしその決意もどこへやら、10分後には熟睡する澪の姿があった。
「幸せそうな顔しやがって」
 俺はさっそく箱を開けるとチョコを一粒口に入れた。澪の想いが小さな固まりに詰まってると思うと自然と顔がほころんでくる。
「よっ、と」
 澪をベッドに寝かせると、俺は再びノートに向かったのであった。





というわけで今度のは雰囲気を変えてほのぼのです。
今回は澪に挑戦してみました。
どうやらバレンタインネタで澪を書いてる人がいないので一安心です。
こんなへぼへぼなものと……(涙)。
ちなみに「みやび」はなつきシナリオでちゃんと出てきます。
みなさまも使ってみてはいかがでしょうか?
では感想へ。

>変身動物ぽん太さま
しかし七瀬は浩平にチョコをあげるために浩平を売ろうとしたんですか……。
プロフェッサーは適当に永遠チョコを作るし。
南森と中崎できれいに落ちましたね。
勉強になります。

>Tromboneさま
茜、教室でチョコを食べさせようとするなんて大胆だなあ。
えっ、あとがきに澪を使っているということは……。
ど、どうしよう、怒らないでくださいね。

>から丸&からすさま
バレンタインネタに囲まれてめだってますね。
赤い髪にそばかす、と思ったらポニーテール?
オリジナルキャラですか。
今回も長編になるのでしょうか。
長い話を書けない私にとって、話を完結できるだけですごいのに、
そのうえ素晴らしい話になりますからね。
期待しております。

>Matsurugiさま
ああ、また南が泣いていそうですね。
頑張れ南、きっと誰かが救ってくれるさ。

>ひささま
うわっ、瑞佳ってば……。
幸せすぎてなにも言えません。
しかし私の書く瑞佳とはえらい違いだ。
住井の相手って佐織ですか?
ドラマCDでやけに仲がよかったので。