燃える! 乙女たち 後編 投稿者: みのり
 バレンタイン当日、ついに勝負の時がやってきた。そしてなぜか演劇部の部室を占拠する瑞佳たち。
「ふふふ、みんな臆せずよく来たんだもん。でもね、今日ここではっきりと決着をつけてあげるんだよ。……とくに里村さん! この前はよくもやってくれたね、おかげでしばらく気分が悪かったんだよ!」
「……確かにあれはきつかったわ」
『そうなの、あのワッフル3つも食べさせられたの』
「おいしくなかったですか?」
「そういう問題じゃないんだもん、おかげで繭なんかいまだに寝こんでるんだよ!」
『うわさによると夢にまで出るらしいの』
「それどころか危ない状態なんだよ!」
「あわれね」
 七瀬が呟く。
「ああ、どうりで今日来てないわけね。まあ、あたしとしては髪を引っ張られないからいいけどね。……ってぎゃああああ!!!」
 七瀬が慌てて振りほどくと、みさきが無邪気に笑っていた。
「な、なにするのよ! いくら先輩とはいえこととしだいによっては許さないわよ!」
「なんとなくだけど、寂しそうに見えたんだよ。だからついね」
「ぐっ、折原みたいなことをしないでよ。今回は許してあげますけどね」
「うん、わかったよ」
『一件落着なの』
 そのとき、微笑んでいたみさきがさっと顔色を変えた、なんのことだろうかと思っていると遠くのほうから怒りに満ちた叫び声が聞こえてくる。
「みさき〜!! どこにいるの!」
「あれ、あの声は確か深山先輩」
「わわわわ」
 とたんに慌て出すみさき。
「今度という今度は許さないからね!!」
 遠くのほうからでもはっきりと聞こえてくる。それだけで雪見の怒りの度合いが分かるというものだ。
「一体何をしたんですか?」
 しかし、茜が問いかけも聞こえない様子でみさきは教室の中を右往左往していた。ときおり壁に激突しては悲鳴をあげる。ただならない様子に瑞佳たちまで不安げに顔を見合わせた。
「まずいよまずいよ、死んだふりはどうかな?」
『深山部長は熊じゃないの』
「みさき〜! 大人しく出てきなさい!! 出てこないと恐怖のフルコースよー!! ふふふ、これをするのも久しぶりねえ〜」
「ひいいっ!」
 顔面蒼白になるみさき。そこまで彼女を恐怖に駆り立てるものはなんであろうか。めったに見れないその様子になぜか関係ないはずの澪まで一緒に青ざめている。
「きょ、恐怖のフルコースとは一体?」
 瑞佳たちの頭の中はクエスチョンマークで埋められていた。だがなんだかとてつもなくやばいのは確かだ。
「澪ちゃんは知ってるの?」
 えぐえぐ。澪は怯えきったまなざしでドアのほうを見るばかりだった。
「すごく気になるわね」
 その不用意な発言に茜が咎めるような視線を七瀬に向けた。
「七瀬さん、『好奇心猫を殺す』『君子危うきに近寄らず』という言葉を知っていますか?ここは大人しく川名先輩を引き渡してやり過ごすのが得策でしょう。わざわざ深山先輩の怒りに火を注ぐ必要もないですし」
「ひどいよ茜ちゃん!! 君がそんな人だったなんて思わなかったよ! ……はっ」
 思わず怒鳴ってしまうみさき、慌てて口を閉じるがすでに手遅れだった。次の瞬間、荒々しく扉が開かれ、般若と化した雪見が現れる。
「みさき、ここにいたのね」
 鋭い視線がみさきを捉えると、泣く子も黙る壮絶な笑みを浮かべてみさきに詰め寄っていく。
「ご、ごめんよ雪ちゃん、悪気はなかったんだよ。ただお腹がね」
「そうよね、みさきはいつも悪気はないのよね」
 うんうんとうなずいて見せる雪見。
「でもねみさき」
 ここで妙に優しい声になる。その迫力には瑞佳たちも怖気を振るって立ち尽くしているしかなかった。
「世の中にはそれですまされないことがあるのよ」
 瑞佳たちは心の中でみさきの冥福を祈った。
(みさき先輩迷わず成仏してください)
(化けて出てこないでね)
(思い出は一生忘れないの)
(これでライバルがひとり減りましたね)
 そのなかで茜はあくまでも冷徹に計算していた。
「あ、あのね雪ちゃん」
「被告人には発言権はないのよ」
 雪見はそういうと、がしっとみさきの肩を掴む。
「さああて、お楽しみのお仕置きタイムよ〜」
「あうあうあうあう」
 もはや言葉にならないみさきを引きずりながら雪見は去っていった。
 びしゃん、ドアが閉じられる音とともに一斉に安堵の溜め息を漏らす瑞佳たち。
「怖かったねえ」
「それにしてもみさき先輩は何をしたのかしら」
『分からないの、でも怖かったの。あんな部長を見たのは久しぶりなの』
「そうなのですか」
 ようやく緊張も解けて、教室にほっとした空気が流れる。そしてどこからともなく笑みがこぼれ出した。
「あ〜あ、なんだかやる気がうせちゃったよ」
「そうね、なんだか気が抜けたわ」
『もうやめにするの』
「そうですね、今日のチョコレートケーキは自信作なのでしたが」
「へえ、里村さんはチョコレートを作ってきたんだあ」
「あたしはちなみにチョコクッキーよ」
 と巾着を取り出す。
『澪は普通のなの。がんばったの』
「わたしはミルクチョコレートだよ」
「長森さんらしいですね」 
「せっかく作ってきたんだからみんなで渡しに行こうよ」
『それがいいの、きっと折原先輩も喜んでくれるの』
「まあね、たまにはこんなことがあってもいいかもね」
「仕方ないですね、浩平はどこにいるのでしょう」
「まだ教室にいるんじゃないかなあ」 
「そんなところじゃない」
 すっかりなごんでしまった瑞佳たちは部室を出ると教室に向かった。
 


 そのころ屋上ではいまだに、
「ふふふふふふふふふふふふ」
「はははははははははははは」
 今日がそのバレンタインデーであることをすっかり忘れ、ひたすら無気味に笑いあうなつきとシュンの姿があった。その上空をのんびりとからすが通りすぎていく、平和でかつおぞましい光景が広がっていた。



 教室の前まで来るといきなり瑞佳が立ち止まり、口に人差し指をを当てて振り向いた。そして教室を指差しながら声をひそめて話しかける。
「話し声がするね」 
「女の子の声ね」
『なんだか楽しそうなの』
「気になりますね」 
 いつの間にか連携のとれだした4人はこっそりと教室に近づいた。そしてゆっくりと扉を開き教室の中を覗きこむ。そこで瑞佳たちが見たものは、
「ねえ折原君、おいしい?」
「ああ、うまいぜ。これって、もしかして手作りか」
「そうよ、なかなかいいできでしょう。おかげでこんなところににきびができちゃったわ。責任とってよね」
 楽しげに会話する浩平と広瀬の姿だった。
「ちょ、ちょっと、これはどういうことなんだよ!!」
「な、長森!? それにみんなも!」
 椅子から跳びあがる浩平。その様子は浮気の現場を見つけられた夫のようであった。
『こんな展開、許せないの』
「まさか広瀬さんとは……油断しましたね」
「よりによって広瀬さんってどういうつもりなんだよ!」
「折原、説明してもらいましょうか」
 まるでトーテムポールのように扉の隙間から顔だけ出した状態で次々と浩平になじっていく。ちなみに下から澪、茜、瑞佳、七瀬の順番である。
 浩平は額に脂汗を流しながらも今までたまりにたまった鬱憤を晴らすようにすべてをぶちまけた。
「もう嫌なんだよ!! 俺はおまえらのおもちゃじゃないんだ! 俺は俺自身で幸せを掴み取るんだ、それが広瀬で何が悪いんだ!! あのときの広瀬に俺は救いを見つけたんだ! 畜生、きっと校外に一軒家を立ててやるぞ、赤い屋根で壁はアイボリーがいいな、もちろん庭付きだぞ! 子供は2人だ! そして……」
「浩平」
「はい」
 冷めきった瑞佳の声に沈黙してしまう浩平、残念ながら救いの神は浩平のもとを去っていったようだった。
「その前に……」
 と言って広瀬に視線を向ける。その迫力に広瀬が浩平の後ろに隠れるとたちまち瑞佳の眉が跳ね上がった。
「そこの泥棒猫にお仕置きをしなくっちゃねえ」  
 と雪見のようなことをのたまう。
「ちょっと、あたしが何をしたって言うのよ!」
 叫ぶ広瀬を無視するように茜たちに一言。
「やっちゃって」
「いやああああああ!!! お母さあああああああんん!!!」
 教室に哀れな子羊の叫び声が響き渡った。



「あら、なんだか悲鳴が聞こえた気がしたけど気のせいかしら、ねえ、みさき」 
 食堂において柱に縛り付けられたみさきに向かって話しかける雪見。
 みさきの周りにはラーメン、カレー、餃子などが口元のほんの数センチのところに置いてある。雪見はうちわを扇ぎながらひたすら匂いだけを嗅がせていた。
「ううう、ごめんよ雪ちゃあああん」
 すでにぐったりとしはじめたみさきを見て雪見は楽しげに笑った。
「ふふふ、駄目よみさき、チョコレートの恨みはこんなものじゃないんだからね。……そうそう知ってる、みさき。モグラって1日食べないと飢え死にしちゃうんだって。みさきはそうならないといいわよねえ」
「うう、いい加減にしてくれないとみんなに雪ちゃんの好きな人を公開するよ〜」 
 せめてもの反撃を試みるみさき。しかし、
「完全犯罪って甘美な響きよね」
 あっさりと撃沈された。
「知ってる? ねずみも1日もたないんだって、大変よね」
 バレンタインデーはこうして幕を閉じたのであった。



 そして椎名邸……ではなく病院。
「みゅー……わっふるが……」
「繭、しっかりして!! 先生! 繭は、繭は助かるんですか!?」
「……奥さん、大変言いにくいことなのですが、おそらく今夜が峠でしょう」
「……そんな……」
「きれいなお花いっぱい……」
「ま、繭! 何言ってるの!!?」  
 繭がお花畑をさまよっていた。

 




ええと、このSSに不快な思いをされた方ごめんなさい。
私はこういうのしか書けないんですよ。 
ぽ、ぽん太さま、ありがたいお言葉感謝です。
こんなのなってしまいましたが、期待には応えられたでしょうか? 
どきどき。
感想はもうひとつの方で。