燃える! 乙女たち 前編 投稿者: みのり
「考えてみたらひな祭りなんかの前にもっと大切なことがあったのを忘れていたんだよ!!」
「いつもながら唐突ね、瑞佳」
 例によって屋上にみんなを集めた瑞佳の第一声がこれである。恋する乙女は盲目なのだ。ちなみに七瀬の場合は「盲」ではなく「猛」だ。これは別に七瀬の場合に限ったことではないか。
「ふう、今日はいい風が吹いてるね。90点ぐらいはあげてもいいかな」
「私は寒いです」
『澪もなの』
 フェンスに寄りかかって心地よさそうに目を閉じるみさきに茜と澪が疑わしげな目を向ける。そこに瑞佳の苛立った声が乱入してきた。
「ちゃんと人の話を聞くんだもん!!」
「みゅう?」
 繭は相変わらず七瀬のそばを離れない。それを牽制しながら七瀬は瑞佳に話を促した。
「はいはい、分かったから早く用件を話してよね。今日は折原と帰る約束をしてるんだから、長居できないのよ」
「なっ、七瀬さんと!? なんで浩平はわたしと帰ってくれないんだよ!」
「前に浩平が寂しそうに言っていました。長森さんは変わってしまった、と」
『それにいつも部活だといって断っていたのは長森さんなの』
 認めたくないとでも言うように激しく首を振る瑞佳。
「あのころのわたしとは違うんだよ! 今は愛に生きるんだよ!」
「恥ずかしくないのかな、そんなこと言って。なんとなくだけど」  
「なんとなくじゃないと思うわ」
 みさきの言葉に腕組みしながら同意する七瀬。
「いいもんいいもん、みんなには内緒にしちゃうもん! こっそりと浩平にチョコ渡してわたしだけいい思いするんだもん。チョコを渡された浩平は顔を少し赤くしてぶっきらぼうに、『長森、今日はありがとな』とか言うんだよ。そしてわたしもうつむき加減で『浩平、よかったら私も食べて』とか言っちゃったりして、すると浩平が優しい声で『ああ、おいしくいただいてやる』。そして触れ合う二人の唇……きゃああ、わたしったらなんてことを、すごく恥ずかしいよ!」
「……あれだけゆっといて何をいまさらって感じよね」
『長森先輩が壊れてるの』
 暴走する瑞佳にさすがの七瀬も呆れ顔だ。
「帰らせてもらいます」
「ああっ、ちょっと待ってよ。話はまだ終わってないよ」
 すたすたと去っていこうとする茜に慌てて声をかける。するといかにも仕方なさそうに茜はこちらを振り向いた。
「なんですか?」
「里村さんも2月14日にチョコレートを渡すんでしょ」
「……知りません」
「そんなこと言っても知ってるんだもん。里村さんがひそかにチョコレートを作る練習をしているのを」
「なんのことです」
 目を細めて向き直る、そこに瑞佳が指を突き付けた。
「ふふふ、他の人は騙せても私の目は誤魔化せないよ。その頬についたにきびが証拠だもん」
「くっ、さすがに長森さんの目を誤魔化すのは無理でしたか」
 珍しく動揺した声を上げる茜に、妙に得意げな瑞佳。しかし、
「でも、茜ちゃんていつも甘いものを食べているんだから、いまさらにきびが出たって関係ないと思うんだけど」
 みさきの声が緊迫した雰囲気を台無しにした。立ちすくむ二人の間を冷たい風が吹き抜けてゆく。
「……と、とにかく、チョコレート作りで勝負するんだもん! 一番おいしいチョコレートを作った人が勝ちなんだよ!!」
「ちょっと、それってあたしたちに不利なんじゃない」
 たまらず七瀬が抗議する。すると確かに瑞佳がにまあっと笑った。
「七瀬さんは確か乙女を目指してるんだよね。バレンタインに自分で作ったチョコレートを持って好きな人に告白する、それこそ乙女のなせる技なんじゃない?」
「くっ、確かに」
「盛り上がっているところ悪いんだけど、私にはチョコレートなんか作れないから市販のものでいいかな」 
「市販のチョコレートに愛なんか入ってないよ!!」
 みさきの目が見えていれば、このとき瑞佳の背中から炎が立ち昇ったのが見えたであろう。
「でも無理なものは無理だよ」
「そんなことを嘆いてるヒマがあったらそこらへんの女の子の手作りチョコレートを強奪すればいいんだもん!」
『それに愛は入ってないと思うの』
 そういう問題じゃない。
「しょうがないから雪ちゃんにでも頼んでみるよ、今年はあげる相手がいることだし」
『そうなの?』
 ちょいちょいと澪がみさきの袖を引っ張る。
「ん? もしかして澪ちゃんかな? その相手を聞きたいのかな」
 そうだとうなずくかわりにもう一度袖を引っ張る。
「んー、ごめんね。雪ちゃんから言っちゃいけないって口止めされてるんだ」
『残念なの』
「しかし長森さん、私にお菓子作りで挑戦するとはいい度胸ですね」
 茜が自信ありげな視線を瑞佳に向けた。たちまち絡み合う二人の視線が激しいスパークを起こしている。
「浩平を歯医者送りにしたくなかったら里村さんは諦めたほうがいいんだもん。あんなワッフルがおいしいだなんて人間じゃないんだもん」
「それは確かに……」
『あれは甘すぎなの』
 深くうなずきあう七瀬と澪。これに関しては異論はないようだった。
「あのワッフルの悪口を言わないでください!」
 茜が大声をあげた。
「さ、里村さん、泣いてるの」
「みんなひどいです。あのワッフルは店員さんが精魂込めて練りあげた、愛情のたくさん詰まったワッフルなのに」
 ぽろぽろと茜の流す涙がコンクリートにしみを作ってゆく。
「わ、悪かったよ」
 さすがに悪いと思ったのか瑞佳が頭を下げた。
「里村さんがそこまで思っていたなんて」
『知らなかったの』 
「よく分からないけど美しい光景だね」
「本当に悪いと思っていますか?」
 茜が上目遣いで瑞佳たちを見つめる。こくこくとうなずく一同。とたんに笑顔を浮かべる茜に、瑞佳たちは不覚にもかわいいと思ってしまった。
(はっ、わたしにはそんな気はないはず)
 同じ考えが頭に浮かびいっせいに頭を振ってその思考を追い出そうとする。その様子を不思議そうに見ながら茜が爆弾発言をした、
「それじゃあ、今から山葉堂へ行きましょう」
「「えっ!?」」
 限りなく「げっ」に近い口の形で凍りつく一同。茜はどこにそんな力があるんだかわからない細腕で瑞佳たちをずりずりと引きずっていった。
「ちょ、ちょっと待ってよ、あたしは折原と帰るんだってば!」
「わたしは部活があるんだよ!」
『澪もなの、行かないと深山部長に怒られるの』
「じょ、冗談だよね」
「みゅ〜」
「聞く耳持ちません」
「「そ、そんなあ!?」」
 放課後の屋上に瑞佳たちの悲鳴が響き渡った。



「ふふふ、これはいいことを聞いたよ」
 完全に声が聞こえなくなった後に、聞き耳を立てていたシュンが給水場の上から飛び降りる。なぜかその手にハートマークのついたエプロンが用意されていた。
「こう見えても僕もお菓子作りには自信があるんだよ」
「そうはいきません!」
「むっ、誰だい?」
 シュンが辺りを見まわす。そこに排水パイプからなつきが転がり出てきた。
「この勝負なつきが貰いました」
「ふっ、君は確か……」
 そう言って無意味に歯を光らせるシュン。そして一度ためを作り、びしっとなつきに向けて指を突き出す。
「……誰だっけ?」
「清水なつきです!!」
 こけながら器用に叫ぶ。
「いたっけ、そんなキャラ?」
「います!」
「駄目だよ、モブのくせに勝手に名前をつけてしゃしゃり出られちゃ、この世界も人数が増えて大変なんだからね」
「なつきは立派なヒロインです!!」
「うそだよ」
「うそじゃありません!!」
 なつきは大きく息をついた。そして叫んでる間にずれた眼鏡を直す。その様子をシュンがにこやかな顔で見ていた。
「君はからかうと楽しいね」
「一枚絵もないくせに馬鹿にされた、悔しい〜」
 その言葉にさすがにむっとするシュン。そして聞こえよがしに呟いた。
「その代わり君には知名度も人気もない。そしてシナリオは最悪」
「ぐっ、どうせあなたのファンなんてろくでもない人間ばっかり集まってるんでしょう」
「いない人よりはましだと思うんだけどね」
 火花散る二人、ここまでぶつかるのはどちらもおまけだからであろう。
「もういいです。バレンタインデーで決着をつけましょう。そのときに後悔しても遅いですよ」
「大きく出たね、でもこの愛のエプロンにかけて君には負けないよ」
「その言葉そっくりあなたに返しますよ」
「ふふふふふふふふふふふふふ」
「ははははははははははははは」
 夕暮れの屋上に二人の無気味な笑い声が響いていた。



 そのころ教室では、
「……七瀬のやつ教室で待ってろって言ってたのになあ」
 浩平が哀愁を漂わせながら窓の外を眺めていた。
「あら、折原君まだいたの?」
 そのとき教室のドアが開く音がした。浩平が振り向くとそこには……。





感想をいただいた皆様、どうもありがとうございます。
ひな祭り編を期待してくれた方々、ここにバレンタイン編をお送りいたします。
相変わらず暴走する瑞佳、そしてシュンとなつき。
後編はどうなるのでしょうかって、もう書き終わってはいるのですが。
では感想へ。

>から丸&からすさま
「TOSA(また勝手に略)」完結ご苦労様でした。
「夢の一座」でも思ったのですがみさおと浩平のふれあいがすごく心に響きました、もしかして妹がいらっしゃるのですか。
最終話の衝撃の真実に戦慄いたしました。
みさおが浩平に取りすがる場面に感涙、感動をありがとうございました。
しかし、名前の出てきた男のキャラって全滅?

>いちのせみやこさま
はじめは佐藤さんって誰なんだか分からなかったのですが久しぶりに
ゲームをやり直したら無事に発見いたしました。
しかし、よく見つけてきましたというより、こんな些細なことからSSって書けるんですね。勉強になりました。
最期の引きがとてもいいですね、いかにも次回が期待できるという感じで
楽しみです。

>パルさま
ううう、私は「すず歌」が未プレイでして感想を書くことができません、ご了承ください。でも二人の幸せな雰囲気はすごく伝わってきました。

>雀バル雀さま
身を切られるようなシリアスと、ギャグ。ベクトルがまったく正反対の作品を同時期に書けるなんて……。切り替えのできない私にはとてもできない芸当です。
しかし浩平が滋賀県に住んでいたとは……あれ、浩平とは一言も書いてなかったんだっけ。
残念ながら鮒寿司を食べたことがないので、おちを想像することができませんでしたが、澪ちゃんがすごくいきいきしてていいですね。
「Cry〜」は場面描写がすごくリアルですね。澱みきったC棟の様子が心の中にに切れこんでスリーポイントシュートを放っています(意味不明)。
まだ話としてはさわりの様ですが今度どのように展開するのかすごく楽しみです。

>ひささま
まずは感想どうもありがとうございました。質問についてですがとくに誰が好きというわけではないようです。だからこそ平気でなつきを出せるんですね。
ただ、七瀬は書きやすいです、そして使いやすい。使いべりしないし、象が踏んでも壊れない。便利です。
「情景不変」ですか。「場」ではなく「情」をもってきたところに唸ってしまいました。みさき先輩にとってはそうなんですよね。変わらない心の中の風景はずっと色あせずに残るのでしょう。

>変身動物ポン太さま
むむむ、私と同じバレンタインネタですね。これはこちらも下手なものは出せないなあ(緊張)。ああ、身のほど知らずなことをしてしまったかもしれません。
七瀬がチョコを渡す相手って誰なんでしょう。
ま、まさか。髭!? そんなわけないか。

>Matsurugiさま
幼いころの思い出ですか、ん〜、あのころはどんなことでも冒険だったのですよね。今はすっかり忘れてしまったあの気持ちが久しぶりに味わえました。

>WTTSさま
あう〜、元歌も「すず歌」も分からない〜。ノリは伝わってきましたのでそれでご勘弁を。
感想どうもありがとうございました。七瀬がみさき先輩にため口を聞いているのはそのシーンが無いので勝手に想像して書いたためです、勉強不足ですね。
なつきはこれからもたぶん可哀想です、ふっふっふ。