投げる! 乙女たち  投稿者:みのり


 その日、小坂邸は殺気に包まれていた。
「ふっふっふ、この種目であたしに挑もうとわね。あんたたちも馬鹿ね」
 七人が入り、狭くなったリビングで七瀬はいかにも自信ありげに笑って見せる。目がそ
こはかとなくいっちゃっていた。
「それは甘いと言うものです」
「そうだよ! 勝つのは私なんだもん」
『負けないの』
「みゅー、がんばる」
「勝負だよ」
 今日は2月3日、いわゆる節分の日である。そんなわけであるからして、みな桝の中に
豆を入れている。
 といってもこれは大人しく「鬼は外」などと言って平和的に撒くための物ではない。言
わば雪合戦の雪玉。
 その証拠にすでにぼろぼろになったシュンが床に転がっていた。
「……俺の意思はどこにあるんだ」
 そして、それを見るともなしに呟く浩平の姿があったりする、柱に縛り付けられながら。
もちろん逃げられないようにである。朝目覚めたときからこの姿なのでいい加減足が痺れ
てきたようだ。立ちっぱなしはつらい。
「そう言えば今日は休みだったかな」
 そんなことを考えるのも馬鹿らしくなってきたみたく、溜め息をつくとぼんやりと視線
を瑞佳たちに向ける。さっきから彼女たちの熱気で暖房がいらない。
(風邪はひかなくてすみそうだな)
 瑞佳は今回もはりきっていた。
「もう一度ルールの確認をするよ! 各自頭の上に鬼のお面を載せる。そのお面をなんで
もいいから地面に落としたら勝ちだからね、ちなみに武器はこの豆以外は使っちゃいけな
いよ。ええと、戦いは11時ちょうどから始めるからね。みんな覚悟しておくんだもん」
『分かったなの』
「いきがっても浩平君は私のものだよ」
「みさき先輩は目が見えないのでは? この勝負あなたに勝ちがあるとは思えませんが」
 ふと気づいたように茜が声をかける。
「その声は茜ちゃんだね。ふふふ、目が見えなくたってそれくらいはできるんだよ。それ
より茜ちゃんこそ、そのおさげが邪魔なんじゃない? 今のうちに短くしておいたら」
「心配ご無用です。その言葉そのままあなたに返させてもらいますよ」
「あらあら、雑魚がいきがっちゃってまあ、どうせこのあたしに勝てるわけがないのに」
 七瀬が二人にちょっかいをかける。すると茜が冷たい目を七瀬に向けた。
「あいにくギャグキャラに負ける私ではありません。せいぜいおちに使われないようにす
るんですね」
「ちょっと! 誰がギャグキャラなのよ!」
 その反応がまずいのだが。
 茜は目には憐れみと蔑みの情が浮かんでいる。七瀬が睨みつけると、ふっと鼻で笑って
見せた。さらに激昂する七瀬。髪の毛が逆立っていてあの長いおさげが角に見える。節分
に相応しい風景だ。
「あ、あんたとはいっぺん話をつけなければならないようね」
 いかにもぎりぎりのところで押さえているという感じである。しかしその努力も茜があ
っさりと無視したことにより無駄に終わった。
 つまり、切れた。
「往生せいやあああぁぁぁ!!!」
 七瀬は思いっきり振りかぶりそして投げた、桝を。
 正確に茜の眉間を狙っている。避けられるタイミングではなかった。しかし、 
「嫌です」
 その一言で桝は力なく床に落ちた。あんまりな出来事に七瀬の口があんぐりと開かれる。
床に散らばってゆく豆の音が彼女の耳にむなしく響いた。
「乱暴ですね」
 静かに自分を非難する声にはっと我に返る。
「なんなのよ今のはああぁぁぁ!!」
「秘密です」
『すごいの』
 感心する澪にほえーとする繭。そして、
「あーあ、七瀬さんフライングだよ」
 どこかずれている瑞佳。
「ちょっと瑞佳、今はそう言っている場合じゃないでしょ!」
 のんきなことをいう瑞佳に七瀬は茜に向かって指をつきつけた。
「今の見たでしょ! 『嫌です』の一言で桝が落ちたのを!」
「里村さんだからしょうがないよ」
「その一言ですますなあああぁぁぁ!!」
「うわっ、地震だよ」 
 激しく地団駄を踏む七瀬。その勢いにみさきが慌てて壁にしがみついた。
「この家崩壊しなきゃいいけどな」
 諦めきった顔で天井を見つめる浩平。そのうち悟りが開けるかもしれない。さらにその
振動で死んでいたシュンが息を吹き返した。
「はっはっは、この僕をのけものにしようたってそうは……」
「邪魔じゃあああああぁぁぁぁ!!」
 が七瀬の一撃によりすぐに永遠の世界に旅立つことになった。哀れな奴。
「うちの窓が……」
 シュンが突き破った窓ガラスを見て茫然とする浩平。やはり哀れである。
「それよりも、早く豆を補充したほうがいいんじゃない。このままじゃ何もできずにリタ
イアだよ」
「それはそうね」
 瑞佳になだめられ、七瀬は通常モードに戻った。



 11時に近づくにつれて口数が少なくなっていく。6人は互いに互いを牽制しあいなが
ら時が来るのを待っていた。
 否応なく高まっていく緊張感。いつしかみんなの額には汗が浮かんでいた。
 やがて時計の針が11時ジャストを指す。その瞬間、
「私がいることを忘れないでください!!」
 高らかに宣言をして庭からなつきが姿を現した。鬼の面の上から眼鏡をかけるな。
「前回はあっさりと忘れられましたからね、今度はそうはいきませんよ……って、あれ? 
みなさん? そんなに怖い顔をして私を睨まないでくださいよ」
 おびえた様に後ずさるなつき。そのとき6人が一斉に動いた。
「「「鬼は外!!」」」
「きゃああああああぁぁぁ!!!」
 なつきの悲鳴をゴングにして戦いは始まった。
「ここは戦略的撤退だもん」
 まずは廊下に比較的近い位置にいた瑞佳がさっと場所を移す。すると、
「逃がさないよ」
 とみさきが後を追う。
 ゴチーン!!
「痛いよー」
 あっさりと柱に激突していた。
 


 一方七瀬は庭へ降りた。
「ぶぎゅる」
 その際何か悲鳴が聞こえたが七瀬は気にしない。
「みゅー♪」
「ふぎゃ」
 繭も気にしない。
「ふっ、繭。髪は女の命って言葉聞いたことある?」
 歓声をあげて後をついてきた繭に七瀬は静かに問いかけた。
「いつもいつもいつも、あんたはあたしの髪を……って、ぎゃああああぁぁぁ!!!」
「みゅー♪」
 繭が大人しく人の話なんか聞くわけがない、七瀬のおさげに片手でしがみつきながらお
面を掴もうとした。
「くっ、甘いわよ」
 七瀬の目が光った。



 リビングに残された二人は静かに対峙していた。
『里村先輩なら相手に不足はないの』
 えらく自信満々な澪がいる。そんな澪を前に茜はゆっくりと口を開いた。
「ひとつだけ聞いてもいいですか?」
『なんなの』
「左手にスケッチブック、右手にペンと桝を持って何をするんですか」
 ばさっ、スケッチブックが床に落ちた。
 慌ててそれを拾い上げると澪はなにかを書きこんだ。
『それは気づかなかったの』
「そうですか。で、いつまで持ってるんです」
『これはアイデンティーの問題なの』 
「アイデンティティーです」
 茜が訂正すると澪は真っ赤になって「ティ」を書きこんだ。
『これで間違いじゃないの』 
「そうですね」
 茜はほっと溜め息をついた。自分でも自信がなかったらしい。彼女も英語だけは苦手だ
った。



 そのころ瑞佳は浩平の部屋のクローゼットの中に身を潜めていた。
「わたしは浩平の家は隅から隅まで知っているんだよ」
 どうやらここでみさきを待つつもりらしい。かすかに身じろぎをしたとき瑞佳の足にな
にか硬いものが触れた。
「ん? なんだろう」
 それを拾い上げてみる。
「うわあ、エッチな本だよー、こんなところに隠していたんだね」
 顔を赤らめながらも興味はあるのか瑞佳は本のページをめくってみる。そこに、どこと
なくとぼけたような声と足音がが聞こえてきた。
「人の気配がするよ」
 とすぐにがちゃりとノブの回る音がする。確かめるまでもなくみさきである。瑞佳は豆
を握りしめるとじっとチャンスを待った。
 ぞくうううぅぅぅぅ!!!
「な、なに!?」
「これはっ!?」 
 その瞬間、強烈な悪寒が同時に二人を襲った。それは恐怖という言葉では片付けられな
い人間の本能に訴えかけてくるものがあった。瑞佳はクローゼットから飛び出ると、ぎょ
っとしたような表情を見せたみさきに呼びかけた。
「みさき先輩!」
「うん、下に急ごう!」
 二人はものすごいスピードで階段を駆け下りてリビングに急いだ。そして視線の中に入
ったものに瑞佳は凍りついたように立ち止まってしまっていた。
「あ、あなたは」
 庭先に一人の女性が悠然と立っている。スレンダーで長い黒髪が印象的な女性だった。
「これはあなたがたの仕業ですね」
 と右手にぶら下がったものを掲げて見せる。シュンだった。
「いくら今日が節分だからといって、私が鬼だからといって人を投げつけるのはひどいと
思いません?」
 女性が微笑む。しかし目は笑っていなかった。
「まったくいつもいつも悪いことは私ばかり、一生懸命やってるのに『邪魔』の一言だし、
そのうえ貧乳だとか偽善者だとか……」
 重苦しい沈黙が辺りを包む。浩平がなにかを言おうとしたとき、風もないのにその女性
の髪がなびいた。
「というわけで、あなたがたを殺します」
「なにが、というわけなんだあああぁぁ!!!」 
 浩平が絶叫しながら助けを求めようとしたときにはすでに瑞佳たちの姿は影も形もなか
った。
「納得いかあああぁぁん!!!」 
 この日小坂邸は壊滅した。



「うぐぐぐぐ」
「どこか痛むのかい? それなら僕がさすってあげるよ」
「あっ、何するんですか。それはわたしの仕事です」
「……おまえら、いい加減に離れろ」
 あのあと、逃げ遅れた浩平とシュンとなつきの3人は仲良く同じ病院に入院していた。
医者の話によると全治一ヶ月ですんだのは奇跡的なことらしい。
(俺がどうしてこんな目にあうんだ) 
 浩平は天井をひたすら睨みつけていた。
「浩平君、もしかしてトイレに行きたいのかい? 言ってくれればいつでも付き添ってあ
げるよ」
「ずるーい」
「だから離れろと言ってるだろうが。大体なんでおまえらは動けるんだよ」
 包帯でぐるぐる巻きにされた浩平は理不尽なものを感じていた。



 一方そのころ、瑞佳たちは誰が浩平の見舞いに行くかで争っていた。 
「浩平の見舞いに行くのはわたしの仕事だよ」
「いいえ、私です」
『譲らないの』
「あっ、私病院に行く用事があるんだった」
「みさき先輩! ずるいわよ」
「みゅー、わたし……」
「もういいもん、今度はひな祭りがあるもん!」
「はからずも戦いの場は用意されたってわけね」
『頑張るの』
「みゅー?」
「ひな祭りで何を戦うのでしょう?」
「じゃあ、そういうことで行ってくるね」 
 浩平に平穏な日が訪れるのはまだまだ先のことであろう。
 合掌。






どうもお久しぶりのみのりです。
今回は節分の話です。
節分らしく鬼も出ます(笑)。
相変わらず滅茶苦茶なヒロインたちでどうもすみません。
みなさんのイメージを思いっきり壊してますね。
それでもいいぞ、という心の広い人は読んでいただけたら幸いです。
ちなみにひな祭りに続くかは分かりません。
シリアスなSSを書いてみたいなあ。



>高砂蓬介さま
やっぱり浩平と住井はいいコンビですねえ。
IFSってなんですか?
ちょっとわかりませんでした。

>炎のヒマ人さま
思わず納得の白さです(意味不明)。
笑わせてもらいました。

>シンさま
日常の平穏な1コマがよく描かれているなあと思いました。
そのなかの切なさがにくい。

>北一色様
こらこら、乙女が復讐なんか考えるんじゃない。
いや、乙女の一念トラックもとおすといった感じでしょうか。

>変身動物ポン太さま
ほのぼのしてますねえ。
私は澪のことがうまく書けないんで教えを乞いたい気になりました。 

>Matsurugiさま
茜って雨もそうですけど雪も似合いますね。
降る雪を眺めながら遠くの恋人を思う、乙女にしかなせない技です。

>狂税炉さま
続いてこっちも茜ですね。
しかも同じ切ない系、絵になるなあ茜は。
ああ、心がしめつけられそうです。

>犬神二号さま
感想どうもありがとうございました。
その歌を私は知らないんですけど一度聞いてみたい気になりました。

>から丸&からすさま
戦闘の臨場感がいい感じです。
それにしても南の嫁って誰なんだー!

>から丸&からすさま
これから浩平たちはどうなってしまうんでしょうか。
大いに期待させてくれるストーリーです。

>変身動物ポン太さま
私も勇気付けられました。
それにしても一周年ですか、すごいですね。

>雀バル雀さま
永遠の世界の新しい解釈ですね。
見事です(それしか言いようがなくて悲しい)。

>WTTSさま
こちらこそはじめまして。
感想のところですが、なにしろ瑞佳特製キムチ味シロップですからね。
みさき先輩のは甘いを通り越して異次元の世界に入っている感じで。
うまく書けてないのですが。
替え歌って作っているときが楽しいんですよね。
これからも楽しみです。