耐える! 乙女たち 前編  投稿者:みのり


「瑞佳〜、こんなところに呼び出してなんの、……ううっ、さむう」
 放課後、留美は屋上への扉を開けた。とたんに流れ込む北風が彼女の制服をはためかせ
る。彼女は少しでも体温を逃がさないようにと自分の体を抱きしめながら、きょろきょろ
と辺りを見まわした。
「ふふふ、よく来たんだもん」
 その視界に屋上のフェンスに寄りかかる瑞佳の姿が入る。その傍らには『寒いの』と文
字の書かれたスケッチブックを広げた澪の姿もあった。
「ちょっと瑞佳……って、ぎゃああああ!!」
 突然襲った激しい痛みに七瀬は叫びながらも反応は素早かった。すぐさまおさげにとり
ついている繭を引き剥がし、これ以上髪を引っ張られないように距離をとる。  
「やめなさいっていつも言ってるでしょ!!」
「ほえー?」
「だめだ……」
 そこにみさきがやってきた。先程の留美と同じように辺りを見まわしている。
「ねえ、瑞佳ちゃんいるかな? ここに来るように言われたんだけど」
「みさき先輩だね、待っていたよ」
 留美は怪訝そうな顔を瑞佳に向けた。
「瑞佳、みさき先輩まで呼び出したの?」
「あと、里村さんで全部だよ」
「……私ならここにいます」
 その声に瑞佳は慌てて声のしたほうを見た。確かに夕暮れの空に溶け込むように茜が立
っている。瑞佳は背中に寒いものを感じながら引きつった笑みを浮かべた。
「里村さん、いつの間に来たの?」
「……秘密です」
 茜はそう言いながらゆっくりと瑞佳に近づいていく。
「な、なに?」
「早く用件を伝えてください、ここは寒いです」
 なるほど、もっともな意見だ。留美はうなずいた。
「そうだよ、私、浩平くんと帰る約束をしてたんだよ」
 その言葉に、茜に押され気味だった瑞佳が一瞬だけ鋭い視線を送る。そして、
「勝負なんだもん」
 と一言だけ言った。
「勝負?」
『どういうことなの?』
「みゅう?」
 瑞佳はぐるりとみんなの顔を見まわした。
「今度我慢大会が行われることになったんだよ」
「……知りません」
 瑞佳は茜の言葉を無視すると、みんなに向かってびしっと指を付きつけた。
「とにかく! 今度の我慢大会で決着をつけるんだよ!」
『よく分からないの』
「そうよ、それってどういうこと?」
 留美が説明を求めると、
「私は知ってるだもん、みんなが浩平のこと好きなことを。でも浩平は渡さないんだもん、
だから我慢大会で決着をつけるんだよ!」  
「瑞佳が燃えている……」
『なんだか怖いの』
 繭までが瑞佳の迫力に怯えたように後ろに下がっていく。その中で相変わらず茜は冷静
だった。みさきもニコニコと笑っている。
「……長森さん、それは浩平が選ぶことなのではありませんか?」
「里村さん! 浩平のこと『浩平』って呼んでいいのは私だけだよ!」
「それに何故、我慢大会なのですか? 別に他のことでもいいでしょう?」
「それはそうよねえ」
 またしてももっともな茜の意見に留美もうなずく。しかしこのときの瑞佳は人の話なん
かぜんぜん聞いちゃいなかった。
「浩平は誰にも渡さないよ!!」
 と、叫んだかと思うとさっさと屋上から去ってしまう。残された五人は呆然とその後ろ
姿を見送るしかなかった。
「それにしてもみんな浩平のことが好きだったのね」
 留美が溜め息をつく。
「……七瀬さんもそうだったのですか?」
 茜が留美を見る。
「澪ちゃんもそうなんだね」
 と、澪とはぜんぜん違う方向を見ながらみさきが呟く。
『私はこっちにいるの』
 澪の言葉は当然みさきには届かない。助けを求めるようにすぐ近くの袖をひくが、
「みゅー?」
 と言うだけだった。
「しかし今の瑞佳は変だったわね」
「そうだね、お腹でも空いてたのかな」
「……みさき先輩、それは違うと思います。おそらく浩平が鍵を握っているに違いありま
せん」
 みさきのボケに律儀につっこむ茜。さっきから退屈そうな繭は留美のお下げを狙ってい
る。
「浩平くんなら、私と帰るはずだからまだいると思うけど」
「だったらさっそく折原のところへ行きましょう。詳しいことを聞いておかないと、……
って、ぎゃあああああ!!」
「みゅー♪」
「ええかげんにせんかあー!! 大体おさげなら里村さんにだってあるでしょうが
あ!!」
 留美が茜を指差すと慌てて澪がスケッチブックを広げた。見ると、
『駄目なの! これは私のなの』
 と、書いてある。
「……違います」 
 茜は疲れたように息を吐いた。
「それはいいんだけど、早く行こうよ」
 その間に屋上から出たみさきがドアの向こうで手招きをしている。後を追うように澪が
駆け出した。
「みゅー♪」
「分かった、分かったから。離しなさいっての」
 わいわい騒ぎながらも最後に茜が出ていきやがて扉が閉められる。すると誰もいなくな
ったはずの屋上から一人の少年が姿を現した。
「ふふふ、これはいいことを聞いたよ」


 
「いやあ、我慢大会は住井の奴が計画したんだがな。参加しようとする奴が誰もいないん
だよ。だから長森にもし参加して優勝したら、なんでも言うことを聞いてやるって言った
らなぜかあいつ異様に張りきってな。しつこく何度も念を押されたよ」 
 昇降口にいた浩平を取り囲んで話を聞いてみると、開口一番にこんなことを言った。そ
の言葉に一様に押し黙る。すると何を勘違いしたのか慌てて付け加えてきた。
「いや、他にも賞品は出るんだぜ。なんせあの中崎がスポンサーについているからな。な
んならみさきさんたちも出たらどうだ?」
「ねえ、折原。我慢大会って一体何をやるの?」
「残念ながら俺は何も聞いてない」
「浩平くん、優勝したら言うことを聞いてくれるってほんと?」
「へっ? ええと、それはどういうことだ?」      
 みさきがいたずらっぽく微笑んだ。
「私も出てもいいけど、瑞佳ちゃんだけが浩平くんにお願いできるなんて不公平だからね。
私の言うことも聞いてくれるんだったら参加するよ。どうせ浩平くんのことだから住井く
んになにか借りでもあって協力しなければならないんじゃない?」
 ぐっと浩平が言葉に詰まる。どうやら図星だったようだ。
「ふうん、そう言うことなら仕方ないわね。私もいいわよ」
「ちょっと待て、なんで俺が……」
 浩平が不満そうに異議を唱えるがすでに誰も聞いてはいなかった。浩平を無視するよう
に顔を寄せ合って相談話をし始める。
 しばらくそうしたかと思うと話がまとまったのか、留美がにこにこしながら浩平の肩を
叩く。
「じゃ、そういうことで私たちも参加することに決めたから。優勝したらちゃんと言うこ
とを聞くのよ」
「……だからなんで俺が……」
「私たちが参加しないと困るのは浩平でしょう?」
 茜までが笑っている。
『楽しみなの』
 もはや我慢大会のことではなく、浩平にどんなことをお願いするかで頭の中は一杯らし
い。
 みんなが去っていくのを茫然と眺めたあと、浩平は拳を握りしめて一言叫んだ。
「住井の馬鹿やろおおお!!!」
      



1週間ぶりのみのりです。
なるべく間を開けないように頑張ります。


はにゃまろさま>
読んでいてなんだか切なくなりました。
うさぎにこめたはにゃまろさんの優しさが伝わってくるようです。

PELSONAさま>
詩子の違った一面を見た感じでよかったです。
雨に濡れて立ち尽くす詩子。……うーん。

そりっど猫さま>
素晴らしい勢いというものを感じました。
その調子で突っ走ってください。

雀バル雀さま>
茜が「いぇい、いぇい、いぇい」……。
見たい、すごく見てみたい。鋭い切れ味です。
と思ったら次はみさきさんが……。
つぼをおさえてますね、さすがです。
「MOON.」のシリーズですか。入り方がすごい。ひきつけられてしまいます。

WTTSさま>
メールありがとうございました。
広瀬シリーズ頑張ってください。

それと他の方々すみません、続き物ははじめから見てないので感想を書くことができません。
ご了承ください。
私もアシスタントが欲しい……。