終わらない日常 〜南明義〜 投稿者: ケット・シー
 入学当初、里村を見た感想は「可愛い」だったが、実際はいつも一人でいて暗いと思い直した。周りは新しい友人を作ろうと奮闘しているというのに、里村は自分には関係ないと言わんばかりの態度だった。
 いわゆる英会話という授業。
 里村は当然相手がいなくて、余った人間同士で組まされていた。それでも一部の女子には、「あの子暗いし〜、何か話しかけてもヤな感じだよね〜」と言われていた。
 そんな里村が楽しそうにしていたことがある。一人でいるのに何故か楽しそうで、友人でもできたのかと思っていた。実際何故か他校から友人が来ていたようだったし。
 しかしその後、二年の終わりだったろうか。里村は以前の里村に戻っていた。いや、以前よりも辛そうにしていた。話したことはないとはいえ、三年間の付き合い――最も俺がそう思ってるだけだが――だ、表情の変化が読めるようになった。
 三年になった今、進路を考えなければならない時期は終わった。俺は四年大学に進もうと思い、受験勉強中だった。元々理系が好きなのでそっち方面に行こうと思っている。まだ学校は決めていないが、そろそろ決めなければならない。
 放課後、そろそろ梅雨が来そうな季節、天気が少し崩れてきていた。北の空が暗く、黒い雲が迫ってきている。
 俺は急いで進路指導室から教室へ戻ろうとしたら、職員室で見慣れた顔を見た。……里村?
 足を止め、里村と担任の髭――誰だよ、こんなあだ名つけたの――がなにやら話し合っていた。
「んあ〜。里村、そろそろ進路を決めないとどうしようも無いぞ。進路を決めていないのは里村だけだからな」
 里村はうつむいたまま、黙り込んでいる。話を聞いているのか聞いていないのかすら分からない。
「とにかく早く決めるように。分かったな」
「……はい」
 目を伏せ、静かに答える里村が泣いているように見えた。

 早朝、勉強を終えて窓から外を見ると、案の定雨が降っていた。昨日は雨が降らなくてラッキーだった。傘を持っていなかったからだ。
 いつもより早めに家を出る。家にいても親がうるさいだけだ。
 雨は梅雨の訪れを告げていた。嫌な時期が来た。
 ため息をつきながら傘を差し、俺はゆっくりと歩きだした。
 学校の近くの空き地、だったところ。何気なく視線を向けるとピンクの傘がそこにあった。雨音に傘が揺れる……里村?
「里村、何やってんだ」
 立入禁止の札。それを睨むように見ている少女。それなのに泣いているように見えた。
「……誰?」
 振り返らずに問う、固く震えた声。
「南だよ、南明義。三年間同じクラスだろ?」
「……知りません」
「……」
 三年間同じクラスどころか、前の席だったこともある。それなのに名前と顔を覚えていないのか……?
「用があるんですか?」
「いや、別にないが挨拶くらいは……」
「私に構わないでください」
 途切れる台詞。
「構わないでください」
 もう一度はっきり言うと、里村は工事中の空き地に背を向け歩きだした。何かを、振り切るように。
 不意に里村の身体がぐらつく。俺は自分の傘を捨てて里村の身体を支える。
 熱い……?
「……里村、熱あるのか? 何で休まないんだよ」
「……傘を…持って……ない、から……」
 うなされるように呟き、里村は気を失った。途方に暮れた俺は、とりあえず学校の保健室へ運ぶことにした。

 養護教諭は里村の家に連絡を入れるため、髭の所へ向かった。
 真っ白なベッドに里村は寝かされている。カーテンが引いてあるから本当に寝ているかどうかは分からないが、あの熱だったら起きているのは大変だろう。養護教諭は39度あると言い、病院へ行ってから家で安静にしているのが一番だとぼやいていた。
 俺は教室へ戻った。保健室にいても俺に出来ることはないからだ。
「ねぇ、南君。茜知らない?」
 心配そうに駆け寄ってきたのは柚木詩子、他校の生徒だ。里村の幼なじみらしく、よく里村に会いに来ている。
「柚木……、出席日数足りるのか?」
「そんなことより茜は? 知ってるの? 知らないの?」
 そんなことって……。絶対留年するぞ。
「里村は保健室で寝てる。もうすぐご両親が迎えに来るんじゃないか?」
 鞄を置き、教科書を用意する。一限目は古文だ。
「保健室ぅ、なんでよっ、ちゃんと説明してっ!!」
 柚木は鬼気迫る形相で俺に突っかかってきた。……恐いぞ。
「熱があって早退するんだよ。早退って言っても学校に来ただけだが」
「ねつっ、何度?」
「39度」
「ええっ!」
 茜が死んじゃうっ、などと叫びながら柚木は保健室へ向かった。
 ……おい。
 保健室へ行ったらばればれだろうがっ!
「ゆずきっ!」
 俺は慌てて、柚木を追って保健室へ走った。って、何で俺が心配しなきゃならないんだよっ!
 保健室前でなんとか柚木をつかまえることが出来た。
「なんでとめるのよっ!」
「当たり前だっ、髭と違って養護教諭はだませないだろっ!」
「どうでもいいでしょっ! 私には茜の方が大事なんだからっ!」
 言いながら柚木は泣きそうな顔をする。
「また、茜が一人で泣いてたらどうすればいいの!? 私は茜の親友なのに……茜のこと、何も…分かってない……」
 うつむき、唇を強く噛んで泣くまいとしている。
 柚木は柚木なりに里村のことを考えている……少しうらやましいかもな。
「……なぁ、柚木。何でも分かろうとするのは傲慢だと思うぞ、俺は。話して楽になるんだったら聞いてやればいいし、話したくないことは無理に話させない。それじゃ駄目か?」
 柚木は顔を上げ、俺を見る。俺は諭すように続ける。
「何でもかんでも一緒って言うのはどうかと思うぞ。それじゃただの傷の舐めあいにならないか?」
「……いいの、傷の舐め合いでも何でも。茜が一人で泣く位なら、私が一緒に泣いてあげるの。……私は茜に我が儘ばっかり言って、何もしてあげられない。だったら、せめて茜が一人にならないように、一人で…泣かないように……」
 柚木は泣いていた。泣きながら「ごめんね、茜」と何度も呟いた。
 保健室の扉が開く。俺は柚木を自分の背に隠す。
 しかし、出てきたのは……
「里村……」
 赤く火照った顔をして、辛そうに呼吸をする姿は痛々しい。
「あかね……?」
 涙に濡れた柚木は里村を見て、いきなり抱きついた。
「あかね〜、死んじゃうかと思ったじゃない〜。なんで熱があるのに学校来るのよ〜」
「詩子……、学校へ行かなくていいの?」
「何でみんな同じ事しか言わないの」
 頬を膨らませ、すねたように言う。
「里村、寝てなくていいのか? だるそうだし……」
「……もうそろそろ、母が来ますから」
 里村は柚木の頭を軽くなで、「大丈夫です」としっかりした声で言った。
 迎えに来た里村の母親に連れられ、柚木も一緒に帰っていった。去り際、里村は俺以外の誰にも聞こえないように、
「……ありがとう」
 と囁いた。

 それ以来、俺は何かと里村に話しかけるようになった。クラスに友人がいないからというのもあるが、何よりも刺が取れたような気がする。
 クラスの連中は、
「里村って可愛いもんな〜」
「何もしゃべらないし、つまんなくねぇ?」
「それでもいいじゃん、可愛ければそれでよし! ってか?」
 ひやかしは相手にしない方がいい。適当に流しながら、俺は里村と屋上へ向かう。
 昼は里村と二人で、屋上で食べるのが日課となっている。放課後は柚木と三人で、商店街へ繰り出すことが多い。
 その付き合いの中で、分かったことがある。里村は一見取っつきにくいが、優しい。柚木は騒がしいが、繊細な面を持っている。突き放したような優しさと、傍若無人な繊細さ。俺はなかなか楽しい知り合いを持ったようだ。
 放課後の教室。柚木を待つ短い時間の中、夕陽がすべてを朱く染め上げる。
「綺麗だな」
 隣にいる里村に話しかけた。
「……はい」
 そういって、少し悲しい顔をした。
「……?」
 俺の怪訝な顔を察したのか、里村は言葉を続ける。
「前にも、こうして夕陽を見たことがあります。……私の好きな人と」
 うつむき、囁くように語りかける。
「やることが子供で、本当にどうしようもないけど……私には、大切な人です」
 柔らかい表情で微笑んでいる。里村にそんな顔をさせる人物に興味がわいて、思わず尋ねる。
「俺の知ってる奴?」
「……はい。今は、いいえ、ですけど」
 謎かけのような言葉。
「必ず…必ず、帰ってきます。私は信じなければ……、私だけでも信じなければ…帰って来れなくなるかもしれませんから」
 強く、強く自分に言い聞かせている。その横顔を見て俺は綺麗だと思った。
「……帰ってくるといいな、そいつ」
「……はい」
 困ったような、今にも泣き出しそうな里村を泣かせたくなくて、俺はとっさにフォローをする。
「帰ってくるさ。里村を待たせて、今頃自己嫌悪に陥ってる」
「はい」
 微笑んだ顔が夕日に朱く染まる。
 里村の表情を見ていて、不意に思いついたことがある。
「……ひょっとして、俺は凄く勿体ないことをしてるのかもな」
 何となく里村から視線をはずし、ぼやく。
「……私には分かりませんが、そうかもしれませんね」
 俺達は柚木が来るまでの短い時間、その場を動かなかった。


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 こんにちは♪ ケット・シーです。
 第二弾、主人公(?)は南です。
 詩子の時と重複してる部分がありますが、南はこんな事を考えていたんですね(笑)

 そして、今回南にどうしても言わせてみたい台詞があり、言わせてみました。
 どれかは大体解ると思います。わかりやすい奴め(笑)

 感想をくださった方々、本当にありがとうございます。
 良かったらまた感想くださいね♪

 では。