――硝子細工
「……あ…かね?」
ただ泣き崩れる茜を前に、あたしはどうすることもできなかった。
フランス人形を思い出した。
初めて茜にあった時、欲しかったフランス人形を思い出した。だから茜の髪を引っ張って嫌がる茜の髪で遊んだ。
当時、人見知りしていたあたしは「いっしょにあそぼう」の一言が言えなくて、茜にちょっかいを出しては怒られていた。
初めは嫌がっていたけど、少しずつ茜は私と遊んでくれるようになった。いっぱい嘘をつくことは出来ても、たった一言の本当のことが言えなかったあたしは茜とは正反対の性格だった。だから楽しかったし、ケンカもした。
「……あかねっ!」
あたしは茜に駆け寄り、必死に呼びかけた。
高校が別々になってしまうと疎遠になるって周りは言ってたけど、あたしはそんなことにはならないって自信があった。
電話だってするし、家は近所だからいつだって会えるし……
でも、中学の時から茜があたしに対して、何かを隠していることを知っていた。
何かを隠している…ううん、違う……何かに傷つけられている。それなのに、茜はいつも道理に振る舞ってくれてた。……あたしに気を使って。
「どうしたのっ? あかねっ、……あかね?」
「…どうして…どうして……」
茜の瞳はあたしを映していなかった。虚空を見つめ、泣きながら「どうして」と、あたしの知らない誰かに言い続けていた。
また、茜が元に戻ってしまう。あの時のように……
物を言わない人形のように……
――硝子細工
見ただけで、壊れそうで。
触れたら、砕けてしまいそうで。
「あかねっ! あたしがわかるっ! 詩子だよっ、ねぇっ!」
頬を軽く叩き、正気に戻そうとする。
痛いのは、心。
「……し…いこ……?」
虚ろだった目に、焦点が合う。呆然としている茜を無理矢理立たせ、手を引いて家に向かう。
「……しい…こ、なんで……」
「いいからっ、いまは歩くっ!」
声を聞きたくなかった。
顔を見たくなかった。
ぼろぼろな茜をこれ以上見ていたくなかった。
茜が何をしたと言うんだろう。
茜は良い子だ。あたしなんかよりずっと……
それなのに、何で茜は一人で泣かなきゃいけないんだろう。
早足で茜の家に向かう。途中、茜が何度も転びそうになったけど、構っている余裕があたしにはなかった。
茜のお母さんが暖かい紅茶を入れてくれた。紅茶を飲んで少し落ち着いた茜を部屋に引っ張り込んで、ベッドに寝かしつける。
「詩子……」
「ねぇ、茜。こんな事、前にもあったよね? 中学の時」
「……」
黙り込んだ茜から、あたしは目をそらした。
「茜、元気になった、凄く。でも…でも、また一人で泣いてる……あたしには話せない? そんなにあたしは信用ない!?」
「違います、絶対」
真っ直ぐな瞳であたしを見る茜は、強く見せようとしているだけで弱かった。
「じゃあ、何で話してくれないの? それとも話す価値無いの? あたし」
「違います……」
辛そうな茜から目をそらす。
「話しても、信じてもらえないから…詩子は、覚えてないから……」
絞り出す、かすれた声。
「じゃあっ、泣かないでよっ!」
「……ごめんなさい」
茜は目元を乱暴にこする。何かを振り切るように、断ち切るように。
それでも意志に反して、涙は際限なくこぼれ落ちてくる。
「……ごめんなさい、とまら…な……」
溢れる涙を抑えることが出来なくて、茜はひたすらあたしに謝り続ける。
自分が情けなくて、たまらなくなる。
「一人で泣かないで、泣きたかったらあたしを呼んでよっ! 側にいることくらい、あたしにだって出来るよっ? 親友でしょ!? 幼なじみでしょ!? 迷惑なんて考えないで。ねぇ、これくらい…あたしにさせてよ……」
気づいたら、あたしも泣いてた。馬鹿みたいに、叫びながら泣いてた。
いつものように、あたしは茜の学校へ通う。でも、教室に茜はまだ来ていなかった。
朝のHRが終わる。
担任の髭――本名知らない――が教室を出ていく。
「?」
出席の取り方から、茜の欠席の連絡は来てないようで。
そこにちょうどよく、南君が来たので尋ねることにした。
「ねぇ、南君。茜知らない?」
「柚木……、出席日数足りるのか?」
何でみんなそういうこと言うかなぁ。
「そんなことより茜は? 知ってるの? 知らないの?」
「里村は保健室で寝てる。もうすぐご両親が迎えに来るんじゃないか?」
南君は冷静に鞄を置き、教科書なんかを出している。
……って、迎えに来る? 保健室?
「保健室ぅ、なんでよっ、ちゃんと説明してっ!!」
思わず怒鳴ったら少し怯んだようだったけど、この際だから無視した。
「熱があって早退するんだよ。早退って言っても学校に来ただけだが」
「ねつっ、何度?」
「39度」
39度……?
「ええっ!」
あたしは慌てて走っていった。
「茜が死んじゃうっ」
とにかく保健室へ直行する。見知らぬ生徒がぎょっとしていたけど、やっぱり無視する。
「ゆずきっ!」
後ろで南君の声がしたような気がするけど、気のせいにした。
でも保健室前で南君に捕まってしまった。
「なんでとめるのよっ!」
「当たり前だっ、髭と違って養護教諭はだませないだろっ!」
「どうでもいいでしょっ! 私には茜の方が大事なんだからっ!」
重なる、光景。
空き地でうずくまった茜を……
「また、茜が一人で泣いてたらどうすればいいの!? 私は茜の親友なのに……茜のこと、何も…分かってない……」
唇を強く噛む。泣くもんか。
あたしがここで泣いたって何の解決にもならないんだから。
「……なぁ、柚木。何でも分かろうとするのは傲慢だと思うぞ、俺は。話して楽になるんだったら聞いてやればいいし、話したくないことは無理に話させない。それじゃ駄目か?」
あたしは顔を上げた。南君は諭すように続ける。
「何でもかんでも一緒って言うのはどうかと思うぞ。それじゃただの傷の舐めあいにならないか?」
そんなことっ……
分かり切っている。でも、そんなことどうだってっ……
「……いいの、傷の舐め合いでも何でも。茜が一人で泣く位なら、私が一緒に泣いてあげるの。……私は茜に我が儘ばっかり言って、何もしてあげられない。だったら、せめて茜が一人にならないように、一人で…泣かないように……」
舐めあって直るなら、それでいいじゃない。
あたしは泣いていた。泣きながら「ごめんね、茜」と何度も呟いた。
ふいに保健室の扉が開く。南君はあたしを庇うように自分の背に隠す。
「里村……」
びっくりしたように言う。
「あかね……?」
今の全部聞かれてたら、もう顔合わせらんないじゃないっ!
誤魔化すように、あたしは茜にいきなり抱きついた。
「あかね〜、死んじゃうかと思ったじゃない〜。なんで熱があるのに学校来るのよ〜」
「詩子……、学校へ行かなくていいの?」
「何でみんな同じ事しか言わないの」
頬を膨らませ、すねたように言う。
聞かれなかったかな? ははは……聞かれてたら恥ずかしくて死んじゃうよ、あたし。
「里村、寝てなくていいのか? だるそうだし……」
「……もうそろそろ、母が来ますから」
茜はあたしの頭を軽くなでて、「大丈夫です」と案外しっかりした声で言った。
,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,
お久しぶり、ケット・シーです。
えせSS作家で2ヶ月ぶりの投稿となります。
未だ3作目……どうするんだ、自分(^^;
作中の詩子は、かなり性格があれなんですが(^^;
自分ではこういう人かな、と思って描きました。
作中の南の名前は小説から引用させていただきました。
……南って悪い奴じゃないと思うけど、ひどい扱い受けてたな〜(笑)
自分の南像を描いたつもりです。
前作、感想を頂いた方々、本当にありがとうございます。m(_ _)m
これからも精進していきますので、見捨てないでくださいね(笑)
ご意見、ご感想、苦情、叱咤、永遠の手紙(笑)お待ちしております。
分からない点、不明な点などございましたら遠慮なく聞いてください。
では。