雨月物語〜菊花の約〜第八話 投稿者: まねき猫
第八話


浩平は馬鹿みたいにぽかんと口を開けたまま、その言葉の出てきたシュンの顔を凝視していた。
「気は確かか?」
思わず浩平の口を衝いて出た言葉に、わずかな笑みをもらしながらも頷く。
「僕は生きた人間じゃない。穢れた死霊の身で仮に人の姿となってるんだ」
浩平は呆然とした面持ちで聞いていたが、軽く首を振るとシュンを質す。
「お前は何でそんな奇怪なことを言うんだ?俺が夢を見てるとは思えんが」
「君と別れて故郷へと帰ったんだけど、もうその大半が尼子の脅威に屈していたんだ」
ゆっくりとした口調でシュンは語り始めた。
「僕が富田城にいる従兄を訪ねてみたら、彼はどちらにつくのが損か得かを説いて経久に引き合わせたんだ」
浩平はわずかに目を見開く。シュンがいきなり引き合せられるほどの大物だとは思わなかったからだ。
「僕はひとまず説得を受け入れ、経久のする事を見ていたんだ。確かに彼は勇敢で、統率力もある。だけど智者を用いるのには疑い深く、心から仕えるものはいなかった」
シュンは自嘲気味に微笑むと浩平から目をそらし、話を続けた。
「長くいてもしかたがないと思って、君との約束がある事を話し立ち去ろうとしたら、経久は僕の従兄に命じて監禁してしまった」
「従兄なんだろ?見逃してくれなかったのか?」
浩平は自分が馬鹿な事を聞いてる自覚があったが、それでも尋ねずにはいられなかった。
自分が人一倍家族思いであったことも理由の一つであったかもしれない。
「仕方がないさ。僕だってそうしたかもしれないしね。家名が一番大事というわけだよ」
「でもそれならどうやってここに来たんだ?それこそ鳥か幽霊でも・・・まさか!」
浩平は驚きシュンの方を見ると、シュンは黙って頷くだけだった。
「なんで・・・そんな馬鹿なことを・・・」
浩平は答えの分かってる問いを発する。だがシュンは答えず、言葉を続ける。
「逃げ出そうと色々やってみたけど無理だった。そこで古人の言葉を思い出したんだ」

『人は一日に千里の道を行くことは出来ない。しかし魂は一日に千里行く事が出来る』

たしか、『死生交』の中にあった言葉だ。浩平は漠然と思った。瑞佳の父とこれについて話したことがある。
范巨卿が自刃するのは正しいと言い張ったが、ことここに至って瑞佳の父の言うことが分かった。
「そこまでして、約束を守ってなんて欲しくない・・・」
浩平は顔を伏せ、押し殺したような声で呟く。だがその声はシュンには届かなかった。
「思い出してほっとしたよ。これで君との約束が果たせるわけだからね」
シュンの表情は穏やかで、後悔の念は見えない。言う通りほっとしたような感じがする。
「みさおちゃん達にはうまく言っておいてくれないかな?本当は自分で謝りたいとこだけど無理みたいだからね」
その言葉にはっと顔を上げると、今にも消えそうに揺らいで見える。
「いやだ!みさお達には言わないぞ!自分で言うんだ!お前が自分で・・・」
必死の思いでそこまで言うが、無理な話であることは自分でも分かっていた。そして言葉が途切れる。
引き止めなければとは思うのだが、自分の中の冷静な部分がどうやっても引き止められないことを知っていて諭していた。
頭では理解できても、感情がついていかない。よく聞く言葉の意味をまさか自分が体験するとは思わなかった。
俺があんな事を言わなければ。絶対に戻ってこい、なんて言わなければ。そんな思いが心をかすめる。
浩平の内情の葛藤をよそに、シュンは最後の言葉を綴る。
「ここに来て本当によかったよ。みんなと一緒にわいわいやってることがこんなに楽しいなんて知らなかった」
浩平は黙って聞き入っている。
「そんなに長生きはしてないけど、最後で僕は少し幸せになったよ。絆というものを実感しているような気がするからね」
そしてシュンは、永遠に去っていった。浩平は黙ってそれを見ていた。
シュンのいた所を見つめながら浩平は彼の声を聞いたような気がした。
――僕の想いは届いたかい?





」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

まねき猫「こんばんは〜まねき猫です〜・・・」
ちびみずか1号「まだふかんぜんなんだから、ねてればいいじゃない」
ねこ「なんとなくだ!」
1号「いみないよ?」
ねこ「明日は3月28日なんだ〜〜!!」
1号「もうすぐ、3がつもおわりだね〜」
住井「おまえら会話が噛み合ってないぞ」
ねこ「・・・・・・」
1号「・・・・・・」
住井「どうし・・・(ごすっ)」
ちびあかね「……やっと捕獲しました」
1号「……なにを?」
ちび「……ちょうちょです」(去って行く)

ねこ「とりあえず、補足。『死生交』とは『菊花の約』の原作とも言うべき作品です」
1号「さいしょっから、そういえばいいじゃない」
ねこ「ネタバレになるだろうが。中国白話小説集の『古今小説』の中の「范巨卿鶏黍死生交」と言う一編の翻訳とも言うべき物だったんだからな」
1号「『死生交』っていうのは、しょうりゃくしたよみかたなんだね?」
ねこ「そう。だから説明出来なかったのである。まあ、そのまま翻訳と言うわけではないんだけどね」
1号「アレンジしてあるってこと?でも、そうしなきゃほんとにそのままだね」
ねこ「そうだね〜。それにこの『菊花の約』の巻頭部分は文学的にも『死生交』より評価が高いんだよ」
1号「そうなの?」
ねこ「佐藤春夫さんが、わざわざ「丈部左門」って言う評論を書いて秋成(著者)の書いた前文を絶賛してるしね」
1号「まねきねこ。それなに?」
ねこ「……カンペ」
1号「・・・・・・」
ねこ「それでは、みなさん。おたっしゃで〜〜」
1号「あ!にげるき!?」
ねこ「一応エピローグもあるんだよ〜〜」