『広瀬』…エピソード1 投稿者: まてつや
「いいかげんにしろっっ!!」

その言葉に七瀬は驚いた。
言った浩平自身も驚いていた。
教室中が驚いた。

でも、その言葉に一番衝撃を受けたのは……彼女だった。




〜〜〜『広瀬』〜〜〜




「……あの」
次の日の放課後、ゲタ箱で浩平を待っていたのは、広瀬真希だった。
はじめて会話した2日前とは彼女の雰囲気はまるで違っていた。
「なんか用か?」
「……あの……ね」
広瀬は浩平の顔から視線をそらしながら……続ける。

「七瀬さんと……仲直りしたいの……」
「はあ?」

浩平には予想外の答えだった。




「あの……あの件については……わたしの方が本当に悪かったと思って……」
「……」
「直接、七瀬さんのところに行こうとも思ったんだけど……
 話を聞いてもらえるかわからなかったから、折原についてもらおうと思って……」
「……」
「わたしがバカだった……」
広瀬が頭を下げる。
「わかった、七瀬を連れてくるから、ちょっと待ってろ」




「ごめんなさい……」
「あ、うん……もういいから、頭上げてよ、ね」
浩平に話をつけてもらって、
七瀬と広瀬は2人でいっしょに下校することになった。
「でも……、なんで急に謝る気に?」
「……本当に悪い事をしたと思ってるから……」
「……」
「……」
…………。
少しの沈黙の後、広瀬が意を決したように、口を開く。

「わたし……多分、七瀬さんのことがうらやましかったのよ」
「うらやましい?」
「……みんなから好かれてるから」
「でも……広瀬さんだって、あの……、友達いるじゃない」
「……あの子たちは、わたしに適応に合わせてくれてるだけよ……
 本当に心配してくれたり、好感を持って、ちやほやしてくれてるわけじゃないわ」

「わたしこんな風だから仕方ないのかもしれないけど……
 みんなに好かれたことなんかなくて、
 あなたみたいに、怒って心配してくれる人もいない」
クラスのみんなに好かれている七瀬。
七瀬のために、怒ってくれた、心配してくれた折原浩平。
そんな彼女がうらやましい。

「わたしに……本気で怒ってくれたり、心配してくれる人なんて……いない」
すごく辛そうな表情(かお)だった。

「本当の友達なんて、わたしには一人もいないの……」
七瀬は、そんな広瀬の手を取り……

『じゃあさ、わたしと友達になろう』

そんな七瀬の笑顔に……広瀬は涙が出そうになった……



☆★☆★☆★



『いいかげんにしろっっ!!』

その言葉に七瀬さんは驚いていた。
言った折原自身も驚いていた。
教室中が驚いた。

でも、その言葉に一番衝撃を受けたのは……わたしだったんだ……

わたし個人のバカな考えを……怒ってくれた……
まわりの連中は……誰も言わなかったことを……言ってくれた……

『いいかげんにしろっっ!!』

その言葉は、七瀬さんのために言った言葉で、わたしのために言ってくれたものではなかった……
でも……、わたしはその言葉をずっと求めていたんだ……




「広瀬さん、いっしょに帰ろう」
七瀬さんは、やっぱり優しかった。
あの日以来、わたしたちはいっしょに帰ることが多かった。

『じゃあさ、わたしと友達になろう』

あの笑顔……、とても綺麗だった……

「わたしだって、そんな好かれてばっかりじゃなかったよ」
嬉しかった。
「わたしも……広瀬さんとなら、本当の友達になれそうな気がするの」

『じゃあさ、わたしと友達になろう』

七瀬さんは、気休めやなぐさめなんかでなく……
わたしに本気で応えてくれた……それが本当に嬉しかった……




「七瀬〜〜、いっしょに帰るか?」
今日の放課後は折原が七瀬さんを誘っていた。
「うん、いいわよ。3人で帰ろっ」
七瀬さんがわたしを呼んだ……

「いいの?」
わたしは折原に聞こえないように小声で七瀬さんに言う。
「なにが?」
「2人のジャマにならない?」
「ジャマ?」
「2人とも……つき合ってるんでしょ?」

ごちぃん!!

七瀬さんはハデにコケた。
「何やってんだ、おまえ?」
「なんでもないのよ」
のろのろと立ちあがり、七瀬さんは、あははと笑った。

そして、わたしの方に向き直り、また小声で……
「つき合ってなんか……ないわよ」
「そうなの?」

七瀬さんと折原は、いつみても仲が良さそうだったし、
わたしとのあの事件以来、さらにいっしょにいるみたいだったんだけど……

「多分……わたしの方の片思い」
それっきり、七瀬さんはその話題を打ち切った。


☆★☆★☆★


「じゃあ、わたしはここで」
七瀬といつもの場所で別れる。
あいつ曰く「あんたなんかに家を知られたくない」だそうだ。
まあ、いいけどな。
「おう、またな〜」
「またね、七瀬さん」

………………
………………………………

「わたしはこっちなんだけど」
「あ、俺もそっちなんだ」

………………
………………………………

しかし、なんて言うか。
七瀬に広瀬、この2人が仲良くなるとはなぁ……
なんか最初に思ってたときと印象が違う。


歩いている道は川沿いだった。
案外、浅い川なんでガキのころ夏場に遊んだ記憶がある。
「ねえ」
少しの間の沈黙を破ったのは、広瀬だった。
「なんだ?」
歩いている道は川沿いだった。
案外、浅い川なんでガキのころ夏場に遊んだ記憶がある。

「勝負しない?」

そう言うと広瀬は、俺の答えも待たずに、川辺に下りていった。




広瀬が腕を振り上げて、手にした小石を放った。

びしゅっ……びしゅっ……びしゅ……びっ……びっ…びっ…びっ…び…び…びびび……

水面をすべるように跳ねて、消えた。

「へへ〜、どう17回跳ねたよ〜」
はじめて見る広瀬の笑顔だった。

広瀬がいう勝負は……『とび石』だった。

川に石を投げて、何回跳ねるかを競うゲームだ。

「おまえ上手いな〜」
俺もやったことがあるが、女の子ってこういう遊びしないと思ってた。
言いながら俺も小石を拾って、投げる。

びしゅっ……びしゅ……びっ……びっ…びっ…びっ……ぼちゃ

俺のほうは7回跳ねて……消えた。

「小さいころに兄さんに教えてもらったからね」
「……ふぅん」
「ところで……」
と、こっちの真顔に戻って、言ってくる。
「勝負に勝ったんだから、わたしの質問に答えてよね」
「はあ?」

なんなんだ?
良く考えてみれば、広瀬と七瀬は仲良くなったが、
俺って、広瀬にこんな風に気軽に話しかけられてたか?

「七瀬さんのこと……どう思ってる?」

予想外の質問だった、
いや、どんなのを予想していたのかは自分でも良くわかってないけど……

「どう…って?」

いや、それより何でそんなこと聞きたがるんだ?

「だって、なんとも思っていない人のために、あんなこと言えないでしょ?」

……あんなこと……


『いいかげんにしろっっ!!』


「あんな風に言ってくれる人がいるなんて……七瀬さん、うらやましいな」
俺自身、驚いていたんだ……あの言葉。
どうして言えたのか……

「あの言葉……うれしかったよ、ありがと」
にっこり笑って、広瀬はばいばいと手を振った。

俺は、ただ黙って、その顔を見ていることしかできなかった。



☆★☆★☆★



鍵をはずし、ゆっくりと家の扉を開ける。

「……ただいま」

誰もいない家に向かってそう答える。
そう……
誰もいない家に……
彼女を心配する人も、怒ってくれる人もいない家に……



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