〜光と闇〜<リニューアル> 投稿者: まてつや
<浩平>

彼女は幼いとき事故で目が見えなくなってしまった。

もし突然、目が見えなくなったら……どうなるか……
光を失ったら……常にあるはずのものがなくなったら……どうするか……


彼女の痛みや想いをできるだけ理解したい。
その努力もしてきたつもりだ……
光のない恐怖

図書館で灯りをつけずに目をつぶって歩いてみた……
想像以上の……感覚……

実際それを失った人は、俺たちが思っている以上に過酷で、つらいものなんだ……



死のうと思ったことある?

「あるよ」

あのときの彼女の表情(かお)が忘れられない……

横断歩道の手前などにある黄色いでこぼこのタイル……
駅の階段などの手すりにつけられている点字……

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(彼女の目が見えるようになるかもしれない)
この話を彼女にするかどうか、俺はすごく悩んだ。
彼女は俺に「心配をかけないように」「気を使わせないように」と
いつも気丈を装っている……
それでも目が見えない不安が完全になくなるわけではないし
光のある世界を取り戻したい、と思っているだろう……

しかしこの話はあくまで「かもしれない」という可能性についての話で
ヘタな期待は彼女をつらくさせるだけかもしれないし
失敗をしたときのことを考えたら、知らなかった方が良かったことになる。


……どうすれば……しかし……やはり彼女の意思次第じゃあ……


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「おかあさん、だいじょぶなの?」
俺のひざの上に座っている娘が不安そうな声を出した…
「ああ、大丈夫だよ……」


『手術中』というランプが消える……
やがて扉は開かれ…彼女を乗せたベッドが運ばれてきた……


<みさき>

「話があるんだ……」


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わたしは幼いころ事故で目が見えなくなってしまった。
その時のショックはもう例えようがない。
実際、失ってみてはじめてわかる……痛み。
そんなわたしの痛みをわかろうとしてくれる男性(ひと)
わたしが世界で一番好きなその人がわたしのそばにいてくれる。
今……わたしは幸せだ……

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でも……、光を失ったとき、
わたしは、ほんとうに「死のう」とい何度も思った。
両親やお医者さんが
「いつか、見えるようになる日がくるかもしれない」っていうのも
信じていなかった……だって、期待すると……つらくなるから……
はじめから「もう2度とわたしが光を取り戻すことなんてないんだ」
……そう思っていた方が……楽だから……

でも、自分自信でそんなことは絶対にあり得ない、と思っていても……
心のどこかにあきらめきれない、もしかすると、という気持ちがあって
ダメだと、思いながら、期待して……絶望して……

そんなわたしだったから、

(目が見えるようになるかもしれない)

彼の言葉を聞いたとき、
彼がそんなウソをつくハズがないとわかっていても、
正直耳をうたがった

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わたしが悩むとわかっていながらも、言わずにはいれなかった彼。
わたしが、遠慮みたいなものをみせてしまうかもしれないとわかっていながらも告げてくれた彼。


今までだって、彼には苦労をかけっぱなしだった……
なのに……優しいから……わたしのこと想ってくれてるから……
あなたのこと大好きだから……、

覚悟なんていくらしてもしたりないと思う……
最悪の事態を想定していたって、
実際に最悪の結果が訪れなければ……どうなるかなんてわかんないよ……

でも、彼が優しく手を握って笑ってくれるから……
わたし、また甘えちゃうよ……
この手に、何度元気づけられたか……

今はただ、全てを信じて……

……わたしにもう1度光が戻るのを……



<深山>

わたしは急いでいた。
今日はわたしの大切な友人の手術の日なのだが
どうしてもはずせない仕事が入っていたので遅れてしまった。
だからと言って、病院内を走るわけにもいかない
もどかしさやあせりと闘いながら、ひたすら急ぐ……。


「みさきは……?」
病室にはいるなり、わたしは小声で友人の夫に尋ねる。
「一応、手術は無事に終わりましたよ……」
「……そう……」
わたしは安堵の息を漏らし、その場で肩の力を抜いた。
「それでも、目が見えるようになるかどうかはまだわからないんです……」
手術の成功……やれることはやった……あとは結果待ち……
「ごめんなさいね、こんな大切なときに遅れちゃって……」
「しょうがないですよ、例の舞台……最終公演だったんでしょ。主役がいないわけにはいかないですよ、深山さん」
「ありがとう、でも。わたしはみさきの横にいてあげたかったよ」
2人してベッドで眠っている、わたしの友人を見た。
やすらかな寝顔……今、何を考えているの?、さっきまで何を考えていたの?
「浩平君、知ってるかもしれないけど……みさき、わたしのとこに相談しに来てたんだよ、この手術のことで……」

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『翼をください』って言う歌、知ってる?
あの歌の歌詞は小さな女の子が考えたものでなんだけど
ほんとうに空が飛びたくて、翼が欲しい……なんて言ってるんじゃないんだよ……

その女の子は、空が飛びたかったんじゃなくて、
ただ自分に『普通』が与えられるのを望んでただけなんだよ。

その女の子は、不治の病に犯されていてね……
それが絶対に治らない……ってわかってたから……
『空』っていうのは、普通の世界のことで……
翼を広げて……っていうのは、その世界で自由に生きたい……
そんな普通のことを望んで書いたんだよ……

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今、わたしの願い事がかなうならば
翼が欲しい
この背中に鳥のような
白い翼つけてください

この大空に翼を広げ飛んでゆきたいよ
かなしみのない自由な空へ
翼はためかせ、ゆきたい

今、富とか名誉ならばいらないけど
翼が欲しい
子供の時、夢見たこと
今も同じ夢に見ている

この大空に翼を広げ飛んでゆきたいよ
かなしみのない自由な空へ
翼はためかせ

この大空に翼を広げ飛んでゆきたいよ
かなしみのない自由な空へ
翼はためかせ、ゆきたい

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『今のわたしと同じだね』

そんなことを言ったときのあの子の顔が忘れられなかった……
みさきはだれよりも夢に見ていて……
だれよりも期待してて……だれよりもあきらめてて……
だれよりも絶望してて……

だれよりも明るくて……だれよりも暗くて……
だれよりも元気で……だれよりも寂しそうで……

そんなあの子だったから……わたしはつらくなるとはわかってても
うけることを勧めた……


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「今は信じるしか……ない」
浩平君が祈るようにつぶやく。

わたしも……信じるよ……
絶対……みさきの目は……光を取り戻せる……



<みさき>

ついに包帯をとる日がやってきた。

怖いんだよ……、目を開けるのが……
覚悟なんて……してもしたりないんだよ……

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「みさきが考えた結末の方がおもしろかったよね、あのドラマ」
友だちの何気ない言葉……それが、わたしに生きてゆく気を与えた言葉。

誰かの歌にあったな……
『いつも悲劇は喜劇に似ている、笑い飛ばしちゃえ』
そう、笑い飛ばしてしまえばいい。
つまらないドラマの結末も……
見えなくなった自分の瞳も……
そんなことで悩んでいた自分も……笑いとばしてしまえば……



から元気、からまわり、つらくないよ。
明るく、元気に……同情なんていらないよ。
わたしが欲しいのは……『普通』なんだから……



本当はつらいよ。
わたしが『普通』を求めれば求めるほど……『普通』からは離れてゆく……。


みんなと同じように笑いたいよ。
みんなと同じように動きたいよ。
大好きな人の顔がみたいよ。
自分の娘の顔がみたいよ。
今まで世話になった人たちの顔がみたいよ。


本当はすごく……、すごく……怖いんだよ……。



ハンデを背負って生きている人たちは、それを補おうとがんばって生きているよ。
わたしだって、澪ちゃんだって……そういう風に生きてるよ。



でもね、本当はすごく……苦しいんだよ……。



みさきは強いね……
澪ちゃんはすごいね……


そんなことないよ……本当はすごく弱いんだよ……。

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「大丈夫……だから」
わたしの心の中を読んだのかのように、彼が優しく手を握る。

「わたしたちが……ついてるから……」
雪ちゃんが、そっとわたしの手に触れる。

「おかーさん、だいじょぶだよ」
娘の無邪気な声。小さくて、でもあたたかい手。

ありがとう……、ありが……とう……み……んな……




わたしはゆっくり目を開けた……。



……何も見えなかった……



彼の顔も、雪ちゃんの顔も……、娘の顔も……

涙でにじんで……目の前に……何も……見えなかった……



涙があふれてとまらない……
あまりにも……うれしくて、言葉がでないよ……



そのまま3人に抱きついた……



見えるよ……
娘の姿が……友人の姿が……大好きな人の姿が……




エピローグ

わたしは……幸せだ……

わたしは夫や、友、娘のおかげで光を取り戻すことができた……


けどね……、世の中にはまだまだ体に障害を負った人がたくさんいるんだよ。


わたしは、そんな人たちの力になってあげたいよ。
少しでも……みんなに『普通』を感じて欲しいよ……


なんにもたいしたことじゃないよ。
自分のできる範囲で……手をさしのべてあげればいいんだよ。
ほら……、あなたの身のまわりにも……。

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☆だらだらあとがき☆

この話を書いた理由は2つあります。
1つは、それぞれの心の動きを表現したかった。

それと、もう1つ、なかなか伝わらないのですが、
第四話に書いた、みさき(目の不自由な人たち)のキモチです。
みさき先輩は明るく振舞っているから、あまり感じられないかもしれないけど
本当は、すごく苦しく、想像以上につらいと思います。
それが1番書きたかったことです。
エピローグで書いたのは、わたしの本音です。
みさきの目が見えるようになるかどうかよりも、ずっと重要なことです。

たとえ、手術が失敗してもわたしはあのような結末を用意したでしょう。
みさきさんなら、他の身障者の人たちにも、やさしく接してくれる。
わたしはそう、思います。
そう、願います。

「思いやりの心」、それがこの話で1番伝えたかったことです。

でも、物語の感じ方は1人1人が違って当然、
考えを押し付けることは、できません。
感じ方は、自由です。でも、1番書きたかったことはそれです。
みさきの目が開く瞬間ではなく
その過程や、その後の方がずっと大事だ、と思うのです。

ああ、すいません。くらい話になってしまいました。

『普通』って、失った人にとっては、すごく大切で、
失うまで、なかなか気づかないモノだと思います。

1度投稿した作品を、誤字脱字を直し、
余計なとこをけずっただけですが
読んでくださった方々、どうもありがとうございました。