福音 投稿者: 睦月周
 人魚姫は、禁じられた恋の代償に声を失った。
 メアリ王女は妖精の逆鱗に触れて唖(おし)の呪いを受けた。
 ラヴィニア・アンドロニカスは父親の罪に連座して舌を引き抜かれた。

 だけど、こいつにどんな罪があるというんだろう。

 すやすやと、俺に寄り添って寝息をたてるこいつ。
 澪。

 ──こいつの小さな手をどれだけ伸ばせば、幸せってやつに届くんだろう?
 ──俺が肩車してやれば、天国の扉をノックできるんだろうか?

 視線を落としてみる。
 俺の腕の中で、こっくりこっくりと舟をこぐ、こいつ。
 喜びも、悲しみも、ちっちゃな体全部を使って俺に伝えてくる、澪。
 俺は受けとめられるんだろうか。
 こいつのはちきれそうな想いを全部受け止めて──ずっと支えてやることができるんだろうか。

 頭を撫でる。
 澪は、くすぐったそうに──でも嬉しそうに目を細める。
 俺も自然に、笑みをこぼした。

 もし神さまってのが本当にいるんなら──きっとそいつはロクでもないやつなんだろう。
 試練を与えなきゃ自分への愛を確かめられないような、そんな臆病なやつなんだろう。

 ふとそんなことを思う。

 届かない福音。
 永遠に迷い続ける子羊たち。
 答えの見つからない命題。
 幸せの方程式。
 

 ──The answer my friend,is brow’n the wind.


 暖かな風が優しく頬を撫でる。
 くいくい、と引っ張られる襟。
 視線を向けると、にこにこと笑ってる、澪。

「起きたのか?」

 当たり前のことを訊いてみる。
 うんっ、とうなずく澪。

『あのね』

 スケッチブックに書かれる優しい文字。

『寝ちゃったの』

 当たり前すぎる返答。
 でも、不思議なほど安らぎを感じる。

『それとね』

 澪は続ける。

『すごく──幸せな気持ちだったの』

 俺は。
 俺は思わず吹き出した。
 全身をかがめて、大声で笑う。
 澪がきょとんとした顔で俺の顔を覗き込む。

「そうだよな〜」

 その頭をくしゃくしゃと撫でる。
 え? え? という感じで澪は困った顔をする。

 そんなもんなんだ、幸せなんて。
 変に思い悩むものじゃないんだ。
 苦笑して、俺はそれを教えてくれた小さな先生を抱き寄せる。

「幸せだぞ〜、俺も」

 澪は恥ずかしそうに、でもしっかりと俺を抱き返した。

 ──福音。
 ──Jesus loves you more than you will know.

 下らないことなんだ、それは。

 神さまなんて必要ない。
 福音は、二人の手で掴めばいい。

 それだけのことなんだ。

 俺は澪をもう一度強く引き寄せて、その額に軽くキスをした──。


 ──The answer is brow’n the wind.


 =================================

 周です、5人目です。
 簡単そうだから後まわしにしていた澪でしたが、一番難しかった・・・。
 難産の末、結果ちょっとだらついた言わずもがな、な内容になってしまった(泣)
 あうう、勉強不足っす。

 ごめんなさい、感想は次の機会に・・・。