【42】 奇跡の少年・・・第一章・長森
 投稿者: ベイル(ヴェイル) <veill@arida-net.ne.jp> ( 男 ) 2000/3/18(土)15:53

 『・・・旋律が聞こえる』

 『とても優しくて、綺麗で・・・でも未完成な旋律・・・』

 『どこか、哀しみを持った旋律だ。弦楽器のようだけど、何て楽器だろう・・・?』

 『・・・ああ、そうか』

 『この音を出す楽器は、チェロっていうんだ』

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「こんにちは」
「え・・・?」
 その少年は、放課後、学校に残ってチェロの練習をしている時に現れた。
 窓から差し込む夕焼けで真っ赤に染まった白髪と白い肌、女の子にしか見えない華奢な体と
細い瞳、小さな唇・・・。
 思わず見惚れてしまうほどの儚げな美少女・・・いや、少年だった。
「あなたは・・・?」
 聞き返したのは、条件反射というより、少年が学校の制服を着ていなかったのが理由だった。
そもそもこの白髪にこの姿だ、同じ学校に通っていれば必ず覚えているはずである。
 少年は、彼自身と同じく雪のように白いケープをまとっていた。
「長森瑞佳さん・・・だよね?ちょっと探しちゃったよ」
「そうだけど・・・あの、あなたは?」
「僕は浅野雪彦、多分そんなに長い時間はいられないと思うけど、よろしく」
 もう一度声を聞いて、ようやく男だと認識する。長森は姿形だけを見てこの少年を男性だと
見破れる人がいたら凄いと思った。
「あ、どうもこちらこそ・・・」
 思わず答えてしまった。それほどまでにこの少年には違和感という物がない。
「綺麗な音だね。でも、どこか哀しみが隠されてるような感じがする」
「え・・・」
 長森がびっくりしたように息をのむ。今まで、誰にもそんなことは言われたことがなかった。
「そうかな。そんなつもりはないんだけど」
「そう?」
 答えて少年・・・雪彦は近くに置いてあったフルートを拾い上げた。それをしげしげと眺め、
聞く。
「これは、どうやって音を出す物なの?」
「え?」
 驚いたように声を出す。雪彦の声はただ単にフルートの吹き方を知らないと言うだけでなく、
フルートそのものを見たことがないようなニュアンスを持っていたからだ。
「あ、っと・・・それは、ちょっとコツがいるかな」
「そうなんだ・・・じゃあ、これは?」
 と、今度は雪彦の手がバイオリンに触れる。
「それは、そっちにある弓を弦に当てて音を出すんだけど・・・難しいよ?教えてあげようか?」
「ん、いや、いいよ」
 あっさり答えて、雪彦は手近な椅子をひいて、座る。
 それから長森の瞳を真っ直ぐに見つめて、どこか複雑な笑みを浮かべた。
「哀しいことがあったんだね」
 その問いは、問いと言うより確認だった。
「どうして?」
「君の音を聞いてると、何となく、そんな気がしたから」
 半分本当で、半分は嘘だ。知っているから来た、それなのに・・・。
「・・・哀しいなら、どうして泣かないの?」
「それは・・・」
 長森は浩平が消えてから、一度も泣いていなかった。それが浩平の望んだ事だから。彼は、
彼女が笑顔でいることを望んだから・・・。
 だから、人前でなくても決して涙を流さなかった。変わらない日常の中で、ずっと笑顔で浩平
を待っていたのだ。
 だが、悲しくなかったわけではない。ただ、哀しみに負けたら浩平が帰ってこないような気がして
・・・だから、哀しみに負けないよう、浩平の残したメッセージを抱いて、ずっと笑顔で過ごしてきた。
 それが、長森にできる精一杯の事だったから。
「約束・・・したから」
 一瞬視線を伏せて、だが次の瞬間真っ直ぐに少年の目を見つめて、長森は答えた。
 迷いのない瞳・・・それは、哀しくて美しい。
「一生懸命なんだ。ちょっとうらやましいな」
「そんなこと、ない・・・」
 不安じゃないと言えば嘘になる。必死で涙を抑え、ちょっと無理矢理にでも笑顔を浮かべながら、
それでも不安は消せない。悲しい思いをして、それでも必死で待ち続けて、本当に浩平が帰ってくる
んだろうか?帰ってくるとしても、それがどれだけ先になるかは分からない。それまで、自分は本当
に笑っていられるのだろうか?
 分からない。なぜなら、今の自分には浩平に触れる術すらないのだから。
「・・・彼に、会いたい?」
「え・・・!?」
 今度こそ、本当に心の底から驚いて長森は振り返った。なぜこの少年が浩平のことを知っているのか、
この少年も「永遠」の世界を知っているのだろうか、いや、そんなことよりも、今の長森には少年の
言葉の方が気にかかった。
「会えるの?浩平に?」
「それは僕には分からない」
 自分で言っておきながら、妙なことを答える雪彦。だが、その瞳と笑みを見れば、彼が冗談を
言っているわけではないことは分かる。
「僕はただ、奇跡を起こすだけだから」
「奇跡・・・?」

 「奇跡」・・・それは、決して起きないこと。
 それは、人が最期にすがる希望にも似たもの。
 そしてそれは、あるいは人と人との絆が起こすもの。

「長森さん、夕焼けにも「音」があるって知ってた?」
「え?」
 いつの間にか、雪彦は窓を開けてそこから夕焼けを眺めていた。
「聞こえないと思うから聞こえないだけで、全てのものには「音」があるんだ。たとえそれが、
すでにここから消えてしまった人間の「音」でもね」
「浩平の、音?」
 一瞬の迷い。だが、それは所詮一瞬のものだった。
「私にも聞こえる?浩平の「音」、私も聞くことができる!?」
 立ち上がりかける長森を手で制して、雪は初めて、満身の笑みを浮かべて頷いてみせた。
「もちろん」
  


 夕焼けに染まった窓から、紅い光が射し込んでくる。
 いや、光だけではない。今、部屋の中には、夕焼けと・・・それ以外の誰かの奏でる
「音楽」が、ゆっくりと流れていた。
 聞いたことのない旋律・・・だけど、この旋律を知っている。
「これが彼の「音」・・・さあ、君も」
「うん」
 促されて、長森はチェロの弦に弓を当てた。聞こえてくる不思議な旋律に合わせ、彼女自身の旋律が
流れていく。
 二つの旋律が解け合い、まるで一つになったようだった。
「僕はこの世界で「奇跡」と呼ばれる存在・・・だけど、僕だって無条件に奇跡を許せる訳じゃない」
 少年の声・・・涼やかで、美しいが、決して二つの旋律の中には入らない。
「奇跡は人と人との絆が起こすものだから。もし君と彼の絆がもっと弱ければ、この「奇跡」は起こせ
なかった」
 優しげな少年の声を、だが長森は聞いていなかった。不思議な旋律に身を任せると、自分のチェロの
旋律と共に、自分の魂そのものが流れ出しているような感覚に襲われる。
 いや、それは錯覚ではないだろう。事実、今長森の魂は旋律となり、浩平の旋律と解け合って一つに
なっているのだ。
「・・・僕は、もう邪魔者かな」
 それが、長森が最後に聞いた少年の声だった。




 『瑞佳・・・』

 『こう・・へい・・?』

 『・・・ごめんな、また待たせちまったみたいで』

 『くすっ、浩平に待たされるのは、いつものことだよ』

 『そうだな・・・でも』
 『まだ駄目なんだ、まだおまえの元には帰れない』

 『うん・・・』

 『俺と、俺の中のあいつの「答え」を見つけなきゃならないから』

 『私は、待つよ』

 『いいのか?もっと遅くなるかも知れないんだぞ』

 『いつまでも待つよ。だって・・・』
 『私は・・・やっぱり浩平じゃないとダメだから・・・』

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「・・・・」
 気が付いたとき、長森はチェロを手にしたまま座っていた。
 先刻までの記憶がひどくぼやけている。だが、部屋にはあの白い少年の姿はなかった。
「雪彦、君・・・」
 もういない少年の名を呼ぶ。そして、長森は自分の頬を伝う暖かみに気付いた。
「・・・泣いてる?」
 浩平が消えてからは、初めてのことだった。浩平と約束したから。笑顔でいると、彼と約束を
かわしたから・・・。
 だけど、
「いいよね?浩平」
 これは哀しみの涙ではない。頬を伝う液体は、まるで彼女の喜びを具現化したように暖かかった。
 「ずっと待ってる」・・・そう言えた。不安は完全には消せないけど、絶え間なく続く日常が、
つらくなることはあるけれど・・・、
「浩平・・・早く帰ってきてね」
 信じて待てる気がした。どれだけ不安でも、どれだけつらくても、彼が帰ってくることを信じて、
ずっと待っていられると思った。

 本当の「奇跡」は、きっとこれから起こる。理由はないけど、そう感じた。

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あとがき

 一応言い訳させてもらいますと、この長森はCDドラマ版の長森をイメージしていますので、
若干ゲーム版とは違う印象を受けるかも知れません。後、F/S君のイメージも前回と違うかな
・・・と思った人、多分正解です。けど、どちらかといえば前回よりも今回の方が本来のイメージ
に近いんです、彼は。
雪「本当はもっとなよなよしてるよね」
 ・・・なぜ、あとがきに?
雪「一人であとがきを書くのがつらい、って僕に言ったじゃない。いわばこれも一つの「奇跡」だと
思ってよ」
 そんな奇跡は結構嫌だぞ。
雪「そうかな・・・ところで、今回は話が長いんだか短いんだか分からないね」
 そうなんだよな。最初に大筋を考えたときはあまりにも話が長くなりすぎたんで、いらない場面とか
省略できるだけ省略したら、今度は展開が早すぎて何がなんだか分からない話になっちゃって。
雪「間の取り方とかが下手なんだよ。心理描写とか苦手なくせに、何でほのぼの系にしなかったの?
最初は「Kanon」の名雪さんか舞さんのほのラブが書きたいって言ってたじゃない」
 まあ、俺の中では「奇跡の少年」の方が勢いがあったんだ。それにここまで難しい話になるとは
実は予想してなかったしな。
雪「初期タイトルが「奇跡のお手伝い」だったもんね。どう路線変更したのかが分かるよ」
 うーん、茜編とかみさき先輩編とかは上手く書く自信があったんだが・・・長森ってこんなに
難しいキャラだったっけ?
雪「そもそも肝心の「ONE」のゲームCDは友人に貸したまま返ってきてないからね。やっぱり
もう一度長森さんのシナリオをやり直してから書いた方が良かったんじゃない?」
 いや、それでも早く書きたかったんだよ。
雪「・・僕の原作「昼色の夜」は途中で止まったままのくせに」
 そ、それをいわないでくれ。
雪「そもそもこの話、舞台はどこなの?」
 一応音楽室か音楽準備室のつもりだけど・・・楽器の練習なんてどこでやるのか知らないし。
 知らないと言えば、俺チェロの弾き方とかも全く知らないんだよ。だからこの話に書いたことは
半分以上適当・・・時間的にはCDドラマ版のちょっと前くらいのつもりだけど、ちゃんと
照らし合わせると結構矛盾とか出そうだし・・・いいのか、こんな物書き。
雪「まあまあ、才能のなさは今に始まった事じゃないし、くよくよしても始まらないよ。それより
皆さんにお礼を言わなくちゃいけないんでしょ?」
 あ、ああ、そうだった。では・・・、

>変身動物ぽん太様
 あなたの励ましがきっかけとなって俺はSSを書き始めました。本当に感謝してます。
「温泉ばとるろいやる」の続きを楽しみに待ってますね。

>らすのう様
 メールありがとうございます。生来の遅筆今だ治らず・・・この話が完結するのもいつになるか
分かりませんが、気長に待っていただければ光栄です。F/S君のイメージ、ちょっと氷上シュン
とは遠ざかっちゃいましたけど。

>WTTS様
 感想のメール本当にありがとうございます。期待に応えられるかどうかは分かりませんが、俺に
できる限りこの物語を良い物にしていこうと努力します。では。

>みのりふ様
 「奇跡」は起きないから「奇跡」・・・でも、人と人との絆が起こすから「奇跡」なのかもしれません
ね。F/S君の「奇跡」はどちらのものなんでしょう。
 それはそれとして、ごめんね、なつきちゃん。「奇跡の少年」に君は登場させられないんだ。
 理由は・・・俺がPS版「輝く季節へ」を持っていないから。CDドラマか小説かパソコン版に登場し
ていれば、出せたかも知れないけど・・・。

>スライム様
 技術的なアドバイス、ありがとうございます。小学校の頃から我流で小説を書いてきたんで、癖に
なってるみたいです。治さないとなあ・・・。
 治さないとと言えば、生来の遅筆もいい加減治ってくれても・・・地道にがんばるしかないか!

 皆さんいろいろありがとうございます。さあ第二章だ!・・・誰にしよう。