舞台の中程に電信柱が一本。その脇にはゴミ箱が設置されている。中にはコーモリ傘と、紙くずが少々。少し離れた所にベンチ。夕方に近い頃。しばらくは誰もいない。やがて、女がぼんやりと出てくる。電信柱に近づき、それに耳を当てる。ややあって、男がゆっくり現れる。 男「何やってるんだい・・・?」 女「音がするのよ・・・」 男「音が・・・?」 女「きっと、電気が流れる音よ・・・。電気もやっぱり音をたてて流れるのね、川みたいに・・・」 男「まさか・・・、風じゃないかい?。電線に風が当って、それが鳴るんだ・・・」 女「風かしら・・・。(空を見上げる)でも、吹いてないみたいよ」 男「風さ・・・。吹いてないように見えても、実際には吹いているんだよ、高いところではね・・・」 女「ずいぶん思いがけないわ・・・」 男「何が・・・?」 女「風が吹いているなんて・・・」 男「風はいつでも吹いているよ。あのあたりにはね、いつも同じ方向に吹いている風があるんだ。つまり、この時期になるとって意味だけど・・・」 女「秋風・・・?」 男「いや、違うよ。もっと高い所さ・・・」 女「(再び電信柱に耳を当て)ザーッて音よ。遠い所を川が流れているみたいな・・・。やっぱりこれ、電気の音じゃないかしら・・・。ほら、いつか嵐の日に、裏の電線が風を受けてビュンビュンうなったじゃないの。あれが風の音よ。次の日、電線が切れて、誰かが感電死したわ・・・」 男「嵐の日とは違うよ。今日はこんなにいいお天気だし・・・、つまり、風の種類が違うのさ。例えば風っていっても・・・、ひどく高い所を、ひどく早く吹いているんだ。音ったって、音なんかしやしない。ただそこを、ひどく早いものが飛びぬけてるって気配なんだ」 女「でも・・・、これは電気よ。あなたも、聞いてみたら・・・?」 男「え?、うん・・・(電信柱に耳を当てる)」 女「どう・・・?」 男「うん・・・。聞こえるよ」 女「風?」 男「うん・・・、わからない」 女「私、電気だと思うわ。昔、教わった事があるのよ。電気はね、一秒間に地球を七まわり半するんですって。それよ、きっと・・・。それがこの上を走っているのよ。凄いと思わない?」 男「何故・・・?」 女「だって、地球を七まわり半よ、一秒間に。やっぱり凄いわ」 男「そうだね。・・・もうやめたらどうだい?」 女「ええ・・・(電信柱から離れる)」 男「電気の音なんか聞いてもしようがないじゃないか」 女「何故・・・?」 男「何故かね・・・」 女「あなたは感動しないの?」 男「感動・・・?、何に・・・?」 女「電気によ。これは人間が発明したものだわ」 男「発明したものさ。そんなことはわかっているよ。でもだからって今更感動しなくたっていいじゃないか。みんな、これが発明された当時、充分に感動したんだ」 女「私、あなたが何故感動しないのか、わからないわ」 男「(ベンチを指差し)これにお座り」 女「(ベンチに座る)人間って、どんな風にして電気の事なんか思いついたのかしら・・・?」 男「わからないね。こいつを発明した奴だって、わからなかったに違いないよ。これが発明されて何百年後に、原っぱの真ん中の電信柱からその音を聞きとった奴が感動するなんてね、知らなかったさ。そうなんだよ。みんなそれぞれ、何処かすみっこの方をほじくり返しちゃあ、色んなものを見つけ出しているんだ。後になって考えてみるとひどく馬鹿々々しいんだけど、その時は誰もそうは思ってなかったんだ。そうだろ。何故こんな所に電信柱が立っているんだい?」 女「そうね・・・。私、こんなにしつこく、あっちにもこっちにも電信柱が立っているなんて、思ってもみなかったわ」 男「しつこいさ。みんなしつこいんだよ。そのベンチだってそうだ。(女の座っているベンチを指差す。女、立上る)見てごらん。誰かが発明したのさ。どんな風にして考えたのか知らないけど、その時はひどく一生懸命だったに違いないよ。なんて変テコリンなんだい(ベンチを足で蹴る)」 女「やめて、壊れちゃうじゃないの」 男「このゴミ箱だってそうだ。ね、見てごらん?。 変じゃないか。変だよ。私に言わせれば、これはどう見てもおかしいね。何故こんな風なんだろう?、何故もっと別な風じゃないんだろう?。発明した奴のせいだよ。発明した奴がこうとしか思いつかなかったせいさ。こいつがはじめてみんなの前に出てきた時、みんなきっとビックリしたね。ゾッとした筈だよ。グロテスクだからさ。畜生(ゴミ箱を思いっきり蹴る)」 女「よしなさい、あなた。何をするの」 男「ゴミ箱だってさ。はははは・・・。ねえ、見てごらん。これは我々が発明したんだ。何て、みっともない、何て、まずしい発明だい?。はははは・・・」 女「いいかげんにしてちょうだい。誰かが見ていたらどうするのよ」 男「わからないよ。わからないさ。何でこんな風に作っちまったんだ・・・。畜生っ」 女「あなた・・・。どうしたの、一体・・・」 男「見てごらんよ、この発明発見の数々を。こいつらを発明したり発見したりするために、ひどく多くの人間が長い間努力したんだ・・・。延々とやってきたんだ。畜生、畜生・・・(言いながらゴミ箱を蹴る)」 女「あなた、やめなさい。壊れちゃうじゃないの。あなたっ」 男「よせ、私はもう、こんなもんに我慢できないんだ。こんなもん。こんなもん・・・(ゴミ箱を蹴りつづける)」 女「やめてっ。もう、やめてよ・・・」 男「こいつらが、こうした小さいものが、ひとつひとつ、発明される度に、みんなゾッとしたに違いない。そうだよ。みんな、ひとつひとつ、どれもこれも、グロテスクだからね。畜生」 女「あなた・・・・・・」 男「畜生、畜生、畜生、畜生・・・(ゴミ箱を蹴りつづけ、遂には引っくり返してしまう。ゴミ箱の中身が辺りに散らばる)」 女「・・・・・・」 男「(壊れたコーモリ傘を拾って)見てごらん、コーモリ傘だよ。きっと、コーモリに似ているからみんなそう言うのさ。でも、何故だろう?。ねえ、そういう事を考えてみた事はないのかい?。何故こんな風であって、他の別な風ではないんだろう。そうじゃないか。雨にぬれない様にするためには、もっと他のやり方があっていい筈だよ。そりゃあ、良く出来てるさ。取っ手も持ちやすいし、この止め金の装置も悪くない。骨も丈夫で軽い。しかも折りたたみ式になっている。これがこんな風になるまでに、どれだけ色んな工夫が施されたか、まるで涙が出るくらいだ。しかしいいかい、私はいやなんだよ。私はね、コーモリ傘がこんな風である事なんか、許せないんだ。コーモリ傘ってのはね、もっと違うもんであるべきなのさ。そうだ、許さないぞっ、畜生(コーモリ傘を持ったまま地面に打ち、打ち続ける)」 女「(ゴミ箱を起こし、黙々と辺りに散らばったゴミを拾う)ねえ・・・どうして・・・?」 男「我慢できないんだ・・・。この日常が我慢できないんだよ。わかるかい?、十年だよ、十年。十年間、毎日毎日同じ仕事だ。これから先の十年だって同じさ。同じ、同じ、同じの、この変わらない日常が、我慢できないんだよ・・・。そりゃあ、少しは出世したさ。子供だって二人もできた。でもいいかい?、そんな事じゃないんだよ。つまり・・・退屈なのさ。そう、死にそうなほど退屈なんだ。おまえはそうは思わないのかい?」 女「私にはわからないわ・・・。だって、私には毎日が新鮮よ。ほら、今日だって当たり前の日常だけど、電信柱の事や風の事や、電気が一秒間に七まわり半する事とか、そんな事に感動できたじゃない」 男「・・・くだらないね」 女「あなたは・・・いつもそうだわ。どうして?。子供たちを見てよ。あの子たちにとっては一日と同じ日はないわ。毎日がいつも新鮮で、新しい事ばかりで・・・。あの子たちは昨日と今日ではもう違うのよ。一日分だけ成長しているの。それだけで、もう充分感動できるじゃない」 男「そして大人になって、仕事して結婚して子供ができて・・・か。変わらないね。ああ、変わらない、退屈なもんさ」 女「ねえ・・・どうしてなのよ・・・」 男「わからないのかい?、さんざん話したじゃないか。私はこの日常がこの日常である事が我慢できないんだ。どうしてだい?、どうしてこんな風なんだい?。もっと、もっと別な風であってもよかった筈じゃないか。私はそれが許せないんだ。この退屈な変わらない日常が許せないんだよ」 女「だから・・・なの」 男「ああ・・・」 女「でも・・・あなたがいなくなったら、私や子供たちはどうすればいいの?」 男「あいつらは大丈夫さ。これで変わらない日常から逸脱できるんだからね。私みたいになったりはしないよ」 女「私は・・・?」 男「おまえ?」 女「うん・・・、私」 男「おまえは大丈夫だよ。電信柱に、風に、電気が一秒間に七まわり半する・・・だろ?。充分やっていけるさ」 女「・・・・・・(うつむく)」 男「じゃあ、そろそろ逝くよ」 女「・・・・・・風(空を見上げる)」 男「風?(つられて空を見る)」 女「風が・・・吹いているわ」 男「ああ、風が吹いているね」 女「すごく高い所よ・・・」 男「うん、すごく高い所で吹いているよ」 女「私、こんな日だったって言うわ」 男「誰に・・・?」 女「あなたが死んだのは、風がすごく高い所で吹いている日だったって、あの子たちに言うの」 男「あいつらか・・・」 女「ええ・・・」 男「・・・・・・」 女「・・・・・・」 男「さようなら」 女「さようなら・・・」 男、足早に去っていく。女、しばらく男が去った方を見ているが、やがて逆の方にゆっくりと歩きだす。 ------------------------------------------------------------------------------- ども〜、あけましておめでとうございます。 はにゃまろです。 正月早々縁起の悪いSSでごめんなさい。 えー、ついに戯曲に挑戦してみました。 って言っても、ずっと練ってたSSなんですけど・・・ 全然わかんないと思いますが、一応、浩平の両親の話しです。 変わらない日常についてするどく突っ込む予定だったのですが・・・ 最初っから脱線してそのまま突っ走ってしまいました。 まだまだですねえ。 では〜