Moon.prelude 月の欠片 投稿者: はにゃまろ
断章『お母さんに贈る花』



その場所の空気は重く澱んでいた。
このような空気を、昔の人は「瘴気」と呼んだのかもしれない。
だが、その場所にはそんな感覚的なものとは比べ物にならない別の何かが存在していた。
生を拒み、死を好む力が・・・。





草木一つない荒れ果てた大地。
生命の存在しない場所を一人の少年が歩いていた。
(ぼくはどこに向かっているんだろう・・・)
その少年は行く当ても無く、ただひたすら歩いていた。
少年に与えられた命令はただ一つ、『歩け』だった。
(ぼくは何故ここにいるんだろう・・・)
すでに答えの出ている問いを少年は繰り返す。
「お母さん・・・」
ぽつりと一言呟き、少年は自分の身体を抱きしめる。。
(身体が・・・痛い・・・)
その力は確実に少年の身体を蝕んでいた。
そこに存在する力。
それは不可視の力・・・。





大人は戻ってこない。
子供なら見逃してもらえる。
それが調査のすえ彼らが得た答えだった。
「おい、周囲の様子はどうだ?」
高圧的な声が響く。
「依然として霧がたちこめたままの状態が続いており、確認はできません」
機械的な声がそれに答える。
その薄暗い部屋の中には二人の男女がいた。
どちらも白いローブを身にまとっている。
男は苛立たしげに部屋の中を行ったり来たりする。
女は青白く光るモニターを見つめている。
「なにか変化はあったか?」
「いえ、変化の兆候らしきものは見当たりません」
「いったい何時になったらまともな報告ができるんだっ」
男が吠える。
「もう一ヶ月以上も変化は見られずの繰り返しだ。いい加減木偶人形も底が尽きてきているんだぞ」
「しかし結界内での精密機器の使用が不可能である以上、現在のような調査を続ける以外方法はありません」
女が機械的に答える。
「いったいこの奥に何があると言うんだ。俺にはマスターのお考えが理解できん」
そう言うと男は首をふった。
「マスターの意思は神の意志。それを推し測る事自体不敬の謗りを免れません」
答える声にやや感情がこもる。
「だがな、いったい何体の木偶を潰したと思ってるんだ?。このままじゃ遅かれ早かれ信者たちは
逃げ出しちまうぜ」
男が投げやりにつぶやく。
「それ以上はおっしゃられない方がよろしいかと存じます。私も信者としての務めを果たさなければ
ならなくなりますので」
女が男を睨んだ。
「おお怖い怖い。わかってるって、俺だってマスター様を信じてるよ。この霧の奥にはきっと
どえらいもんが眠ってるに違いないってな。こんな大層な力に守られてるんだからよ、
それこそ、世界を変えちまうようなものがな」
おどけた様子で男が答える。
「・・・・」
再び沈黙が訪れた。





ぼくには家族がいた。

お父さんとお母さんと妹の四人家族。

それはどこにでもある平凡で平和な家庭だった。

ぼくはその幸せがずっと続くと思っていた。

あの日、お父さんが事故に遭うまでは・・・。





バシッ

突然、少年の足元の地面が大きくえぐれる。
それは威嚇であった。
これ以上、自分達の領域に踏み込ませないための威嚇。
「はぐぅ」
少年はその場にうずくまる。
地面がえぐれた拍子に飛び散った小石が少年の身体を直撃したのだ。
それは普段ならば何でも無い事だった。
だが、力に蝕まれた少年の身体にはそのわずかな刺激さえも多大な苦痛をもたらした。
「みさお・・・」
そう呟くとその少年はさらに先に進もうとした。

バシッ

バシッ

バシッ

少年の足元が続けざまにえぐれる。
「うあああぁぁ」
あまりの激痛に少年はその場に倒れた。
だが、彼の身体を蝕む力は意識を閉ざすことさえ許そうとしない。
「うう、みさお・・・」
襲いくる激痛の中、少年はまたその名を呟いた。





「お母さんに会わせてくれだとお?」

「ぼくのお母さんがここにいるって事はわかってるんだ。早く会わせてくれよ」

「ここは信者以外は立ち入り禁止なんだよ。おまえ信者になるつもりなのか?」

「こんな怪しい宗教なんか頼まれたってお断りだ。ぼくはお母さんに会えればそれでいいんだ」

「このくそがきがあっ。ぶちのめして二度と減らず口叩けねえようにしてやる」

「待て、マスコミに知れたら事だ。それに・・・木偶が足りなくなってきたところだ」

「・・・なるほど、それは補給しなきゃいけねえなあ」

「小僧、ついて来い。一仕事すればおまえの母親に会わせてやるぞ」

「ほんとか!。ウソじゃないよな」

「大丈夫だ。ここの信者は戒律で嘘をついてはいけない事になっている。一仕事してくれれば
ちゃんと会わせてやろう」

「絶対だぞ、絶対に一仕事したらお母さんに会わせろよ」

「へへへ、俺たちゃ嘘はつかねえよ。嘘はな」





お父さんがいなくなって、それでもぼく達家族は悲しみを乗り越えて平和な日々を送っていた。

お母さんがいて、みさおがいて、ぼくがいる日常。

「ねえ、おかあさん」

「なあに、みさお」

「あのね、あのね」

「うふ、どうしたの?」

「これ・・・おかあさんにあげる」

「あら、可愛いお花。ありがとう、みさお」

「母の日のプレゼントなの」

「ふふふ、みさお、母の日を知っていた事はほめてやろう。だがしかし、みさおは間違っている!」

「えー。だって、おにいちゃんがおしえてくれたんだよ」

「母の日に贈るものは肩叩き券だと大昔から決まっているんだ」

「浩平、みさおにうそを教えちゃだめよ」

「おかあさん・・・お花で、よかったの?」

「大正解よ、みさお。お母さんとってもうれしかったんだから。本当にありがとうね」

「うんっ」

「ちなみにお兄ちゃんのは50点ってとこね」

「うー、なんだよお。じゃあもう肩叩き券あげないからな」

「ごめんごめん。浩平、お母さん肩叩き券ほしいな」

「うん、そんなに言うんなら特別にあげてもいいかな。はい、母の日のプレゼント」

「ありがとう、浩平」

「それとこれ、肩叩き券のおまけ」

「あら!、みさおとおんなじ花」

でも、そんな日常も長くは続かなかった。

今度はみさおが病気にかかったんだ。

ぼくはすぐに治ると思っていた。

すぐに・・・





「おい、そろそろやばいんじゃないのか」
男の声が響く。
「はい、後20分程だと思われます」
機械的な声が答える。
「合図を送れ」
「了解しました」
クワアアアアアアアアン。
クワアアアアアアアアン。
耳障りなサイレンの音が鳴り響く。
「かあ、本当に原始的な方法だぜ」
男が吐き捨てるように呟いた。
「これ以外に伝える手段がありませんので」
女がそれに返す。
「紐でもつなげりゃもっと確実なんだがなあ。死んじまっても引っぱればいいだけだからよお。ははは」
乾いた声で男が笑った。
「あらゆる素材を試しましたが結界内では役に立ちませんでした」
冷たい声で女は答える。
「ふん、わかってるよ。さて、今回のはちゃんと戻ってくるかな?」
「少し余裕を持たせてありますので、今回はデータの採取を行えると思われます」
「けっ、データの採取か。戻ってきたら教えろよ。俺はあんなもん見たくねえからな」





クワアアアアアアアアン。

クワアアアアアアアアン。

合図だ。

終わったんだ。

後はここであった事を報告すればお母さんに会える。

お母さんに会える。

お母さん・・・。





少年はゆっくりと身を起こした。
わずかな動作すらも激痛をともない少年の顔は歪む。
恐る恐る辺りを見渡す。
どうやらもう威嚇はしてこないようだ。
侵入者がこの音と共に去るということを彼らは知っているのだろう。
だが、辺りを覆う力が無くなった訳ではない。
今なお、力は少年の身体を蝕み続けていた。
「うぐうぅぅぅ」
少年は歯を食いしばりながら引き返す。
音のする方に向かって一歩一歩、死せる大地を踏みしめ少年は引き返す。
ピシッ
突然鈍い音をたてて少年の爪が弾け飛んだ。
「うわああああああああ」
少年の絶叫がサイレンの音を掻き消す。





「おい、聞こえたか」
ぶっきらぼうに男が言う。
「聞こえました」
それに対して感情のない言葉が返ってくる。
「どうやらあのガキ、来ちまったようだな」
「予想よりも崩壊が早かったようです」
「けっ、予想なんて当てになるかよ。そんなもん通じないとこなんだよ、この中は」
そう言って男は窓の外を睨む。
「いえ、これまでの測定結果から結界内はつねに一定の力が働いている事が確認されています。
なにか別の要因で崩壊が早まったのかもしれません」
モニターを見つめたまま女が答える。
「ふん、どっちにしろ今回の探索は失敗だ。あのガキは戻って来れねえよ」
また沈黙が辺りを支配する。




「お兄ちゃん、おかあさんは?」

「お母さんはみさおを治すためにえらい人のところに行ってる」

「それじゃあ、もうすぐお兄ちゃんと遊べるね」

「ああ、お母さんに任せておけば大丈夫だよ」

「うん、おかあさんが約束やぶった事ないもん」

ウソだった。ぼくはそんなのがウソっぱちだって知ってた。

でも、みさおにお母さんがウソツキだなんて言えなかった。

みさおの大好きなお母さん・・・。

「みさお、お兄ちゃんだけじゃさみしいか?」

「・・・うん。みさお、おかあさんと一緒にいたい・・・」

少し申し訳なさそうに、みさおは言う。

みさおは大がつくほどのお母さんっ子だった。

それはみさおがお父さんの事を覚えていなかったからかもしれない。

ぼく自身、お父さんの事はまるで影絵のようにしか覚えていなかった。

だから、みさおはいつもお母さんべったりで、ぼくはお母さんを一人占めにしているみさおに
嫉妬したりもしていた。

ぼくはみさおにお父さんの愛情を与えてあげたかった。

それがぼくの役目だと思っていた。

「みさお、お兄ちゃんとお母さん、どっちが好きだ?」

そう聞くとみさおはいつも困った顔でしばらく考え込む。

そしてきまってこう答えるんだ。

「えっとね、みさお、お兄ちゃんが一番好き」

みさおは優しいからぼくの事を気遣ってこう言うんだ。

でも、みさおの中ではいつもお母さんが一番だった。

ぼくにはわかっていた。

ぼくも、お母さんが大好きだったから。

ぼくは黙ってみさおを抱きしめる。

ぼくはお父さんにもお母さんにもなれないから、だからお兄ちゃんとしてみさおをそっと抱きしめていた。

少しでもみさおのさみしさを癒すために。

「みさお・・・さみしいか」

「・・・お兄ちゃんがいるから・・・みさお、さみしくないよ」

みさおの温もりを感じていた。





温かい。

温もりを感じる。

みさお・・・。

ぼくは目を開けた。

そのわずかな動作がたまらなく苦痛だった。

でもそんなことに構わずぼくは温もりを感じる場所を見た。

花が、咲いていた。

そこには、優しい色の小さな花が1輪咲いていた。

1輪だけ、寂しそうに揺れていた。

この場所に来て初めて見る植物。

唯一、この地で育つ花。

その花が温もりの源だった。

そっと手で包むと、ふわっと温かくて安らぎを感じた。

その花の周りだけはあのいやな力が伝わっていないみたいだった。

ぼくはその花を摘み取ろうとした。

でも・・・。

この花は枯らしちゃいけない。

この花はみさおだ。

みさおと同じ温かさを感じる。

ぼくは服を脱ぐとその花を周囲の土ごと服に包んだ。

腕に抱いた服からは温もりが、みさおと同じ温もりがした。

お母さんに贈ろう。

この花をお母さんに贈ろう。

『お兄ちゃん、おかあさんのそばにいてあげて・・・』

それが、みさおの最後の言葉・・・





時として優しさが悲劇を生むことがある。
少女の優しさが生んだ一つの悲劇。
「お母さん」
その少年は走った。
彼の中で荒れ狂う力は少年の身体を容赦なく痛めつける。
「お母さんにこの花を・・・」
ビシャッ
足の指が吹き飛んだ。
少年は気にせず走った。
「お母さんに、お母さんにみさおと同じ温もりのこの花を・・・」
バシュッ
肩が弾け、少年はよろめく。
それでもその少年は走った。
胸に抱いた温もりを母に届けるために。
少女の想いを伝えるために。
ただひたすら走った。
やがて少年の視界にプレハブの小屋が飛び込んできた。
しかし、そこで少年の足は止まった。
限界が来たのだ。
少年はその場に立ち尽くした。
ぎゅっと、花を抱きしめる。
だが、少年の身体を蝕む力の前では、その花の弱々しい温もりはあまりに無力だった。
「お母さん・・・みさお・・・」
かすれた声で少年はその名を呼ぶ。
大切な家族の名を・・・。
そして、耳を覆いたくなる音。
少年は赤く染まった。





それを見るものは誰もいなかった。
だからそれを知る者は誰もいなかった。
それは、ただの幻だったのかもしれない。
最期に少年の背中から噴き出した血が翼を象ったことは。
真紅に染まりし天使の翼。
それは世界を渡る力を秘めた翼。
少年は旅立った。
この穢れし地上から、別の世界へと。
存在したかもしれない別の幸せがある世界へと。
一つの幸せが待つ世界へと。





後には一輪の花が残った。
少年が持ち帰った、たった一輪の花。
妹が愛した母へ、妹を愛した少年が贈る一輪の花。
その真紅に染まった花は物語の始まりを静かに奏でていた。
今はまだ誰も知らない大いなる物語のプレリュードを・・・。


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えーっと・・・ノーコメントかな?
ああ、ごめんなさい。石投げないでください。
なんかカッコイイの書いてみたかったもんで・・・。
Moon.の足枷についての勝手な落書きです。
時代考証、作品との整合性は考えてません。
ネタだけで突っ走りました。
よくわかんなかった人は見なかった事にしましょう。

じゃあね〜