永遠紀行 3 投稿者: はにゃまろ
<第3話>シャボン玉

『どうだ、おっきなシャボン玉だろう』
『わあー、すごいねー』
『これには、すっごく苦労したんだぞ』
『へえ、そうなんだ』
『おまえにはいつも迷惑かけてるからな。特別に見せてやってるんだぞ』
『そうなんだあ。浩平、ありがとー。うれしいよ』
『おいっ、シャボン玉はなんでできているか知ってるか』
『えー、そんなのせっけん水に決まってるよ』
『ぶー、はずれだ。シャボン玉はなあ、人の息でできてるんだぞ』
『そっかあ、そう言えばそうだね』
『そんな事もわからないなんて、おまえ馬鹿だなあ』
『むー、ちがうもん。馬鹿じゃないもん』
『もんもん言うな馬鹿』
『もんもんなんて言ってないもん』
『おまえは今日からもんもん星人だな』
『うー、浩平のいじわる』
『今日はなんだか気分がいいから特別に許してやるよ』
『わたし悪くないのにー』
『特別だからな』
『ねえ、浩平。浩平ってシャボン玉好きだね』
『・・・』
『浩平?』
『・・・ぼくは、シャボン玉なんて嫌いだ』
『えっ』
『ふわふわと頼りなくって、すぐに壊れちゃうから嫌いだ』
『で、でも、でも』
『うるさいぞ』
『じゃあ、浩平はなんでシャボン玉飛ばすの?』
『うるさいっ。ぼくはシャボン玉なんか、だいっ嫌いなんだ』
『浩平。泣いてる・・・の?』
『シャボン玉なんか悲しくなるだけなんだ。だから嫌いだ』
『あの、あのね』
『おまえ、明日ちゃぶ台返しの刑だからなっ』
『浩平。ごめん、ごめんね』
『覚悟しとけよ』
『浩平・・・』
ぼくはシャボン玉が嫌いだ。
シャボン玉が弾けると、大事なものが消えてしまったような気がするんだ。
でも、・・・なんだか、懐かしい気持ちになるから、ぼくはシャボン玉を飛ばすんだ。


「おはよー」
「おはよー。ねえ、昨日のドラマ見た?」
「見た見た。すごかったねー」
「特に最後のさあ」
「あれっ、あの子、誰?」
「えっ?」
「ほら、南君の後ろに座っている子」
「ほんとだー。誰だろう」
「転校生かな?」
「そんなに連続で来ないよー」
ガタッ
「あっ」
たったったった。
「行っちゃった。何だったのかな?」
「佐織が大きな声で喋るからよ」
「誰か待ってたのかな?」
「ねえ、瑞佳。瑞佳はどう思う」
「えっ、えっと、何だっけ」
「もう、どうしたの。朝からぼけっとして」
「ごめんね、なんかだか・・・。ううん、なんでもないよ」

しとしと、しとしと。
俺は雨音で目が覚めた。昨日からの雨がまだ降り続いているのか。
夢、いやな夢を見た。
昔の俺がシャボン玉を飛ばす夢だ。
そのシャボン玉には大切なものが詰っているんだ。
だけど、夢の中の俺はそれに気付かずシャボン玉を飛ばしていく。
そして、シャボン玉は次々と消えてゆくんだ。
いやな夢だ。
しかし、なぜか雨の日は自然に目が覚めるな。これも茜のおかげか。
長森が来るまでに、後何分あるんだ。
時計を見ると、すでに1時間目が始まっていた。
「ぐあっ、まじか」
俺は電話まで突っ走り、時報を確認した。
この前の事があるからな。電話なら確実だ。
「・・・南西の風、風力2」
しまった、ついお約束をやってしまった。
さすがに今のは寒かったぞ。
ちょうどその時、電話がかかって来た。
一回目のベルが鳴り始めた所で俺は受話器を取った。
今のは完全に自己ベスト記録だな。
相手も驚いているに違いない。
「はい、折原ですが」
「・・・浩平、ですか」
「おお、茜か。すまん寝坊してしまった。すぐに行くからな」
「・・・」
「茜?、どうしたんだ」
何だか様子がおかしいぞ。
「・・・まだ、覚えていてくれたんですね」
声が震えている。
「茜?」
「今日、学校に行ったら、誰も私の事を覚えていませんでした」
「茜っ、今どこにいるんだ」
「商店街の、入り口です」
「今すぐ行く。待ってろ」
俺は受話器を置くと、すぐに家を飛び出た。
くそっ、なんで今日にかぎって長森は来ないんだ。
俺は頭に浮かんだ考えを振り払って走った。
パジャマ姿の男が雨の中を走っている。
さぞ奇妙な光景だろう。
商店街の入り口に茜はいた。傘もささずにびしょ濡れだった。
「茜っ!」
「・・・浩平、びしょ濡れです」
「走ってきたからな」
「パジャマのままです」
「すぐに家を出たからな」
「・・・浩平」
「とりあえず俺の家で服を乾かそう。いいな」
「・・・はい」
何があったのか聞かなくてもわかった。
なんで俺は、その場にいてやれなかったんだ。
家につくまで俺は自分を責めつづけていた。

 服を乾かしている間、茜にはまた由紀子さんのパジャマを着てもらった。
「茜、もう大丈夫か?」
「・・・はい、体も暖まりました」
「そうか、誰もいないしゆっくり休んでいてくれ」
「浩平?」
「俺は、学校で確かめてくる」
「・・・」
「俺と茜の事をしっかりな」
立ち上がろうとした俺の服を茜が掴んだ。
「おい、茜?」
「・・・です。・・・さい」
「えっ?」
「嫌です。もう、一人にしないで下さい」
俺はなんて馬鹿なんだ。今の茜を置いて学校に行こうだなんて。
茜にとっての世界が歪み始めている。それは痛い程よくわかっていた。
でも、それでも俺は自分の世界が変わりつつある事を信じられなかった。
学校へ行けばそれが確認できる。
俺は自分の世界を、日常を確かめたかったんだ。
そんな事よりも茜の方が大事に決まってるじゃないか。
「そうだな。今日は学校はサボることにしよう。茜、なんか音楽でも聴くか?」
「私も一緒に行きます」
「・・・茜」
「私も、浩平と一緒に学校に行きます」
「でも、茜」
「大丈夫です。詩子も同じ事をしていました」
「いや、それは無理だと思うが。本当に大丈夫なのか?」
「はい、浩平と一緒なら大丈夫です」
「そうか、・・・今から行くと昼休みに間に合うな。そろそろ服も乾いたし頃だし、
学校に行くとするか。ただし、昼休みが終わったら帰るからな」
「浩平」
「どうせ今日はもうサボるつもりだったしな」
「浩平、すみません」
「あー、それとだな、茜。その、そろそろ手を離してほしいんだが」

もし、大事な人、自分にとってかけがえのない人の記憶が消えてしまったらどうなるんだろう。
すべての記憶が消えたとしても、空白が残るはずだ。記憶と心にうがたれた穴が。
俺の無くしたもの。遠い過去の空白。それはもしかしたら・・・。
いつのまにか雨は止み太陽が顔を覗かせていた。
学校についたのは昼休みの中頃だった。
「じゃあ、茜は廊下で待っていてくれ」
「浩平、・・・たとえみんなが浩平の事を忘れても、私は浩平がここにいる事を知っています。
それを忘れないでください」
「あ、ああ」
茜が俺を励ましてくれているのはわかった。
でも、俺は自分の存在が消える事をまだ信じられなかった。
人は本当に消えるのか?
その後どうなるのだろう。
どこかに俺が望んだ世界が用意されているのだろうか。
俺は教室の中に入った。
何人かがこちらを見る。
俺はなにげない調子で声をかけた。
「よっ、住井」
「おまえ、誰だ?」
俺の日常が別のものへと変わっていく。
その一言は俺がこの世界から消える事の証明だった。
「おいっ、ふざけてるのか」
「おまえ、なにを言ってるんだ?」
「俺だ。折原浩平だ」
「折原浩平?」
困惑した表情。くそっ。
「七瀬、おまえなら覚えているよな」
「えっ、私?。あの、ごめんなさい。あなたの事知らないの」
なんて事だ。俺は、俺はやっぱり消えるのか。
そうだ、長森だ。長森はどこだ。あいつなら俺の事を覚えているはずだ。
「おい、長森はどこにいる」
「なんだ、長森さんの知り合いか。七瀬さん、どこにいるか知ってる?」
「瑞佳なら屋上に行ってくるって言ってたわよ。一人で考えたい事があるって」
「屋上だな」
俺は教室を飛び出してがむしゃらに走った。
消えていく日常を繋ぎ止めたかった。
長森にあって確かめたかった。
・・・自分が折原浩平である事を。
長森、ずっと一緒にいてくれるって言ったよな。
俺は屋上への扉を開けた。

歌だ。清んだ歌声が聞こえる。

しゃぼん玉とんだ
屋根までとんだ
屋根までとんで
こわれて消えた

しゃぼん玉きえた
飛ばずに消えた
うまれてすぐに
こわれて消えた

風風(かぜかぜ)吹くな
しゃぼん玉とばそ

シャボン玉の歌だ。
「・・・長森」
「こっ浩平」
「泣いて、いるのか」
「あっ、あはは。おかしいよね、こんなところで」
そうだよな。長森が俺の事を忘れるはずがない。俺はまだこの世界にいるんだ。
「まったく恥ずかしい奴だな。そんなにだよもん星が恋しいのか」
「ちっちがうよ、浩平。なに言ってるんだよ。そんなんじゃないよ」
「なにっ、母星と交信していたのではないのか」
ありふれた会話。他愛もないやりとり。今、俺はここにいるんだ。
「はぁー、なんでそんな考えが浮かぶんだろ」
「しかし、俺だったからよかったようなものを。おまえ、他の奴が見たらどこの馬鹿かと思われるぞ」
「そんなことないよー。じゃあ、浩平はどう思ったの?」
「長森だと思ったぞ。そんな奴はおまえしかいないからな」
「ふーん、そうなんだ」
なんかうれしそうだな。こいつ妙な勘違いしてるんじゃないだろうな。
「それで本当はなにをしてたんだ?」
「う、うん。・・・浩平、ここにいるよね?」
「なにを、言ってるんだ」
冷水を浴びせられた気がした。
俺は、・・・ここにいる。
「私ね、さっきまで浩平の事・・・」
「俺の事を・・・」
俺の事を何だって言うんだ。
「ううん、なんでもないよ。急に空が見たくなってね、そうしてたら歌が歌いたくなったんだよ。
浩平って、シャボン玉好きだったよね」
「そっか」
シャボン玉か。
シャボン玉の歌は、なぜこんなに悲しいんだろう。

 屋上の扉が急に開いた。
「茜・・・」
「浩平、置いていくなんてひどいです。・・・一人にしないで下さい」
「・・・すまん」
「あれぇ。そっか、浩平にも彼女ができたんだあ。それなら、もう私がいなくても大丈夫だね。
しっかりしてそうだもん。浩平の彼女」
「長森?」
「あれっ?、おかしいな。浩平ここにいるよね。なんか浩平が消えていくみたいで」
「おいっ、長森」
「いやっ、いやだよ。もう浩平のこと忘れたくないよ。浩平、手を握ってよ。ここにいるよね?」
俺は長森の手を握り締めた。
「浩平。消えちゃ、いやだよお」
「長森っ、ずっと一緒だって言ったじゃないか。約束しただろ」
「浩平、覚えてたんだ。・・・ごめんね」
「なが・・・もり」
「わあっ、えっと、あの、その、なんで私と握手してるんですか?」
「長森・・・」
シャボン玉、消えた・・・か。
『永遠なんてなかったんだ。それはシャボン玉のように消えてしまうんだ』
「長森瑞佳と言えば有名人だからな。一度握手がしたかったんだ」
「えっと、その、ごめんなさい」
手が振りほどかれて、長森は行ってしまった。
「浩平・・・」
「・・・」
「私の、所為ですね」
茜の声は震えていた。
「茜、寒くないか」
「・・・はい、寒いです」
俺は茜を抱きしめた。
「茜、茜はここにいるよな」
歪んでいく世界の中で茜のぬくもりだけがただ一つの真実だった。
「私は、浩平の事を忘れません」
やさしいくちづけ。
俺達は、寒い屋上でいつまでも抱き合っていた。
今の俺には、茜だけが自分の存在を示す唯一の拠り所だったから。


『どうだ、おっきなシャボン玉だろ』
『うん!』
『すっごく苦労したんだぞ』
『とってもきれい』
『当たり前だ。すっごく苦労したんだからな』
『あっ、・・・シャボン玉消えちゃったよ』
『しょうがないだろ。シャボン玉は消えるものなんだから』
『でもね、なんだか寂しいな』
『馬鹿だなあ、また新しいのを作ればいいだけじゃないか。ほら、何個でも作ってやるからな』
『そうだよね。ありがとう、お兄ちゃん』


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はにゃまろ:「今回は時間がかかったぞー」
おかりな:「ぷー?」
はにゃまろ:「なんかね、やっぱりSSって難しいね」
おかりな:「ぷー、ぷー」
はにゃまろ:「と言うわけで週一ペース玉砕だあ」
おかりな:「ぴー!」
はにゃまろ:「だって、4話目まだ1行も手つけてないもん」
おかりな:「ぴーっ、ぷぴーっ」
はにゃまろ:「再来週までにできるかなあ」
おかりな:「ぷっぴっぴー」
はにゃまろ:「ごめんよー、まだしばらくおかりなだね」
おかりな:「・・・ぽー」
はにゃまろ:「うっ、なんか背中がさみしげだあ」
おかりな:「・・・」
はにゃまろ:「いやー、あのね、シャボン玉の歌って一度使ってみたかったんだ」
おかりな:「・・・」
はにゃまろ:「ちょっと話の展開が無理っぽかったかな?」
おかりな:「・・・」
はにゃまろ:「・・・」
おかりな:「・・・」
はにゃまろ:「えーと、感想くださった方、付き合ってくれてる方ありがとうございます」
おかりな:「・・・」
はにゃまろ:「それでは、失礼しますー」
おかりな:「・・・ぷー」

ミニ知識
シャボン玉:日本では1677年ごろに江戸で、はじめてシャボン玉屋ができ流行した。
おかりな:西洋楽器のひとつ。粘土または陶器製の吹奏楽器。形状は鳩型。
     1860年イタリア人ドナチが創製。