【84】 嘘の真実
 投稿者: ひさ <dayomon@30.club.or.jp> ( 謎 ) 2000/4/2(日)07:56
 ふと目を覚ました浩平は枕もとの目覚し時計を見た。
 針は午前八時を示している。
「ふあぁぁ……まだこんな時間かよ……」
 浩平は大あくびをしてけだるそうに言葉を吐くと、掛け布団を頭まで被っ
て、また眠りに就こうとしていた。
 普段から朝はダラダラしている浩平でも、いい加減学校に行く支度をする
為に起きなければならない時間なのだが、今日はその必要も無かった。
 それもそのはず、一般学生はこの時期春休みというものがあるのだから。
 大体いつものこの時間なら、幼馴染みの長森瑞佳が浩平を叩き起こしに来
ているはずだ。
 そんな習性というのは時に煩わしく感じるもので、ゆっくり寝ていたいの
にどうしても決まった時間に目が覚めてしまうのだった。
「ま、いいや。時間はたっぷりあるんだし……」
 しかし春休みに入ってからはいつもこんな感じで、結局二度寝して昼過ぎ
に起き出すという自堕落極まりない生活を送っていた。
 浩平は今日も今日とて二回目の睡眠に入ろうとしていたのだが、その時ふ
と階段を上がって来る誰かの足音を耳にする。
 春休みに瑞佳が起こしに来る事はないので、他にこの家で物音を立てる人
物は一人しかいない。
(由起子さん……か?)
 半分以上眠っている頭で、浩平はぼんやりと考える。
 普段から叔母の由起子が朝浩平と顔を合わせる事はほとんど無いので、仕
事前に二階へ上って来るなど珍しい事だった。
 これは二人が起きる時間帯のズレによる所が大きい。
 浩平が早く起きれば由起子はまだ寝ているし、遅く起きれば当然仕事に出
掛けてしまっているので、おはようの挨拶を交わす事さえ稀なのだ。
 やがて足音は部屋の前で途絶え、扉が勢いよく開くと予想通りの声が飛ん
で来た。
「浩平、今日は私遅くなるから悪いけど夜は適当になんか食べてて頂戴ね」
 そう言うが早いか、由起子はさっさと扉を閉めて足早に階段を降りて行っ
てしまった。
「……ふぁ〜い」
 浩平は布団をすっぽり被ったまま寝ぼけ声を漏らすが、遅れた返事は置い
てけぼりにされたまま由起子に届く事はなかった。
 そして睡魔に溺れてゆく中で浩平は奇妙な違和感を覚えたのだが、その事
が明確になったのはたっぷり昼過ぎまで寝て起きて、それから更に一時間経
過してからだった。



 ……………………



「な? 絶対変だろ?」
「そうかなぁ。別に浩平が言うほどおかしいとは思わないけど……」

 二度寝して目が覚めた後、浩平は午後から出掛ける約束をしていた瑞佳と
商店街へ繰り出していた。
 あまり外に出たがらない浩平も、今日は買いたいCDがあったので散歩が
てら瑞佳の買物に付き合う事にしたのだ。
 その帰り道、一休みしようという瑞佳の言葉で二人は公園に立ち寄ってい
た。
 浩平はさっさと帰りたかったので始め渋っていたのだが、今朝の妙な出来
事を瑞佳に話してみようと思い、誘いに乗ったのだった。
「いいや、絶対おかしいぞ。そもそもあの由起子さんが朝っぱらから俺に一
声掛けて出掛ける事自体異常なんだよ」
「そ、そこまで言わなくても……。ただの気紛れだよきっと」
「家庭の時間より仕事の時間を優先するような人が、朝の慌しい時間にそん
な無駄な事すると思うか?」
「……もしかして浩平って、家族の愛情に飢えてるの?」

 ぽかっ

「そんなわけあるか、ばか」
「い、痛いよ浩平」
 瑞佳は殴られた箇所を両手で押さえてうめいている。
 手加減はしているものの、幼馴染みには容赦ない浩平だった。
 しかし瑞佳の言葉は浩平にとって必ずしも否定出来るものではなく、それが
悔しいのでそんな行動を取ったのかもしれない。
(飢えている……か) 
 確かに幼少の頃から叔母の由起子は浩平の母親代わりだったかもしれないが、
昔から忙しい人だったのだ。
 そう考えるとやはり家族の愛情というものにあまり縁が無かったわけで、実
際に問われると言葉では否定しても、やはり心のどこかで飢えている自分がい
る――という事を浩平は感じていた。
「でもなぁ、普段取らないような行動を取られると気になってしょうがないん
だよな」
「それって浩平がたまに早起きするのと同じだよね」

 ぽかっ
 
「長森、今日はやけに一言多いな」
「ううっ……本当の事なのに」
 とぼけた口調で頭を叩いた浩平を恨めしそうに見ながら、瑞佳は再び頭を押
さえて呟いた。
「そもそも『帰りが遅くなる』なんてわざわざ言われなくても分かってる事な
んだぞ。大抵いつも遅いんだからさ」
「あ、それは確かにそうだよね。じゃあ何か理由がって由起子さんは浩平に言
葉を残して行ったって事なの?」
「さあな……長森が言うように本当に気紛れだったかもしれないし、そんな気
にする事もないか」
「うん。でもどうしてだか理由を聞いたら今度わたしにも教えてよ。話を聞い
たら何だか気になっちゃって……」
「ああ、ただいつ会って聞けるか分かんないけどな」
「そんなに由起子さんと会わないの? 同じ屋根の下で暮らしてるのに」
「活動時間帯が微妙にずれてるからなぁ。たまにゃ由起子さんの口から『今日
は早く帰って来るから』って言葉を嘘でもいいから聞いてみたい――」
「あっ! それだよっ、浩平!」
 と、急に瑞佳が浩平の言葉を遮って声を上げた。
 その口調は何かを見出したような、思い当たったような……そんな感じだ。
「なにっ、どれだっ?!」
「はぁ〜……」  
 お約束のように――おそらくわざとだろうが――キョロキョロ辺りを見回す
浩平と、それに呆れて溜息を漏らす瑞佳……いつもの二人の行動パターンだ。
「ほら、今日って四月一日でしょ?」
「それがどうした」
「エイプリルフールだよ」
「んな事はわかってる。それがどう由起子さん事件と関係あるってんだ?」
 ……いつのまにやら事件扱いである。
 瑞佳はもう一度重い溜息を吐いて、なかなか言ってる事を理解してくれない
浩平に答える。
「由起子さんの言ってた事は嘘なんだと思うよ。つまり今日は早く帰って来る
って事だよ」
「はあ? 長森……お前よくそこまでありもしない事を想像できるなぁ」
 浩平は呆れた口調で面倒臭そうに言い返す。
 どうやら瑞佳の言葉は全然信じてもらえないようだ。
「だ、だって他に考えられないんだもん。それなら由起子さんがいきなり浩平
に声を掛けて行った理由だって納得が行くし……」
「でもな、普通そんな回りくどい言い方するか?」
「だから『嘘』なんだよ」
「……なあ長森、もうちょっと分かり易く言ってくんないと俺の拳がまた唸り
を上げるぞ」
 瑞佳の言ってる事がイマイチ理解出来ない浩平は、拳を握り締めて「はぁー」
っと殴る仕種をしてみせる。  
「はぁ〜。何言ってるの? 浩平」
 しかし逆に溜息を吐いて呆れられてしまった。 
「由起子さんは万が一遅くなる事を考慮してそう言ったんじゃないかな? 早
く帰って来るって言って遅くなったら浩平に悪いから……だからエイプリルフ
ールを利用して嘘吐いたんだと思うよ。それなら早く帰ってくれば『嘘』だっ
たって言えるし、遅くなっても今度は浩平に告げた事が『本当』になるだけで
何の問題もないわけでしょ?」
「…………」
 浩平は、しばし黙って瑞佳の話に聞き入っていた。
 心の中で瑞佳がここまで考えていた事に驚き、そして肉親である自分が由起
子の言葉の真意に気付かなかった事を悔やみながら……。
 瑞佳の言っている事に何の確証もないのだが、浩平はそれが一番的を射てい
る答えだと感じた。
 今朝由起子の告げた嘘が本当に嘘で、早く帰ってきてたらいいなと言う浩平
の願いが、もしかしたらそう思わせているのかもしれない。
「何か根拠でもあんのか?」
「え? そんなの別にないけど……ただ、浩平はそう思いたいんじゃないかな
って気がしたから……何となく、ね」
 少し困ったような顔をして、はにかみながら瑞佳は答えた。
「ったく……何でもお見通しかよ」
「伊達に長い事幼馴染みやってないからね」
「あーあ、やだやだ。口に出してもいないのに心の内が知られてしまうような
間柄なんてよー」
 しかし浩平の言葉はちっとも嫌がっておらず、むしろ微かな嬉しさが滲み出
ているように感じられる。
 そうして、お互い顔を見合わせながら微笑みを漏らした。
「ねえ浩平、そろそろ帰る?」
「そうだな……とりあえず、俺はもうちょっと商店街をぶらついてから帰る事
にする」
「えっ、どうして……」
「家で悶々としながら由起子さんの帰りを待ってるのも何か嫌だからな」
「でも浩平、なるべく早めに家に戻った方がいいよ。遅くなるのが嘘でもう由
起子さん帰って来てるかもしれないし」
「そうか? いくらなんでも日が落ちる前に帰ってるとは思えないけどな……
でも、分かったよ。暗くなるまでには帰るから心配すんな」
「うん。それじゃ……」
「ああ、またな」
 浩平は、まだ黄昏時には早いが大分西に傾いて来た太陽を仰ぎながら、瑞佳
に軽く手を振って公園を後にした。



 ……………………



 実は浩平が真っ直ぐ家に帰らず商店街で時間を潰そうとしたのには、家で由
起子を待つのが嫌だという他にも理由があった。
「やっぱり帰ってないよなぁ」
 すっかり日が落ちて、辺りが暗くなってからようやく家に辿り付いた浩平だ
ったが、中の照明は灯っていない。
 この明かりがついてるかどうかを確認したいが為に、浩平は日没間際まで時
間を潰していたのだ。
 しかし真っ暗な家の中は、由起子がまだ帰って来てないという事を示してい
た。
「ただいま〜」
 その言葉に当然返事はなく、しんと静まり返った家内に虚しく響き渡るだけ
だった。
 浩平は玄関と廊下の電気を点けて台所へと直行した。
 昼食は瑞佳との約束時間が迫っていた為ロクに取れなかったので、先ほどか
ら腹の虫が何か食べ物を催促するように鳴り続けていたからだ。
「……あれっ?」
 と、電気の点いてない台所の暗がりに入ろうとした時、浩平の鼻腔を何かが
くすぐった。
 それは空腹を著しく刺激する美味しそうな匂い……。
 浩平は半ば核心を持って、急いで台所の電気を点けた。
 視界一杯に広がる照明の光が、闇を消し去り隠れていた匂いの正体を照らし
出す。
 目の前のテーブルには、いつもなら滅多に並んでいるはずの無い数種類の料
理が用意されていたのだ。
「何で既に料理が用意されてんだ?」
 頭に疑問符を浮かべて呆然と料理の数々を眺めていた浩平だったが、ふとそ
の脇に添えられている紙切れのようなものが目に留まった。
 皿の下に挟まっていたのをひょいと拾い上げ確認してみる。
「……由起子さん」
 浩平は紙切れに書かれてあったものを心の中で読み上げると、叔母の名前を
溜息と一緒に漏らした。


『急な仕事でまた出掛けます。嘘吐いてごめんね浩平――由起子より』


 それは、由起子が書き残して行った簡潔なメモだった。
「そうか……由起子さんの『嘘』は本当であって嘘でもあったんだな」
 浩平はテーブルの上の料理とメモを交互に眺めながら呟いた。
 同時に心の中で今朝由起子が告げた言葉が甦る。

『今日は遅くなるから……』

 すなわち、遅くなると言ったのに早く帰って来た事が『嘘』で、急にその後
また出掛けなければならず帰りが遅くなるという事は『本当』だったと言うわ
けだ。
 元々早く帰って来ていたという事は、やはり由起子は瑞佳の言う通りエイプ
リルフールを利用して嘘をついていたようだ。
 それは驚かそうとしたからなのか、それとも他に何か理由があったのか……
浩平には真意の程がよく分からなかった。
 だが紛れもなく由起子は仕事から早く帰って来て、食事を作って一時でも待
っていてくれたのだ。
 それだけで浩平はうれしく思い、気持ちは満たされていた。
「嘘の真実(ほんとう)……か」
 ようやく朝から続いていた通称『由起子さん事件』で、もやもやしていた頭
がスッキリした浩平は、そんな風に一言ポツリと呟いた。
 テーブルに並べられた料理を手で摘みながら……。



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 どうも、ひさです。

 結局エイプリルフールのSSは、当日に間に合わず結局一日遅れに……。
『由起子さんの食卓に書き置き』ネタは以前にも自分で書いてるから、ちょっ
とマズイかなぁと思ったのですが、他に良い案が浮かび上がる時間もなくこの
まま遅れるのは更にマズイ気がしたので投稿する事にしました(^^;)。
 しかも季節ネタではまた瑞佳です(内容は由起子さん絡みですが)。瑞佳オ
ンリーSS作家への道はそう遠いものでもない……かも?(爆)

 以前投稿した「はんばーがーしょっく」を読んで下さった方、感想下さった
方、どうもありがとうございましたm(_ _)m 
 私の方もちょっとずつSS読んで感想書いてはいるのですが、最近投稿が活
発でなかなか追い付けない始末……今週中には何とか感想投稿したいです。


・宣伝してもいいですか? その1
 ↓過去の投稿とか掲載してるうちのサイトです。お暇な方は遊びに来てみて
 下さいませ。

 http://www.people.or.jp/~SIDE-ONE/

・宣伝してもいいですか? その2
 ↓WTTSさんが管理されている【刑事板】です。作者の方のSS後記や、
 読者の方の感想書きなどにご利用下さい(って私が言ってもいいんだろうか?(^^;))。

 http://www67.tcup.com/6717/denju.html


 それではこの辺で……。