【29】 本望
 投稿者: ひさ <dayomon@30.club.or.jp> ( 男 ) 2000/3/14(火)22:29

・このSSは先月投稿した『本命』から何となく続いているような気も
 しますがここから読んでも全く問題ないけど『本命』も読んでもらえ
 ると更に楽しめるっていうか私が喜びます(爆)。



「長森さ〜ん」
 朝学校に着いて教室に入った途端、わたしを呼ぶ声が耳に入る。
 視線を向けると、声の主はクラスメートの住井護君だった。
「おはよ〜住井君」
「おはよ。あれ? いつも一緒にくっ付いてる金魚のフンは?」
「ふふっ、浩平ならちょっと用事があるとかで登校中に別れたけど……」
 住井君の物言いに、わたしは思わず吹き出してしまう。
 金魚のフンとは、わたしの幼馴染みである折原浩平の事を言ってるんだろ
う。
 浩平とわたしは大抵いつも一緒に登校して教室へ入るから、そんな風に思
えたのかもしれない。
 もっとも浩平と一番の親友の住井君だからこそ、そんな聞いたら怒りそう
な軽口も平気で吐けるんだろうけど。
「じゃあ、折原はまだしばらく来ないんだね?」
「多分……遅刻寸前になると思うよ」
 普段はわたしが浩平を起こしに行ってるから、そのせいで二人揃って遅刻
ぎりぎりなんだけど、今日は何故かやたらと早かった。
(浩平、自分の家の外でわたしが来るのを待ってたんだよね……)
 だから今日に限って言えば、わたしが学校に着いてからも、こうして住井
君と話していられるほど時間に余裕があった。
 でも途中でどこかに行ってしまった浩平は、今日も変わらず始業時間ぎり
ぎりで校門をくぐる羽目になりそうな気がする。
「住井君、浩平に何か用があるの?」
「いや、あいつには何の用も無い。用があるのは長森さんの方だ」
「えっ? わたし?」
 予想外の言葉にちょっと驚いてしまった。
 住井君は何やら神妙な顔つきになってわたしの方を見ている。
「長森さん……俺の気持ちを受け取ってくれぇぇぇ!!」
「えっ? ええっ?!」
 わたしは更に驚きの声を上げる。
 掛け声のような威勢の良い言葉と共に、バッと住井君が目の前に差し出し
たものは綺麗な包装紙に包まれた箱のようなものだった。 
「こ、これは?」
「今日はホワイトデーだろ? 先月貰ったチョコレートのお返しさ。あの時
は嬉しかったぜ」
「でも、あれは他のみんなにも上げたものだし……こんなの悪いよ」
「義理でも俺は嬉しかったんだよっ! だからその想いをどーしても長森さ
んに伝えたいんだ!!」
「そ、そんな大袈裟な……」
 遠慮してなかなか受け取ろうとしないわたしに、住井君は両手でラッピン
グされた箱を差し出しながらずずいっと迫る。
(こ、困ったなぁ。こういう場合って受け取らない方が却って失礼なのかな?
でも……)
 どうしようか悩んでいたわたしは、そこまでで思考を中断させた。
 住井君の方も義理なんだろうから、さっさと受け取ってしまえばいいんだ
けど、躊躇してしまう理由というのがあった。
 それは、わたしには誰よりも先に貰いたい相手が居たからだ。
 貰えるという確証なんて無い。
 でも、わたしは信じて待ちたかった。
 その人から受け取るまで、他の誰からも貰うつもりは無かったのに……。
「お返しだと思って気軽に受け取ってくれよ、な?」
「で、でも、住井君には――」


 どげしっ!!


 わたしがとうとう観念して受け取ろうかと考えていたその時、凄まじい擬
音が聞こえてきた。
「ぐあぁぁ!」
 次の瞬間、絶叫しながらドサリと前のめりに倒れ込んでしまう住井君。
 どうやら誰かに背中を蹴られてしまったらしい。
「――佐織っていう彼女がいるでしょ……って言おうとしたんだけど……ち
ょっと遅かったみたいだね」
 言い掛けた言葉を続けながら、わたしはあははと乾いた笑いを漏らす。
「……おはよ、瑞佳」
 そして床に突っ伏した住井君の後ろから、蹴りを入れた張本人――稲木佐
織が平然とした表情で、わたしに挨拶をしてきた。
 心なしか、住井君を見下す目が恐い気もするけど。
「さ、佐織〜。少しやり過ぎだよぉ」
「いーのよ、私より義理の瑞佳に先にお返しするような奴なんて」
 なるほど、そう言うことか。
 わりと穏かな性格の佐織がここまで過激な事をするというのは、内心相当
怒ってる証拠だろう。
「ほ、ほんの……些細な……冗談……だったの……に……」
 倒れ込んだまま途切れ途切れの言葉を吐く住井君だったけど、とうとう力
尽きて事切れてしまった。
「冗談が過ぎるのよ! 昨日私に一番最初にやるって言ってたのに……」
 少し悲しそうな顔をする佐織。
 そりゃそうだよね……。
 わたしだって冗談でも付き合ってる人が他の女の子にこんな事してたらや
だもん。
 それに、好きな人から一番最初にお返しを貰いたいと言う思いは同じだか
ら、佐織の気持ちもわたしにはよく分かる。
「佐織……」
 俯いてる佐織に、わたしは何て声を掛ければいいのか分からない。
 それはてっきり落ち込んでいるからだと思っていたんだけど……
「あっ、いいものみっけ! とりあえずこれは貰っておくわね〜護」
 わたしは嬉々としたその声を聞いて、コケそうになってしまった。
 だって全然落ち込んでいるような感じがしないんだもん。
「ふふ〜いいもの貰っちゃったぁ」
 まるで戦利品を手に入れたように、倒れた住井君の側に落ちていた箱を拾
い上げる佐織。
 それは、さっき住井君がわたしに押し付けようとしていたものだ。
 どうも佐織が俯いていたのをわたしが見たのは、その箱を見付けた時だっ
たらしい。 
「それは貰ったとは言わないんじゃ……それに落ち込んでたんじゃないの?」
「落ち込んでた? 私が? そんなわけないでしょうが。こんな事があった
からって付き合いが変わる訳じゃないし。まあ、かなりムカついたけどね」
 佐織はそう言いながら、あっけらかんと笑っている。
(……強いんだよね、そういう所)
 わたしも見習いたいけど、多分落ち込んじゃうだろうな。
「……ところでさ、瑞佳」
「ん、なに?」
「あんただって期待してるんでしょ? お返し」
「えっ? な、何が?」
 いきなり佐織から話を振られたので、わたしはつい知らない振りをしてし
まった。
 住井君とのやり取りからも、勿論何の事か分かってはいたんだけど……。
「またまたぁ〜すっ呆けちゃって」
 言いながら、佐織はにやにやといやらしー笑みを浮かべている。
(な、何か嫌な予感がするなぁ)
 佐織とは結構長い付き合いだから、そういう表情や仕種で次に何を言おう
としてるのか、何となく分かるのだ。
 そしてわたしの予感は的中する事となった。
「口移しのお・か・え・し、よ」
「…………え?」
 佐織の言葉を聞いた瞬間、ぴしっと音を立てて身体が硬直してしまう。
 始業前の教室の喧騒の中、わたしと佐織の間だけ沈黙が訪れる。
 その間僅か数十秒だったと思うんだけど、わたしには数十分くらいに感じ
られていた。
 やがて……一時停止していたわたしの思考が動き出す。
「ええーーーーーーーーーーーーーーーーーっ?!」
「えっ、どうしたの? 瑞佳」
「あ……」
 人目もはばからず教室内で大声を張り上げてしまった事にハッと気付いて、
わたしは慌てて佐織に近付き、小声で問い詰める。
「ど、ど、ど、どうして佐織がその事知ってるのっ?!」
「あんたねー、先月みんなの前で屋上で待ってるって言ったでしょ? そん
な事したら野次馬が出るに決まってるでしょうが」
「じゃ、じゃあ……」
「当然、その事実をこのクラスのほとんどが知ってるわよ」
「そ、そんな……で、でも、あの時屋上には誰も……だって……みんなが……
知ってるって……どうして……」
「ちょっとちょっと、落ち着いてよ瑞佳」
「落ち付いてらんないよぉ〜!」
 わたしはもう気が動転して頭の中が真っ白になってしまい、何を口走って
いるのか理解出来なくなってしまっていた。
 顔の温度がみるみる上昇してゆくのが自分でもはっきり分かる。
(あ、あんな恥ずかしい所を誰かに見られてたなんて……)
 そう思うと身体中から湯気が出てしまいそうなほどだった。 
「何恥ずかしがってんのよ。いいじゃない、クラス公認の仲なんだから。そ
れにそのくらいしないと、鈍そうな折原君の事だからなかなかその気になっ
てくれないんでしょ?」
「うん、そうなんだよ……って何言わせるのよ佐織〜」
 何だか佐織におちょくらているようで悔しいはずなのに、恥ずかしさが勝
っているので、わたしは情けない声で抗議する事しか出来ない。
 ――それは先月のバレンタインデーの事。
 勿論わたしは浩平にチョコレートを用意していたんだけど……その渡し方
と言うのが自分で実行しておいて何だけど、すっごく恥ずかしいものだった。
 何でそんな行動に出たのか、実はその場で咄嗟に思い付いた事だったから
わたし自身良く分からない。
 でも浩平はちょっと鈍い所があるし、わたしはわたしで消極的な部分があ
ったから、こういうイベントで多少大胆に迫らないとなかなか進展しないっ
て……しないって……あれ?
「ああっ! そうだ、佐織が言ったんだよっ!」
「えっ、何を?」
「瑞佳はちょっと消極的で遠慮がちな所があるからバレンタインデーで大胆
に迫ってみなよ……って。だからわたしは……」
「ははは、そうだっけ?」
 佐織は自分がけしかけた事なんて、これっぽっちも気にしてない様子だ。
「でもまさか瑞佳がそこまでやるとは思ってなかったけどね。まあいいじゃ
ない、折原君も喜んでくれたんでしょ?」
「それは、まあ……」
 確かに浩平は最初驚いていたけど凄く喜んでくれた。
 あまりそういった感情を表に出さないんだけど、あの時わたしには十分過
ぎるほど感じる事が出来た。
 バレンタインデーの件で少しは浩平とわたしの仲が進展したのなら、きっ
かけを与えてくれた佐織に感謝すべきなのかもしれない。
「折原君、用意してくれてるといいね」
「……うん、ありがと佐織」
 わたしは、優しい目をしてそんな風に言ってくれた佐織にコクリと頷いた。




 数分後、わたしの予想通り始業のチャイムと同時に浩平が教室へ掛け込ん
で来た。コンビニのビニール袋を手に下げながら……。
 そして真っ直ぐわたしの席の前まで来ると、
「悪い、何にも用意してなかった」
 そう言いながらビニール袋ごと無造作に押し付けて、自分の席に着く。
 袋を覗くと、中にはミルクキャンディーとミルクキャラメルと……レシー
トが入っていた。
(浩平……ありがと)
 わたしは心の中で静かに呟く。

 最初から知ってたよ、何にも用意してなかった事。
 だから今朝急いでコンビニに寄って来た事。
 小さい頃からの付き合いだもん。
 でも……でもね。
 お返しで貰う物なんて、本当は何だっていいんだよ。
 その中にある浩平の気持ちを受け取る事こそ、わたしの本望なのだから……。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 どうも、こんばんは。

 今回は絶対投稿無理だと思ってたので自分で自分を誉めてやりたいです(笑)。
 書き始めたの今日の午後からだったし……人間死に物狂いで臨めば何とかな
るもんなんですね〜(^^;)。
 先月投稿した『本命』を補完するという意味で書いてみました。瑞佳が事に
至った理由なんかが少しは分かってもらえると思います。
 結局住井君の彼女は、以前頂いたみのりふさんの感想を参考にして佐織とい
う事にしました。
 でも佐織ってこんな性格なのかな? 私の中では元気が良くハキハキしてる
というイメージだったのでこうなってしまいましたが、何せ名前しか出てこな
いキャラなので……イメージも人それぞれでしょう、多分(^^;)。

 もし、これ読んで万が一『本命』での浩平と瑞佳の顛末も読みたいって方が
いらっしゃいましたら是非うちのHP↓に遊びに来てみて下さいね。心からお
待ちしております(笑)。


 http://www.people.or.jp/~SIDE-ONE/


 もう一つ宣伝。
 ↓【刑事版】
 WTTSさんが管理されているSS掲示版の投稿者と読者の交流を目的とし
た場所です。作者の後書きや設定のお話、読者の感想など、お気軽にカキコし
てみて下さいませ。


 http://www67.tcup.com/6717/denju.html


 それでは、この辺で。