本命 投稿者: ひさ
「……義理ですから」
「はい、浩平君。義理だから安心してね」
「あんたにあげるのなんて義理に決まってんでしょ」
『義理なの』
「ぎりみゅ〜」

 
 ……ぬおぉぉ、みんな揃って歯軋りの音みたく義理義理言いやがって〜。
 しかも繭のやつなんて、てりやきバーガーじゃねえか。
「でもうまそうだよな……」

 ぐぅぅぅ〜

 俺の言葉に呼応して、腹の虫が鳴ってしまった。
 現在2時間目の休み時間中。
 全部昼食前に貰ってしまったもんだから、特にほかほかのてりやきバーガー
なんかを手にしてると空きっ腹に響いて仕方が無い。
 悪い事に、今朝メシを抜いて来たのが更に拍車を掛けていた。

 ――え? 何の話かって?
 今日は2月14日……って言えば大体の奴は分かってくれるよな?
 俺は普段付き合いのある女子生徒から、早速チョコレートを貰っていた。
 まあ全部義理なんだけど朝っぱらから集中的に渡されたもんだから、教室に
入った途端まだ貰ってない男子生徒どもの、嫉妬とひがみの視線を食らってし
まった。
 ちゃんと鞄の中に隠しとくんだったな……。
 だけど親しい付き合いの彼女達が、わざわざ念を押して義理と言って渡した
のにはちゃんとした理由がある。
 それは……俺にとっての本命がいる事をみんな知ってたからだ。
 
 トントン

 不意に誰かが、後ろから俺の肩にちょこんと触れてきた。
「あの……浩平」
「お、おう。何だ? 長森」
 振り向くと、そこに立っていたのはさっき言ってた本命――長森瑞佳だった。
「お昼休みに屋上で……ね?」
「あ、ああ、分かった」
 その言葉だけで俺は用件を十分理解していた。
 しかし……
「おっ! チョコを渡すのか!? いいよなぁ彼女持ちはよぉ〜」
「なんだぁ、渡す相談だけか? あんまし見せ付けんなよな〜」
「瑞佳、今ここで渡しちゃいなさいよ〜」
 クラスの連中の前で言ったら、いくらこっそりとでもこうなる事くらい分か
ってんだろうに……言う場所は選ぼうな、長森。
「そ、それじゃ後でね」
 多くの冷やかしの言葉を受けながら、長森は恥ずかしそうに俯いて自分の席
に戻って行った。
「くっそぉ〜、羨まし過ぎるぞ折原!」
 今度はそんな悔しさに満ちた声が横から飛んできた。
 クラスメートにして俺の一番の親友、住井護のものだった。
「何だよ住井、おまえ長森から貰ったんじゃないのか?」
「こんな、近所のコンビニで買ったような義理じゃ満足出来ねぇぜ! おい、
折原! 長森さんがおまえにあげるチョコは手作りなんだろ?」
「さあな、まだ貰ってないから分かんねーよ」
「なあなあ、ものは相談だが貰ったら俺に一口……」
「やなこった」
 俺は住井が全部言い切る前に即答してやった。
 何で俺が貰うものをこいつにやらにゃならんのだ。
「お、おいっ、返答が早すぎるぞ! それならせめてひとかけらだけでも……」
「ダメだ」
 またもや即答する俺。
「くっ、おまえがそんなに友達甲斐のない奴だったなんて……俺は悲しいぞ!」
「一人で勝手に悲しんでろ。長森のチョコだけは全部俺のものだ。誰にもひと
かけらだってやらん」
 そう言って、俺は食い下がる住井を冷たくあしらう。
「ひ、酷い。折原の……折原の……ばっかやろー!!」
 とうとう住井は、泣き叫びながら教室を飛び出していってしまった。
「次の授業までにはちゃんと帰ってこいよ〜」
 俺はそれを気軽に見送る。
 どうせ1、2分もすればひょこり帰ってくるんだ。
 こんなやり取りは日常茶飯事なので、俺は大して気にも留めずに嘆息だけを
漏らした。
「ったく……いちいちリアクションが大きいんだよ、あいつは」
 大体住井だって彼女持ちの癖に、長森のものに手を出そうとするなんて図々
しい奴だ。まだ彼女から貰ってないんだろうか?
 まあ半分以上は冗談なのを知っているから軽く聞き流してるけど、住井の奴
は以前長森が好きだったみたいだから、なかなか油断出来ないんだよな。
「しかし、俺って独占欲が強いのかな?」
 先程の住井との会話を思い出して、俺は苦笑してしまう。
 全部俺のもの……か。
 渡したくないって気持ちは確かにあるかな。
 俺と長森は、気が付くといつのまにかクラスはおろか学年中公認の仲になっ
てしまっていた。
 元々幼馴染み同士というのは知れ渡っていたけど、そこから恋人同士に変化
した時もあまり変わりはなかったというのに、何故か周りの連中は敏感に反応
してたっけ。
 現に俺はあまり以前と変わったような気がしなかった。
 それでも微妙な心境の変化というのは、やっぱり感じている。
 長森もきっと同じ気持ちだと思う。
 お互い近すぎる所で接していたから、その中にあった本当の想いってやつに
なかなか気付かなかったんだろうな。
「おっす、折原!」
 そんな事を考えていると、ちょうど2分きっかりに住井が帰って来た。
 飛び出して行った時とは全く正反対の満面の笑顔……もとい、ニヤケ顔を浮
かべながら。
 原因はどうやら左手に持っているものに間違いなさそうだ。
「……そのチョコひとかけらくれ」
 俺はさっき住井が言った言葉を、そっくりそのまま返した。
「やだね。これは全部俺のだ」
「ほら、分かっただろ。さっきの俺の気持ちがさ」
「ああ……うーふーふー」
 まるで某万能ネコ型ロボット(?)そっくりな不気味な笑い声を上げて、住
井は持っていたものに頬擦りしながら悦に入っている。
 どうやらさっきどっかに行ってた時、こいつにとっての本命の彼女からチョ
コを貰ってきやがったらしい。
「ああ、昼休みが楽しみだなぁ……」
 もはや自分の世界に入っている住井を見限って、俺は後ほど長森からチョコ
を渡されるであろう状況に想いを馳せる。
 
 ぐうぅぅぅぅ〜

 と、先程より一際大きな音を立てて、腹の虫が何かくれと悲鳴を上げた。
「分かった分かった。それじゃ、繭に感謝して……」
 俺はまだほんのり温もりが残っているてりやきバーガーに両手を合わせると、
3時間目の始まりを告げるチャイムが鳴り響く数秒の間に、それを胃の中へ全
て押し込んだ。




 ――昼休み。
 俺は柄にもなくどきどきしながら屋上への階段を駆け上がっていた。
 1段上る度に心拍数も跳ね上がり、それがまた不思議と心地良い。
 高揚する気分を抑え切れず、スキップするような感覚で屋上に辿り着いた俺
だったが……先に待っていた長森の第一声はこんな言葉だった。
「浩平、少し口を開けて目を閉じて」
「へっ?」
 思わず間抜けな声を上げてしまった。
 何だって?
 口を閉じて目を開けて……だって?
「長森、おまえ……」
「えっ?」
「前々から、たまーにおかしな言動する奴だと思ってたけど……とうとう牛乳
の飲み過ぎで言葉の理解出来ない牛になってしまったんだな!」
「ええっ!?」
「この牛人間めっ!!」
「……はぁ〜」
 最初勢いある俺の言葉に焦っていた長森だったが、段々冷静になっていつも
通りの溜息を吐きながら、人を小馬鹿にしたような表情でこっちを見ている。
 ……まあ冗談はこれくらいにしておくか。
「何だよ、その『少し口を閉じて目を開けて』って言うのは。それならさっき
から既に実行してるぞ」
「ち、違うよ〜。わたしが言ったのは『少し口を開けて目を閉じて』だよ」
「何だそれ。チョコでも食わせてくれんのか?」
「……うん」
 何故かほんのり頬を赤く染めて俯きながら、消え入りそうな声で頷く長森。
 軽い冗談のつもりで言ったのに、どうやら本当らしい。
「…………」
 何だかこういう風な仕種をされると、こっちまで妙な気分になっちまう。
 さっきから、痛いくらいに早鐘のような鼓動が俺の胸を打ち続けている。
「これで、いいか?」
 俺は言われた通り、目を瞑って僅かに口を開く。
「えっと、もうちょっと口を開けて」
「こんなもんか?」
「うん、それでいいよ」
 こ、これは……端から見たならば、かなり間抜けな表情かもしれない。
「ちょっと……まってね……」
 また小さな声になって、瑞佳は何やらごそごそやっている。
 予め用意してた、チョコの入った包みでも開けているんだろうか?
「おい、何やってん――」
「あーっ、目を開けちゃダメっ!」
「な、何っ!?」
 気になって目を開けようとした俺だったが、長森のそんな迫力のある声に押
されて、つい躊躇ってしまった。
「なあ長森、一体何するつもりなんだ?」 
「だから、その……チョコレートを……」
 相変わらず声が小さい上に、尻すぼみになってしまって最後の方がよく聞こ
えない。
 目を瞑っていると、不思議な事に相手の気持ちが敏感に伝わってくる。
(こいつ、かなり恥ずかしがってるな)
 大体バレンタインデーなんてものは、本命相手なら貰う方もあげる方も多少
は恥ずかしいもんだけど、長森の奴はどうも過剰な気がする。
「食べさせてくれるんだよな?」
「う、うん……」
「じゃあ俺、もう何も言わないで待ってるから……早めにな。あんまりぐずぐ
ずしてると誰が屋上に来るか分かんないしな」
「……うん、分かったよ」
 どうやら俺の言葉で、何かを決意したらしい。
 しかし……どうにも腑に落ちない。
 たかが――って言ったら長森に悪い気もするけど――チョコを一口食わせる
だけで、何をこんなに恥ずかしがったり躊躇したり決意したりしてんだ?
 目を開けたい気持ちに駆られるが、それだと何か長森の想いを裏切ってしま
うような気がしたので、我慢して耐える事にした。
 そして待つ事1分――俺の感覚でだけど――少々、ようやく準備が出来たら
しく長森が声を掛けてきた。
「それじゃ浩平。行くよ……」
「あ、ああ」
 緊張して声が上ずってしまう俺……何か情けない。
 鼓動はもはや活動限界まで高まっていた。
 俺の方に近付いてくる長森の気配がはっきりと分かる。
 ただチョコレートを食べさせてもらうだけなのに、目の前で何が起ころうと
してるのか分からないという事が、俺の心の期待と不安を掻き立てる。  
「浩平……」
 やがて吐息のような声の後に、長森は俺の両肩へ軽く手を添えてきた。
「な……!?」
 次の瞬間、俺の口の中一杯にチョコレートの甘い味が広がっていた。
 しかしそれは一瞬だけ。
 俺はチョコレートの味なんて感じる事が出来なかった。
 感じられたのは……唇に押し付けられている柔らかなもの。
 そして両腕を首に回して、ぎゅっと抱き付いている長森の身体の感触だけだ
った。
(な、何が起こってんだ……)
 今はそれだけしか考えられない。
 ただ、無意識の内に長森を抱き締めたという事だけは何となく感じていた。
 しばらく真っ白な意識の中で長森と抱き合ってる感触だけを覚えていた俺は、
その身体と……そして唇が離れたのと同時にようやく全てを理解した。
 頭の中に浮かんでいた白い霧が、ぱぁっと音を立てて消えてゆく。
「な、長森!? おまえ……」
「…………」
 俺は驚きと焦りの声を上げて目を開いた。
 ずっと目を閉じていたせいで、開けた視界の明るさが眩しい。
 ぼやけた視点で何となく見えた長森の姿は、ただ言葉無しに俯いているよう
な感じだ。
 口の中に広がっていた甘味は、もはや全て溶けてしまい後味しか残っていな
かった。
「長森……この為に俺に目を瞑れって……」
 ようやく明るさに目が慣れた俺は、あまりの恥ずかしさで長森とまともに目
が合わせられず、途切れ途切れの言葉でそれだけを口にした。
「……うん」
 長森も同じく顔を合わせられないでいるようだ。
(まさかこいつがあんな行動に出るなんて……)
 肩に両手を添えたすぐ直後だった。
 長森は素早く滑らすように俺の首に手を回し、少し開けた俺の口へチョコレ
ートを押し込んで来たんだ。自分自身の口を使って……。
 その後は自然な流れで抱き合ってキスするような格好になったって訳だ。
(うぉぉ〜、思い返すとめちゃくちゃ恥ずかしいじゃねーか!)
 などと一人心の中で叫んでいると、ずっと俯いてた長森が顔を上げて俺に話
し掛けてきた。
「……ね、浩平」
「あ、な、何だ?」
「チョコ……美味しかった?」
 ……あんな事しといて味の感想まで求めるか、おまえは。
「味なんて分かるわけねーだろ。その……あっちの方に気を取られてだな……」
「あ、そうだね……ごめん」
「ばか、謝る事なんてねーよ。だからさ、もっとチョコくれよ」
「え? あ、うんっ!」   
 結局俺は、なんで長森が突然こんな行動を取ったのか聞く事が出来なかった。
 多分今聞いても恥ずかしがって話さないだろうと思ったからだ。
 それに俺の方も恥ずかしくなってしまうから、この質問はもうちょっとお互
いの気持ちが落ち着いてからの方がいいのかもしれない。
「はい、浩平。こっちが本当に渡したかったバレンタインチョコレートだよ」
 長森はさっき開けていたであろう包み紙と一緒に、もう一つちゃんとラッピ
ングされたチョコレートを指差して俺に渡してくれた。
「これ、二つともおまえが作ったのか?」
「うん。ね、浩平、開いてる方のチョコもう一度食べてみて」
「ああ」
 言われなくてもそのつもりだった俺は、丁寧に一口サイズに分けられてるチ
ョコを一つ摘んで口の中に放った。
「しっかし……あんな回りくどい事しないで最初から俺に言ってくれれば……」
「えっ、何? 浩平」
「あ、いや何でも……」
 俺はついうっかり思ってた事をぼそっと言ってしまったが、幸い内容までは
長森に聞き取られなかったようだ。
「美味いな、って言ったんだよ」
 それを聞いた長森は、嬉しそうに微笑んでいる。
 俺は長森の笑顔を眺めつつ、先程の衝撃で感じる事が出来なかった、口の中
一杯に広がるとろけるような甘い味をじっくり堪能する事にした。



                              『本命』了

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 どうも、こんにちは。

 今年もとりあえず間に合ったバレンタインSSです。
 えっと、長森瑞佳はこんな事をするような性格の娘じゃないです……多分。
 けれども……自分の中ではこんな長森瑞佳でもいいんじゃないかなぁって思
ってます。
 ……欲望全壊で失礼しました(爆)。

 そして『情景不変』に感想を寄せて下さった、WTTSさん、みのりさん、
どうもありがとうございましたm(_ _)m

 最後に宣伝。
 ↓【刑事版】
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 それでは、この辺で。

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