無音の餞【中編】  投稿者:ひさ


 たとえば、いらないと思った何かを無造作に捨て去ったとする。
 けれどもやっぱり手放すのは惜しくなって、何処に行ったかも分からない自
分自身が捨てた何かを必死で探してる……そんな状況だろうか。

 滑稽な姿なんだろうな……。

 わたしは落し物を探すかのように、解けない答えを求めて雑踏の中を進む。
 寝る時間と学校へ行っている時間以外は、こうしていつも人込みに紛れて行
き交う人々を目で追っていた。
 だけど今だ答えは見付からず、溜息だけが絶え間なく漏れるばかり。
 探しているのは……別れを告げた大切な人。
 周りの人々が彼――折原浩平という一人の人間の存在を忘れてゆく過程で、
近い将来この世界から消えてしまうのだという事を、わたしは確信してしまう。
 そんな姿を見ているのが辛かったから、とてもとても辛かったから、この胸
の苦しみから逃れるため忘れる事にしたんだ。
 結果、浩平とわたしの絆は断ち切られた……はず。
 その時は、これでいいと思っていたのに……。
 どうして今なお、忘れようと思った大切な人を追い求めるのだろう?
 ……分からない。
 分かっているのは、その答えが実はとても簡単なもの……そして今のわたし
には、どうあがいてもそれに手が届かないという事だけだった。


 …………………………


 もうあれから――浩平に決別の一言を告げてから何日経っただろうか。
 相変わらず人の多い場所を選んでは、あてもなく答えを探す毎日を送ってい
る。と言っても、この中崎町で人が集まるのは商店街周辺くらいしかないから、
行き先は自ずと決まってしまうのだけれど……。
 わたしにとって唯一の救いは、浩平という存在がまだはっきり記憶の中に残
っている事だった。
 まだあの人は消えていないのだろうか?
 確かめる術は何も無い。
 この世界にまだやり残した事があって旅立てないでいるのかもしれない。
 もしかしてそれは――
「……なに考えてるんだろ」
 ぼそりと呟きながら、咄嗟に頭を振って浮かんだ思いを振り払う。
 浩平もわたしを求めているから消えられない……なんて都合のいい自分勝手
な解釈だろう。
 そんな風にしか考えられない自分がどんどん嫌になってゆく。
「最後に浩平の未練を断ち切ったのはこのわたしだっていうのにね……」
 自嘲気味に言葉を吐いて、今度は考えを転換させてみる。
 もう消えてしまってるのかもしれない……と。
 だとしたら、わたしが浩平を覚えているのはどういう事なのだろう。
 誰も覚えて無い人の事を、この世界から存在が消えてしまってなお記憶に留
めている。すなわち浩平とわたしの絆がまだ……、
「やめよ、こんなの」
 どれだけ良い方に良い方に考えても、肝心の答えが見付からなければそれは
無意味なだけ。
 わたしは深い溜息を吐いて、何処までも頭の中で巡っている希望的観念を打
ち消した。


 しばらく周りに目をやる事を忘れてたせいで気付かなかったけど、商店街の
人も既にまばらになってしまっていた。
 わたしはちらりと腕時計を見やる。
 日が暮れたとはいえ、まだ商店街が静まり返るには少し早い時間で、丁度通
行人が少なくなった場所に差し掛かったのだろう。
「あ……」  
 ふと、何かにつられるように目を向けた先にあったものは、わたしが大好き
なクレープ屋さん「パタポ屋」だった。
 店員のお姉さんは時々訪れるお客さんを相手にしながらも、こんな時間では
あまり人も来ないのか暇そうにしている。
 わたしの足は自然とパタポ屋の方へ向いていた。こんな気持ちでも、好きな
食べ物の前ではやっぱり嬉しくなってしまうらしい。
「こんばんわ」
「あら、瑞佳ちゃん。久し振りね〜」
 どうもしょっちゅう通っているせいで、いつからかお姉さんに顔と名前を覚
えられてしまってたみたいだ。
「今日は何にする?」
「えっと……じゃあ、チョコクレープ」
 本当はもっと色々種類もあっていつもなら迷う所なんだけど、それすらも面
倒に感じてしまい、結局オードソックスなものを選んでいた。
「はい、チョコクレープね」
 そう言うと、お姉さんは手馴れた手付きで作り始めた……二つも。
「あ、あの……」
「ん?」
「どうして二つ作ってるんですか?」
「え、あ、あらっ!? 今日瑞佳ちゃん一人だった?」
 指摘されて慌てるお姉さんに、わたしは無言でコクリと頷く。
「って、なに言ってんだろ私ったら。最初っから一人だったわよね。いつも瑞
佳ちゃんて誰かと一緒に来てたような気がしたから……変ねぇ、何でそんな風
に思っちゃったんだろ?」
 余程恥ずかしかったのか早口で捲し立てるお姉さんだったが、わたしの耳に
その声は届いていなかった。


 結局ひとつはお姉さんのおごりという形で、わたしの両手に一つずつチョコ
クレープが収まっていた。そのうち一つはもう無くなりそうだけど。
 お姉さんはかなり自分が変な事を言ったと思ったらしく、照れ隠しにクレー
プを譲ってくれたのだろうけど、その言葉が私の心に深い影を落とした。
「やっぱり、みんな忘れちゃってるんだ……」 
 その事実を目の前に改めて突きつけられてしまったから。
 わたしは二つ目のチョコクレープをかじったまま、その場に立ち尽くした。
「……あ……いたい……逢いたいよ……浩平」
 俯きながら、絞り上げるような声で自分の気持ちを吐き出すのが精一杯。
 これまでずっと我慢してきた涙が、とうとう頬を伝って流れ落ちる。

「…………!!」

 その時だった。
 夜の商店街――僅かな人とすれ違いながら、わたしの心が震えた。
 一瞬の交差で確認すらしていない。
 それでも確信はあった。
 
「浩平!!」

 目に見えるもの全てがスローモーションで動いていた。
 手に持ったクレープが投げ出され、ゆっくりと音も立てず道路に付着する。

 そして振り返ったわたしは…… 



「やっと……つかまえた、わたしの答え」



「……あのさ、他の誰かと間違えてるんじゃないのか?」



「…………えっ?」



 それは、いつかわたしが放った――。
 大切な人をこの世界から完全に孤立させ、別の場所へ旅立つ際に向けた残酷
な餞(はなむけ)の言葉。
 
 今……その言葉が、背後から抱き締めた浩平の心を伝って、静かにわたしの
心へ突き刺さった。


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 どうも、こんにちは。

 ……何だ? 中編って(^^;;;;;;;;;;)。
 済みません、構成力の無さが完全に露呈してしまいました……。突発的に思
いついて書いたという証拠(苦笑)。
 年内中には、頑張ってなんとか終わらせたいです。
 
 ここまで読んで下さった方、感想を書いて下さった方、どうもありがとうご
ざいましたm(_ _)m 
 感想書いて下さる方に、こちらからお返し出来ず本当に申し訳ないです……。
 また最近滞ってますが時間掛けてでも必ずお返しするつもりでいます。

 それでは。