終わらない休日 第23話  投稿者:ひさ


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●これまでのあらすじ
 折原浩平の休日はようやく終わりを告げた。連休の始めに拾った、プーとい
う猫と別れるかたちで……。
 そしてまた、幼馴染みである長森瑞佳との朝のやり取りから、いつも通りの
日常が始まった。だが今は考えたくないと思っても、浩平の頭からプーの事は
抜け切らなかった。連休中に瑞佳から押し付けられた猫の世話の事を話してみ
ても、プーに関する事に少しでも触れるとあれこれ考えてしまい、却って逆効
果だった。

 その日は寝不足と言う事もあって学校で一日中眠っていた浩平は、放課後に
なってからしばらく行くまいと思っていたプーの居場所である空家に足を運ん
だのだが、結局プーの姿を確認する事は出来なかった。
 それでもこの場所に存在しているというのは、変わりようのない事実だと分
かっていたので、明日になればきっと会えるはず……その時はそう思っていた
のだ。

 しかし次の日も、そのまた次の日もプーが浩平の前に姿を見せる事は無く……
こうして毎日通っても会えない日々は更に続き、一ヶ月が過ぎようとしていた。
 
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 ――ふと見ると、その場所は空家では無くなっていた。
 プーと最後に別れたあの夜から、丁度一ヶ月経った日の事だった。

 部屋の中に山と積まれたダンボール箱が窺える。新しい入居者が決まったと
いう事の証だった。
 それは同時に、浩平がもうプーの為にここで餌を用意出来なくなってしまう
……という事でもあった。
「餌をやれなくなったって、会えるまで毎日来てやるさ。ここがあいつの居場
所だという事に変わりは無いんだからな……」
 あまり力の感じられないその言葉は、まだ入居される前のひっそりとした家
に虚しく響くだけだった。
 この場所へ訪れて紙皿に盛った餌を置いて行く――それは既に浩平の日課と
なってしまっていた。
 最初に箱買いした缶詰はとっくに切らしてしまったのだが、さすがに叔母の
由起子からそれ以上の出費を望むわけにも行かず、それからは浩平が自分のお
金で少しづつ買い溜めして持って来ていた。
 だがそうまでして通い続けているにもかかわらず、未だプーとは会えないで
いる。
 それでも餌は、ちゃんと毎日綺麗さっぱり無くなっているのだ。
 以前一度だけ学校が休みの前日、食べに来るまで夜通し待っていた事もあっ
たが、結局プーは現れず次に足を運んだ時はしっかり餌だけ無くなっていた。
 そう、まるで何処からか浩平の行動を見ながら巧みに避けているような……
そんな風にも感じられる。
 一体どうして……?
 自問してみても、納得の行く答えを見付る事が出来ない。
 プーはきっと何か理由があってそういう行動を取っているんだ――そうでも
思わなけば、自分の行為が事が全くの無駄に感じてしまいそうだった。
 餌が消えている限りは食べに来ているという事で、この場所にプーが存在し
ている証拠にもなっていた。
 しかし、近日中にはそれさえも出来なくなってしまうのだ。
「本当にどうしちまったんだろうな……」
 浩平はそんな呟きを漏らしながら、ぼんやりと空家では無くなってしまった
その家を眺めてみた。
 まだカーテンも何も掛かっておらず、運び込まれたダンボール箱で埋め尽く
されている屋内が外から丸見えだった。
 新しく越して来る人が、もしプーを見付けた時どうするだろう……。
 音子の家族同様、大切に可愛がってもらえるのか……。
 プーがずっとここに居続ければ、そういう事になるかもしれない。
 どうしようもない寂寥感しか無かったこの場所に、ただ荷物が運ばれたとい
うだけで、今は人の存在感がひしひしと伝わって来る。
 この先、たとえ自分の前に姿を見せなかったとしても、せめてプーには新し
い家族の温もりに包まれて暮らせる未来を与えて欲しいと浩平は思う。
「また、明日な……」
 毎日毎日同じ事の繰り返し……それでも明日こそはと去り際にいつも願う。
 そして今日も同じ言葉と同じ気持ちを残して、浩平はこの場所を後にした。



 …………………………



 会えないといえば、プーの本当の飼い主である音子も、ずっと浩平の所へ訪
れる事が無かった。プーの居場所を後にすると、帰り道で決まって音子の笑顔
が頭に浮かんでくる。
 あの日――プーとの別れが嫌で、しがみ付きながら泣きじゃくった少女の事
を考えると、翌日には早速プーに会いに来るものとばかり思っていたのだが……。
 結局プーと同様に、何の音沙汰も無いまま一ヶ月が過ぎてしまった。
 浩平の方から会いに行こうにも、音子の家の場所を知らないのでそれもまま
ならず、プーを預かるという約束を守れなかった事を今も告げられないでいる。
「……あれっ?」
 突然、浩平は素っ頓狂な声を上げてその場に足を止めてしまった。
 普段なら音子の事やプーの事、他にも色々考え事をしていて気が付いた時に
は自宅の前まで辿り付いていたのだが、今日は違っていた。
 ふと考えを中断して我に返ると、眼前にいつもの見慣れた自分の家はどこに
も見当たらない。
 代わりに現れたのは、浩平にとって忘れる事の出来ない――プーと初めて出
会った公園の風景だった。
「何で、俺はここに……」
 途惑いながらも、浩平は公園内に足を踏み入れる。
 無意識の内に足を運んだとはいえ、よくよくこの場所にも縁があるようだ。
 今浩平が会いたいと思っている一人の少女と一匹の猫も、思い返せばここか
ら出会い、付き合いが始まった事になる。
 そして、公園の中程まで進んだ所で浩平は知った。
 どうやら自分がここに来たのは、目に見えない「思い」という強い力に引き
寄せられたからだという事を。


「今度は……偶然じゃないよな?」


「うん! これで会うの三度目だもんね、浩平お兄ちゃん」 


 公園のベンチに腰掛けながら、満面の笑顔がそこに存在していた。
 三度目の偶然は無条件で必然に変わると、誰が言ったか……浩平には思い出
せなかったが、頭の中にはそんな言葉が浮かんできた。
 およそ一ヶ月ぶりの再会。
 音子との三度目の出会いは、必然の巡り合わせだと確信していた。



 …………………………



「今までどうして会いに来なかったんだ?」
 浩平は音子の隣りに腰掛けると、知りたかった事を単刀直入に聞いた。
「えっとね……浩平おにいちゃんのお家がどこにあるのか忘れちゃったから」
「……なんだ、そうだったのか」
 へへっ、と舌を出しながら無邪気に苦笑する音子。
 そんな横顔をじっと眺めている浩平は、何故か言い知れぬ複雑な表情を浮か
べていた。
 それでも音子がこちらを向くと、咄嗟にその表情を隠して笑顔で応じる。
「……なあ、音子」
「えっ、なあに?」
 音子は興味津々といった感じの目で、浩平の発言を待っているようだった。
 今から言わんとしている事は、音子に少なからず衝撃を与えるかもしれない。
 しかし時が経てば経つ程、久し振りに会って色々話がしたくなるだろう。
 そうなれば、何処かで必ずプーの話題が出て来るに違いない。
 浩平はその事を聞かれて返答に詰るくらいなら、自分の方から告げようと思
い決意を固めた。
「約束を覚えてるか?」
「うん……指切りしたからちゃんと覚えてるよ。浩平おにいちゃんがプーちゃ
んを預かってくれるっていう約束でしょ?」
「そうだ」
「それがどうかしたの?」
 浩平の雰囲気を感じ取ったのだろうか。
 何となく音子の言葉や表情に不安の色が見えたような気がした。
 それでも、今言わなければきっと躊躇ってしまう。
 心の迷いを払拭して、浩平はずっと音子に言えなかった言葉を告げた。
「ごめんな。俺……約束を守れなかったよ」
 決して目は逸らさない。
 音子がどんな顔をしても、それだけは守ろうと自分に言い聞かせていた。
「…………」 
 やはり衝撃が大きかったのか、音子は俯きながら何も話そうとしない。
 だけど、プーが今存在している場所は知っているんだよ――そう言いそうに
なるのを浩平は辛うじて堪えた。
 約束が守れなかった事を言い訳するみたいで嫌だったからだ。
 プーの居場所や夢の事はありのままに話すつもりでいたが、まだ音子の感情
を量り切れない今は話すべきじゃないと判断した。
「本当に、ゴメンな……」
 浩平はそう言って俯く音子の頭に自分の手を持って行き、一瞬躊躇した後、
軽く撫でてやった。  
「…………!?」
 音子は驚いたのか、瞬間ぴくりと肩を跳ね上げて浩平の方を見上げた。
 表情は意外にもしっかりとしていて、少なくとも悲しみで涙が溢れそうな感
じでは無かった。
 その瞳には、悲しみではなく途惑いの色が窺える。
 浩平は予想と違った反応を不思議に思いながら、じっと見詰め返した。
 しかし次の瞬間、注意していなければ聞こえない程の音子の呟きで、途惑い
を覚えたのは浩平の方だった。
「やっぱり……本当だったんだ」
「なっ……本当だったって……」
 ――どういう事だ?
 後に続けるべきその言葉は、声にならず途切れてしまった。
 この少女は、プーが浩平のもとから去ってしまった事を知っていたのだろう
か?
 いや、一ヶ月前から一度も会っていないのに分かるはずが無い。
「俺がプーと別れた事……知ってたのか?」 
「……うん」
 ――どうして?
 そんな気持ちも言葉にはならなかった。
 プーと別れた事を知っているのは叔母の由起子だけだが、直接顔を合わせた
事など無い音子との接点は何も見当たらない。
 いくら考えてみても、由起子から音子にプーの話が伝わるという事はあり得
なかった。
(だけど……)
 と、浩平は心の中で呟く。
 久し振りに音子と出会って、そして話し始めて……ふと、ある言葉に引っ掛
かりというか、違和感みたいなものがあった事を思い返していた。
 プーとの間で起こった出来事を知っていたのと、どんな関係があるのかは分
からない。
 だが、まだ躊躇したまま先を話そうとしない音子の口を開かせるには、その
引っ掛かりを直接ぶつけるしか無かった。
「あのさ、俺の家の場所が分からなくて来れなかったってお前が言った事……
あれは嘘なんじゃないのか?」
 そう言った瞬間、音子はハッとこちらに顔を向けた。
 その仕種は、浩平の問い掛けが間違っていなかった事を意味していた。
「はは……どうして分かっちゃったのかなぁ……」
「無理して作った笑顔ってのは自然とぎこちなくなるもんなんだよ。音子がそ
う言った時、前と違う笑い方だって……そんな気がしたのさ」
「そっか、そうだったんだ……。でも、ちょっと嬉しいかな」
「嬉しい? 何でだ?」
「そういう所に気付いてくれたのは、浩平おにいちゃんがあたしの事をよく見
てくれてるんだなって思ったから」
「ああ、よーく見てるぞ。目を離すと迷子になりそうで危なっかしいからな」
「なにそれ〜、浩平おにいちゃんの意地悪っ!」
 音子がそんな風に突っ掛かってみたのも、照れ隠しのつもりだったのか……。
 しかし浩平と向かい合わせたその笑顔に、ぎこちなさはもう見られなかった。
「……そろそろ、本当の事話してくれないか? 音子が今まで俺の家に来れな
かったのも、プーが俺から離れて行った事を知っていたのと関係があるんだろ?」
 浩平は遠慮がちに、それでも目は逸らさず音子に問い掛けてみる。
 気持ちがほぐれた今なら、きっと話してくれるはずだと信じて。
 やがて音子は、まだ躊躇しながらも、ようやくかすれたような声で途切れ途
切れに話し始めた。
「夢……みたの……」
「えっ?」
「……プーちゃんの……夢を見たの」
「プーの夢……だって!?」
「うん……それでプーちゃんから色々教えてもらったんだ。だけどあたしがそ
の事を嘘じゃないって信じていても、浩平お兄ちゃんに信じてもらえなかった
らどうしようって……そう思ったら話す事が出来なくなっちゃったの」
「そうか……」
 プーが何故ずっと自分の前に姿を現さなかったのか……その疑問が音子の話
を聞いた事により、浩平の中で氷解しようとしていた。
「浩平おにいちゃんは、あたしの話……信じてくれる?」
「ああ。実を言うとな俺も見たんだよ、プーの夢をさ」
「ほ、本当に!?」
「その夢でプーは猫の姿のまま人間の言葉をしゃべってただろ?」
「うん……」
「そしてこう言ったんだ。『ここはわたしの夢の中なのよ』ってな。違うか?」
「すごーい! どうして分かるの!? プーちゃん、あたしが見た夢でもそう
言ってたよ!」
「それは俺も音子も、同じ世界の夢を見ていたからさ。いや、見せられてたん
だ……プーの想いを」
「それじゃあプーちゃんが夢であたしに会いに来たのも、見せたい想いがあっ
たから?」
「多分そうだろ。なあ音子、その夢の内容を俺に聞かせてくれないか?」
「えっ? いいけど……忘れちゃってる所もあると思う……」
「覚えてる部分だけで構わないからさ、頼むよ」
「うん、わかった!」
 音子は元気にそう答えて「えっと……」と呟き、顔を空に向けては夢の記憶
を思い返しながら、ゆっくりと語り始めた。
 

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 ひえぇ〜、お、終わらなかったよぉ〜(^^;)。
 次で最終話などと軽々しく書くもんじゃないですね……とほほ。

 現在終わり間近まで書き進めて、どう考えても投稿容量が多すぎると感じた
ので、ここまでにしました。次回こそ間違い無く最終話です(^^;)。
 もとは前回の22話、今回の23話、そして次回の最終話で1話分と考えてたの
ですが、終わる頃に詰め込みたいものが次々と浮かんできて結局3話分になっ
てしまいまいた。
 書きたいものが次々頭に浮かぶと言うのは良い事なんですけどね……。
 
 最後に、ここまで読んで下さった方、感想を書いて下さった方(済みません
……この話が終わったら必ず感想お返ししますのでしばしお待ちを〜(^^;))
どうもありがとうございましたm(_ _)m

 それでは、近い内に最終話で…。