終わらない休日 第22話  投稿者:ひさ


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●これまでのあらすじ
 折原浩平は、牛のような模様をした『プー』という名前の猫を拾ってしまっ
た事で、二日間の休日を全く退屈せず過ごす事が出来た。
 最初は拾っていきなり逃げられてしまった事から始まり、帰り道の公園では
元の飼い主である『音子(ねこ)』という少女と偶然出会ってしまうし……だ
がプーを連れて家に帰ると珍しく叔母の由起子が先に仕事から帰ってきていて、
これまた珍しく夕食を作ってくれて一緒に食べる事も出来たのだった。
 その夜、プーと夢の中で会話をするという不思議な体験をしたのも束の間、
突然さよならと別れを告げられてしまった。そこで意識は覚醒した。
 二日目も色々あった。
 まず朝の電話で幼馴染みの長森瑞佳に、長森家の猫達の世話を押し付けられ
た事から始まった。一緒に行きたがっていたプーを仕方なく連れ抱えて、長森
家の猫の世話をしてから本来の目的である商店街へ買出しに向かった浩平は、
そこで昨日公園で出会った音子と偶然再会してしまった。
 プーを飼うのに必要な買物は、音子のアドバイスにより滞りなく終える事が
出来た。その後、両手一杯の荷物でプーを抱えられなくなった浩平の代わりに
抱いて行くと言う音子を連れて、中途半端になっていた長森家の猫達の世話を
終えてから、ようやく自宅に辿り着いた。
 しかし、いざプーと別れる時になって、ずっと一緒に居たいという音子の感
情が爆発してしまった。そっと優しく宥める浩平は、音子の口からプーを捨て
なければならなくなった理由を知り、また飼えるようになる日が来るまで自分
が預かっていてやるという約束を交わして音子と別れた。
 そして浩平は夢の中で再びプーと出会い、ずっと自分の居場所を探していて、
ようやくそれを見付けられたという事を告げられた。しかしその場所は浩平の
所では無かった……。その『存在すべき場所』に行くというプーを浩平は必死
で留めようとするが、固い意思は変わらず最初の夢と同じく別れを告げて去っ
て行ってしまった。そして目覚めた時、プーの姿は何処にも無かった。

 部屋の窓から出て行ったのだと知った浩平は、傘の無いまま雨が降りしきる
中に飛び込み、プーを求めて走り続けた。プーの「自分の居場所は浩平も知っ
ている」という言葉をヒントに辿り付いた場所は、初めて出会った公園だった。
 しかし……いくら待ってもプーの現れる気配は無かった。

 雨に濡れて落胆したまま帰宅した浩平を待っていたのは、由起子の温かな言
葉と心遣いだった。気落ちした浩平を優しく包んでくれる叔母に感謝しながら、
その心は少しずつ立ち直りを見せていた。言われるまま風呂に入った浩平は浴
槽の中で閃くのだった。プーの本当の『存在すべき場所』を……そして自分の
行動が間違っていた事に気付いた。もう一度プーに会いに……由起子が見付け
たプーの首輪を受け取り、自分が信じる居場所へと向かった。

『存在すべき場所』

 それは初めて出会った時、プーが逃げ出して追い駆けた先で見たもの。
 最初の夢の中でプーが別れを告げて帰って行った場所。
 プーが音子とその家族と共に育った家……その一軒の空家こそ『存在すべき
場所』だったのだ。浩平は、そこでようやくプーと再会する事が出来た。
 隣に座ってプーをより近くに感じられた時、この場所からじっと何かを見続
けている事に気が付いた。最初その視線を追っても何も見えなかったのだが、
プーに首輪を返した瞬間、浩平にもようやく見る事が出来た。
 この場所からプーがずっと見続けてきた風景、移りゆく日々……プーが何故
ここを自分の居場所に選んだのか、浩平は本当の意味でそれを理解した。
 
 そして別れの時……やはり寂しさは拭い切れなったが、望むべき事を成し得
た今、心に悔いは残らなかった。去り際、後ろからプーの声に呼び止められた
が、しかし浩平は振り向く事無く別れを告げて、自分の存在すべき場所へと歩
き出した。

 こうして、いつまで続くかと思われた浩平の二日間の休日は、真夜中の闇に
溶け込むようにようやく終わりを告げたのだった……。
 
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 カシャアッ

「ほら、起きなさいよーっ」 

 カーテンが開く音と共に、朝の光が閉じた瞼に優しく降り注ぐ。
 そして、いつもの声。
「……う……ん……」
 朝が来たんだ――浩平のそんな思いは、しかしまだ漠然としたもので、意識
が覚醒するのにはもう少し掛かりそうだった……が、

 ガバァッ!

 いきなり掛け布団を引き剥がされた事で急速に眠気が薄まり、無理矢理目覚
めさせられたような気分になってしまった。
「ん……なんだ、長森か……」
 窓に掛け布団を干してぱんぱんと素手で叩いている後ろ姿を、ぼんやりと確
認しながら浩平は呟いた。
 それは、布団を引き剥がした張本人――幼馴染みの長森瑞佳だった。
「あーっ、やっと起きた。おはよ〜浩平、早く支度しないと遅刻しちゃうよ〜。
あっ、ちなみに連休はもう昨日で終わってるからね。今日は普通に登校する日
だよ」
 浩平の言葉が耳に入ったのだろう。瑞佳は振り返って――器用にも手はしっ
かりと布団をぱたぱたさせながら――挨拶を告げる。
 わざわざ「連休はもう終わってる」と強調したのは、いつも何かとおかしな
事を言ってだらだらと寝続けて布団から出ようとしない浩平が、「今日はまだ
連休だ」などと言い出さないようにする為だった。
「ああ……おはよう……」
 だが浩平はむっくり起き上がると、ほとんど目を開けてない状態ながら、素
直に挨拶を返してきた。
「えっ……うん、おはよ」
 それでも何か言って来るだろうと身構えていたので、予想外の言葉に瑞佳は
多少拍子抜けしてしまった。
 いつも浩平を起こすのに手を焼いているように見えて、本当はそんな毎朝の
やり取りを望んでいるのかもしれない。瑞佳自身はその事に気付いていないの
だろうが……。
「……おやすみ」
 と、そんな瑞佳の願望?に応えるかのように、浩平はその一言を発して一度
起こした体を再びベッドに沈ませてしまった。
「こ、浩平〜」
「くー……」
「くー、じゃなくって〜、もういい加減起きないとホントに遅刻しちゃうよ〜」
 そんな瑞佳の慌てふためく様子が、浩平には目を閉じていても容易に想像出
来た……何せ毎朝こんな調子なのだから。
 実の所まだ今くらいの時間なら早歩きで十分間に合うし、走れば何とか学校
に辿り着ける時間までには、いつもきっちり起きているのだ。
 それは日常茶飯事で、普段通りの浩平なら冗談を言って瑞佳をわざと困らせ
たり、二度寝するのもふざけ半分といった感じだった。
 しかし、今日は違っていた。
 身体が重くだるいのだ。まるで、鉄か鉛が自分の中に溶け込んでしまったか
のように……。
 冗談混じりに眠りこけた振りをしたのではなく、本当は学校など行かず、こ
のままずっとベッドに身を埋めていたかったのだ。
 そんな不安定な意識の中で、浩平はふと思う。
 何でこれほど自分は疲れているのだろうか……と。
 酷く見通しの悪いふらふらとした記憶を遡って、その理由に辿り着いた時、
ようやく浩平は連休中に起こった忘れてはならない大切な出来事を思い出し
ていた。
「はっ! プーは!?」
「きゃっ」
 突然ガバッと浩平が身を起こしたので、驚いて目を見開きながら瑞佳は短い
悲鳴を上げる。
 そのまましばらく何かを考えている風だったが、やがて多少落ち付きを取り
戻すと、意外な言葉を漏らしていた。
「プーって……もしかして猫ちゃんの事かな?」
「なっ……。どうしておまえがプーの事知ってるんだ!?」
 今度は浩平が驚く番だった。寝ぼけて喋っちまったかな……とも思ったが、
さすがにそこまで意識が朦朧としていた訳ではない。
 焦った拍子にプーの名前を言ってしまった事を後悔していると、瑞佳がま
た話し掛けてきた。
「知ってるわけじゃないけど、玄関に猫のトイレと缶詰が置いてあったから。
それに何となくプーって猫ちゃんの名前のような気がして……」
「……なんだ、そっか」
 浩平は深い溜息を吐いた。
 あいつはもう、ここには居ないんだ――プーの居場所を見付ける事が出来た
とはいえ、やはり別れてしまった寂しさはそう簡単に離れて行ってくれない。
 瑞佳がプーを知っているはず無いのに、名前が出た途端思いきり取り乱した
事に対して、徐々に恥ずかしさが沸き上がって来る。
「浩平、猫ちゃん飼い始めたの?」
 しばらくまともに顔を合わせられないでいると、瑞佳がそんな事を訊いてき
たので、浩平は思わず顔を上げてしまった。
 すると猫好きの本領発揮といった感じで、興味津々に目を輝かせて返答を待
っている瑞佳が間近に迫っていた。
「ああ、それは……」
 多少気圧されながらも答えようとした浩平だったが、途中で言葉を詰まらせ
てしまった。
 何をどう話せばいいのか……。
 おそらくありのままに告げたとしても、瑞佳は何も言わず信じてくれるに違
いない。猫が絡んでいるなら尚更だろう。
 しかし今はまだ、プーと関わった出来事は自分の胸の内だけに仕舞っておき
たかった。いずれ時が来れば、瑞佳にもプーの存在を教えてやろう……そんな
思いから、浩平は咄嗟に浮かんだ言葉を口にしていた。
「……由起子さんの知り合いが長期の旅行に出掛けるって言うんで、その期間
中に猫を預かるだけだ」
「その猫ちゃんが、プーって名前なの?」
「ああ。由起子さんから聞いたんだけどな」
「へぇ〜、プーちゃんかぁ」
 何となく恍惚とした表情で呟く瑞佳。大方どんな猫なのだろうかと、頭の中
で想像でもしているのだろう。
 嘘を吐いた事に多少の罪悪感は感じるものの、どうせ相手は瑞佳だからバレ
たらバレたで何とでも言い逃れ出来るだろう……そんな風に考えていた為、大
して気にはしていなかった。
 ただ、嘘の対象が猫なだけにバレた後は怖い気もするが……。
「でも浩平、さっきいきなりプーちゃんの名前を呼んで何か凄く慌ててたみた
いだったけど……」
 浩平がそう思っていた矢先、瑞佳が顔に疑問符を浮かべながらそんな質問を
してきた。プーの名前を寝起きで叫んでしまったのが、不自然に思われたのか
も知れない。
 それにしても普段あまり浩平の言動には口を出さないのに、猫の事となると
……何というか、妙に鋭い瑞佳だった。
 またもや返答に詰まってしまう浩平だったが、やはり本当の事を話す気には
なれなかったので、適当に浮かんだ言葉を使ってその場を切り抜けようと試み
た。
「前に飼い主の人がプーを家に連れて来てさ、その時俺が抱いていたら外に逃
げちまったんだよ。その事を何か急に思い出してさ……」 
「あ、そうだったんだ」
 そう言ってから少し苦しいかな……と浩平は思ったが、案外瑞佳はあっさり
納得してくれたようだ。
 それは、ふと浮かんだ言葉だったが……。
 原点となるものは――初めて浩平がプーと出会ってすぐ後に逃げられてしま
った、あの時にあった。
 どうしても何か関連した事を見たり聞いたりする度に、プーの事を思い返し
てしまう。
(放課後、行ってみるか……)
 本当は次に音子が尋ねて来るまで、あの場所へは行くまいと思っていた。
 しかし悔いの残らぬ離別だったはずなのに、どうも今だ浩平の心の何処かに
プーが住みついているような感じがして、現実にその存在をもう一度確かめな
ければ気が済まなくなっていた。
「……って、浩平! 時間っ!」
 相変わらずのだるさを抱えながら、そんな事をぼけっ〜と考えていた浩平の
横から、瑞佳の慌て声が飛んできた。
「へっ? ああ、もうこんな時間か……」 
 重い頭を振りながら目覚まし時計の方を見やると、なるほど瑞佳が慌てるの
は無理もない――既に早歩きでも間に合うかどうか微妙な時間になってしまっ
ていた。
「……はぁ。のんびりしてないで早く支度してよ〜」
「あー、分かったから先に外で待っててくれ」 
「うん……また寝たりしちゃダメだよ」
「ああ」
 瑞佳はいつもの如く呆れたように深い溜息を吐くと、ご丁寧に念を押して浩
平の部屋を出ていった。
 本当はあと少し余裕があるので、もう一度瑞佳が起こしに戻ってくるまで寝
ていたかったが、今日は満足に走れそうも無く、限界までくつろいでるわけに
は行かなかった。
 むっくりベッドから這い上がり、ようやく床に足を付けると、その途端身体
がふらついて倒れそうになってしまった。
「昨日は相当無理して走ったからなぁ……」
 そう呟いてから、プーを探し求めて雨の中を全力疾走した事が浩平の脳裏に
映し出される。
「またか……」
 何か行動を起こす度に、ほんの些細な事でもプーの姿が頭をよぎる。
 それは、足のふらつきも身体がだるいのも頭が重くぼーっとしてるのも、み
んなプーと関わった為の代償――と言ったら大袈裟かも知れないが、必死に探
し求めた結果なのだから、体を動かすたびに思い返してしまうのも仕方の無い
事だった。
 だがいつまでも浸ってる訳にはいかないので、浩平はもう一度頭を振って自
分の中にあるプーの姿を一時追い出すと、手早く制服に着替えてのっそりした
動作で――それでも急いでるつもりだった――瑞佳の所へ向かった。
「朝メシ、食ってる時間無さそうだな……」
 部屋を出る直前に、もう一度目覚ましを確認して呟く浩平。
 もはや早歩きしても間に合いそうに無い時間だった……。



 …………………………



「あっ、浩平、昨日は猫ちゃん達の世話してくれてありがとね」 
 ――結局、浩平と瑞佳はいつものように学校までマラソンをする羽目になっ
てしまった。もはや二人の日課と化していたが、そんな状況下でもしっかり話
し掛けて来れる瑞佳はさすがと言うべきか。
「ったく……朝っぱらからいきなり電話で面倒な事押し付けやがって。結構大
変だったぞ」
「うん、ホントにゴメン。約束してたお土産、『肉球まんじゅう』を浩平の部
屋に置いてきたから後で食べてね」
「なんだそりゃ。まさかそれ買うのが目的で旅行に行ったんじゃないだろうな?」
「ち、違うよ〜。ほんのちょっとは楽しみにしてたけど……」
 ……どうやらかなり楽しみにしてたらしい。
 浩平は心の中で苦笑しながら、ぼんやりとその代物の正体を想像していたが、
猫に関連する事となるとまたプーを思い出しそうなので、すぐに考えを中断さ
せた。
「それよりな長森。昨日猫どもの世話をしにお前んちに行ったら玄関の鍵が開
きっぱなしになってたぞ」
「え? うそっ!?」
 やはり瑞佳は知らなかったようで、その事実を浩平に告げられてかなり驚い
ている。
「そんなもん、嘘言ってどーすんだよ。おまけに猫が一匹、お前の部屋から出
られずにずっと閉じ込められてたしさ……二階からそいつの物音が聞こえた時、
てっきり泥棒かと思っちまったぞ」
 昨日長森家で起こった出来事を、浩平は有りのまま瑞佳に話した。
 はっきり言って猫の世話を押し付けられたのが気に入らなかった上に、泥棒
の事でいらぬ心配をしてあまり面白く無かったので、その鬱憤をここぞとばか
り瑞佳にぶつけていた。
 もっとも何で鍵が開いていたのか、猫が閉じ込められていたのか――その事
はずっと浩平の頭に引っ掛かっていたので、本当の所を聞きたいという思いも
あった。
「多分家の鍵は……猫ちゃん達の世話を頼もうとした時と同じで、お父さんは
お母さんが、お母さんはお父さんが掛けると思ってたんだよ、きっと」
「……お前んちの親って譲り合うのが好きみたいだな」
「ははは、そうかもね」
 苦笑しながら答える瑞佳。
 昨日の電話で、瑞佳の両親は猫の世話をお隣りさんに頼む時、お互い相手が
頼んでいたと勘違いしてたらしく、結局頼み忘れてしまったという話があった
のを思い返していた。
 それが原因で、浩平にお鉢が回ってきたという訳だ。
「でも、その猫ちゃんには悪い事しちゃったなぁ。出掛ける時は結構バタバタ
してたから……ベッドの下で寝てたのにわたしが気付かなかったんだ……」
 本気で猫に済まないと思っているのだろう……瑞佳はしゅんとうなだれてし
まった。
 そして、その雰囲気からかいつのまにか二人の会話が途絶えていた。
 会話中でも足を止める事なくしっかり走っていられるのは、もう慣れ切って
いるからなのだろう。どのみち立ち止まったら即遅刻が確定してしまうので、
走り続けなければならないのだが……。
 しかし二人が話すのを止めたのは、別に会話のネタが見付からなかったから、
という訳でもない。
 浩平の方は明らかに疲れが原因だろう。
 普段なら瑞佳の数歩先を走っているのだが、今日に限っては同列か、下手を
するとこちらが遅れを取ってしまいそうな雰囲気である。
 走りも「タッタッ」っといういつもの軽快さ微塵も見られず、「ドタドタ」
と重い足取りを象徴するような感じだった。
 とにかく身体中が軋むように重いのだ。こうして何とか走っていられるのも、
遅刻だけは何とか避けたいという気持ちがあるからだった。
 しかしその間も、プーの姿がどうしても頭の中にちらついてしまう。
(プーの事を考えないようにしても、無理だなこりゃ……)
 強い眠気の為、虚ろな眼差しで一つ欠伸をしながらそんな事を思っていると、
ようやく前方に学校が見えてきた。
「ふう……何とか間に合いそうだな」
 ラストスパートにも力が入らない浩平は、安堵の溜息を吐いて瑞佳の方を見
たが、まだ自分が閉じ込めてしまった猫の事が気になっていたのか、さっきか
らずっと俯いたままだった。
「ね……浩平」
 やがて一瞬こちらを向いて、また顔を元に戻すと、瑞佳はそのまま浩平の方
を見ずに小さな声で話し掛けてきた。
「ん、なんだ?」
「あの……さ、浩平が昨日猫ちゃん見付けた時に……その……」
「…………」
 いつも遠慮なく言い合ってるのに、なんだかやけに歯切れが悪い。
 そんな様子が気になったが、とりあえず瑞佳が話し出すまで浩平は黙って待
つ事にした。
「えっと、その時……わ、わたしの部屋……入った?」
「はぁっ!?」
 全く予想もしていなかったその言葉に、浩平は思わず力が抜けて身体が膝か
ら崩れ落ちそうになってしまった。
 どうやら瑞佳の話がパッタリ止まったのは、これが原因だったようだ。
「え、あ……ううん、その……な、何でもないから気にしないでっ!」
 ここまで言っておいて「気にしないで」も無いもんだ――浩平はやれやれと
いった感じで肩を落として瑞佳に答えた。
「あのな、部屋に入んなきゃ猫を連れ出せなかったんだから仕方ないだろ。言
っとくけど、その後すぐに部屋を出たんだからな」
「あ、そうだったんだ……」
 何故か瑞佳はホッとしたように呟く。
 なんで俺が弁解しなきゃならないんだ?……浩平は訳が分からず釈然としな
いながらも、瑞佳が何を言いたかったのかこれ以上追求する事はしなかったし、
またする気にもなれなかった。

 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜〜ン

 そうこうしている内に、浩平と瑞佳は始業前の予鈴を耳にしながら、ようや
く慌てて校門をくぐっていた。



 …………………………



 ――その日の放課後。
 浩平は今朝ぼんやりと考えていた通り、プーの『存在すべき場所』である空
家に足を運んでいた。
 今日は学校にいる間、おそらく大半を眠って過ごしていたと思うのだが、自
分が何をしていたのかほとんど記憶に無かった。
 とにかく学校に着いてから机に突っ伏した途端爆睡してしまったようで、そ
こから意識がぷつりと途切れてしまい、気が付いた時には既に昼休みになって
いた。
 午後の授業も全く身が入らず、うつらうつらしながら結局眠りこけてしまい、
ようやく完全に目が覚めたのは放課後になって瑞佳に揺すり起こされた時だっ
た。
「よく授業中に教師の怒鳴り声が飛んで来なかったもんだな……」
 しかしそのお陰で、まだ足は多少重いにしろ、身体中のどうしようもないだ
るさはすっかり抜けていた。
 頭がすっきりして軽快な足取りの浩平は、気分が良いせいか今日もあの場所
に行けばプーに会えるような気がしていた。そんな思いから、自然と足早にな
ってしまう。
 はやる気持ちを抑えながら歩を進める浩平は、やがてプーが居るであろう目
的地の空家に辿り付いた。
 だが、見渡せる範囲でプーの姿を確認する事は出来なかった。
「……ま、しょうがないか。あいつも四六時中ここに居るわけじゃないだろう
しな」
 出会える予感があっただけに、その言葉からも落胆の程は窺い知れたが、何
も会う事が出来るのは今日だけじゃない――浩平はそう思う事で、少しでも気
落ちした心を紛らせようとした。
「それじゃ、これだけでも置いてくか」
 そう言いながら空家の玄関前まで足を運んだ浩平は、鞄の中からがさがさと
何かを取り出そうとしていた。
 そして中から出て来たものは、昨日プーの為に買った猫缶と、それを盛り付
けるのだろう――一枚の紙皿だった。
「後で食べてくれよな……」
 そんな言葉を囁くように呟きながら、餌を紙皿に開けてそっと玄関前に置く。
 空家といってもいずれ新しい入居者はやって来るだろうし、本当なら玄関に
猫の餌を置くのを人に見られたりしたらまずいのだが、それでも浩平はせめて
誰かが入居するまでは毎日続けようと思っていた。
「……また、明日な」
 名残惜しそうに、しばらく餌の乗っかった紙皿を眺めてから、浩平は空家を
後にした。



 …………………………


「そういえば……」
 ふと、浩平は思い出したように呟いて今来た道を振り返った。 
 授業中、寝てる間にプーの夢を見ただろうか……と。
 もしかしたら心の何処かに、夢で三度プーと出会える事を期待していた自分
がいたのかも知れない。
 だが今日の心許ない記憶をいくら辿ってみても、プーと夢の中で会ったなど
という事実に突き当たる事は無かった。
 それでも、きっとまたすぐにこの現実で会えるだろう……そんな思いに、立
ち止まってしまった気持ちを後押しされて、浩平は再び一歩を踏み出す。

 そう――また明日、もしくは明後日になれば、あの玄関先にちょこんと座っ
ているプーを見る事が出来る……はずだったのだ。

 
 ところが……、

 この日から数えて一ヶ月間――毎日餌を用意する為、欠かさず空家に通い続
 けた浩平の前に……プーが姿を見せる事は無かった……。
 

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 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……終わりませんでした(自爆)。

 最後まで書いて投稿しようとしたら、えらい長くなりそうだったので(これ
でも十分長いんですけど(^^;))ここまでで切りました。次回こそホントに最終
話です。
 それと、あらすじ過多で済みません……。ここから読んでも多少なりとも分
かるように第1話から掻い摘んで書いてみましたが……やっぱり分かりにくい
ですねぇ(^^;)。

 ラストになって詰め込みたい事がいっぱい浮かんで来まして……長森家で起
こった事をちょこっと補足するつもりだったのが、色々と書いてしまいました。
 まだ浩平とは『幼馴染み』の状態である瑞佳が、部屋に入られた位でこうい
う恥じらうような反応をするだろうか?……と考えもしましたが、この辺は私
の趣味と思って下さい(爆)。

 最後に、ここまで読んで読んで下さった方、感想を書いて下さった方、どう
もありがとうございましたm(_ _)m

 それでは……。