心の切片  投稿者:ひさ


「……か……ずか……」

「…………」

「……みずか……瑞佳ってば!」

「……へっ!?」

「へっ!? じゃないわよ。何度呼んでもぼけ〜っとしたままで……最近ちょ
っと変だよ。こういう事よくあるし、心ここにあらずって感じで上の空だった
り……何かあったの?」
「ううん……心配かけてごめんね佐織。わたしは全然平気だから」
「そう? それならいいんだけど……あ、そうそう、瑞佳今日って部活なかっ
たよね?」
「うん、今日はお休みだよ」
「じゃあさ、帰りに何か食べていこうよ」
「あ、いいね。部活があるとあまり一緒に行けないもんね」
「そういう事」
「何処行こうか?」
「う〜んと、それじゃあさ……」

 

 ――ごく普通の日常で交わされる他愛もない会話。

 佐織が指摘した時は何でもない風に振る舞ったけど、確かにわたしは最近ぼ
んやりする事が多い。理由は……よく分からない。
 何かを考えているようで、実は頭に何も浮かんでいない。
 ううん……考えるべき事はそこにあるのだけれど、それは真っ白なただの塊
で、気が付けばそれを見てるだけ――そんな感じだろうか。
 どうやらここの所、顕著に症状が現れているらしい。

 何だろう……この感じ。
 考える程に、訳もなく胸が締めつけられる感覚に襲われ、苦しくて涙が溢れ
そうになる。
 最初はその理由を考えて、でも次第に何も見えなくなって、現実に呼び戻さ
れた時……ただ悲しい気持ちがわたしの心を支配している。
 そしてまた、その理由を考えて……無限に繰り返すだけで終わりが見えない。

 ……嫌だよ、こんなの。

 もうちょっとで手が届きそうな所に答えはあって、死に物狂いで手を伸ばし
垣間見れたと思ったら、そこにあるべきものはポッカリと穴が開いていた。

 まるで心の一部分をえぐり取られたみたいに……。 
 それは多分一番大事……だった部分。

 いつからだろう。
 どうしてだろう。
 
 こうしてまた、わたしは理由の分からない胸の苦しみを覚える。
 いつか過ぎ去る時と共に薄れてゆくのかな……。

 そんな事を思いながら、窓際の席であるわたしは、硝子一枚で隔てられた向
こう側の空をぼんやりと眺めていた。 


 …………………………


「……ねえ、佐織」
「ん、何?」
 
 放課後――昼間学校で話していた通り、わたしと佐織は商店街に寄ってきた。
 結局、わたしの希望でパタポ屋のクレープになったんだけど……。

「あの……あのね……わたしの隣に、その……いつも誰か居なかった?」

 二人でそれを食べ歩きながらの帰り道……心を許せる親友が隣にいるから、
つい気持ちが緩んでしまったのかもしれない。
 わたし自身もよくわからない心情で持て余しているというのに、この事を佐
織に話したら絶対に怪訝な顔をされるのが分かっているのに、ついその言葉を
漏らしてしまった。
 
「はぁ!?」
「う、ううん、な、何でもないの! 今言った事は何でもないから忘れて!」

 案の定、佐織はあたふたするわたしを見ながら怪訝な表情をした。
 大体わたしだって、どうしてそんな事を言ってしまったのかよく分からない。
 隣に……誰が居たというのだろう……。
 
 やがて佐織は少し考えるように首を傾げると、わたしに話し掛けてきた。
「よく分からないんだけど……瑞佳の様子が最近変なのってそれが原因なの?」
「……多分」
「まあ少なくとも、私は瑞佳の隣に男がいて一緒に歩いてるなんて姿は見た事
ないけどね」
「そ、そういうのじゃなくて……」
「ふふっ、そんなに慌てなさんなって。大体瑞佳が今まで誰とも付き合った事
ないってのも知ってるし」
「もう、からかわないでよ佐織〜」
 困惑顔のわたしを横で見ながら、くすくすと笑う佐織。

 だけど、今はそれが嬉しかった。
 佐織は元気付けようとしてくれているんだ……何も聞こうともせずに。


 ――程無くして、佐織と別れる所まで辿り付いていた。

「それじゃまたね、瑞佳」
「うん、また明日」

 挨拶を交わしてから、去り際に佐織はくるりと振り返ってわたしに告げた。

「……ねえ、何があったか知らないけど……辛い時は遠慮無く言ってよ。元気
付けてあげるくらいしか出来ないけど、ね!」
「うん……ありがと、佐織」
「じゃあね」
「……うん」

 自分で言った事が照れ臭かったのか、佐織はもう一度別れの挨拶を言うと、
わたしが頷いてる最中に踵を返して足早に歩いて行ってしまった。
「本当に……ありがと」
 わたしはもう行ってしまった佐織に向かってそう呟くと、その後ろ姿が見え
なくなるまでずっと見送り続けた。


 …………………………


 ふと空を見上げると、いつのまにか黄昏色に染まっていた。
 夕日の赤がわたしの瞳を覆う。
 その場に立ち尽くして、そんな光景をしばし眺めてみる。
 
 この夕焼けを見ていても、理由無き胸の苦しみは増してゆく。それでもわた
しは、一旦見上げるとなかなか目を離せなかった。
 時々誰かがすぐ側にいるような錯覚に捕らわれてしまう。さっき佐織に漏ら
してしまった事なのだけれど、それは決まってこの夕日を眺めている時に起こ
る。
 だけどわたしは、何故かその錯覚を感じたいと思っているから、それまでは
空から目を逸らせないんだ。理由は……やっぱり分からない。
 
 探し求めているもの。
 それは……無くしてしまった心の切片。
 きっとそこに答えがあるのだけれど……わたしの手は届かない。

 時の流れというものがいつかその隙間を埋めてくれるのかな……。
 何も悲しまず、この赤い世界を見上げられる日が来るのかな……。
 

 そんな風に思いながら……わたしは涙した。


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 どうも、こんにちは。

 おそらく数多くの方が既に書かれているであろう、バッドエンド後のSSで、
ふと最近思い付いてしばらく書いてました(こーゆー事やってるから連載書く
のが進まない(^^;))。
 瑞佳を選んだのは、私が好きだという事もあってか、このテーマで一番書き
たいキャラだったからです。

 浩平と瑞佳は幼馴染みなので全く接点が無いという事は無いですが、関係が
進展しなかったり他の娘と関係が深まったりしていれば、こんな思いはしない
筈です。
 今回は、絆が深まったけれど後一歩の所で結び付かなかった……そんな事を
思い浮かべて書いてました。
 消えてしまったその存在自体はどうやっても思い出せないのに、共に過ごし
た思い出は瑞佳の心に染み付いて離れず、しかしそれもひどくあやふやなもの
で意味も無く悲しくなったり胸が苦しくなったり……そんな感じでしょうか。
 私は、もっとも救われない残酷な結末だと思ってるのですが、一度は書いて
みたい事でもありました。
 感情移入出来るというのは良いのですが、自分で書いてても辛くなって来ま
すね、こういう話は……。とりあえず無事書き上げられてホッと一息(^^;)。


 最後にここまで読んで下さった方、どうもありがとうございましたm(_ _)m
 それでは……。