終わらない休日 第17話 投稿者: ひさ
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★これまでのあらすじ
 俺、折原浩平は、とあるきっかけでプーという名前の猫を拾う事になった。
 幸い連休中での出来事だったので、拾った次の日にどうしてもついて行こう
ときかないプーを抱いて、一緒に商店街まで必要なものを買いに行った。
 そこで俺は、このプーの本当の飼い主、音子(ねこ)という少女と出会った。
 実は前日もプーを拾った帰りに偶然出会ってたんだけどな。
 ともあれその音子に買物中あれこれうるさく指示されてしまったけど、おか
げで滞りなく買物を済ませられ、その後両手一杯の荷物でプーを持てなくなっ
た俺の代わりに自分が抱いて行くと言い出した音子と、結局俺の家まで一緒に
行く事になった。
 途中、朝の電話で長森に無理矢理頼まれた長森家の猫どもの世話をする為に
寄り道もしたけど、夕方近くになってようやく俺の家に着く事が出来た。
 だけど……音子は俺の一言でプーと別れることを拒み、悲しみのあまり泣き
出してしまったんだ。酷な言葉だったかもしれないけど、はっきりしておかな
きゃならない事だったからそれを言った事に俺は後悔していない。
 それでも音子があれはど悲しんでしまったのは結局俺のせいなわけで、何と
か優しく接して音子の気持ちを宥めようとした。
 そして音子がプーを飼える事が出来るようになるその日まで、俺が預かると
いう確かな約束――指切りを交わして、それを最後に音子と別れた。

 外は弱い雨が降り続く。その音を聞いていると、誰も居ない家というのはこ
れほど静かなものなのか……と実感させられてしまう。
 そんな中で俺とプーは、空腹を満たす為にちょっと早い夕食――あるいは大
分遅めの昼食――を取った。俺は、ようやくここからプーとの同居生活が始ま
ったという感じがしていた。
 腹が膨たからか、しばらくして急速に眠気が襲ってきた俺は、疲れ切った足
を引きずりながら自室のある二階へと昇って、部屋に入るなりベッドに倒れこ
んでいた。
 現実から離れ行く意識の中で……俺は昨夜と同じように、もう一度夢の中で
プーと巡り合える事を強く願いながら眠りに落ちた。
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 ……周りの空気と一体化しているような感覚。
 昨夜と同じ、それはここが紛れもなく夢の中だという事を示していた。
(それにしても……)
 と、浩平は思う。昨夜の夢でも感じた事だが、現実でない世界に身を委ねて
いるというのに、意識がこうもはっきりと保たれているのはどういう事なのだ
ろうか……。
 浩平が今考えられる事といえば、一つしかなかった。
(またプーの夢をプー自身に見せられている……のか?)
 意識がはっきりした夢を見た事など、浩平にはこれまででたったの一度しか
なかった。その一度というのが、すなわち昨夜体験した不思議な夢での事だっ
たのだ。
 それは浩平の夢ではなくて、プーの夢……プーが浩平を自分の夢の中に誘っ
たと言うのだが、それこそ常識の範囲を越えた夢のような話だった。
 結局その時の浩平は夢だからなんでもありなんだ、と開き直ってしまってい
たが。
 そもそも何故そんな事がプーに出来たのか、何故浩平はそのような不思議な
事を夢の中で体験し、プーに出会う事になったのか……全てが謎のままだった。
 今浩平が置かれている状況というのが、その時と非常に酷似していた。
 ただ昨夜見た夢に出てきた『景色』というものは全く無く、自分とその周り
の僅かな空間だけは、まるで青白いスポットライトを浴びせられたようにはっ
きりと肉眼で確認出来ていた。
 しかし、光が途切れたその先はただ黒一色のみが広がっているだけで、目を
凝らして何時間見続けていても、その闇を見通す事など出来そうになかった。
 そして……いつからそこに居たのか――少なくともこの空間が夢の中だとい
う事に気付いた時は見当たらなかったはずだが、いつのまにかプーが浩平の前
にその姿を現していた。同じく自分の周りだけ青白い光に包まれて。
「プー、おまえ……」
 浩平はそう言い掛けて、急にハッと何かを思い出したかのように言葉を切っ
た。
(そういや、ここじゃあこうやって頭に言葉を思い浮かべるだけで言いたい事
が伝わるんだったよな?)
(うん、そうよ)
 言葉を向けた相手――プーの意識から、昨夜の夢と同じ可愛らしい少女の声
が浩平の頭に響いてきた。
 さすがに一度聞いているのでもう驚きはしなかったが、やはり猫の姿で少女
の声というのはどうしても違和感を覚えてならなかった。
 声質を聞き分けただけで年齢を想像する事は難しいが、プーの声は音子のよ
うに幼い声とは違って、どちらかといえば浩平に近い年齢を感じさせるような
声だった。
(また……会えたな)
(そうね)
(これも昨日と同じ、おまえが見せてるおまえの夢なのか?)
(ええ。でも……)
 浩平の質問に答え掛けたプーは一旦意識を中断させて、少し考えるような仕
種をしてから再びはっきりとした声を浩平に向けた。
(今度は偶然じゃないわ、だってわたしの意思で浩平を呼んだんだもの)
(そっか……俺もな、おまえが呼んだんだって思ったよ。こんなに会いたいっ
ていう強い気持ちが届かないはずないもんなぁ)
(ふふっ、届いたのかな……そうかもしれないわね)
 今にも暗闇に押し潰されそうな微かな光に照らされて、浩平とプーは対峙し
ながらお互いに微笑を漏らした。
 こうして一人と一匹は、このあたかも現実のような夢の中で、今度は偶然で
はなくお互いが望んだ形で邂逅の時を果たしたのだった。


(なあ、プー。昨日の夢……あれは一体なんだったんだ? おまえは俺の前か
ら居なくなる――その事を伝えるメッセージじゃなかったのか?)
 浩平は、すぐに自分が知りたい事をプーに率直に伝えていた。聞きたい事は
他にもまだまだ沢山あるのだ。
 昨日のように何も知らされぬまま去られたのではたまったものではない……
そう思うと、どうしても気ばかりが焦ってしまう。
(再会したばかりなのにいきなり質問なの?)
(昨日の夜みたいに何もしない内に逃げられるのは御免だからな。それに、こ
れは夢だからいつ覚めるか分からないだろ)
 そう言った浩平の頭の中に、はぁ〜というプーの溜息が聞こえてきた。
(わたしも浩平に想いを伝えに来たんだもの、最後のね……。だから逃げはし
ないわ。それにこれはわたしの夢だから、わたしが目覚めようとする意思を働
かせるまで覚める事は無いから心配しないで)
(ちょっと待て! 最後って……おまえやっぱり……)
 聞くというより頭で感じているいうようなプーの声に、少し過ぎてから『最
後』という言葉が含まれていた事に気付いた浩平は、やはり余程焦燥に駆られ
ているのか急いでプーに詰め寄って掴みかかろうとした……が、

 スカッ

 浩平の手はプーの体を擦り抜けて、虚しく空を切っていた。
(夢の中で実体が無いのに掴めるわけないでしょ。わたしは逃げも隠れもしな
いから……もうちょっと冷静になってよ) 
(あ……ああ、そうだな。悪かった)
 落ち着き払った声でプーにさとされて、少し気持ちがはやっていた浩平はよ
うやく冷静さを取り戻していた。
(それでさっきの質問だけど、昨日の夢は浩平の言う通り本当は今日の朝には
この家からわたしは居なくなってるはずだったわ。でも……予感がしたの)
(予感?)
(そう……音子とまた会えるかもしれない、というね)
(あ、そうか! それでおまえ、今朝あんなに俺と一緒に商店街へ付いて行こ
うとしてたんだな)
 あれほど付いて行こうときかなかったのはそんな理由からだったのかと、浩
平はプーの言葉で今朝の事を思い返していた。
 考えてみれば、今朝家を出る時だけでなく瑞佳の家から商店街に向かう時に
一緒に行こうとしていたのも、音子に会える予感があったからという理由なら
その行動も納得ができた。
(まさか本当に会えるとは思ってなかったけどね。でも、やっぱり会うべきじ
ゃなかった……)
(会うべきじゃなかった? なんでだよ!? 音子のやつ、プーに会えてあん
なに喜んでたじゃないか。おまえだってそうだろ? 俺の手を離れて飛び出し
て行くほど嬉しかったんじゃないのか?)
(…………)
 プーはうつむいたまま、しばらく何も答えようとせず――何となく答えを探
して意識がさまよっているような感じだった。
 浩平はその姿から目を逸らさず、答えが聞こえてくるのを辛抱強く待った。
 やがてプーは顔を上げて浩平を見て、悲しみを抱えた声で話し始めた。
(嬉しかった、嬉しくないはずないじゃない……。でも出会ってしまったから
浩平と音子は約束してしまったもの)
(約束って、プーを預かるっていう約束のことだな)
(ええ。でも、その約束は果たされないわ)
(……なんでだよ?)
(だって、もうすぐ……目を覚ました時にはもう、わたしは浩平の目の前から
居なくなってるもの)
 浩平はプーがどんな返答をするか大体予想がついていた上で、あえて聞き返
してみた。
 だが、その結果プーから直接放たれたその事実を、却って浩平自身の心に深
く刻み込む事になってしまった。今度は浩平の方がうつむいて、そのまま声を
絞り上げるように気持ちをプーの意識へと放った。
(……何処にも行くなよ)
(単刀直入に言うのね……。わたしは浩平のそんな性格に惹かれたから……だ
から昨日音子と出会える予感がした事以上に、あなたと別れるのを躊躇してし
まったのかもしれない。でも……)
 そこで言葉を切ったプーは、ただ静かに首を左右に振る。その仕種は浩平で
なくても、誰が見ても分かり切っている……拒否を意味するものだった。
(音子との約束が果たされるまでずっと俺の側に居ろよ!)
 それでも浩平は引き下がらず、語気を強めてプーに詰め寄った。
 しかし、プーは頑ななまでに無言のまま首を横に振り続ける。
(なんで……なんでだ! どうして俺の前から居なくならなきゃいけないんだ
よ! 俺はさ、こんなに一緒に居たいって思ってるのに……)
(浩平……)
(……もしかして、音子の所に戻るのか?)
(ううん、違う。もう今のあの子の所へ戻るつもりはないわ)   
(じゃあどうして俺のもとから離れようとするんだ。プー……納得できる理由
を教えてくれよ)
 浩平は懇願した。それは、端から見ればたかだか猫一匹の為に何をそれ程む
きになってるんだ、と思われる行為かもしれない。
 しかし、浩平のプーと離れたくないという気持ちの上には音子との約束が乗
っているのだ。今の時点でさえ、その約束は危うい均衡でぐらぐら揺れている
というのに、現実へ戻ってプーが消えてしまっていたら一気に崩れ落ちてしま
う事になる。
 ついさっき約束したばかりだというのに……だから浩平は必死だった。
 プーが居なくなる事で、あの小さな指と絡め合った時の笑顔を二度と自分の
前で曇らせたくはなかった。
(なあ、おまえが居なくなる理由なんて何処にも無いだろう?)
(理由は……あるわ。ただ浩平が知らないだけ……)
 プーの声を聞いた瞬間、浩平はゴクリと唾を飲み込んでいた。おそらくプー
の意識にもその音は届いただろう。
 次にその質問を投げ掛ければ、浩平の知りたかった事がプーの口から語られ
る事になるはずだ。
 浩平は、知りたいという好奇心と知れば全てが終わってしまうという危惧と
の間で葛藤し、聞く事を躊躇っていた。
 だが、一つ大きく息を吐いてその躊躇いを払拭すると、浩平は意を決してプ
ーに向かい真っ直ぐ言葉を飛ばした。
(その、理由って何だ?)
(……ここが、わたしの存在すべき場所ではないからよ)
(存在……すべき……場所?)
 プーから届いた言葉の意味がすぐにはよく理解できなかった浩平は、それを
頭の中で途切れ途切れに反芻しようとしていた。
(……っ!?)

 その時、辺りの光景が一変した。

 周りを覆っていた漆黒の色を、一気に剥がすように白い光が包み込んだ。
 浩平は一瞬フラッシュを焚かれたような衝撃を受けたが、目を焼かれまいと
咄嗟に両手で顔を塞いでいた。
 一瞬とはいえ激しい白光をその瞳に浴びた浩平は、しばらく目を開ける事が
出来なかったが、やがてその衝撃が緩和されるに連れてゆっくりと閉ざされた
視界を開いていった。
 そして……完全に視力が回復した浩平が目の当たりにしたものは、初めてプ
ーと出会った、あの公園の景色だった。

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 どうも、こんにちは。

 結局1話で収まり切らなかった夢の話ですが、元々1話分として書いていた
ものを長すぎる為2話に分けたので、続きは2、3日中にでも投稿出来ると思
います。

・ちょいレス
>雀バル雀さん
 さっか道……どうもありがとうございました(爆)。
 他の作家さんに自分自身をネタにされるというのは嬉しいものですね、いや
ホントに(^^;)。

 しかしこのネタ……最近投稿始められた方に読まれたら「こいつ、感想なん
て全然書いてねーじゃねーかよ」とか思われそう……。
 ちゃんと全部に書いてたんです……以前は(爆死)。
 す、済みません…この話に目途がついたら必ず感想お返ししたいと思います
ので、どうかご容赦を……。

 最後に、ここまで読んでくださった方、感想を書いて下さった方、どうもあ
りがとうございましたm(_ _)m

 それでは。