終わらない休日 第12話 投稿者: ひさ
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★これまでのあらすじ
 俺、折原浩平は、ニ連休の一日目に偶然出会ったプーという名の猫をひょん
なことから拾ってしまった。帰る途中、公園で偶然前の飼い主だという少女と
出会って、また飼えるようになるまで俺がプーを預かる事を約束した。少なく
とも、その時俺は表面上の約束としか思ってなかったんだけど……。
 そして、プーと別れてしまうという目覚め最悪な夢を見てしまった後の連休
二日目、俺は幼馴染みである長森瑞佳のいきなりの早朝電話で長森家の猫の世
話を押し付けられてしまった。
 仕方なく商店街に行くついでに寄ってみたんだが、玄関の鍵が開いていた事
から俺の頭の中で泥棒進入疑惑が浮上してしまった。でも注意深く調べた結果、
そういう事態は起こってないという事が解かった。ったく、人騒がせな……。
 結局、居なかった泥棒探しと猫の世話に時間を取られて、商店街に着いたの
はめちゃくちゃ混み合ってる昼頃になってしまった。そして俺はどうしても付
いて行くときかなかったプーと、人込みに飲まれながら何とか目指すペットシ
ョップへ向かったんだ。
 そして、その店に辿り付いた時に俺が見たものは……昨日公園で出会った、
プーの本当の飼い主である少女の姿だった。
 俺の手を離れて、嬉しそうに少女に駆け寄るプーを目の当たりにした時、心
の中に俺とプーとの間のどうしようもない距離の遠さを感じていた……。
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「あっ、おにいちゃんだぁ〜」
 しばらくぶりに再会したプーと戯れていた少女は、やがて浩平の存在に気付
き、満面の笑みを浮かべてとたとたと駆けてきた。
 多少よろけながらこちらに向かってくるその小さな身体には、抱えたプーは
結構な重量のようだ。
「よう、元気だったか?」
「うん! でも昨日会ったばっかりだよ」
「そうだったっけ……」
 確かにこの少女と出会ったのは昨日だ。それは少し記憶を掘り下げればすぐ
に脳裏に浮かんでくるもので、忘れるはずもないのだが……浩平にとって、そ
の事実はもう何日も前の出来事として感じられていた。
 その時は、この先二度と会う事は無いのかもしれないとさえ思ったのだ。そ
れが次の日に、偶然とは言えあっさり出会ってしまう事になるとは……こうい
うのを巡り合わせというのかもしれない。ただそれが自分ではなく、この少女
とプーの事を指しているのだと思うと、浩平は素直に喜べるような心境にはな
れなかった。
「何やってんだ? こんなとこで」
「んっとね、買物」 
「その割には何にも持ってないじゃないか」
「……これから買うんだよ」
 何を? と浩平はあえて聞かなかった。それが嘘だと気付いていたからだ。
浩平の想像の域を出ないのだが、おそらくペットショップの猫を見に来たので
はないだろうか。
 それ程この少女は猫が好きなのだろうか? それとも代わりの猫にプーを重
ねて見ていたのか……プーと再会したあの笑顔を思い出すと、そう思えてなら
なかった。そして浩平の頭には、まるでその笑顔が接着剤でくっついたように、
何度振り払おうとしても離れずに残っていた。
「そういうおにいちゃんは何を買いに来たの?」
「こいつの飯とかトイレとか、まあ世話用具一式ってとこだな」
 そう言って、浩平は少女が抱いているプーの頭を撫でつけた。
「それより……その『おにいちゃん』って呼ぶのやめてくんないか?」
「ええ〜!? じゃあ何て呼べばいいのぉ」
 少女は不満たらたらだったが、浩平はそう呼ばれるのが辛かったのだ。心の
中では呼ばれて嬉しいと感じる自分がいるのに、それ以上に過去の記憶が浩平
の心に重くのし掛かってくる。
 もう随分前に忘れる事が出来たと思っていたのに、まだ過去の傷を引きずっ
ているのだという事を改めて思い知らされた。
「……未練がましいよな」
「えっ、なになに?」
 どうやら独り言のようにぼそっと呟いたのが、少女の耳に届いてしまったら
しい。
「いや……俺の名前、言わなかったっけ?」
「うん、聞いてないよ」
「浩平……折原浩平だ。呼び捨てでいいぞ」
「じゃあ、浩平おにいちゃんっ」
「あ、あのなぁ、俺の言った事全然解かってないだろ」
 しかし少女はもう浩平の言葉など聞いておらず、プーに何事か話し掛けたり
している。
「……まあ、いっか」
 そういう言葉を出させるのは、やはり少女の純真無垢な笑顔が原因なのだろ
うか……という釈然としない思いを抱きつつも、そう呼ばれた浩平の心は複雑
な気持ちだった。
「そういうおまえは何て名前なんだ?」
 浩平は、ふと気付いたように少女に尋ねていた。そういえば浩平の方も少女
の名前は聞いていなかったので、当然この少女を名前で呼んだ記憶もなかった。
「あたし? あたしはねこっていうの」
「はぁ? なんだって??」
「だからぁ、ねこだってば〜」
 浩平は訳が解からず何も言えなくなってしまった。この少女が言うには『ね
こ』というのが名前らしいが、そんな変な名前など聞いた事が無い。 
 大体、普通親がそんな名前を娘に付けたがるだろうか……。いくら考えを巡
らせても、浩平にはこの少女がふざけているとしか思えなかった。
「まあ、別に教えたくなかったらいいんだけどな」
「だ〜か〜ら〜……もうっ! ちょっと待ってね」
 少女は苛立ちを抑えきれない口調でそう言うなり、何を思ったのかプーを地
面に降ろしてその身体を指でなぞり始めた。プーは気持ちいいのか、何も言わ
ずされるがままになっている。
「何やってんだ、おまえ?」
「名前、こうやって書いてみせてるの! よーく見ててよ」
「ははあ……」
 そう説明されて、ようやく浩平は少女が何をしようとしているのか理解でき
た。どうやら、プーの身体に自分の名前の漢字をなぞり書きしているようだっ
た。
 確かに浩平は書くものなど持っていないし、この少女もそんなものを持ち合
わせているとは思えなかった。だからこうやって半ば必死になりながら、一向
に分かろうとしない浩平に伝えようとしているのだ。
(口で言えば簡単なのにな……)
 そう思っていても、頑張って何度もなぞり書きしてる少女の姿が微笑ましく、
口に出すとその雰囲気を壊してしまいそうだったので、わざと何も言わずその
行為を見守っていた。
「ねえ、わかった?」
「あ、悪い。もう一度やってくんないか?」
「もう! ちゃんと見ててよぉ〜」
 どうやら少し他の事も考えていたので見逃してしまっていたようだ。浩平は、
少女に膨れらたので今度は真剣になぞり書きを見る事にした。
「ええっと、最初は……ん〜『音』か?」
「ぴんぽんぴんぽん〜」
 笑顔で『当り』を知らせてくれる少女。それで気を良くしたのか、早速次の
漢字をなぞり書きしている。
 最初の漢字は確かに『ね』と読める。本当に『ねこ』なのだろうか……浩平
は先程まで信じてなかった事も忘れ、いつのまにか真剣になって少女の様子を
眺めていた。
「次は……おいおい、ホントに『ねこ』だったのかよ」
「ふふふっ! ねっ、だから言ったでしょ」
 少女は分かってもらえたのが嬉しかったのか、役目を終えた?プーを抱えて
大はしゃぎだ。
「『音子』で『ねこ』ね……ったく、どういうネーミングセンスしてんだ、こ
いつの親は……」
 そう言いながら浩平は大きな溜息をひとつ吐いていた。何よりこんな事に真
剣に付き合ってしまった自分が、いいかげん情けなくなってきていた。
「はぁ〜、とっとと買物済ませて帰ろ……」
 かなり投げやりな調子で少女――音子に背を向けると、浩平は本来の目的で
あるプーの世話に入り用な物を買う為、ペット用品の店に足を向け掛けた。
 どうせ買うものは決まっているのだし、しばらく音子にプーを預けていても
大丈夫だろうと判断して買物の間はほっとこうと思ったのだが、
「あーっ、あたしも一緒にプーちゃんのもの選んであげる〜」
「…………」
 結局、音子はプーを抱いて付いて来てしまった。浩平はもう好きにしてくれ、
とでも言いたそうな表情で店の中に入って行った。


「あ〜ダメダメ。缶詰はもっといっぱい買っていかないとすぐなくなっちゃう
んだよ。プーちゃんの食欲を甘く見ちゃいけないよぉ」
(その食欲はさっきまざまざと見せつけられたがな……)
「あっ! 違うよ〜。プーちゃんはこっちの味の方が好きなんだよね〜」
「うるさいなぁ。餌なんか腹が減ってりゃどれも一緒だろーが」
「それが違うんだよ、ね〜プーちゃん」
「にゃあん」
「……ったく、プーのやつまで……はいはい分かったよ」
 買物は、短い時間で滞りなく終わりつつあった。その功績は間違いなく音子
によるものであって、それは浩平も認めざるを得なかった。
 とりあえず物色してはみたものの、何せ浩平にとっては初めて買うものばか
りで、何をどれだけ購入すればいいのか大いに迷っていた。それでも大体何が
必要かは分かっていたので、戸惑いながらも商品を手に取り始めていた。
 しかしその浩平の気持ちを察したのか、それともただの好奇心なのかは分か
らなかった――浩平は間違いなく後者だと思っていた――が、浩平の買う物に
音子が横からうるさいくらいにあれこれ指図してくるのだ。
 浩平は買うものごとに口出しされていい加減うんざりしていたが、それでも
さすがに猫を飼っていただけあって、音子のアドバイスは的確なものだった。
「大体こんなもんでいいか? 音子先生」
「んっと……はいっ、よろしい!」
 頼りにされて気を良くしたのか、音子は少々おどけて聞いた浩平に調子を合
わせながら答えた。
「そんじゃ、会計済ませてくるからプーと先に外で待ってな」
「うん。行こっ、プーちゃん」
「にゃあ〜」
 そう言って音子はプーを引き連れて、店の出入り口の方へ歩いて行った。と
ことこ音子に付いて行くプーを見ていて、浩平はもう放していても逃げる心配
は無いだろうと思っていた。
 それはおそらく音子と一緒にいるからなのだろうが、浩平はその姿を見て、
何とも思わない自分に違和感を感じていた。少なくとも、先程音子と再会した
時に感じたプーが離れていってしまうというどうしようもない孤独感、疎外感
が心に浮かび上がってくる事は不思議と無くなっていた。
「どうかしてたな俺……そんな思いなんて、どうしようもなくちっぽけな事な
のにな……」
 そう思うと、浩平は自分の中にあったわだかまりが一気に氷解していったよ
うな気がした。それはすなわち『プーとずっと一緒に居たい、返したくない、
渡したくない』という思い……。
「あいつらの気持ちに感化されちまったのかもなぁ」
 その気持ちとは、ただ純粋に『好き』なのだという心だった。
 飼い主なんて誰だっていい、プーの事が大好きだというその気持ちさえあれ
ば……浩平はもう完全に吹っ切れていた。
「浩平おにいちゃ〜ん!! ま〜だ〜!?」
「恥ずかしい奴だなぁ……」
 大声で音子に急かされた浩平は、そそくさと会計を済ませると足早に声のす
る方へと向かった。その顔に微笑を浮かべながら……。  

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 ……自分で付けといて何ですが……変な名前(爆)>音子

 どうも、こんにちは。
 感想書きしてたおかげで前話から10日程開いてしまいましたが、今度は止ま
る事なく、出来れば今月中にこの物語を終わらせたいものです。
 そう言ってるそばから全然話が進んでないのですが……どうも10話で言って
た『片指で数える』程では終わらなさそうな感じになってきました。
 
 読んで下さった方、感想を書いて下さったシンさん、SOMOさん、 どうもあ
りがとうございましたm(_ _)m

 それでは…。