天に流れる星の下で…… 投稿者: ひさ
 俺は足取りも軽く階段を駆け上がっていた。
 それでも回りは常夜灯が薄明るく燈ってるだけで、よく目を凝らさ
ないと壁にぶつかってしまいそうなほど暗かったんだが……。
「もう来てるかなぁ」
 実際彼女と約束したわけじゃないけど、多分今日はあの場所にいる
だろうと思っていた。
 もっとも、俺は一人でも今日――七月七日の七夕の夜空は今向かっ
ている場所で見ようと決めてたんだけどな。

 やがて階段を昇りきり、重い扉を押し開ける。キィ〜、と甲高い声
を上げて開かれたその先に、果たして彼女は長い漆黒の髪を風になび
かせながら佇んでいた。
「遅いよ〜、浩平君」
「やっぱり来てたんだな、みさき先輩」
 そう……俺は、俺と先輩にとって一番馴染みのある学校の屋上に来
ていたんだ。相変わらず、こんなんで大丈夫なのか? というくらい
のずさんな管理のおかげで、こうして夜の学校内に潜入出来たわけだ
けど、みさき先輩もこうして来てくれていた事が俺は凄く嬉しかった。
「うん。きっと浩平君も来ると思ってたから」
「なんで俺だって分ったんだ?」
「こんな日に学校の屋上に来るっていう面白い行動を取る人って浩平
しか居ないからね」
「面白いってなぁ……」
「冗談だよ」
 いつもと変わらない口調で話すみさき先輩が、しかしいつも以上に
輝いて見えるのは俺の目の錯覚ではないだろう。
「ね、浩平君。空……綺麗?」
 屋上のフェンスに寄り掛かりながら、俺のほうにもたれかかるよう
にしながらみさきが質問してきた。先輩の体の感触が俺の体に伝わり、
拍数を急上昇させながら夜空を見上げた。
「ああ、すっごく綺麗だ。これは……百点をあげてもいいな」
「……そうなんだ」
 てっきり喜んでくれると思っていた俺は、みさき先輩の表情が曇っ
て行くのを見て見っとも無いほどうろたえてしまった。
「どうしたんだ? 先輩なんかあまり嬉しくなさそうだけど」
「ううん、そんな事無いよ。ただ……」
「ただ?」
 俺は固唾を飲んで次の言葉が発せられるのをじっと待った。何か気
に障る事でも言ってしまっただろうか……だけど、先輩はあまりそう
いう事を気にしない人だから言葉が不適切だったという可能性は低い
だろう。
 そんな事をあれこれ考えていると、やがて先輩が静かに口を開いた。
「ただ……いつも辛口な点数の浩平君がつけた百点の星空を見れない
のが凄く残念で悔しいんだよ」
「先輩……」
 俺はその言葉を聞いた瞬間、もたれ掛かっていた先輩が急にいとお
しく思えてきて、無意識の内に普段ならまず取らないような行動に出
ていた。それはもしかして七夕の夜空が俺にくれた、ほんの一握りの
勇気だったのかもしれない。
「えっ? こっ、浩平君!?」
「意味の無い事かもしれないけど、こうすれば俺の見た光景がみさき
先輩の心に届き易いんじゃないかなぁって思ってさ」
 俺はその時、ぐいっと多少強引にみさき先輩を自分の方に引き寄せ、
夜空の下で抱き締めていた。もう、台詞を言ってる俺が俺じゃないよ
うな感じで、頭の中は真っ白けだった。
「意味無い何て……そんな事無いよ。よく伝わってくる……本当に…
…綺麗な星空だね」
「そっか、良かったな……」
 たとえそれが俺の行為を無にしない為に出た言葉だったとしても、
俺はそのみさき先輩の心遣いが、逆にこちらの心に流れこんでくるの
を感じていた。
「ねえ、浩平君」
「なんだ? 先輩」
「こうしてると、私と浩平君って織姫と彦星みたいだね」
「先輩……言ってて恥ずかしくないか?」
「うん、結構……」
「これだけ晴れてりゃ、空の上の二人も迷ったって巡り会えると思う
ぞ」
「そうだね」
 しばらく抱き締めていた先輩の身体を、俺のほうから少し離した。
そうすると今度はドキリとするほどお互いの顔が近付く形になってし
まった。
「笹の葉と短冊を用意すれば良かったかな?」
「笹はなぁ……ここに持ってくるのは多分無理だろ」  
「じゃあ短冊くらいなにか書いて持ってくれば良かったね」
「そうだな……でも、俺達お互いの願いだけなら……」
「うん。短冊が無くても……分かるよね」
 
 お互いの顔が近付き……やがて影が重なり合う。
 一体何を願い、そして思いを交し合ったのか……それは二人を照ら
す無数の星達だけに、知る事ができたのかも居れない。

 天に流れる星の下、時が止まった様に二人の影だけがいつまでも、
いつまでも重なり合っていた……。

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 どうも、こんばんわ。
 ちょっと間に合わないかな? 即興七夕SSです。
 急いで書いたので内容があまり無いですが、読んで頂けたなら嬉し
いです。

 それでは…。